・膠着
今回長いです。
・膠着
最初の一発でホームが静まり返り、立て続けに響く銃声で騒然となった。
女が何故か持っていた銃を、突然ぶっ放したのだ。
盾に急な衝撃が二回伝わって体ごと押し込まれる。何故も糞も無い。ここはそういう世界だということが今更ながらに思い出される。
福引で猟銃が当たり、女子高生が帯刀していても、誰も気に留めない。
この世界の日本は歴史改変によって、元の歴史から見た外国のように、武装にオープンな国になっていたのだ。
今まで見なかったのは、校則で禁止されていて、学校では見かけなかっただけだ。
相手が武装をしているのは自然なことだったのだ。学生には高価でも、社会人の資金力なら買える。武器を持っていても、不思議は無かったのである。
ということはだ。もし拉致された女性たちが、拳銃を持っていた場合、それらも没収されていると、見たほうがいいだろう。
相手がそれを幾つ持っているか分からないし、詳しくないから、一つの拳銃が何発撃てるのかも謎だ。
一つ言えるのは、こちらの持ってる装備の中では、刀より銃より弾丸を防げる、この中華鍋の盾が今は何よりも、役に立っているということだ。
「銃だ!」
先輩の叫びが後ろから聞こえるが、俺はそのまま盾を構えて前進した。さっき女が寄って来たのはベンチの近くまでだった。
遮蔽物になることを考えれば、何が何でもここを確保しなくてはならない。
「サチコ無茶よ!」
南の声がするが無茶ではない。ベンチが邪魔で周り込んで撃つのは難しいし、盾を掻い潜る手段は上からの撃ち下ろしか跳弾くらいだろう。
階段まで距離があるし、そんな異能めいた真似が早々あってたまるか。
「みなみん隠れて!」
断続的に鳴り響く銃声。盾が傾く度に心臓が冷たくなる。
「こっちだ!」
虚勢を張って前に出る。ベンチの端、移動してなければここで接触するはずだ、だが無い。いない!
後退したのだ。俺も盾を掲げつつ、一旦片膝をついて体勢を低くする。下の隙間から足元を覗き込む。
確認できるのは一人分の靴。
他はもう見当たらない。他の客は逃げたようだ。
「二人はベンチと男を盾にしろ! そうすりゃ撃たれないはずだ!」
『そうか!』
「あ、やだ、やだやだやだ! やめろ、いやだっ!」
後ろに叫ぶと何やら揉める音が聞こえてくる。女に話しかけるなり、女子高生を庇うくらいの気概はないのか、玉無しめ。
しかし効果はあったようで、三人が狙われる様子はない。
「うちの後輩どこやったんだよ」
聞いても返事は無い。空になったのか拳銃が頭上を通り越して後ろへと投げ込まれる。
振り向いて三人に怪我がないことを確認してから、立ち上がりかけると、ベンチの座席の一部が砕けた。
「そりゃ一丁だけなんて都合のいい話ないよな!」
どうやら新しい銃を取り出したようだ。これではおいそれと、盾の横から顔を出すこともできない。
初めから銃を持っている前提で準備をしていたら、時間はかかっても防具を揃えただろう。
どうにかしてストーカー女の銃を、無力化しなければならない。警察が来てくれても取り囲むだけじゃ、意味無いからな。
せめて機動隊みたいな装備や、デモ隊相手の放水設備でもあれば。
冷静になれ。相手の狙いはこの元―いや、恐らく相手にとっては今カレ―のはずだ。俺たちはあくまでも排除の対象くらいにしか映ってないはず。
なら相手をどうこうしようと思ったら。
「おい! あんた! この男が欲しいんだろ! 俺たちは後輩を、返して欲しいだけなんだ。取り換えっ子しないか!」
俺たちにとってはゴミ同然でも、相手にとっては価値がある。人間の価値は人によって異なる。
女にとってはアガタの価値が無いように、俺たちにとってはゴミ同然でも、あの男には人質として機能するくらいには、価値がある。
