・パニックアクション(静止画)
今回長いです。
・パニックアクション(静止画)
「わああ゛!」
走り出すこと十秒ちょい。
俺は加速が不十分なトラックの正面に回り込んで、車体に組み付いた。同時に運転席からは、男の悲鳴が上がる。
急に何かが現れて、視界を埋め尽くしているんだから無理もない。現在は腕を伸ばして、運転席を抱え込むような形だ。
「ふんぬっ!」
タイヤに足を巻き込まれないよう注意しつつ、腰から下に精一杯の力を込める。いける。完全に止めるのは難しいが、力が拮抗している実感がある。
ふざけた見た目とはいえ、防具というのは本当だったようで、体と車体がぶつかった際は、硬い音が響き渡ったが、痛みや衝撃は殆ど無かった。
「おい! しっかりしろ!」
「え、ええ! だ、だれっ」
今の俺の頭はトラックの屋根より、やや高い位置にある。大声で呼びかけると、夜中ということもあり、車体の中からでも、相手の声はなんとか聞こえる。
「誰でもいい! ブレーキはどうした!」
「あっあ、壊れてるんだ! 急に踏んだ感じがしなくなって、奥に引っこ抜けるみたいに!」
どういう故障なんだ。
空気が混入したのか油が漏れたのかブレーキパッドがすり減ったのかそれともブレーキのシリンダーが破損でもしたのかワイヤーブレーキ用のワイヤーが切れたのか。
トラックにしては、タイヤが何だか細い気がする。
駄目だ故障の心当たりを列挙しても専門家じゃないから結局の所どれだか分からん!
「一旦サイドブレーキを引け! あんだろ!」
「え、ないよ、一般の自動車じゃないんだよ!」
ないのかよ、え!? ほんとに!?
「こういうときのために、止めるためのレバーとか、ないのか!」
「ああ、それならセンターブレーキって言えよ、それともシフトレバーのことか、とにかく普通自動車じゃないんだこっちは」
「知るか馬鹿! いいから止めろ! ギア落とせ!」
思わず飛び出る五・七・五。
そういう名称の違いで、分からないとか止めろよ。仮にも車運転して仕事をする本職だろうが。
「くだらんこと言ってないでとっととやらねえかこのトンチキ!」
「駄目だ、どっちも固いし重くてとても動かない! あとシフトチェンジっていうんだけど」
「んんんんんんんああああああああもおおおおおおおおおお!」
おっとっこっのっくっせっにいいいいいいいいい!
「いいから全体重乗せてやらねえか! このままだと家に突っ込むぞ!」
あと一年と十か月くらい住む、俺の我が家が控えてるんだよ、異世界に帰ったら、二度とこっちに戻って来なくなるったって、今なくなったら困るんだよ!
「ぐあああ!」
それなのに何故か勢い付くトラック。無慈悲にも程がある。いや、これは何かがあったに違いない。
何かも糞も自動車が前進するのに必要な動作はこの際一つだけ!
「おい! おい! お前アクセル踏んでるだろ!」
「え!」
「アークセール!」
「あ、はい!」
「離せ!」
「ひゃいぃ!」
夜中に大声出すものじゃないが、そうも言っていられない。さっきからトラックに、がっぷり組み付いて踏ん張るばかりだが、徐々に押し込まれているのだ。俺のほうが頭が高いのに。
「ぐ、ち、ちくしょう!」
分かってはいたがやはりトラックは強い! 命懸けの戦いなのに、なんだこの絵面、命は無事でも我が家に存亡が掛かっててるんだよ。
俺自身には動きがなくても、車は押し込んで来るし後ろには下がっちゃうし。
でも最悪このまま下まで下ろすか、方向を転換させられれば、駄目だ、家の柵や塀ごときで、止まれるとは思えん。
「頑張って、まだギブアップするときじゃないよ」
後ろで小さい悪魔が他人事みたいに応援してくる。こうなったらいっそミトラスに頼るか。いや、まだ大丈夫のはずだ。
こいつもそれが分かってるから、俺をこうやって追いたてているのだ。それにここでミトラスを頼れば、ここ数日の努力が、ただの馬鹿騒ぎになってしまう。
――こういう心の余裕みたいなものがあるからいけないんだよなあ。
いかん、うんざりしている場合ではない。正直平穏無事な高校生活を、送るためという観点から見ても、これがいらない過程だとしても、身に降りかかってる以上は逃れられない。
――ぶっちゃけミトラスに、なんとかしといてって頼めば、連休遊びにいけたんだよなあ。
いかん、精神がこの状況から離れつつある。離れたがっている。今更正論を、言うな!
