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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
207/518

・風呂入る前に風呂入る

今回長いです。

・風呂入る前に風呂入る


 ※このお話は斎視点でお送りします。


 私の名前は北斎。小田原市内の高校に通う少女A。今日は無理して用意した金の力で、無理を通した温泉旅行に来ている。


 海辺の温泉宿。なんて甘美な響きか。水着回と温泉回が両方こなせる万能レジャーだ。もっとも、目的の一つと擦りあわせた結果、水着はお流れになりそう。


 海だけにお流れってね。


 そんなことより我々は今、宿にとった自室でまったりと過ごしている。


 バスに乗る直前に、肉弾要員が不吉なことを言ったせいもあって、なんだかおかしな空気が流れたけど、それも忘れることに成功した。


 旅館の周りの景観は素晴らしく、少し高い丘に登った所から見下ろす浜辺は、名画のようであった。


 かと思えば中にはゲームコーナーもあれば、お土産屋さんだってある。


 如何にも中を探検したくなりそうな環境が、整っているのだ。なのにどうしてこんなに動きがないのかと言うと、何となくである。


 この三人で集まったのが、良くなかったのかも知れない。


「北さん、肝試しは明日でいいのよね」


「そうそう。一日かけてやる予定。歩いて十五分くらいのとこらしいよ」


 同行者の海さんが予定の再確認をしてくる。この後少しだけ、ロケハンはするつもりだけどね。


 我々三人は既に部屋の中を、縄張りとして三等分しており、女子特有の生温い空気が、早くも室内に漂い始めていた。目的のためとはいえ、サチコがいないのはつらい。


 部屋は畳が敷き詰められた和室。十畳である。二人部屋で取ると割高で、三人で取ると何処か不満が出る絶妙に不快な距離感。


 基本的に友人三人集まったら、それなりに居心地は良いはずなのに、部屋の広さが噛み合わないのが如何にも日本って感じだ。


「あ、見てみてここからも砂浜が見えるわ!」


「おー、晴れてたらここから水着の人々が見えたんだろうなあ」


「おっさんみたいなこと言わないで頂戴……」


 部屋に入るなり部屋の一番奥、小さなテーブルと椅子二つ、小型冷蔵庫が一つ置かれたスペースに陣取ったのはみなみんだ。


 曇り空の海辺だけど、はしゃいでくれている。


「やっぱりこっちの民放って神奈川じゃないのねえ」


 そういって海さんはしれっとテレビ側に陣取った。自然と私の領土は残りの場所となる。押入れ前だ。


 しかし押入れには布団は入っていない。食後に仲居さんが敷いてくれるらしい。落ち着くにはもってこいだけど、遊びたい盛りの私たちには、夜までの数時間は長すぎる。


「はー、ちょっと落ち着きましょ」

「そうね。ここまで来るのも疲れたし」


 皆初めて訪れた地に浮足立っていたが、やがてすることが無くなって着地した。


 よし。


「じゃあ私サチコのとこ行ってくるね」

「あ、そうね、今頃どうしてるか気になるものね」


 何故か焦り出していたみなみんが便乗しようとするので、私もまた焦った様子を見せた。


「え、みなみんも来るの」

「え、行っちゃだめなの」


 私はリュックから取り出しておいた、小さなポーチをわざとらしく目で示した。


「いや、その、私サチコの部屋のお風呂を借りる予定だから、ここにはお風呂付いてないし」


 風呂付の部屋はビジネス目的のものに限られていて、観光客用の部屋には付いてない。つまり。


「ほら、その、温泉入る前に、チェックしないといけないし」


 自分の体を見ながらした発言に、みなみんと海さんがハッとした。


 勿論この二人に限っては、毎日の手入れくらいしているだろう。でも私は違う。そして二人は違っても、初めて他人と入る可能性のあるお風呂で、あそこを気にしないでいられるだろうか。