「そ、そうだぞ! なんだったらこの人にひどいことしてもいいんだわあ!」
迂闊なことを口走った先輩の、足元のコンクリートが砕け散った。思っていても、口に出したらいけないことが、世の中には沢山ある。
相手にとって男は傷が付いたら、その場で価値を失うかもしれず、逃走に転じる恐れもある。
アレがどの程度までコレに、執着しているかまでは知らないのが痛い。
また注意すべきは、弾が盾にかすりもせず、後ろへ抜けたことだ。少し上のほうから撃ったということ。階段の段差を、幾らか上がったと見ていいだろう。
俺は後ろの三人がちゃんとベンチの影に隠れているのを見て少しだけ後退した。このベンチに篭城して、警察が来るまで待つのが大目標である。
そして小目標が幾つかある。
一つ、相手の銃を無力化すること。
二つ、アガタの安否を確認すること。
三つ、できればここまでの報復をすること。
これらの努力目標を達成すれば、俺たちの心身の安全がより確保される。
「動きが無いわね」
「銃はずっと構えてるはずだが」
「あ、ちょっと待って」
先輩がそう言って、ラジオを鞄から取り出すと、スイッチを入れて、ベンチの下からこちらに放った。
結構音がデカい。
「これで向こうからこっちの会話が筒抜けにはならないはずだよ」
言われて気付く。俺たちしか声を出す人間が、この場にはいないことに。ともあれこれで、相手にバレずに打ち合わせができる。
「あざっす先輩」
「時間が迫れば、相手にも動きがあるでしょうけど、それってたぶん。良い意味じゃないわよね」
南が言い終わるのと同時にまたも発砲音。こちらに変化無し、となると。
――下がって! 下がってください!
上のほうから男性の声が降ってくる。恐らく駅員の人たちだ。不味い。駆けつけた人の分だけ、被害が拡大する恐れが。
「ああ~このままだとあの人が捕まっても全国の日本人たちが調子こいてうちらに攻撃してくるよ~」
「これだから日本人は嫌いなのよね!」
先輩がうんざりして、南が舌打ちする。間違いなくネットに広がって、無責任で無関係で卑劣な日本人が面白半分で、手を出してくるだろう。
こんなことになるなら、敗戦国のままのほうがまだマシだったかも知れない。
「戦争に勝ったのにこれだけ人口が減ってるのって、もしかしなくても国内で、銃の乱射が相次いだのではなかろうか」
適齢期の男女がそういった事件と内政が死んでるという民族的な弱点によって、覿面に減ってしまったのでは。ふとそんなことが思い浮かんだ。
「有り得るなあ」
「いいからこの場を何とかする手を考えなさいよ!」
何とかっつってもな、今の所動かしても安全そうなのって、そこの人質しかいないんだけど。
「なあアンタ、あんただよ」
「え、オレ」
「そうだよ、あんた元カレだろ。何か言ってくれよ」
山本は心底嫌そうにこっちを見る。このやり取りの間にも銃声がしているので、かなり焦る。
盾から顔を出して前を覗き込む。まだ誰かに弾丸が当たったりはしてないようだ。
逆に考えると最初のほうは防がなかったら、俺だけ死んでいたのでは。いや死なないはずだけども。
「そんなの嫌に決まってるだろ、今度こそ殺されるかも知れないんだぞ!」
「どの道弾が少なくなって追い詰められたら、自棄になってこっちに来るんじゃないの」
「そうなったら三人で、あんたをあいつに投げつけてやるわ」
「人死にが出るか弾切れにならない限り、警察は犯人に向かっていったりしないぞ」
くそ、『本当は今日ここで死ぬんだから、別にいいじゃないか』と言ってやりたいが、バラした所で俺の精神が緊張に耐え兼ねたとしか、思われないだろう。
「だからって、なんでオレが……」
はっきり言ってアガタと俺たちが助かるならお前はもう死んでいいんだよ! お前が助かるように動くのは『なあなあ』であって惰性でやってるんだよ!
