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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
223/518

・迎撃準備

・迎撃準備


 ※このお話は海さん視点でお送りします。


 海です。東海(あずまうみ)。人生で一番長い日という、物語ではたまに見かけるサブタイトルがありますが、私にとってはもしかすると、これがそうなるかもしれません。


 そう思えるくらい密度の濃い一日を送っています。家の手伝いで夏休みでも、規則正しい生活をしているので、そろそろ眠たいのですが、無策で寝たら死んでしまう恐れがあるので起きています。


 雪山とは違った寒気がします。


「よもや階段の裏に貼ってあるとは盲点だったなあ」

「確かにわざわざこんなとこ見上げないもんね」


 同行者の三人と一匹は、この旧本館の見取り図を見てから、階段の後ろ側に回り込みました。地下への物も含めて、どの階段にも裏側に、古びたお札が貼ってありました。


 見取り図にあった『オフダ』はこのことだったのでしょう。


「一応撮影して、画像をオカルト部に送ってと」

「今すぐ剥がさないの」


「罠とかあったら困るじゃん。ただでさえお札剥がすなんて、呪われそうなのに」


 慎重を期した北さんの言葉の白々しさ、虚しさが夜の暗闇に消えて行きます。自分から言い出しておきながら、危なそうということは忘れておらず、なのに行動を変更せずに、安全対策を行うという、悪質で中途半端な知恵を見せます。これが映画ならこの人は冒頭の犠牲者一号でしょう。


 ――もしもし。今送ってもらったお札の画像なんだけどね、ちゃんと由緒ある宗派のお寺のものみたい。だからって訳でもないけど、実際に霊験はあったんでしょうね。地元の仏教系で、できることならペンでもいいから、模写しておくといいわ。


「細かい所が滲んで読めないから、他のも見つけてからだね」


「悠長にはしてられないけど、準備くらいは入念にしないと」


 私たちは現在オカルト部の部長さんの提案の下に、鈴の幽霊討伐作戦の前準備を行っています。今やっているのは、お札の模様と位置の確認です。


 ――少なくともそのお札には、ここの幽霊たちの行動を制限できるくらいの力があるわ。私も今やってるけど、画像はくれぐれも保存してね。こういうのって言わば企業秘密の部分だから。


「事故物件によく効くお札っていうのは、やっぱり特別製なのね」


 ――オカルトだのなんだの言っても、今でも通用するのは確かだからね。むしろ自分たちではそう言っておきながら、有事の際には頼るんだから業の深いことよね。坊主のお札や読経が必要な事態を、引き起こしておいて。


「自分たちでお祓いの現実的な価値とか意味とか必要性を、証明しちゃうような案件を起こしちゃうのが、もうなんていうか如何にも非文明人だよね」


「そう考えると邪教のほうが積極的に犠牲者を出して恨みを買ってるであろう分、こういうお祓いの研究は進んでそうだよな」


 ――そうよ。世の中のカルト集団の凄い所は我流の自由研究で、勘所を掴んだ成果物が、ごろごろあることよ。政治屋の嫌がらせの手段みたいな紛い物と違ってね、本物は素敵な着眼点が沢山あって、発明品である呪物は類似性を伴っていても、製作者の感性が出ていてアプローチの仕方がまるで違うの。地道な研究の結果導き出されたものなの。出自となる宗教、個人の持つ霊感、終末観から霊魂を安んずるための、慰撫の術といった良心の形と言えるものもあれば、己の邪欲のために一線を踏み越えようとする、破壊と冒涜に魅入られた者の、身を以て著された文献など本当にその人ごとによって異なるの。


 すごい早口で電話口からまくし立てられました。


 こういう所が北さんたちの、友だちたる所以なんでしょう。ちょっと気持ち悪いです。


 興味はありますが。


「文字を単なる図形として見て、その並べ方を使いこなすだけでも、魔除けの模様が作れそうだな」


 ――そもそも自分たちの鳴き声を意味ありげに形にしたものが文字だし、中でも霊に干渉できる鳴き声や音を、整えたものがお経や聖句だったりするからね。目的に対して機能を付き詰める格好つけは、却って意味を失くすわ。行き着く先は虫や動物の器官のように特化した形になるのよ。まあ、中には鳴き声に合わせた字と字体を用意して、ロスを限界まで減らした宗教もあるけどね。


