・missing you!
今回長いです。
・missing you!
白い。また真っ白な場所だ。
この前もこんな夢を見たな。
バイクに轢かれて気を失ったんだな。たぶん死んではいないと思う。
強くなったと言っても所詮この程度か。文明の力は恐ろしいな。
とはいえ俺が間に入ったことで、どっちの運転手も助かったはずだ。今頃はミトラスが、介抱してくれていることを祈ろう。
それにしてもここはいったい何なんだろう。夢とは言ったが、この前の感じからして、どうも違うような気もする。
これはアレかな。夢系の魔物とか妖怪と、接触するパターンか。そういえば異世界では会わなかったな。
俺の望みを叶えるとか、そんな誘惑してくれたら。前にあったのは、そんな嬉しいものじゃなかったし。頭に響くような、やたら重さを感じるような声で。
――やはり死なぬか。
そうそうこんな感じの皺枯れた。あれ。
――お前は何者なのだ。
「あんたこそ誰だ。やっぱりここ俺の夢じゃないな」
お、声が出せる。ということは。腕を振る、有る。腕が有る。地面を踏む。在る。
足が有って地面が在る。体をぺたぺたと触り、最後に顔を撫でると、全身がここにあることが分かる。
前と同じかとも思ったが、今回は俺の体がちゃんと存在している。
――魂で在る。お前と同じ。ここは、敢えて名付けるのならば、作業場である。
その言葉と同時に、虚空から振って来るいつぞやのテレビと据え置き型ゲーム機。
そして白い大きな、大きな、なんだろう。全体像が見える位置まで後退してみると、分かったのは球体であることと、輪郭が燃えるように乱れていて、見上げる程に大きいってことだ。
下手な建物より余程大きい。あと、影が無い。でも玉の縁が時折黒くチラつく。
「およそ神仏か悪魔とでも思ったんだけど」
――人間の多くは私たちをそう呼ぶ。ときには悪魔とも、或いは大いなる魂とも。この地に住まうそれらとは異なるが、人間は区別できないようだ。
何それ。地球の神様とは別枠ってことか。そんなん分かる訳無いだろ。いや、SFだとたまにいるけどさ。八百万っていうだけあって、色々いるんだな。
まあ魂の話が宇宙に飛び火することもあるし、宇宙に出ることは、地球を出るってことだから、こういう宇宙から来る場合も有り得るのか。
「『私たち』なあ。それはそれとして、俺はなんでここに来たんだろう。あんたが呼んだのか。今までこういうことが無かったから」
――違う。お前が条件を満たしたのだ。
俺が。今月に入って満たしたということは、間違いなくアレやコレやのせいだろうけど、認めたくない。もう少し気取った形でありたかった。
――神に対する振る舞いを修め、神を象った身嗜みをし、神の声を聞く力を持った。この地の人間が遠い昔に見出した法を、お前は踏襲したのだ。
相撲と奇跡の習得に加えアニミズマーの装備をしたことで、偶然儀式のような形になり、ここのチャンネルを開いてしまったというのか。なんということだ。
――私の問いに答えよ。お前は何者なのだ。
「俺はサチコだよ、人間のはず」
――サチコよ。お前は死なねばならぬ。
「いきなりだな。前にもそんなことを言われたけど、なんで」
――この世の歴史が歪められたことはお前も知っていよう。
うん、知ってる。というか今では荷担してる。
この世界は異世界転生を果たして、時間移動とか時間操作とか、そういうチート能力に目覚めた異能者、マックスこと石塚青年があの手この手を尽くして改変したものだ。
なんでそんなことをしたかと言うと転生前、つまり前世の死因である、過労自殺を避けたい一念から起こした、努力の賜物なのである。
これが人間の底力。
「知ってるけどそれは俺のせいじゃないぞ」
――しかし遠因はお前にある。
「え、そうなの」
なんだろう。心当たりがない。つっても石塚は自分の意思で帰って来た訳だし、そんな壮大なスケールのやらかしを、した覚えはないんだけど。
――お前たちが魂と表現するものの行方において、この世界から異世界へ向かった者が、死にもせず戻ってくることは、本来ならば有り得ぬことなのだ。
「え、そうなの」
――世界における生というものは、魂が魂であることを忘れるための、一時しのぎに過ぎぬ。
「え、そうなの」
いかん、完全にオウムと化している。下手に相槌を打たないほうがいいな。
「そういや、魂とか神様って言うけど、いや、言ってるのは人間だけど、そもそも何なの」
当たり前のように話を進めてくるが、俺からしたら先ずそこからだ。関係ないかも知れないが、一応そこをはっきりさせておきたい。
――魂とは世界に散らばる不老不死の存在。私たちもその一つ。魂は時と共に或いは集結し、或いは膨張した。やがて私たちは意思を持った。
「なるほど」
――遅かれ早かれそうなるとしても、中には芽生えた自我に耐えられぬ者もいた。だが耐えられぬとしても魂は死なぬ。私たちはこの苦難と永遠に離れられぬ定めにあった、はずだった。
『はず』って何だ『はず』って。いいことのようにも思えるが口ぶりからして良く無さそう。
――新たな存在が星々の内に芽生えた。それらは死を持っていた。お前たちのいう生物や生命のことだ。不思議なことにそれらの肉体というものは、魂を捕え自分の型に流し込む特性を持っていた。
肉体は魂の捕獲器か。そういえば以前にもこんな話を何処かで聞いたような。誰から聞いたんだったか。
――肉体に囚われた魂は、肉体が滅ぶと外へと放り出されるが、そのときそれまでの魂としての記憶を、忘れていたのだ。逆に肉体に入っていた記憶は連綿と蓄積していく。
魂の記憶力が肉体に浸食されている。何も地球圏に限った話ではないかも知れないが、恐ろしいな生物。
