・休憩地点
今回長めです。
・休憩地点
※このお話は斎視点でお送りします。
私は北斎。この旅行の黒幕兼主人公である。
「ここまでを整理してみよう」
地下の狭い一室で名簿と宿帳を捏ね繰り回していた私たち愛同研トリオ+1は、一度探検を切り上げ地上へと戻ってきた。
遅くなったけど、残りのインスタントな夕飯を平らげて、使える水道を捻ってタオルを濡らして、順番に体を拭き、肌着を着替えて幾らかさっぱりした。
時刻は九時を回ったし、体も精神もくたくただったけど、まだ切り上げるには早い。
「先ずこの旅行についてだな」
「あ、うん」
「○○荘が主催の老朽化した旧本館、つまりここに宿泊する格安プランを部長が取った。そのことを知らん俺たちは、まんまと騙されてお誘いに乗った。これが始まりな。異論はあるかな先輩」
「はい、間違いないです」
サチコが蒸し返すように、ここまでの粗筋を述べ始める。根に持つよね、君。この視界もろくに確保できない中で、こいつが頼もしくもあり恐ろしくもある。心なしか他の二人の視線も痛い。
「よろしい。んで次だが、ここで一日探検する中で、遭遇した怪現象をおさらいしておこう」
「そうそう、私たち全員一回は遭遇したんだよね」
「いっちゃん、嬉しそうに言うことじゃないわよ」
今までメモに取っていたことを整理し直すとこんな感じになる。トピック名は『怪異遭遇』だ。
・昼頃に海さんが玄関を開けようとする無数の『手』を見た。
・三時頃にみなみんが床下からの霊的な突き上げ(物理)を食らう。
・七時頃に私がダクト内で、偽みーちゃんらしきものと遭遇。姿は安全のため確認せず。
・八時半頃にサチコが鈴の幽霊と接触。姿は安全のため確認せず。接近時に何故か肌が腫れた。
それぞれのエピソードを示すイラストを描いてまとめてと。
「これさ、それぞれ幽霊たちはどうなったんだろう」
「たぶん玄関のは、まだそこにいるんじゃない」
海さんが首を小さく傾げながら玄関を見る。入ろうとしているけど、入れなかったんだから、まだそこにいると考えても良さそうだよね。
「床下の奴はここが開通したからもう出てんのかな」
「出たとしてもその後どうしてるかは謎ね」
「階段も繋がったし、案外逃げた霊を追いかけ回してるんじゃないかしら」
床下の霊たちは、鈴の幽霊が出てから狂ったように騒がしくなり、少しして静かになった。もう暴れる音とか凄かったんだけど、幽霊も餌食にされる関係とかそのまま残るのかな。
死んだ後まで、強弱の関係があって襲われるとか、なんて人間的なんだ。嫌過ぎる。
ただ、その時の暴れの甲斐あってか、受付裏の床に隠されていた、地下との階段が無事姿を現した。
私たちが壊すことなく、こうして地上と地下の行き来が可能になったのは、ありがたい限りである。
「ていうかここに入ろうとする霊は何なんだろう」
「そりゃあ恨みがあるから帰って来るんでしょ、そうじゃなかったら、ここに留まる理由ないって」
みなみんが事も無げに答える。それはそうか。
「一度幽霊の種類とか、出自もまとめておいたほうが良さそうね」
「最低でも三種類いるっぽいしな」
「そういえばそうだね、いやー観光地は霊の種類も豊富だ」
海さんとサチコの言葉に私は相槌を打ちつつ、メモ帳の新しい頁を開く。
先にこの旅館の背景を、出すべきかと思ったけど、それは最後に並べ変えればいいか。
トピック名は『幽霊ズ』っと。
・旧本館の外から、中に入って来ようとする者たちがいた。
・旧本館の地下から、地上へと出ようとする者たちがいた。
・歴史改変前の幽霊と思しき幽霊と思しき者がいる。出現時に鈴の音がする。
「中に来ようって連中はみなみんの言うとおり、ここの人に恨みがあって戻ってくるんだろうけど、正体はここで葬られた、行旅死亡人とかかな」
「ただの野垂れ死になら恨む道理が無い。地下で拾ったメモを見るに、生前は出たいと思ってたのに、殺されて外に出たら戻って来るんだから、浮かばれないってのはこういうことだな」
そりゃ生きて外に出たいんであって、死ぬまで閉じ込められたり、閉じ込められてから殺されたりしたんじゃ、自由だって喜ぶ訳ないよね。
「地下に閉じ込められてた、床をドンドンしてた霊も同じような人たちなんでしょうけど、それならどうして彼らは中に留まれたのかしら」
「ここに思い入れがあったんじゃないかしら。テレビの怪談特集なんかだと、死んだ場所に縛り付けられる幽霊って出るじゃない」
「地縛霊だね」
「駅のホームなんかによくいる連中な」
「やめてそういうの聞きたくない」
みなみんは電車通学じゃないんだから、別にいいと思うんだけど。
こいつ妙な所でメンタル弱いんだよな。気持ちが実力の足を引っ張るって点じゃ、これもある種の精神論だな。
「地下の名簿にあった×印の人たちもたぶん、ここで亡くなってると思うの」
「なんとなくそんな感じするよね。証拠はないけど」
「そうね、でも何年もこの土地で生きて、この旅館に勤めて生きてきた人たちだったら、やっぱり亡くなったときに出るなら、ここしかないと思うの。身寄りも無かったみたいだし」
うん、この辺の感性は海さんならではだ。私たち三人だと、いまいちこの辺はピンとこない。
実家のお店を手伝っている海さんだからこそ、愛着のある場所ってのが、すぐ出るんだろうね。
愛着のある場所か。私の場合は部室だけど、サチコやみなみんはどうなんだろう。
「幽霊たちのウチとソトはそれでいいけど、問題はあの鈴の奴だな」
「オカルト部曰く、前の歴史が生んでそのままになってる奴ね」
サチコの言葉にみなみんが続く。歴史改変前のこの地の怪談にあった、日赤が生んだ怨霊。
歴史が改変されてるにも関わらず、無かったことになってないという、厄介極まりない存在である。
「アレはこの旅館の事情に関係なく、ここの人間襲ってたんじゃねえかな」
「だからあの幽霊が出たときに、他の霊が一斉に騒ぎ出したと」
「死んだ後も襲われ続けるとか、プロメテウスか何かかしら」
などと言いながらも、たぶん行きずりの私たちには関係ないだろうという、根拠のない結論を付けて安心しておくことにした。
『そんな訳ないじゃん』ってこの場の全員の顔に書いてあったけど、言っても何にもならないので、誰も口にはしなかった。
「後まとめるとすれば、この旅館の背景かな」
メモ帳の頁を捲って、トピック名は『恐怖! 老舗旅館の裏!』でいこう。
「元々は皆を怖がらせるために、栄にこの旅館のことを探らせたのが始まりだったね」
「元凶ともいう」
「余計なことしたわよね」
「あーあーきこえなーい!」
この件を調べさせた所ざっと以下の通り!