「聞いてる限りじゃ言語学者が除霊に一番適正がありそう」


「他の生物の鳴き声や文字を正しく理解できるっていうのは、追跡者や捕食者の天稟だけど」


「言葉が巧みっていうのは、いつの時代も信用ならないからね。未来でもそうよ」


 そうこう話しながら私たちは館、をぐるりと回りました。上まで行って下まで降りるだけなら十分も掛かりません。


「これで見取り図にあるお札は全部だね」

「九枚、一枚足りなくない?」

「それ八方除けだから九枚でいいのよ」


 北さんと南さんは、八方除けを知らないようです。神社でお札を買ったりしないのかしら。


 うちは防火と台所と一般的な厄除けだけど、お商売をするのなら、験担ぎはするに越したことは、ないと思います。


 お店が験を担ぐのは、お店だけでなく来店するお客さんのためでもありますからね。


 ちなみに八方除けは八方向足す中央なので最大で九枚になります。お札を貼る方向は南か東になるそうですが、必ずしも全部買う必要はないかと思います。


 縁起物なので欠けていると不安が増すのでしょう、この頃は一枚でも、八方避けとなっているものが主流です。


「八方除けなら、八方向と中央に配置するものって、規則正しく階段の裏に貼ってあったぞ」


「現実問題として、適切な方向に配置できなかったんじゃないかな」


 サチコさんの言葉に、北さんが見取り図を広げて見せました。


 地上四階建てに地下一階を加えたこの建物、各部屋と一階に吹き抜けのロビー、二階にスタッフルーム。四階に大浴場。他客室。


 ――市販のものと比べて少し違ってるわね。これが時代の差なのかそれとも本物だからなのか。ともあれ用意ができたら、作戦通りこれを剥がして待つのよ。いい。


「作戦っていう程のものでもないけどな」


 オカルト部の部長さんの立てた作戦は、分かり易いものでした。


 お札はそれなりに効果があるそうなので、それを剥がしてかき集めて、武器にするのだそうです。


 具体的には、お札を剥がすと館内と周辺の霊が自由になるそうで、なんやかんやあった後に鈴、の幽霊は残って私たちの所に向かってくるかも知れないので、その場合剥がしたお札で周囲を取り囲んでしまおうというものです。


 これだけではできてお札の輪の中に閉じ込めるだけですが、こちらにはオカルト部の部長さんに通じる電話と、サチコさんの刀があります。


 ただの物理攻撃ではないかと思うのですが、きっと電話越しに唱えられるお経とかの力で、通用するようになるのでしょう。たぶん。


「それで、それからどうするの」


「ここまでに見つけたお札を剥がして回って待つだけじゃないのか」


 ――流石にそれだと危ないしお札を書きましょう。


「お札の模写をするの」

「中学校の夏休みの宿題みたいなことやるのかあ」

「私たち墨も筆も持ってないけど」


 ――いいのいいのそんなの。文字や図形に素材の貴賤は関係ないから。多少下手くそでも紙に書けばいいのよ。小学生のノートでも、こっくりさんはできるでしょ。


 嫌な説得力があります。


 呪いの葉書なんか葉書ですし、考えて見ればコスト自体はあまり掛からないのかも。いえ、幽霊になるような人生や、それをお祓いするためのお坊さんの修行を考えると、高く付いています。


 保険と福祉と災害救助は、何時の時代も安くはならないんでしょうね。


「海さんどうした、疲れたか」


「あ、サチコさん。ううん、あ、うん、そうね、疲れてるかも」


「無理もないな。でもこればかりは辛抱してくれな」

「うん、分かってる。大丈夫だから」


 サチコさんに心配をかけてしまいました。南さんも余裕が無くなって来てるし、北さんはそういうのを考えられる人とは、ちょっと思えないし。


 私たちの精神的の限界は、この子の限界と思っていいかもしれません。こんなに疲れたのは交通事故で問屋さんが来れなくなって、家族総出で珈琲豆を遠方まで取りに行ったとき以来です。


「じゃあ、これからの予定だけど、いっちゃんお願いできるかしら」


「はいはい。ごほん、では十二時まで我々は出来る限りこの八方避けのお札の模写を始める。そして海さんとみなみんは仮眠をとって、午前二時に起床、お札剥がしからの一連の作戦を決行する。見張りは徹夜が出来る私とサチコで行う。いいね」


「分かりました」

「線が細いってこういうとき損ね」


 北さんの言葉に私たち三人は頷くと、そのまま一度一階のロビーまで戻ることにしました。


 そして私たちは来たるべき時のためにお札の模写、というか複製を始めたのでした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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