「おい、ハンドルは切れるんだろ! だったら路肩に寄せてキーを引っこ抜け! どの道ブレーキが利かないんならエンジンだけでも止めろ!」
「無理だ! マニュアル車じゃないんだぞ! 抜けないよ!」
ああ、こういうときどうすればいいんだ。トラックの内部構造なんて、女子高生が知ってる訳ないだろ。異世界に行ってたって知らないよ。
「落ち着いて、ブレーキ以外でも減速できるでしょ、それをやらせて」
「そうか、おい、シフトを一番下に戻せないか」
ミトラスが後ろから助言をしてくれる。そうか。駐車場のときは、ブレーキ以前に速度を落としていたはずだ。
「もうやってる! これでも下なんだ、駐車に切り替わらないだけで!」
トラックとんでもねえな。
これでもっと重量級だったり、重機だったりしたらお手上げだったに違いない。
それにしてもレバーがパーキングに入らないから、鍵も抜けないってことなのか。
「レバーをそこに押し込めさえすれば、たぶんキーは抜けるんだ。抜けたらエンジンも止まるから、その内いつかは止まる、と思うんだけど」
どうしよう。何故かしらんが運転席のレバーまで、固くなって動かせないから、止めるのも厳しいと来ている。
仮にも命惜しさに成人男性が、全力で挑んでいるにも関わらず、びくともしないなんてものを、力技でどうにかできるものだろうか。
「少し退いてろ、せやあ!」
俺はガラスをぶち破って、腕を突っ込もうとした。だめだ。
今時の車のガラスは、何層にも重ねられて割れても破れない仕組みなっている。高性能が祟って、人命救助が捗らない!
こうなれば一度ドアを開けさせて、あ、ん?
ドアを開けさせ……。
「あ!」
「な、なんだ!」
「いやなんでもない」
ドアを開けて逃がそうと思ったけど、何処から何処までが安全か、分からないんだ。
その辺に避難させても、うっかり轢かれるなんてことも有り得る。どうにかしてこいつにレバーを、パーキングに入れさせなければ。
こいつも剛力が使えたら楽なんだろうけど。
待てよ、確か奇跡って。
「なあミトラス!」
「はーい」
「奇跡って確か、人に魔法を覚えさせられたよな!」
「正確には授与・貸借となります」
ミトラスから注意が入る。これは使うと俺の強化が解けるってことになるのか。八尺形態のみでこの状況を支えなくては、いけなくなるのか。きついな。
「運転手に俺の魔法を貸して、唱えさせたいがやり方が分かんないんだ。どうすればいい!」
「なるほど、確かにその手があったね。教えてなかったのは僕の落ち度だし、やってあげる」
「助かる」
こうしている間にもトラックはじりじりと進んでいるのだ。俺が力尽きても大丈夫とはいえ、できるはずだと言われれば、やってみたくもある。
「当然だけど、中にいる人に貸すのは、君の剛力だ。一気に苦しくなるからね」
「頼む」
俺が頷くとミトラスも頷いた。彼は懐から長方形の和紙を取り出すと、人差し指の爪で俺の腕を浅く引っかいた。
傷口に滲んだ血の玉を、墨の代わりにすると、さらさらと紙面に書き付けて、お札を作り上げていく。
「できた、これをガラスに貼って読ませるんだ」
「よし、おい! 聞こえるか!」
速やかに書き上げられたお札を、何とか体勢を崩さないように受け取ってから、再度運転席の男へと声をかける。返事は少ししてから聞こえてきた。
「あ、はい」
「大丈夫か」
「はい、今警察に電話してました」
「そうか、で、何がどうだって」
「車が故障してブレーキが利かないから、どうすればいいですかって、今ゆっくりとだけど前に動いてることとかも伝えて」
「それで」
「直ぐに来るから、どこかに寄せて止めてくださいって言ってました」
そうしたいのは山々なんだけど、心当たりの有る場所がない。あるとしたら道の横に、ちょっとした膨らみが有るくらいなんだけど、暗くてよく見えない。
