・もっと大きくなあれ 前編
今回長めです。
・もっと大きくなあれ 前編
今日も何処だか分からない、行く人の絶えた道路で特訓だ。俺はまだ巨大化してないけど、一応そのための準備はしてきた。
ドドメ色のデカいブラジャーとパンツ、そして大きい人用のシャツを、通販サイトで購入しておいた。
アメリカ人の映画なんかでたまに見かける、人間を止めかけたデブが着るサイズのものだ。
縮尺の問題とはいえ俺の内心は複雑。
止そう、気持ちを切り替えよう。
「今回は君に新しい魔法を授けます」
「おー、ここに来てということは、所謂バフだな」
自分の体を強化する補助の魔法である。キャラ性能なんてこのバフと、逆に相手を弱体化させる補助の、デバフが沢山あればどうということはない。
しかし鬼に金棒の諺にもあるように、元々強い奴にバフが積まれると、手が付けられない。
転ばぬ先の杖である補助を詰めない、すぐ解除されるとなれば、差が埋まらず如何ともし難いことになるのも、世の常である。
そんなズルと悪あがきの境界線を、激しく反復横跳びする、スキル界の過労死枠をとうとう覚える日が、俺にも来てしまったか。
これでもう重たいものが持てないという、言い訳はできんな。
「その通り。これで君はトラック相手に『結構頑張る人』から『いい勝負をする奴』へと、昇格することでしょう。重機に負けない丈夫な彼女、素敵なキャッチコピーだ……」
自分の顔が引き攣るのを感じる。なんて嫌なキャッチコピーだ。なんでそんなことに、陶然とするんだ。
ミトラスは俺が、筋肉ムキムキになるのは嫌がるものの、強くなること自体は大歓迎だなんだよな。
「それで、身体強化ってなんだ。『剛力』か」
『剛力』とは異世界で知った、初歩的な身体強化の魔法だ。使うと全身がムキムキになって大きくなる。
重ね掛けが有効で使う度に体が大きくなる。俺も使えるような使えないような。
ただしスタミナの消費はどんどん大きくなる上に、術の効果が解けると反動が跳ね返ってくるらしい。
「確かに俺が八尺形態でそれを使えば、押し返すとまでは行かなくても、互角くらいはいけそうだ」
「ふふん、まあそう慌てないで。今回のはとっておきなんだ」
トラックの破壊が目的じゃないし、そこまで行けば流石に大丈夫そうだ。
しかしミトラスは鼻を一つ鳴らし、腕を組みふんぞり返る。顔に浮かぶは小癪な笑みだ。
短パンとスニーカーに赤い半袖トレーナー(フード付き)にファンタジックな緑髪、そして猫耳。尻尾は生えてない。いつ見ても可愛い。
一方で俺の格好はと言えば、学校支給のジャージとローファー。こんなチグハグでもいいのは、実際に特訓する際は着替えるからだ。
なお白衣とゴダルのときみたく、単純に服を大きくできるなら、俺の服や下着も大きくすればいいだけ。
そのことに気付いてミトラスに言った所、アレは別に用意したもので、元の服と靴は、ちゃんと俺の家にあるとのこと。
できないとは言わなかったんだよな……。
「今回、君に覚えさせる魔法はこれ、『スヴァーハ』です!」
おっと話を戻そう。
一指し指を立ててミトラスが言う。
これと言われても、そこに何かが有る訳ではない。
「スヴァーハって薩婆訶のことか、真言の」
「君は何もしてないように見えて、結構勉強家だね」
前に先輩がオリエンタルなロボットを描きたいと、資料を漁ってた中に、真言宗の真言図鑑があり、それを読んだことがあるだけなのだが、この流れでは言うまい。
「僕はこの魔法が廃れた世界の中で、その名残を調べました。魔術、魔法の類は粗方消失していましたが、権力闘争に勝ち残った宗教は、未だその神秘を保持していたのです」
なんだ講釈が始まってしまった。ミトラスは目の前をうろうろとし始めながら、得々と語り出す。こんな感じのスクリーンセーバーがあったな。
「大胆にめ、人々から霊験が失せたのをいいことに、ネット上に大々的に紹介されてましたよ。そして呪文を見る中で編み出した、というか取り出したのがこれです」
「だいたい呪文の最後の一言だよな。なんとかかんとかソワカって」
「そう、それがこの呪文の優れ足る所!」
目の前を通り過ぎた辺りで、こちらを振り返るとビシっと指差してくる。珍しくとても乗りが良い。
これはもしかする、とかなりすごいことなのでは。テンション高いことが。
「頻繁に登場するソワカの発音、これがこの真言という系統の魔法、いや奇跡の肝であると思った僕は色々と試して見ました。その結果実に素晴らしいことが分かりました。例えば真言からソワカを抜いて見た所、とてつもなく消耗が大きく余人ではおよそ奇跡が成立しないということが分かりました、そしてソワカを付けた場合は威力が見る影も無くなる代わりに消耗が軽減されることです。このことから判明したのは真言の奇跡は特定の魔人や神仏から力を借り受ける呪文であり、完成こそしたものの到底人に扱えるものではなくそのため編み出された安全装置なのだということです。呪文の中に更に完成された別の呪文が組み込まれているのです、これは術を構造的、立体的に考えているという証です」
そして溢れ出す長台詞。
話しているうちにミトラスの鼻息が荒くなり、顔も紅潮していく。なまじ内用が分かるのがしんどい。