そう言ってやりたい。
「大丈夫だって、元はお前が落としたのが原因なんだしもっかい口説けるって、イケるって」
「そうよあの人もあなたが好きだから、こんなことしちゃったんだし、甲斐性見せなさいよ」
「はいマイクです」
俺たちに言われて沈黙した山本は、渋々ながら先輩が差し出したマイクを、受け取ってしまった。
この『普通』とか言われる人々の、自分への肯定を拒めない辺りが、普通たる所以である。馬鹿め。
「調子いいこと言って銃を下させて抱きしめたらそのまま警察に引き渡せばいいんだよ」
「あなたの女でしょ、大丈夫大丈夫」
「立ち上がったら照明炊きますんで、よろしくお願いします」
見れば女の足元には、拳銃が二つ落ちている。今は四丁目だろう。よくそんな大量に持ち歩けたな。死ぬほど重たかっただろうし、管理も大変だったろう。
「オレの女……分かった、やってみるよ」
そんなことだから異世界であんなことになるんだよお前はよ。
「よし次に銃声がなったら立ち上がるんだぞ」
俺がこれ見よがしに大股で一歩二歩と前進すると、盾の上端に衝撃が走り、尻もちを搗きそうになるのを堪えて後退する。
後ろを見るとやる気になった山本が、ベンチの影からすっくと立ち上がるのが見えた。
よし行け!
「待ってくれ!」
マイクによって増幅された大声が、ホームに響く。先輩が山本の後ろの椅子に、三脚とストロボ付きカメラを設置する。
随分眩しいもので、これだと相手からは男の顔が、光で見えないんじゃないだろうか。
「どうしてこんなことをするんだ、俺たちは別れたはずじゃないか!」
「別れてない」
初めて聞く女の声。怒りに満ちた、嘘も飾りもないその声は、マイク無しでも俺たちを、圧倒するものがあった。
「大学にいた頃あなたが就活に専念したいから距離を置こうって言ったんじゃない。それで就職したら連絡も無くて、それで仕方なく、私があなたの会社に入社して、それでどうして別れたことになってるの」
あ、こいつ自然消滅狙ってしくじりやがったな。
「それにあの女たちは何。私がいるのにどうして浮気をするの。私はあなたの彼女でしょ。あなたは私の彼氏なんだから私の物でしょ、どうして私を避けるの」
微妙にズレがあるような。
聞いててお腹が痛くなってくるような。
後ろを見るとストロボの光の下で、先輩と南も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「それは別れたと思って」
「だからどうして別れたことになってるのよ!」
詰問するような厳しい口調からの発砲。腕がジーンとする。さっきから俺だけ狙われ過ぎだろ。
防具持ってるからって安心して狙わないで欲しい。
「だって、だって俺もうお前飽きたんだもん! しょうがないだろ! ○○!」
発砲、連続で。ストロボが撃ち抜かれて、男の悲鳴が上がった。釣りあげられた魚みたいに、地面にのたうってる。
腕を押さえてるけど、どうも怪我をしているようには見えない。一向に血が滲んだりとかしない。
銃で撃たれた人って大怪我してるはずなんだけど、これは大怪我ではなく大袈裟だな。怪我してないのに痛がるとかスポーツマンかこいつは。
見てるこっちは却って落ち着きを取り戻せるよ。
「誰だその女ああぁぁーーーーあああああっっ!!」
汚い絶叫が木霊し、入れ違いに遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来る。よりにもよってこいつ相手の名前を別の女と間違えたのか。
本当は死にたいんじゃないのか。
「なあ」
「何サチコ」
「警察来たし、ここはこいつを置いて何とか引き上げようぜ」
「名案ですな」
「ファンさんもいないしね」
ゆっくりと後退し、いつもの三人組になって、負傷した男を置き、ベンチの反対方向から出ようとして。
「動くな! もう誰も動くな!」
「うおっ!?」
またも銃声。だが今度のはさっきよりも一段と大きい音がして、盾ごと腕が、持ち上げられるような威力だった。
盾を構え直す直前、女の持っている拳銃が見えた。これまで投げ捨てられたものより、一回りは大きい。
駄目だ、すっかり逆上していて、見逃がしてくれる様子ではない。
人の話は聞かないくせに、命令ばかりしたがるとかろくでもない奴と、関わってしまったものだ。
「蓋を開けてみれば、カトちゃんを助けるどころか、私たちの身が危ういなんて」
先輩がぼやく。
ミイラ取りがミイラになるというか、本末転倒というか。
「この場で追い詰められてないのが、一人もいないっていうのが滑稽ね」
「俺たち何しに来たんだろうな」
言ってて虚しくなってくる。虚しいけれどこのままじっとしている訳にもいかない。
こうなった以上、何が何でもこいつをどうにかしなければ。
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