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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
162/518

・そして集まる

・そして集まる


 小田原駅に着いた俺は、迷惑なほど広い構内を走り抜けると、東海道線の改札を越えて、ホームへと乗り込んだ。


 何時かも来た因縁の場所だが、今回は事情が違う。


「まだみたいだな」


 ホームにはストーカー女も、サイアス山本の乗る電車もない。一応は最後尾から先頭まで見て回ったが、誰も遭遇していない。


「ていうか、会社がこっちにあるのに、電車で他所に行くってどういうこと」


「新人研修やオリエンテーションの、セッティングにでも行ったんでしょ。知らんけど」


 現在は俺の他に南と先輩もいる。改札前で合流し、実際に行くことはないが、切符を買って普通に改札を通ってきたのだ。


 こういうとき、後で払い戻しして貰わなくては。


「それで直帰でいいって言われて帰ってくるのは」

「家がこっちなんだろ」

「そっか」


 緊張しているのか、先輩は柄にも無く、他人の動向を気にしている。


 俺たちはともすれば、事の最中に駆けつける場合も考えていた、それなのに一番最初になってしまったのだから、無理もない。


「しかし、電車がまだ来てないのはいいが、アレが先に来てない理由はなんだ」


「うーん、駅の周辺で車を停める所に困ってるとか」


「ここの駐車場に、乗り捨てればいいだけだし、その線は薄いんじゃないかしら」


 未だに相手の姿が見えない理由を想像して、三人で話し合う。


「あまり考えたくないけど、もしやカトちゃんを」

「こればっかりは、無いと信じるしかないわね」


 アガタが手にかけられて車の中に置き去り、ということもある。マンションの部屋の中を見てしまうと、十分有り得るだろう。今となってはその優先度が低いことを、祈るばかりだ。


「案外服を買ってるのかもな」

「服?」


「アガタを殴ってたときに、向こうも盛大にスプレーを服に浴びたからな。着替えが必要なのは変わらん。俺たちと違って、電車が来る時間を正確に分かっているなら、その前に支度を整えるだろ」


