・土俵に上がる服が無い
・土俵に上がる服が無い
夢でもなんでもなく現実。
現実って夢じゃないってこと。
知ってた。俺は知ってた。
「さあ今日から連休だからね! はりきってこう!」
やたらとテンションの高いミトラスが憎い。俺は去年ダラダラしてたから、今年の連休は二人でどこか遊びに行こうと、考えていたというのに。
なのにこいつときたら。
「お前さ、こんなことを言うべきじゃないけどもさ、もっと遊ぼうよ」
「この件が片付いたらね!」
「連休終わってるじゃねえか……」
俺は今何処とも知れない森にいる。森というか山というか。
木々の間から差し込む日の光がまだ柔らかく、時刻は昼よりも朝の範疇である。
「さあサチウス! 巨大化するのだ!」
「断るよ」
俺たち以外に話す者のいない森の空気は綺麗だな。遠くで鳥たちのさえずりが聞こえるし、たまに吹き抜ける風も心地よい。
「え、なんで」
「服が無いだろ」
巨大化するのは体だけ。
服はそのまま。
だから破ける。
しかも最近の服って丈夫だから、着たまま変身するとすごい苦しい。かと言って俺に露出の趣味はない。
こんな更衣室もない屋外で、裸になるなんて論外である。
「裸で何やらすつもりだったんだよ。毎日イエスの俺だって、家の中に限ってのことだぞソレは」
しかしミトラスは動じることなく、勝ち誇ったように胸を反らした。頬が赤くなってることまでは、隠せていない。
「大丈夫。こんなこともあろうかと、君の巨大化が可能になったときから、僕はこつこつと装備を整えていたんだ。出でよ!」
ミトラスが右手をばっと、勢い良く天に向けると、空中に突如として黒い穴が空き、そこから複数の衣服らしきものが、次々に落ちてくる。
「おお、これで変身=特出しにならずに済むぜって」
一通り出現し終わったそれらに、近寄って手に取ると鎧だとか、兜だとか、良く分からん羽飾りだとか、どう見ても一般的な服装でないものばかりが、そこにあった。
「何これ」
「ふっふっふ、これこそ僕が日曜日のヒーロー番組を真似て、君のために影でこっそり用意していた、巨人用装備! その名も!」
シュッシュ! と拳を繰り出し、謎のポーズを決めたミトラスが声高に叫ぶ。
「古宗教戦士! アニミズマー!」
心なしか背景にエフェクトかかったり爆発が起きてるような気になる。
「何それ」
「説明しよう! 古宗教戦士アニミズマーとは!」
――文明が進歩し多くの生物が絶滅した現代、人類はいつ果てるとも知れない戦いの時代を招き、同族同士で際限無き悪徳の限りを尽くしていた。そんな中、主人公の青年は仕事の罪を同僚と会社から擦り付けられ葬られてしまう。しかし死の間際で彼は地球から伝わる人類への怨念と憎悪によって、この世の悪と戦う断罪の戦士アニミズマーとなって蘇ったのだった! 戦え! アニミズマー!ーー
「という訳なんだよ」
「どういうことなんだろうな」
久々に説明が出来て嬉しそうだが、いまいち説明になってない。ツッコミ所が多すぎる。なんだよ仕事の罪って。
「要するにこれはその特撮番組の、ヒーローの服を俺用に、作ってくれたってことで、いいのか」
「その通り」
微妙に嬉しいのがなんかな。素直に喜べないけど、特別扱いが嬉しいっちゃ嬉しい。決してありがたくはないが。
しかしこいつ、家にいる間は、随分自由なことしてたんだな。
「じゃあ順番に装備の説明をしてくれるか」
「いいよ。どれから聞きたい」
「そうだな、この壺みたいなやつは」
俺は水色の大きな物体を指差した。
顔に良く似た造形で、上下に分かれている。
「それはアステカの鎧だよ」
「アステカの鎧」
「アステカの仮面をあしらった鎧で、そのまま被れるはずだよ、耳の穴の辺りから腕が出せるよ、目の所の穴にはまってるのは、三角縁神獣鏡っていうありがたい銅鏡だよ」
変身後の俺が着ることも踏まえているからか、結構な大きさである。主人公なのに配色が水色と緑。
「じゃこれは」
「それはオルメカ兜だね」
「オルメカ兜」
ラグビーのヘッドギアにも似た、フルフェイスの頭防具、はオルメカ兜というらしい。
砂の色をしている。地味だ。
特徴らしいものがない。
「この金色のズボンは」
「ツタンカーメンタイツ」
「ツタンカーメンタイツ」
いかん、オウムと化して来ている。金色と黒の横縞がそれっぽいが、安っぽい金色が非常に心臓に悪い。赤面はしないが、冷や汗が出る類の羞恥心だなこれ。
「この縞が足を少しだけ長く見せるんだ」
「それバレてちゃいけなくない?」
ざっと頭、上半身、下半身で見たけれど、色合いがもう酷いな。地属性って感はするけど、光る下半身が台無しにしてしまっている。しかもこれだけタイツ。
「後これ、トーテムアーム」
とうとう聞いてないのに話し始めちゃったよ。これはもう全部終わりまで聞かないと駄目な流れだ。
「トーテムアームは」
