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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
進路相談編
191/518

・情報共有にも時間はかかります

今回長めです。

・情報共有にも時間はかかります



「ということなんだよサチコ」

「お前ら馬鹿なの?」


 部活に来るなり先輩が、俺に声をかけてきたので、嫌な予感はした。


 先輩がパソコンもタブレットも漫画もゲームも電子工作用の機材も持っていなかったからだ。


 バイトが無い日は愛同研で、ぶらぶらするのが俺の楽しみだ。部員たちの手伝いをしているときは、素朴な幸せを覚える、今日この頃である。


 それに助走を付けて、泥をぶっかけに来るんだから堪らない。厄介事という奴は、まるでかまってちゃんである。


「え、いきなりなんだよ心外だなあ」


 そして先輩から持ち込まれたのは、妹の様子がおかしいという相談である。


「お前ら姉妹揃って、間に俺を立てるのは、どういうつもりだよ」


 いじめじゃないんだし、当事者同士目の前にいるんだから、勝手にやったらいいだろ。


 何故初手で第三者を巻き込むんだよ。


「妹は姉の様子がおかしいと言い、姉は妹の様子がおかしいといい、俺からしたらお前ら二人とも頭がおかしいよ」


「いやだって、栄がつっかかって来ないなんて、おかしいし」


 先輩から聞いたご家庭の様子は、なんとも寂しいものだった。


 突然変異みたいな先輩を持て余した家族と、疎遠になっているのだそうな。


 分からんでもない。女で趣味も合わず自分より優秀となれば、同じレベルの人間か、俺みたいにこれは助かると思っていない限りは、嫉妬やら何やらでストレスが溜まるだろう。


 善玉とは思うんだがなあ。


「そこなんだよなあ。何でそんな嫌われてんすかね」


「私は家じゃ趣味の話は避けるし、基本的に建設的なことしか言わないよ」


 謎だ。自分から嫌われる行動を、この人が取るとも思えん。そんなんするくらいなら、関係断絶の後に没交渉へ突入するだろう。


「だから煙たがられたんじゃないかしら」


 横から口を出してきたのは、存在が煙みたいな女こと南だった。


 手袋をして床にブルーシートを広げており、その上で木片に生えた、青みがかった灰色のカビを、こそぎ落している最中である。


「なにそれ顔料作り」

「今私ね、顔料の染料化にはまってるの」

「あ、そう。で、何で先輩が煙たがられてるの」


 何故そういうことに興味を示したのかについては言及すまい。気になることは気になるが、今考えるべきはそれじゃない。


「そこはもうちょっと気にして欲しかったんだけど、いいわ。だからね、前向きなのは鬱陶しいって思われてるのよ」


「あー、俺がお前のポジティブさに距離を置きたがるのと同じか」


「えっ、いや、それとはたぶん違うと思うけど」

「じゃあどういうことだよ」


 南は傷付いたみたいだったがそれだけだった。


 おしゃべりしながら作業が一切中断されないのが、何気に凄いと思う。『ながら』の数が多くなっても、精度が下がったり、手が止まったりしない。


「だからね、愚痴を零したとしても、それを解決して欲しい訳じゃないのよ。解決したらその話題が失われてしまうじゃない。その愚痴はもう零せないのよ」


「あーそっちかー」


「なにそのうんこしたいから食べ物完全に吸収できたら困るみたいな考え方」


「先輩言い方。分かりやすいけど言い方」


 気が立ってる。顔に苛立ちから皺が寄って『しらないよそんなこと』と書かれ始めている。こういうときは夕日を見たいが、生憎今は梅雨の中。


「それにいっちゃん、いっちゃんって家族のことってどれくらい分かってる」


「来歴と性格の把握くらいは済ませてるよ。何が好きで何考えてるかくらいは、概ね察しがつく」


「流石」

「それがよくないのよ」

『えっ』


 俺と先輩の声が重なる。無言で三人が三人と顔を見合わせる。困惑しているのは俺と先輩で、南は余裕のある怒り顔をしている。なんだその顔は。


「人は自分の事を見透かされるのが、嫌なものなの。だから自分の後ろ暗い所まで、理解された上で前向きなことを言われると、自分がちっぽけなことを自覚して屈辱を感じるの」