「サチコには私から言っておくからさ、二人はその、順番決めときなよ」


「そうね」


「もしかして北さん、こういうのを分かってて、もう一部屋取ったの」


 私は敢えて答えることなく、部屋を後にした。この悪魔的計画を思いついた自分の頭脳が怖い。


 ――そしてサチコの部屋。


「ということなんだよサチコ」

「どこまでがわざとなんだ」


「部屋をプラス1する必要性に気付いて予算を見直しした所、優待が三人用で二人部屋にもう一人分足すよりも、三人はそのままのほうが安くなることに気が付きまして」


「ほう」


「で、三人部屋を二人で使うくらいなら、もう一人足したほうがいいやと思って海さんを呼んだんだけど、海さんには失礼を働くのは失礼だなと思って」


「日本がおかしいけど続けていいぞ」


「ありがとうございます。それで都合よく、ビジネス用の部屋にキャンセルが出たので、どちらを部屋からキックするかをクジで選んだ所、サチコ様がこの部屋担当となりました」


「一つ聞きたいんだどな斎」

「はい」

「自分がここに入るという選択肢はなかったのか」


「まっさかあぐあああ! やめて顔を掴まないで!」


 ――十分後。


 旅館は五階建て、五階だけは天井が低くイベント用のホールや、シーズンで開く喫茶店となっている。


 客室は四階、三階、二階となっていて、一階はフロントや土産物屋、ゲームコーナーとなっている。


 大きなお風呂こと大浴場は三階にある。私たちの部屋も三階だけどサチコの部屋は二階である。


 部屋に窓はあるものの、旅館の裏側の山林や道路が見えるばかりで、いい景色というほどでもない。


 むしろ開け放っておくと、虫が入ってくるので開けられない。


 ビジネス目的一人用の部屋は、風呂付きで五畳以上六畳未満といったところかな。奥行やお風呂もあるので一人用にしては、かなり広く感じる。この辺が旅館と宿泊施設の越えられない格差って奴だ。


 前に興味本位でカプセルホテルに泊まってみたけどアレは駄目だ。縄張りとかパーソナルスペースという概念が、半壊している人でなくては快適にならない。狭い所が好きなのとは似て非なるものだ。


 そんなことよりも。


「毛剃りしたいのでお風呂貸してください」

「分かった。いいよ」

「ありがとうサチコ!」


 私はそれまで取っていた土下座の姿勢から跳ね起きると、急いで部屋付きの風呂場へと駆けこんだ。


 なんで土下座をしていたかというと、胡坐をかいてくつろいでいたサチコに対し、頼みがあると切り出した途端にあいつが立膝になったからです。


 私は本能というか直感というか、反射的に正解となる行動を取っていました。そしてその結果、手形を頭に付けられるのと引き換えに、目的を果たすことに成功したのです。


 私は本当に賢い。


 本当に賢いなら生物のエロ同人を本人に見せるなんてことはしないんだけど、あのときは恥的好奇心に勝てなかった。


 代償としてサチコが私に、手を上げるようになってしまった。猫の甘噛み程度の意味だとしても痛いものは痛い。


 しかしこれで。


「おっとそうだ、ねえねえサチコは剃らないの」

「いや、必要な物を持って来てないし」


「下にあった売店で売ってるから買ってきたら。この後みなみんや海さんもくるし」


「やっぱり、剃ったほうがいいかな」


「そのほうが無難だと思うよ。私もそう思ってこうしてる訳だし」


 私が風呂場のドアから頭だけ出して会話していると、サチコは『ちょっと売店行ってくる』と言って、部屋を出て行った。いよし!


 これはあくまでも毛剃りの参考資料を得るために、自撮りをするのであって、『それ』を外し忘れて友人のケースまで収めてしまっていたらこれはもう事故。


 後で確認作業に入った私は慌ててそれを抹消するであろう。言い換えればその瞬間まで、私はそのことを知らないんだ! やったね!