・この旅館は昔から行き倒れこと、行旅死亡人の保管施設としての側面を持っていた。
・今日まで毎年欠かさず行旅死亡人が、この街で出ている。
・行旅死亡人の遺体、遺品の保管の費用は死人の身包みを剥ぐことで賄われる。
・足りなきゃ県から税金で補填される。
・旅館の支配人から県知事から市長から皆同じ一族。何かしてるならグルと見るのが妥当。
・受付裏の階段が、コンクリで封印されていたが、ロビーのソファの下からダクト発見。地下へ。
・地下には大きな牢屋の様な大部屋が三つ、他詰所、小さな部屋、トイレ、洗濯機。
・大部屋の一つにて比較的新しい遺留品。破れたフードの中から助けてと書かれた紙きれを発見。
・小さな部屋にて労働者名簿と宿帳発見。宿帳は後で行旅死亡人、行方不明者と照会の為回収。
・名簿、古参で身寄りのない高給取りの従業員のみに×印。退職の詳細無し。
・宿帳の貼り付いてた頁の中から『オフダ』の位置が書かれた見取り図を取得。
「ごほん、とにかくまとめるとこんな所です」
「こいつ無視した上に作業で押し通すつもりだぞ」
「いいから!」
しかしこれだけをペンで書くと非常に手が疲れる。腱鞘炎が小説家や物書きの職業病と言われるのも分かる気がするよ。
「仮にここに旅館が、行く宛ての無い人の誘拐殺人をしていたら、被害者はきっと外の幽霊よね」
「ただ内側の霊は、恐らく同様の目に遭ったであろうここの古参従業員だろう」
「どうも愛着ってのは納得いかないんだよなあ」
海さんには悪いけどやっぱり何かしっくりこない。彼女も『そうねえ』という。
死んだんじゃなくて、殺された可能性があるなら、そういう穏やかな感じしないもの。
「つっても俺たちに確かめられる手段なんか無いし。オカルト部の部長に頼んで降霊術でも頼むか、或いは物の記憶でも読み取ってもらうしか手は無いぞ」
「その手があったか。後で依頼しておこう、これで真相の解明に一歩近づいた。」
後日本職を呼ぶ。真打登場は物語の王道だ。
「サチコ、あんた今余計なこと言わなかった」
「分からん、これが吉と出るか凶と出るかは、俺にも分からん」
ここまでやっと話をまとめ終わった。時刻はもう十時を過ぎた。消灯前に枕投げでもしたいけど、ここでやったら墓場で運動会をするのと大して変わらない。
そもそも枕が無い。
「後はこの地図にあるお札を、剥がしに行くかどうかだけど」
「お札って幽霊封印するためのものだろ。剥がしたら駄目だろ、俺は嫌だ」
「この建物を外の幽霊から、守るためってこともあるでしょ。私も嫌」
「私も嫌です」
満場一致で嫌か。実は私も嫌なんだ。
だってそれをやったら中にいる私たちに、真っ先に被害出るし。
でもさあ、ここまで来たら剥がしてみたいのが人情じゃない?
「気持ちは分かる。でもさ、ここまで来たら剥がしてどうなるか、見たくない」
『見たくない』
「見たいけど自分の身を危険に晒すのはちょっと」
流石みなみんだ。私の盟友、これで二対二。外の雨は対立を煽るかのように、まだまだ勢いを失わない。雷だって落ちてくれる。
「じゃあこうしよう。俺たちが危ない目に遭わないのなら剥がしてもいい」
「それが出来るならね、私だって斎に賛成してるわよサチコ」
やはり二対二。私はこういうときに頼れる手段を手に入れているんだよみなみん。
他ならぬ君の話からね。
「つまり私たちの安全が確保できれば三人ともやってくれるんだね」
「できんの」
「サチコさん煽らないで。この人やる人なんだから」
「もう遅い!」
私は携帯電話をスピーカーモードにして連絡先の中からとある人物を選んで登録してある番号を押した。
沈黙を制するコール音が数回鳴り響き、あの人の声が聞こえた。
『思ったより早かったわね』
三人が無言で狼狽する。受話口の向こうから聞こえて来る声は、何もかも見通しているかのように低く、柔らかかった。
『あなたの街にいる私、蓮乗寺桜子です』
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