「何それ変なの」

「お互い見透かされてるほうが話早くなるじゃん」

「ツーカーだよねえ」


「だからここの連中って度し難いのよね、変なとこでメンタルが強靭っていうか」


 南が目と目の間を指で押さえる。ふと部室の隅で、部室の模写をしていた、アガタの姿が目に入る。


 手を止めてこちらを見ているが、何とも言えないご様子。俺たちの言い分と南の言い分、どちらにも思い当たる節があるみたいだ。


「相手に見透かされてると知ってる状態で、自分が相手を見透かせないとね、制御されているような錯覚を覚えるのよ、それがストレスなの」


「自意識過剰だな。自分がちっぽけであることと操る価値があることとは、全然別だぞ」


「サチコ言い方。分かるけど言い方」


「この時代の俗説だけど、IQに20以上差があると会話が成立しない、というのがあるわ」


 何故この時代の俗説を持ち出すのだろう。お前の時代の本当を、聞かせてくれたらいいじゃない。


 しかし今そこを突っ込んでも、会話に進展があるかは不明なので、成り行きに任せようそうしよう。


「私たちは体の構造上、常に具合が悪いようなものでしょ。だから基本的には、生理的な満足を優先するようになってるのよ」


「即物的という訳だな」


 我々女子は生理現象に、マジで生理があるのだが、これが始まると人間関係に加え、肉体的にも消耗する日々が始まるのである。


 愚痴っても楽にならない類の苦痛なので、誰も口に出さなくなる。


 俺だってミトラスの呪いのおかげで、生理が止んで毎日好調とかそんなこともないし。ミトラスが言うには『不老にはしたけどその代謝は止めないほうがいいと思う』とのこと。


「だからね、いっちゃんの多趣味で精力的で、人一倍頭の良い所が、鼻につくんじゃないかしら」


「南言い方。分かるけど」


「身内の贔屓目で排斥にまでは至らないってだけね、あ、妹さんは違うんだったかしら」


「みなみん言い方。分かるけど」


 でもそうか。親といえど人間だ。例えそれが自分の子どもだとしても、自分より優れた相手を認められるかは別問題である。


 妹も姉が自分の上位互換ともなれば、中々穏やかではいられないものが、あるんだろうな。


 先輩は来る物を拒まず去る者を追わずといったスタンスだが、それは同類に対してである。


 敵対せず興味が無く趣味も同じでない人間、つまり他人に対しては、否定もしないが迎合もしないというのが、ご家族との関係を、ええと。


「一旦整理しよう」

「そうね」


 こういうのを複雑っていうんだよな。


「いっちゃんは妹さんが大人しいから、様子がおかしと言ってる。妹さんはいっちゃんが大人しいから、様子がおかしいと言ってる」


「お前らもしかして、お互いにじっとしてるの、見たことないのか」


「ないねえ」


 この際価値観や背景は、一度話の外にでも置いておこう。先ずは状況の把握と整理だ。そのための考察は後でいい。


「とりあえず今年受験生である、いっちゃんの活動のペースが落ちることは、どうしようもないわ。で、妹さんが大人しい理由だけど」


「たぶん俺が言い含めておいたからだな」

「そういや栄が店に来たって言ってたね」

「うん、実はな」


 俺はここでようやく、東雲での栄との出来事を二人に伝えた。


「忠告というより脅しに近いわね」


「自分の先輩が退学するかもって、サチコちょっと酷いんじゃないの」


 南と先輩の非難のこもった視線が痛い。

 何故だ。俺は悪くないはず。


 拗らせてる相手に、家族を信じてみろなんて説教もしてない。ただ文明人として、損得に基づいて理性を促しただけだ。


「でもそれで大人しくなったんだからいいだろ」


「一時しのぎでしょ。そのうち我慢が利かなくなると思う」


「あくまでもいっちゃんの信用のなさに付け込んで、別の不安を吹聴しただけですもんね」


 姉に突っかかりたいが、そのせいでキレて学校を辞められでもしたら、困るというジレンマである。


「私はこの一年はこんな調子だし、栄の挙動がおかしくても気にならないんだけど、問題は栄が欲求不満の末に、何しでかすか分からない点だよ」


「なんでそんな嫌われたんすかね」


「元々趣味や好みは被ってたんだけど、フィジカル以外は全てにおいて、私が上だったからじゃないかな。何をしても私のほうが先に上達するから。私は今でも趣味でやってるけど、栄えは私と競争してるつもりになってるんだと思う。その空回りから抜け出せていないんだ、あの子は」


「分かってんすね」


「みなみんも言っただろう。人は見透かされるのが嫌だって。たまにかける助言も諭しも、裏目に出てたんだろうね。女の子って難しいよ」


 先輩は苦笑した。眼鏡の奥から覗く目には深い憂いの色があった。


 上には上がいる。この言葉に対して、俺は虚しさを覚えるが、栄は焦りを感じるのかも知れない。


「これはどこかで一度、自尊心を取り戻させないと、拙いんじゃねえか」


「そうね。でないといつか爆発すると思うし、何より可哀想だわ」


「いやあ申し訳ないね」


 俺たちが自主的に、協力しているように見えるが、実体は家庭の問題に、巻き込まれただけである。


 トラブルに慣れたせいか、自分たちの動き出しが早くなってきているので、そうは見えないだけで。


「とはいえ直ぐには思いつきませんね」

「そうね、これは宿題ね」

「よろしくお願いします」


 かくして俺たちは情報共有と、今後の方針を決定すると、一度解散することとなった。


 ゲームの裏での処理だと、一瞬で終わるようなことでも、現実の動きにするだけで、こんなに時間を食うものなのだなあ。


「あ、そうだ先輩」

「なに」


「先輩って家で、俺のこと話したりしてますか」

「え、基本的に没交渉だから、そんなことないけど」

「あー、分かった分かった分かったはい。あざっす」


 俺はちらりとアガタのほうを見た。いつの間にか姿が無い。やはり栄が持ってる俺の情報の出所はあいつだな。


 取り合えずまとめると。


 コンプレックス持ちの爆弾(栄)を処理しよう。

 その為にすることはまだ考え中。

 先輩は家で浮いてる。

 栄の情報源はアガタ。

 栄は別に斎を退学に追い込みたいとかではない。


 こんな所か。


 人様の家庭の事情に首を突っ込むのも、正直どうかと思うが、きっと首を突っ込まないと、もっと厄介なことになる気がする。


 全く根拠も確証もないけれど、心の底から本当に、そんな気がするのだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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