アームカバーにやや丸みを帯びたブロックが付いており、装着自体は苦にならない。数が多く顔の中に腕を通していくことになる。顔がいっぱいだ。
「トーテムアームは見ての通り、トーテムポールが元なんだけど、力を溜めると顔が全部、力強く歯を食いしばるんだ。これは作り物だから、本物みたいな力は無いんだけど」
落ち着けミトラス。テレビの中のも作り物だぞ。
言ってやりたいけど、水を差すのも躊躇われる。
色合いは白い木が、基調になっているんだろうが、暴力的な色彩で描かれた顔たちが、非常に目に優しくない。
「これでだいたい終わりか」
「まだ有ります!」
「まだあんのかよ……」
ミトラスはそういうと三着の服と一足の靴を持って来た。うち二つは見覚えがある。
「これは前に買った白衣と、モンゴル靴だな、ゴダルだったか」
「原作は裸足だけど、それだと危ないからね」
靴はモンゴル相撲でも履かれたりするから、分からなくもないし、白衣も宗教的衣装だからいいが、もう二着はというと。
「これはチャードルとトゥニカだな」
前者がイスラム、後者がキリストの宗教服だ。普通の服を寄越せよ。
「すごい良く知ってるね、流石この世界の原住民!」
「誰が原住民だ。出身者と言え出身者と」
伊達に愛同研に所属してないぜ。そして混ざってる頭巾は目出しのブルカ。
まあカッコいいからいいけど。どっちも黒のゆったりとした服装だが、チャードルが全部黒なのに対し、トゥニカは上が肩から胸元にかけて白い。
「さっきのタイツを穿いて、この服のどれかを着て、それから他の装備をします」
「もうこの際だから混ぜるか」
白衣の袴を拝借し、上着をトゥニカにし、最後にブルカを被る。
見る人が見たら怒るだろうな。知らんけど。
「いいのそんなことして」
「俺は日本人だから袴を穿くのは問題ないし、イスラム教はキリスト教って、世界史の教科書にも載ってるから平気だろ」
そして着替えの為に一度家に帰る。リビングのテーブルを退かして、カーテンを閉めて服を脱いで変身をしてと。
「着られるのはいいけどなんだかな、大きいサイズの服がぴったりというのが」
「でも思ったより悪くないじゃない」
和洋折衷。袴の朱色が少し明る過ぎるな。臙脂色くらいが丁度良いかもしれない。うん、悪趣味なタイツが完全に隠れて悪くないなこれ。
「あとはこれを着けて」
そして全てを台無しにする配色の鎧とかを装備。
うん、台無し。服の上に着込んだら、そりゃあ服は隠れるよな。
「これの色合いってどうにかならなかったのか」
「必殺技を放つときは全身が真っ赤になるから」
「最初から赤で統一してくれよ」
折角のブルカも、フルフェイスのオルメカ兜と合わさると、息が苦しいから脱がないといけなかったし、男女の服を一緒に着るのは難しい。
いや、この状態がおかしいだけだな。
「最後にこのウォーボンネットを付ければ、完成!」
「この酋長の羽飾りみたいなのそういう名前なのか」
頭に色取り取りの野鳥の羽を、無数に付けた飾りを添えれば、ようやく装備が終了する。
着替えにかかる時間は、ゲームでは省略されがちだけど結構かかるな。説明もあって三十分はかかったんじゃないか。
「完全装備の君を、見る日が来るなんてね。ちょっと感動する」
「せめてもう少しカッコいいのがよかったな」
特にこのトーテムな腕が外観を損なっている。鎧の胸の銅鏡も、白いカレンダーのほうの石版に、変えたほうが見栄えすると思う。
ていうかね、男の子成分が非常に邪魔っけ。
「これで裸じゃないし、無事特訓を始めることができるね!」
「その前に聞いておきたいんだけどなミトラス」
「何」
意気揚々とまた何処か分からない所へ、転移魔法を使おうとしているのを呼び止めると、彼は非常にあどけない表情を浮かべた。
まだ事の重大さに気付いてないらしい。
「これさ、下着は何処にあんだよ」
「えっ」
鎧の下にはトゥニカと袴でそれらの下には何もない。この八尺ボディに見合うパンツとブラジャーとシャツがないのである。
「ないと、だめかな」
「お前のシャツとパンツこの場で脱がして上を着せてやろうか」
二人の間に冷たい沈黙が流れていく。ミトラスから急速に、先程までの熱量が失われていくのが分かる。俺は悪くない。
「と、当日までには用意するから、我慢してくれないかな」
「約束しろよ、化粧廻しとかサラシだったら、向こう一ヶ月は家事やらんからな」
「はい、約束します。ごめんなさい」
その言葉を聞いて俺は引き下がることにした。八尺形態で早くもフル装備が揃ったまではいいが、それは人間の基本道徳を、疎かにしたものだった。
ミトラスには最低限の下着を用意させることを約束させたことだし、いい加減特訓に向おう。
とはいえ、いったい何をやらされるんだろう。もうずっと嫌な予感しか、してないんだよなあ。
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文章と行間を修正しました。




