表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
女トラックどすこい編
179/518

・この運転手は適法な労働環境で働いていることになっています。

・この運転手は適法な労働環境で働いていることになっています。



 現在深夜一時過ぎ。俺とミトラスは家に突っ込んでくる予定のトラックを、待ち受けていた。


 学校近辺の丁字路、坂の上の対向車線と坂の下は、愛同研が製作した、交通安全の看板で封鎖済み。


 十二時にここに来て、ずっと待っている。たまにトラック及びバイク以外の車が、通り掛かるけど、看板を退かして通る人もいれば、大人しく引き返していく人もいた。


 明日学校に苦情が来るかも知れない。


 つっても看板の位置は、元の場所から変えられているので、学校は被害者だ。心配はあるまい。


 周囲は街頭の間隔が長いこともあってか暗い。虫のビーっていう音が警報めいている。頭上の信号が一番頼もしい光源である。


 俺は既に巨大化と強化を一段階済ませてある。案の定服のサイズ変更もできたミトラスのおかげで、例のヒーロー、いやヴィランの衣装も装備済み。最初からそうしろ、着替え買っただけ損だよ。

 

 しかも俺は改めて、化粧回しを着けさせられる羽目になった。


 この世界に何があったのか、それとも元からあったのか、通販サイトにあった、女性用廻しとかいう業の深い物を、購入していやがったんだあいつは。


 基本的に俺は生理用品やら生活費やらで、金が掛かるから節制をしている。


 しかしミトラスが俺との暮らしで、あんまり窮屈な思いをしないよう、小遣いを捻出してるし、用途にもとやかく言わないで来た。


 来たけどこういうことがあるなら、見直さなければいけないかなあ。


 どうもミトラスの中の、ヒーロー像みたいなものがあるようで、袴の上から巻いた程度ではあるが、彼は大層喜んだ。


 たぶん本当は自分がやりたいんだろうな。


 背中にはこれまたどこから持って来たのか不明な綱を締められ、化粧の布は日の丸の旗である。


 これも後ろにしてマントをあしらっている。これを固く伸ばせば、燕尾のようにもなると、謎の得心をしていた。


 変な所でセンスがおかしい。異世界にいるミトラスの妹分も、服のセンスがおかしかったがやはり……。


「なんていうか、男の子ってこういうの好きだよな」


「ごめん、サチウス女の子だから、魔法少女っていうののほうが良かったよね、でも似合ってると思うよ」


 共に身を隠している物陰から、ミトラスがそんなことを言う。やはり良かれと思っている。これは困る。つらい。付き合い出して数年。思わぬ短所が見つかってしまった。


 それまでは他人事だから優しく出来ていたが、自分の身に振りかかると、途端に理解が遠退いていくのが分かる。


 全部乗せとか、フル装備が好きというのも分かる。変な方向に振り切ってみたいというのも分かる。


 でもそれを俺の身でやるとなると、もう分かりたくなくなっちゃうのね。


 コスプレに理解を示すけど、自分はやらないという人に、無理矢理コスプレさせた結果、アンチに転向するようになるのと同じ感覚。


 防具ではあるので嫌なら身に付けないという日和った選択も、できないのが困る。今の俺にそんな度胸はない。


「こうさあ、宗教服で和洋折衷して最後にコルセット締めるくらいで、良かったと思うんだよな」


「ああ、色をパステルカラーにしてレースとフリルを付けて、翼を生やすんだよね」


 俺の年でそれはもうつらい。一応魔法少女系の現役最年長は女子大生だけど、俺は違うし。


 悪いけど一度たりとも、ああいうのには憧れたことないよ。


 ん、あれ。あ、今はまだこのふざけた仮装で済んでるけど、このまま行くと俺は今度こそ、女の子のコスプレをさせられてしまうのでは。


「なあミトラス」

「ん、サチコ、あれ見て」


 何だよ畜生空気を読めよ。俺はミトラスから車道に視線を戻すと、確かに旧校舎で見たトラックが、こちらへとやって来るのが見えた。


「こんな夜遅くまでやってんのか」

「よく人が死なないなあ」


 いや、だから本来なら、これからそうなるんだろ。深夜の工事も許認可降りてるなら出来るし、非正規なら連続して、シフトを入れることもできる。


 時間の区分を跨げば同一人物でも『午前の彼』と『午後の彼』で別物として扱い、連続十一時間以上働いていても、前者と後者はそれぞれ八時間以内ですという言い分が、罷り通るのが日本の怖い所だ。