 この辺りには服屋のテナントがほとんどない。あることはあるが、何時車を乗り捨てたかによって、移動時間は大きく変わってくるだろう。


 電車に間に合うように動いているはずだが、アガタの襲撃によって、予定外の行動を取らされているはずなのだ。


 俺たちの前に姿を現している以上、着の身着のままでいるとも考え難い。


「着替えに時間がかかった分だけ、アガタの生存率が上がるが」


「それだとまだ、結構時間に余裕があるね」


 女は元々、男を待ち伏せる予定だった。ちょっとやそっとのことで、間に合わなくなるような、段取りはしてないと見るのが自然だ。


 ただ、着替えも予め用意しておいたとなると。


「考え過ぎは止しましょう、ここでうだうだ言い続けても、士気はあがらないわ」


 南に言われて俺と先輩は口を噤んだ。確かに口数は増えていたが、気分が上向くことはなかった。希望的観測に反論が付きまとう以上、ポジティブな結論には至れない。


 言うだけ不安が増すだけだ。


「……そうだね。よし、念のため段取りを検めよう」

「そっすね」


 気持ちの切り替えも兼ね、俺たちは話題を変えた。


「サチコの装備を取りに行く間に、私は山本って人を電車の先頭車両に来るよう、言っておいたんだ」


「で、それはもう直ぐここに来ると」


「そしてその時、階段か向こうの通路からストーカー女も現れると」


「本音を言うとアガタを取り返してずらかりたいが、肝心のあいつの場所だけ、判明してないからな」


 スパイ映画なら発信機とか使えるのに。


「連盟してる部員を総動員すれば、車を見つけることは容易いと思うけど、危ない目に巻き込めないし」


「そう考えると私達っていい奴よねほんと」


 軽口を叩く南の横顔には、好戦的な笑みが浮かんでいる。こいつのこういう顔はあまり見ないが、何とも頼もしい限りだ。


「ごめんな。こんなことに巻き込んじまって」


「いいのいいの、私達から乗っかった訳だし、そこに不可抗力は働いてないよ」


「褒められたことじゃないけどね」


 二人の年下の先輩の言葉に、胸の内が熱くなるのを感じる。俺の一年の成果は、この二人の友達なのかも知れない。


「しかしまさかサチコがこんな物を持っていたとは」

「お婆さんの形見か何かなの」

「無銘だけどな、ボロボロだったし値打ちはないよ」


 相手が相手だし、先輩には家にあった妖刀を持って来て頂いた。特に変わった点がないことから、人に憑りついて操るとかはないみたいだ。良かった。


「この歴史だと、今も武器を持ってても、別にいいらしい、校則違反だけど」


「あんたって剣術やってたっけ」

「いや、ただ念のため」


 木刀をそのまま鞘と柄に加工したので、外見はほぼ木刀。まるで仕込み杖だ。


「それを言うならお前の猟銃も大げさだろう」

「ちゃんとゴム弾だから安心して」


 南は去年に先輩が福引で当てた猟銃を、引っ下げてきた。自作したらしいゴム弾と、それを納めたガンベルトを、体に巻きつけている。


 俺が刀を藤色の袋に入れているのに対し、南は白と緑とオレンジの、どこか農機を思わせるプラスチックケースに、猟銃『金熊』を入れていた。


「いつかこんな日が来るんじゃないかと、内緒で軍事部と作っておいたけれど、よもや本当に使う日が来るとはね……」


 口紅を思わせる赤いゴム弾が、物憂げに揺れる。


「二人とも本格的だなあ。それに比べて私は……」


 一方でしょげ返っている先輩は自分のものを見た。アガタと自分の鞄には、ぎっちりと大量のアイテムを詰め込んでいる。


 アイテムというのは『色々なもの』の括りである。


 塗料と防犯スプレー、投擲式消火剤、カメラとストロボ、三脚は背負っている。ラジオにライターに消火器にマイク、釣竿とモーター付きリールに、風船などなど。


 ライターに消化ってマッチポンプでもする気か。

 そしていつかの『盾』。


「コレ渡したらいっちゃんが、自分の分も用意するって言って」


「部屋から手当たり次第に詰め込んで来たけどちょっと後悔してる」


『コレ』とは鳥脅しの模様に塗られた、元革のグローブに包まれた、中華鍋が正体の盾。


 それに加えてこの物資の量、テレポートがなければ先輩は、移動で疲れ切っていたに違いない。


「でもいいんじゃないか。俺、先輩、南の三人でそれぞれで前衛、中衛、後衛に分かれるし、盾役、サポート、アタッカーに分かれるだろ」


「そういう味方もできるわね」

「そう? そうか、そうかなー」


 今一つ自信が持てない先輩だったが、俺と南はそれ以上言わなかった。


 こんなしょうもないことを、やたらに出来る出来ると励まして、自信を持たせても後が怖いから。


 俺は先輩から盾を受け取って隣に立った。階段側に向かって俺、その後ろに先輩、南の縦一列で並ぶ。


 そして。


 ――間もなく、四番線に、電車が参ります。


「いよいよか」


 アナウンスの後に、オレンジと緑のラインが入った電車がやってくる。


 先頭にはかなりの量のサラリーマン。全員土気色の顔色をしているが、その一番後ろに、白い顔色の男がいる。山本だ。


 ドアが開く。ドアの前まで来て降りるのを躊躇ったので、腕を掴んで引っ立てる。ドアが閉まる。電車が去っていく。


「はあぅっ、あ、う、お、えっと」

「いいからここにいろ。直に警察も来てくれる」


 キョロキョロしながらゆらゆらと揺れて、こちらを窺い微妙に離れようとするのを、再度捕まえる。


 完全に腰が引けている。こんな状態じゃ、女に声の一つもかけてもらうのは、無理だな。

 

「お前はあの女の彼で狙われてるから、命まではまだ取られないはずだ」


「その気になれば人質にだってなるでしょうね」

「あなたの代わりにうちの子が人質になれればなあ」

 

 その場合、アガタの取りあえずの生存が決定する。南の言った通り、男がそのポストに収まるから、叶わぬ願いであるが。

 

「……見ろ。やっぱり来たぞ」

 

 振り返れば人も殆ど失せた、夜のホームに小さな人影が一つ。構内から続く階段を降り切った辺り、こちらを向いて固まっている。


 ストーカー女だ。


 新しいスーツに身を包んではいるが、バッグはそのままだ。着替えてきたらしい。


 ここからだと黒い面がほとんどだが、端のほうがやや明るい。顔は笑っているような造りだが、目は全く笑っていない。


 線路へ向いている人々の中で、女だけが俺たちを見ている。


「さっきはどうも」

 

 夜の中に浮かび上がる小田原駅。俺の言葉が聞こえたのか、女の顔から表情が抜け落ちる。化粧が落ちたと感じた。

 

 首が前に伸ばされ顔が迫り出し、見開かれた目の玉はぎょろっとして、内側から爆裂するのではないかというほど前に出る。


 これがこの女のすっぴんであった。


「化けの皮が剥がれた」


 およそ人間相手に言うものではない台詞が、誰かの口を突いて出る。それを切っ掛けにしてか、女が無言のまま、ぱたぱたと足早にこちらに歩いてくる。


 ――にゃあ。


 猫が鳴くよりも速く、俺は盾を構えて前に出た。


 乾いた音が、春の小田原駅に鳴り響いた。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

剣術は習得してませんでした。

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