・またいっときが流れ出し
・またいっときが流れ出し
「あわや出番無しかと冷や冷やしたよみなみん」
「そんな毎月厄介事がある訳ないでしょいっちゃん」
今日は九月の最終日。珍しく部活ではなくバイト先にやって来た、先輩と南がパンを頬張りながら呟く。
時刻はもう遅く、外も雨が降っていて、店内に客は少ない。
「いやいや私たちはそうでも、サチコはそうじゃないでしょ。そうであってくれないと困る」
「お前は何を言ってるんだ」
仕事中に知り合いとの私語は慎むのが、一般常識というものだが、生憎俺はもう上がりの時間だ。
服務規程めいた社会通念とはバイバイしていいのである。俺は店の制服であるエプロンを脱いで、二人のいる席の隣に腰掛けた。
「海さんからサチコが、セカンドオピニオンを受けていると聞いて」
「オカルト部の部長さんとは別のお祓いを頼んだって本当なの」
なるほど。
それで応援として駆けつけてくれたのか。
情に篤い奴らだな。
面白半分なのもあるんだろうし、動くのが遅いけどありがたいよ。
「ああ、肝試しのときに使った刀をな」
「いかにも穢れてそうだもんね」
穢れていたというか爛れていたというか。持ち主の話だけどさ。
「それでその刀はどうしたの」
「お祓いの後で打ち直してもらうことになった」
「サチコが日曜大工で騙し騙し使ってた、いかにも残りの使用回数一桁っぽい刀が復活かあ。でもお高かったんじゃない」
「それがその辺のことについては、特に何も言われなくてな。正直まずったんじゃないかって、ちょっとだけ思ってるんだ」
オカルト部部長に任せて、流されるままになってしまったが、考えてみればそこに大金を支払わないといけないはずだ。にも関わらず何も言って来ない。
只より高いものはないと言うし、また今回のようなことが起きても困る。
しかし刀の修理や新調なんて、払えと言われて払えるものでもない。金取らないからまたミトラスを寄越せと言われても困る。
「どうしたものか。いっそ代金払えないから受け取り拒否でもするか」
「呪われた刀って分かってるのに、質草になんかしてくれないわよ」
南の言葉ももっともだけど、あいつらに限っては、成立するんじゃないかな。
「あ、いらっしゃい」
ドアが開いてカランカランと音がして、レジから海さんの声がする。
振り向くとそこには噂のオカルト部部長こと、蓮乗寺桜子と、白いシャツと白いズボンに臙脂色のベストを着込んだ、アラブ系天狗ことウルカ爺さん(人間形態)が並んで立っていた。
「おおサチコ殿! こちらにいらっしゃいましたか。刀が出来上がりましたのでお届けに上がりましたぞ。ささ、お嬢様もどうぞ中へ」
恰幅の良い初老の男性に促されて、オカルト部部長がこちらへとやってきた。
爺さんは手に長い桐箱を持っており、もう一方には何やら紙袋を持っていた。
「こちらになります。お約束どおりの出来栄えで」
「あーそれなんだけどさ、俺こういうののお金を払えるほど持ってなくてさ、悪いんだけどそれ引き取ってくれないかな」
俺がそう言うと、オカルト部部長はばつが悪そうに後頭部をかいた。そしてちらりとウルカ爺さんのほうを見た。
そういえばミトラスから、彼女は鈴鹿御前の生まれ変わりになったらしいというのは聞いたな。
ウルカ爺さんも今どうしているか、分かっていると言ってたし、その辺りのことは当事者間で、もう判明していたんだろうな。
でないと彼女からとウルカ爺さんの間に接点が無くなってしまう。知っていたから俺に彼を紹介してくれた訳だ。
「こっちこそ、この前は無理を頼んでごめんなさい。結局この件も私の手に余ったことだし、爺やもそれはいいって言ってるから、遠慮せずに受け取って頂戴」
爺やという言葉に一同がどよめく。ここに来てお嬢様であることが分かり、また生の爺やを見てそれぞれ思う所があるようだ。
「貰っていいなら貰うけど、欲しくなったらいつでも寄越せって言ってくれな」
「分かった」
「桜子さんってやっぱり只物じゃなかったのね」
「そんなことより早く刀を見ようよ」
強力な物欲によって場の空気や相手の社会的階層に捕らわれないZOC効果無効の先輩が、我慢できないとばかりに腰を浮かしている。
「いや、でも店内で抜刀はだめだろう」
「お父さんも見て見ましょうよ」
「そうだね、滅多にない機会だし」
海さんに声を掛けられて、マスターまでやってきてしまった。
こういう自由さがいかにも個人営業って感じ。
「では、テーブルを幾らか失敬して」
ウルカ爺さんがその辺の空きテーブルを寄せると、その上に桐箱を置く。箱は厳重に黒縄でぐるぐる巻きにされており、蓋にも何語か分からないお札が貼られている。
「ご開帳」
大きな手が箱の封を解くと、中には一振りの刀が、安置されていた。
「軍刀ね。海軍式の黒鞘に金色の細工があるわ」
「いや、良くみると柄が日本刀のそれだね」
「は~随分長くて大きいのね」
先輩たちが口々に感想を言う。
最初に喋らしてくんない?