 もっともあのトラックの運転手が、そういう環境でお勤めしているのかまでは、知らないけど。


「ともかくアレが事故らんようにしよう」


 俺たちは身を低くして、車体の側面に回り込んで、また別の物陰に潜んだ。俺の体は隠しきれてないが、流石は田舎の暗がりだ、バレてる気配はない。


「どうするの」


 トラックが赤信号で停まる。運転席の男が灯りに照らし出されるが、その顔には死相が浮かんでいる。


 口はだらしなく開いて、目は粗悪な偽物のようだ。実はもう死んでいるのではと不安になる。


「見ろ、事故起こすならこのまま真っ直ぐ何処までも行ってしまっていいはずだ。だが俺の家に行くなら、ここを曲がって坂を下らないといけない。対向車線からバイクも来てない。もうここしかないんだ。ブレーキとアクセルを踏み間違えたら曲がれない、となると残すは曲がった後。途中にある駐車場の辺りで意識が途切れるんだろう、たぶん過労だろうな」


「それで君の家まで走ってしまうんだね」

「そういうこと」

「それで、具体的にはどうするの」


 ミトラスが問いかけるのと同時に、信号が変わる。ゆっくりとトラックが動き出して、丁字路へと差し掛かる。


 速度を落として、大して広くも無い車道を、慎重に曲がって行く。


「こうする、石よ」


 俺はすっかり使い慣れた魔法で、石を生み出すと、車体の横腹目がけて、拳大のそれを放った。


 車体にぶつかった瞬間大きな音がして、運転席の男が目を見開く。すまんな、これもお前を死なせないためなんだ。


「この特に名前の無い石を出すだけの魔法が、一番使える気がする」


「ば、蛮族……」


 ミトラスの批難する声が聞こえるが無視する。


 トラックの運転席では、男がうんざりしたような様子で項垂れている。車体に何かがぶつかったことは、即ち車体に傷が付いたことを意味する。


「これで意識がはっきりしたから、アクセルとブレーキを踏み間違えたり、失神したりするようなことは、たぶんあるまい、あとはバイクの動向に気を付けつつ結末を見届けるだけだ」


 坂道を緩やかに下るトラックの後ろを、小走りに追いかけながら、俺はミトラスにそう言った。


 不思議なことに、歩幅が大分違うはずなのに、彼は一定のペースを保ちながらも、俺と同じ距離を進めている。


「それだけでいいの」


「自動車というものは、恐ろしく精密にできている。ブレーキには幾つもの代替となる構造があって、仮に何処か故障しても、必ず別の何処かが、何かのブレーキを作動させられるようになっているんだ。それこそ運転手が、運転不能の状態にならなければ、事故とかそうそう起こせないように、作られてるんだよ」


 言い換えれば機械の不具合による事故というものは少ない。自動車事故は人災なのである。だからこそ、何かあれば理不尽なくらい、重い罰が科せられる。


「なるほどね」


「最悪あの男が気を失っても車を停めた後ならいい。家が無事なら」


「でもさ、もしもあの人が車を停めてから、倒れる様なことがあったら、そのときはちゃんと救急車を呼んであげようね」


 それはそうだろう。俺はミトラスの言葉に頷いた。家が無事で誰も死なないならそれがいい。と思う。


「しかし何だな。これでまた異世界転生した奴らが、そうならない結末を迎える訳だが、大丈夫なのかな」


「木からは枝が伸び、枝には葉っぱが生えるでしょ。一つの枝に同じ葉っぱが、生えてはいけない理由はないと思うよ」


 ミトラスは簡単な悩みを抱える子を、あやす様な口調で小さく笑った。俺が教えるまではそんなに知らなかったくせに。


 しかし何か見落としているような。

 いや、それじゃダメなのでは。


「君たちの言い分は変わるものだし、あまり真に受けちゃいけないよ」


 ミトラスの金色の瞳が、夜の闇に輝いている。


 人は理屈を付けたがる。複雑にしたがる。根拠も証明もない頃から、誰かの言ったことを確かめて、同じことを口にして、だから言っただろと言われては臍を曲げる。


 かと思えば小さな暮らしの中では、良い悪いはその日の気分次第だ。


 言われて見ればその通りだし、それまでだけども。


「ほらあっち見て」


 俺は視線をトラックに戻した。目的地である土建屋の駐車場が見えてきた。車道の隣にぽっかりと口を開いた、入り口の手前まで来た車両が減速をしつつ。


 ――その場を滑るように通り過ぎて行く。


「あれ」


 トラックはゆっくりと、しかし止まることなく進み続けている。


「なんだ、後ろから入れるのかな」

「止まらないね、向きも変わらないし」


 おかしいな。なんで止まらないんだろう。それどころか徐々に、加速していってるような。


 ちょっと本気で走って前に回り込む。


 運転手は気が動転しているようで、しきりに何かを踏みつけている。何かってたぶんブレーキなんだろうけど。


「……故障したんじゃないの」


「おかしいな、ブレーキって壊れても別の機構が働くはずなんだけど」


「機能してるようには見えないよ」


 いやいやまさかそんな本当に。

 トラックは引き続き前進している。


「……勘弁しろよ畜生っ!」


 俺はトラックの正前へ慌てて走った。勾配のきつさが増した辺りで、前進する速度が上がったのが、見て取れたからだ。


 よりにもよって本当にただの深刻な故障とか、冗談じゃねんだよクソッタレ!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