――魂であることに耐えられぬ者たちにとり、それは抗い難い、救いの手のように思えたのだろう。多くの魂たちが肉体を求めて、我先にと囚われていった。私たちも敢えてそれを止めることはせず、以降は魂たちの安息のため、死後の世話をするようになった。
「それが輪廻転生や天国や地獄ってことか」
――そうだ。人間にとっての神や悪魔は、魂が忘れていた本来の自分、その片鱗を思い出しただけのこと。そして転生とは生まれ変わりなどではなく、魂であることを、忘れ続けるための着替えに過ぎない。
「なんか人間臭いな」
当然っちゃ当然か。そういう面が無ければ、人間の体にまで宿るまい。
神様たちは魂の上位種みたいなもので、同族のために死後の管理をしているってことなのか。
もっとこう、魂という根源的な蛇口を牛耳る、悪の親玉っぽいものを、多少は考えていただけに、これは意外。単なる苦労人ではないか。
「魂と神様っていうのは分かったよ。それで、何で俺が死なないといけないんだ」
俺は話を戻した。本題は今言った通り『何故俺が死なないといけないのか』で、それとは別に気になったのは『異世界に行った奴が戻ってこないのは何故なのか』である。
――お前が死ぬことにより、この歪められた歴史が元に戻るからだ。
「はあ?」
思わず間の抜けた声が出る。何で俺が死ぬと、歴史改変が元に戻るんだ。
「歴史を変えたのは俺じゃないだろ。変えた本人ならまだしも、何を言ってるんだお前は」
思わず失礼な言い方になる。それはそうだよだって頭にキテるもの。
――前世の記憶を持つ転生者の中には、前世の死を受け入れられぬ者も多い。己の転生を覆そうと試みる者は少なくないが、歴史の改変は容易く無い。覆す時の中に、自分がいる限り。
自分が変えた歴史の煽りを当然自分も受けるから、歴史は変えても変えても、元に戻ってしまうジレンマがある。
のだが、異世界からこの世界に戻ってきたもう一人曰く、俺と出会ったことで、元に戻らなくなったんだそうな。
よく分からんが部外者が、目撃者になったことで、変わった歴史がそのままになったらしい。
――そこに、お前まで帰ってきてしまった。異なる世界へ行き、数年を経ておきながら、この時に戻ったお前が、存在してしまっている。お前が彼の者の前世の死を免れさせたことで、改変は成立してしまった。
俺の異世界のことまで分かってる辺り、魂の管理をしてるのは、強ち嘘じゃないのかも知れない。
「それって自分以外の人の手を使うなら、歴史を改変できるってことか」
――違う。その世界とは関係のない者が行うとだ。歴史改変の影響が無い者とでも思うがよい。
なるほど。歴史改変の難しさは『変えたら変えようとした自分も変わってしまうから、変えたということを維持できない』という点に尽きるんだな。
しかしそれが全く関係の無い、第三者の手によって変わった場合どうなるか。
第三者側には関係がないままなので、相手が変わろうが変わるまいが関係ないのだ。関係無いので変わったとしても、影響が無いからそのまま。
今回の場合は異世界から帰ってきた俺が、マックスになる前の石塚の自殺を、思い留まらせたってのが、この改変後の歴史を、戻らなくしているんだとか。
あれ。
「おいちょっと待て、俺は確かにマックスを助けたかも知れないがそれだけだぞ。マックスが行った数々の歴史改変は、関係ないんじゃないか」
――左様。本来ならば彼の者の改変は、前世の死を食い止め、しかしそれゆえに振り出しに戻ることを、繰り返していた。されど此度はお前が現れ、改変後の世界に存在してしまった。
石塚が死なないとマックスに転生しなくなる。
マックスがいなくなると、引いては彼の行った石塚生存のための行動が無駄になってしまう。のだが。
本人の努力とは何一つ結びつきが無い、ぽっと出の状態の俺が登場したことで、石塚生存という歴史改変が確定した。
同時に彼がやってきた、それ以外の事柄もだ。一人の青年の生存に、全く関わらない改変の全てが
こう考えると俺がこの歴史を固定しているとも言えるが、あくまで固定している部分は、石塚青年の過労自殺を免れたという一点である。
そこに付いてきたおまけが、マックスの行き過ぎた業績ということである。
「申し訳ないけどこれ、俺悪くないんじゃないかな」
――お前は知らぬだろうが、彼の者はお前との語らいの中で、己の死を拒む意思を強めていた。お前こそがこの改変の遠因でもあるのだ。
それ何てバタフライエフェクト。
俺と話してるうちに、やっぱり自分の過労自殺は嫌だなって思って、元の世界に帰って人生やり直したいと思うようになったとか、与り知らないよ。
「だからって俺が死ねばこの歪みが解消するのは無いだろ。俺は今を生きてるんだぞ。死んだって今が続いていく。もう手遅れのはずだ」
――いいや、お前の死はその世界の、その時間の中の死には含まれぬ。お前はあるべき時の力を受ける。そしてこの歪みは正される。
「大人しく聞いてりゃ、人を蔦の絡まった棒もしくはフックの引っかかった柱みたいに言いやがって。死んだらそれが引っこ抜けて、無かったことになるとでもいうのか」
――そうだ。お前は死なねばならぬ。
「いい加減しつこいぞ、なんでだ!」
ついカッとなって声を荒げてしまった、しかし白くて巨大な魂は少しも動じることはなく、少しの沈黙を挟んでから、答えを告げた。
――本来ならば、お前はこの世界には既に存在していないからだ。
その大きなモノは、俺に対して真っ向から、確かにそう言った。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