「大呪文を軽くし、それを何度も行使することで術者の修行にもなり、修験の末にソワカ抜きの奇跡と同等の効果を発揮できるようになっていくという『如何に人を鍛えるか』も考えられている。練習用に初級の魔法を教えるのは当然のことですが、大呪文を初級まで落とし込むというのは人を教え導くという視座が無くては思いも着かないことです。僕もこうありたいものです」
宗教の開祖って失礼な言い方をすると、オカルト分野を新しく拓いて、それ一本で頂点に登り積めた人だから、嘘でも真でも大した人だったんだろう。
ただそれがどういう人かは知らないので、ミトラスにはそうなって欲しくないと思います。
「更に僕はこのソワカの呪文が別の体系の魔法に使えるのではないかと、考えました。それだけ完成度が高かったのです。結論から言えば使えました。ただし結果は想像とは異なり、消費はそのままでソワカを付け加えられた魔法が一つ上の効果を発揮するようになったのです。消費についてはソワカに要求される魔力がそのまま転用されるからです。ソワカの消費分は据え置きなのですがそれも軽いものなので費用対効果は非常に優秀です。想像できますかこの凄さ」
「それって単体回復から複数とか全体回復になったりする」
「します」
「ソワカソワカみたいな重ね掛けは」
「できません」
「回数制の場合は」
「低ランク魔法の消費で、本来なら使えない上位魔法が発動する。なおソワカのランクは3とする」
「それってマップ上で使える」
「君は何を言ってるんだね」
言われてちょっと考える。補助一回唱えた分で呪文が一つ上のものになる。
初級の単体回復呪文なら要らんけど、系統によってはこれって何気に、偉い事になるのでは。
一手間加えるとベホマズンを使える。
一手間加えるとロルトがカドルトになる。
一手間加えると下級紋章球で上級の術が撃てる。
ソワカ自体のランクも中級と見ていいだろう。後半戦でお役御免になりがちな枠だが、内容は後半戦こそありがたい。
スピード感に難有りだが、コストパフォーマンスは抜群だ。何より本来使えない、魔法の練習ができるというのが大きい。
「ん、これって奇跡枠だよな」
「そうです。神様から授かるだけでなく、師匠からお弟子さんに教えることも可能です」
それでいて召還魔法などは熟練度制である。使えば使うだけ成長する。
単体でここまで人員育成のための『上から下へ』に貢献できる魔法が、やまだかつてあっただろうか。
「これ相当ヤバイだろ」
「お分かり頂けたようで何より」
魔法をブーストする魔法か。古典的だけど実際有用だな。これは期待が持てる。
「で、それを俺に教えてくれるのか」
「実はもうできるようになっているんです! 寝てる間にやっておきました!」
得意満面なミトラス。知らぬ間に人体改造染みたいなことをされて、打ってやりたい気持ちに駆られるが、先日のアガタの件があるので強く出られない。
「早速その効果を見て見ましょう、とりあえず服を脱いで、剛体を使って見てください」
「呪文の名前は剛力スヴァーハでいいのか」
「薩婆訶でもいいよ」
発音に融通が利くのか。考えて見たらよりネイティブな発音じゃないと、発動しないとなると、魔法の行使の難易度が、途端に跳ね上がるんだな。
薩婆訶の最後も『ハ』というより『ヘ』だしな。
「じゃあ、とりあえず」
俺は服が弾け飛ぶ可能性を鑑みて、茂みに入って服を脱いだ。身体強化って不便極まるね。
これ見てるのが、互いの裸を見飽きてるミトラスだからやるんであって、他の目があったら絶対にやらんとこだよ。
しかし不思議だな。なんだかんだ今日まで使わずに来た、最初期の魔法をやっと使うんだから。
気を落ち着かせて、目を閉じて深呼吸して、胸の前で両手を合わせ、て意識を集中する。よし。
「我が身に宿る魔力の川よ、我が意に応えて瀑布と成れ。強力薩婆訶!」
呪文を唱えて少しすると、体の内側から何か熱いものが込み上げてくる。微かな出所の知れない痛みが全身を駆け回り、体表を静電気に感電するような痺れが覆っている。
何かに突き上げられるような、外側から引っ張られるような、二つの動きで自分が『増大していく』のが分かる。
踏み留まれない。足の幅が大きくなっている。
さっきまで無かった感覚の、神経の伸張が伝わってくる。体が増えていく。
八尺形態になるときと似ているが、あれとは違って少しだけ苦しい。
「ぐっうう、ふううーーっはああーー」
やがて『動き』が止まった。これで一度目の強化が済んだはずだ。薩婆訶自体の重ね掛けはできないが、剛力のほうはできる。
これを限界までやると、俺はどうなってしまうんだろう。
「ミトラス。俺、俺どうなった」
「……」
彼は黙ったままだった。
俺の鼓膜がどうかしてしまったのかとも思ったが、少しして呆けたような呟きが聞こえた。
「えー、そんな大きくなるの……」
言われて目を開いて辺りを見て見ると、こちらを見上げるミトラスと目が合った。八尺のときよりも縮んでいるような気がする。
「俺今どのくらい」
「三メートルくらい」
――サチコ、またも巨大化。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