俺の言う事なくなったんだけど。
「刀身よりも大きめに鞘は作るものですからな。刀に合わせてこちらも大型化してしまいました。軍刀風にしたのは私の好みもありますが、少しでも痩せて見えればと思いまして」
鞘はおよそ長さが一メートル半、横が八センチはある。幅も二センチをやや出る。
「じゃあ爺や、抜刀」
「かしこまりました。皆様、お下がりください」
その場の全員が立ってウルカ爺さんの背後に回る。そこまで警戒しなくてもいい気がする。爺さんは柄をむんずと掴むと、神妙な面持ちでそれを抜き放った。
「これが……!」
「左様、これこそが『鈴鹿』にございます」
ウルカ爺さんが刀の銘を告げる。
刀は以前俺が持っていた物とは、明らかに別物へと変じていた。
抜かれた刀の峰は黒い。自分は鉄であると、この上なく主張している。
それなのに刃のほうへ移ると急激に白へと転じる。金属の光沢は薄く、枯山水の白砂のように静かに落ち着いているのだ。
「デカい。居合い用って風でもが、それにしたって」
間に浮き上がる波紋は灰というよりは鉛色、にも関わらず、空に翳された刀身は否応無く碧い。
刃身が一メートルはあり、根元で五センチ、切先で三センチはある。反りは控え目で直刀のようだが、まるで誰かの唇のようでもある。柄も含めて全長およそ一メートル三十センチ。
この老いた天狗が人生の、過ぎし日の決着をここに見たのは間違いない。俺でさえそう思うほど、妖刀はその姿を清め正していた。
「これを振るうのは間違いなく巨人ね」
その場にいる全員が魅入られたように刀に、鈴鹿に注目する。海さんは厳しい表情をし、逆にオカルト部部長は、孫を見る年寄りのように顔を綻ばせている。
「サチコ殿、どうぞ、重いですからね」
「だろうな。ぐっ」
ウルカ爺さんから受け取った鈴鹿は、以前の痩せ衰えていた時とは、比べ物にならないほどに重くなっていた。両手で何とか振れるかどうかといった具合だ。
「南、鞘、鞘!」
「あ、え、あっはい!」
テーブルの上にそっと横に置いて、南が鞘を刀の先端に合わせる。そこから二人で、ちょっとずつ押して行って、納刀を完了させる。
「とんでもないことになって帰ってきたな」
「値打ち物だって素直に喜べる代物じゃないわよこんなの」
「そういえば、この刀って号は無いんですか」
俺たちのことを他所に、先輩がウルカ爺さんにそんなことを質問する。号というのはあだ名だ。銘が刀を鍛えた刀匠の名前だとするなら、号は逸話にちなんで人々が付けるものだ。
異名といったほうがしっくりくる。例えるならムラマサが銘なら『WIZの』が号である。
余談だが俺は妖刀が、ロングソードになって帰って来なくてほっとしている。俺は侍じゃないけど。
「そうですなあ、何分古い刀ではありますし、出所は今日の大阪の辺り、ということくらいしか分からず、元々の銘も切られておりませんから」
大本が銘を入れる時代でも、文化圏でもない上に、しかも合体してるからな。合体時にも名前を付けてなかったそうだし、かと言って真相を話すのもなあ。
「そんなことまで分かるんだ」
「しかしながらどの流派のという物でもなかったですから、ここはサチコ殿が名付けるのが、よろしいのではないでしょうか」
そう言ってウルカ爺さんが俺を見る。
言いたいことは分かる。
「いいのかな、この刀が後で気に入らないって、言い出したらどうしよう」
「やめてサチコさん、こういうのをそんな生き物みたいに言わないで」
「夢枕に立つくらいはありそうだよね」
ウルカ爺さんの話だと、こいつが深い眠りから覚めて喋り出してもおかしくないのだ。そのとき付けられた名前を、嫌だと言うかも知れない。
「そのときは好きに名乗らしたらよろしいですよ」
それもそうか。
自分の名前が気に入らないなら、そのとき自分の名前を決めたらいい。確かにそうだ。名乗っちゃいけない理由もないしな。
「分かった。そうだなあ、じゃあ」
そうして、俺が口にした名前は、南や先輩に“間違い”として指摘されたが、ウルカ爺さんはほっとしてたし、桜子も肩を竦めて、まんざらでもなさそうだったから、当面の間はこの名前でいくことにした。
刀の銘は『鈴鹿』、号は『貴童丸』。
俺は改めて、一振りの刀を手に入れた。
<了>
この章はこれにて終了となります。ここまで呼んでくれた方々
本当にありがとうございます。嬉しいです!
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文章と行間を修正しました。