 そもそもどうしてこんなことを目論んだかと聞かれると、最初は漫画の資料として皆の水着姿が見たいということから始まった。


 そこに親から渡された優待券と彼女たちとの旅行の提案が転がり込んできたのが始まりだった。旅館と来れば風呂。水着の先が見られる。


 そう思った瞬間、私の中でむくむくと欲望が膨れ上がった。好奇心なのか性欲なのか、正確な区別はつかなかったが、無性に見たくなってきた。


 そんなときだった、この前カドが取れたばかりの妹が『毛の処理くらいしていきなさいよ』と言ってきたのだ。


 天啓だった。その言葉に私は、お風呂や水着の前の下準備があることを、失念していたことに気が付いたのだ。同時に、その機会を設ける段取りも。


 私は私の友人たちのそういった生活の瞬間をどうしているのかが頭から離れなくなっていた。だが、今、時は来たのだ。


 私は改めて周囲に誰もいないことを確認してから、持ち込んだポーチから銀色に輝く『それ』を取り出すと所定の場所に取り付けた。


「これで、よし」


 そして何食わぬ顔で、本当にお手入れを済ませたのである。


「いやー、思ったより時間食っちゃったね」

「主にいっちゃんのせいでね」


 しばらくして、全員のお手入れが終わった後、部屋に戻った私たち三人は、何食わぬ顔でお喋りに興じていた。緊張からの解放には口を動かすのが一番だ。


「みなみんと海さんは二人とも、十分掛からなかったからね」


「一応毎晩チェックしてるから」


 毎朝ではないんだな。それはそうか。低血圧で朝が弱い人もいれば、家の仕事を手伝うこともあるから、お手入れに時間を割けないんだな。覚えておこう。


「私は朝にするけど、いっちゃんはどうしてたの」


「蒸れたり張り付いたりしたら剃るようにしてる。脛はソックスからはみ出たら全部剃る」


「目安はあるのね」


 どうやらバレてはいないようだ。少し探りを入れてみるか。


「でもさあ、ビジネス用っていうだけあって、アレはちょっとないなって思ったよね」


「え、何が」

「バスタブやシャワーに会社のロゴが入ってるの」

「あー、あの銀色で自己主張の強いの」


 海さんは目に付いていたようだ。流石は接客業。


「『この旅館に出してるのはうちの会社ですよ』ってことなんでしょうけど、正直ちょっとね」


「水回りの製品の宿命よね。商品にロゴが入ってるのは珍しくないけど、観光地なんかで見かけると、仕事の残り香が漂ってくるような感じがして、げんなりするのよね」


「逆に言うと、こういうとこにまで、仕事で来る人にとっては安心するのかもね」


 などと二人は言う。これなら帰りに回収しに行っても気付かれないかな。難なら今晩でもいいだろう。


 よもやアレが、私が事前に調査し、心血注いで作り上げた撮影機材とは思うまい。


「……そういえばサチコはどうしてるのかしら」

「部屋でしょ」

「そうじゃなくて」


 みなみんが急に、いや急にって訳でもないけども、当の部屋の主を話題に上げた。皆して毛剃りのために借りた部屋、その主サチコを。


「ほら、あの子って色々気にして無さそうじゃない」


「一応はバイトのこともあるから、最低限のことはしてると思うけど」


「私と同じで毎日手入れはしてないと思うから、その日程に合わせての処理、だよねたぶん」


 沈黙。そんなことは本人に聞かなきゃ分からない。この目で見るまで分からない。分からないけど。


「まさか全部剃っちゃうとかは、無いわよね」


「サチコだから、こういうのの加減が分からないとか面倒臭いとかで」


「有り得るわよねえ、この際だからっていうか」


 羞恥心は薄そうではある。人と揉めるのって恥ずかしいというのが、中流以上の日本人の感性としては未だに残っている。残っているが残ってない人もいる。それがサチコだ。


 あいつのことだし『いいやこの際全部剃っちゃえ』となっても不思議はない。


「サチコが最後だから、今行ったら剃ってんじゃないかな」


「注意しにいくべきかしら」

「止しましょう! こういうときは信じましょうよ」


 今行けば最悪の事態だった場合、手前で止めることができる。もし違えば私たちが馬鹿を見るだけだ。


 極めてローリスク。転ばぬ先の杖。

 しかし何故だか誰も行くとは言い出せない。


「海さん、大浴場って何時からだっけ」

「確か六時から」


 二人の言葉に私は時計を見た。室内の壁、天井付近に一つだけ時計が掛けられている。まだ三時を少し過ぎた辺りである。


 私たちは土産物屋に行くでもなく、ロケハンに行くでもなく、しかして落ち着けるはずもなく、ただじっと時間が過ぎるのを、待つようになっていた。


 恐怖と好奇心が我々の動きを封じてしまったのだ。そしてその時間は実に三十分以上にも及んだ。


「サチコは今してんのかなあ」


 目を閉じ耳を澄ませば、下の階の風呂場で、サチコが毛を剃る音が、聞こえて来るような気がした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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