街灯の数をもっと増やしてくれ観光地。
「そうか、いいか良く聞け。やっぱりお前がレバーを頑張って倒すしかない。今からありがたいお札をガラスに貼るから、それ読みあげて心を落ち着けて、それでまた挑むんだ、いいな」
「あ、はい! 分かりました!」
一々『あ』って入れない! ってそんな就職指導みたいなことを言う暇は無い。ミトラスから借りたお札をガラスの正面真ん中に押し付ける。
生乾きの血文字のおかげか、剥がれることなくくっついた。後は体を少しずらして、外の明かりが入るようにしてと。
「よし、じゃあいけ!」
良く見ると運転席の中では、ちゃんとライトを点けてくれていた。俺の体のせいで真っ暗にしてしまってたから、この判断はありがたい。
「剛力拝借急々如律令!」
なるほどそういうふうになるのか、ていうかこれ陰陽術を応用してるのか。地味に高度なことをしてるんじゃないのか。
そう思っている間に、男が呪文を唱え終えて、俺の体から、ふっと力が抜け落ちる。身長が縮んでいき、目線が運転席の高さまで落ちる。
残りの効果時間に関係なく、持っていかれるのか。一気に形勢が傾く。歯止めが利かなくなっていく。
「うわ!」
「は、早くしてくれ、もう保たないぞ!」
押し込まれる程にトラックが加速してしまう。勢いを殺せる程には止められていない。
「サチウス、鉄砲だよ」
「分かってる!」
形振り構わずに張り手を連打し、体ごとぶつかっては押しのけられ、それでもまた繰り返す。数度目で鎧の一部に皹が入った。
「この、オートマのくせにいいーー! ぬううううっうん!」
運転手の男が、満身の力でレバーを押し込んだのが見えた。壊れたり捥げたりするんじゃないかって勢いだった。
ついでに体も何だか、大きくなっているような気がするが、今は言うまい。
「よし、徐行しつつ鍵!」
「はい! 鍵抜けました!」
運転席から聞こえた活力に満ちた声。
目と目が合った、喜んだ顔が見える。
俺を見て一瞬怯えたが、格好が格好だけに、奇妙さや違和感のほうが、上回ってくれたようだ。
俺が頷くと要領を得ない、ジャパニーズスマイルを向けてくる。それでもいい。今はそれでいい。
「あとはこのまま進めば、電柱にぶつかって止まれるだろ。そしたらあんたは降りて警察を待て」
男はちゃんと返事をした。眠気や気だるさ、怯えなどは既になくなっていた。困難を乗り越えて安堵した疲れと、勝利の残る顔だった。
「本当にありがとうございます。えと、日本人、ですよね」
「ああ、現役女子高生だぜ」
「はは……」
何笑ってんだこの野郎。俺は嘘は言ってない。まだ嘘の範疇には差し掛かってない。まあいいや、お茶を濁して悪いこともないだろ。
俺たちはそれから電柱の光に導かれるままに、未だ動き続けるトラックを、その足元まで連れて行った。
柱にぶつかったとき、ガツっと鈍い音がして、それからようやく停車してくれた。
「ごめん、正面を張り手でベコベコにしてしまった」
「いいんです、止まったから」
あわやの事態を食い止めたことで、俺も運転手の男もほっと胸を撫で下ろした。
ミトラスも上機嫌で、気が弛んでた。柄じゃないからしなかったけど、燥いでもおかしくはなかった。
だからこの時、誰も周りをよく確認してなかった。灯りのせいで、後ろから来る光にも、気付いてなかったんだな。
自分たちで怒鳴り散らしたから、排気音にも気づかなかった。
そんなこともあって、誰も今の今になって、バイクが突っ込んで来たのが、分からなかった。
「えう」
変な声が出た。背中に重いものがめり込んで、体が何かによって、トラックに思い切り打ちつけられる。
俺は倒れて意識が途切れていく最中、その何かが、忘れていたバイクであることを、ようやく思い出したのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




