・そして集まる
・そして集まる
小田原駅に着いた俺は、迷惑なほど広い構内を走り抜けると、東海道線の改札を越えて、ホームへと乗り込んだ。
何時かも来た因縁の場所だが、今回は事情が違う。
「まだみたいだな」
ホームにはストーカー女も、サイアス山本の乗る電車もない。一応は最後尾から先頭まで見て回ったが、誰も遭遇していない。
「ていうか、会社がこっちにあるのに、電車で他所に行くってどういうこと」
「新人研修やオリエンテーションの、セッティングにでも行ったんでしょ。知らんけど」
現在は俺の他に南と先輩もいる。改札前で合流し、実際に行くことはないが、切符を買って普通に改札を通ってきたのだ。
こういうとき、後で払い戻しして貰わなくては。
「それで直帰でいいって言われて帰ってくるのは」
「家がこっちなんだろ」
「そっか」
緊張しているのか、先輩は柄にも無く、他人の動向を気にしている。
俺たちはともすれば、事の最中に駆けつける場合も考えていた、それなのに一番最初になってしまったのだから、無理もない。
「しかし、電車がまだ来てないのはいいが、アレが先に来てない理由はなんだ」
「うーん、駅の周辺で車を停める所に困ってるとか」
「ここの駐車場に、乗り捨てればいいだけだし、その線は薄いんじゃないかしら」
未だに相手の姿が見えない理由を想像して、三人で話し合う。
「あまり考えたくないけど、もしやカトちゃんを」
「こればっかりは、無いと信じるしかないわね」
アガタが手にかけられて車の中に置き去り、ということもある。マンションの部屋の中を見てしまうと、十分有り得るだろう。今となってはその優先度が低いことを、祈るばかりだ。
「案外服を買ってるのかもな」
「服?」
「アガタを殴ってたときに、向こうも盛大にスプレーを服に浴びたからな。着替えが必要なのは変わらん。俺たちと違って、電車が来る時間を正確に分かっているなら、その前に支度を整えるだろ」
この辺りには服屋のテナントがほとんどない。あることはあるが、何時車を乗り捨てたかによって、移動時間は大きく変わってくるだろう。
電車に間に合うように動いているはずだが、アガタの襲撃によって、予定外の行動を取らされているはずなのだ。
俺たちの前に姿を現している以上、着の身着のままでいるとも考え難い。
「着替えに時間がかかった分だけ、アガタの生存率が上がるが」
「それだとまだ、結構時間に余裕があるね」
女は元々、男を待ち伏せる予定だった。ちょっとやそっとのことで、間に合わなくなるような、段取りはしてないと見るのが自然だ。
ただ、着替えも予め用意しておいたとなると。
「考え過ぎは止しましょう、ここでうだうだ言い続けても、士気はあがらないわ」
南に言われて俺と先輩は口を噤んだ。確かに口数は増えていたが、気分が上向くことはなかった。希望的観測に反論が付きまとう以上、ポジティブな結論には至れない。
言うだけ不安が増すだけだ。
「……そうだね。よし、念のため段取りを検めよう」
「そっすね」
気持ちの切り替えも兼ね、俺たちは話題を変えた。
「サチコの装備を取りに行く間に、私は山本って人を電車の先頭車両に来るよう、言っておいたんだ」
「で、それはもう直ぐここに来ると」
「そしてその時、階段か向こうの通路からストーカー女も現れると」
「本音を言うとアガタを取り返してずらかりたいが、肝心のあいつの場所だけ、判明してないからな」
スパイ映画なら発信機とか使えるのに。
「連盟してる部員を総動員すれば、車を見つけることは容易いと思うけど、危ない目に巻き込めないし」
「そう考えると私達っていい奴よねほんと」
軽口を叩く南の横顔には、好戦的な笑みが浮かんでいる。こいつのこういう顔はあまり見ないが、何とも頼もしい限りだ。
「ごめんな。こんなことに巻き込んじまって」
「いいのいいの、私達から乗っかった訳だし、そこに不可抗力は働いてないよ」
「褒められたことじゃないけどね」
二人の年下の先輩の言葉に、胸の内が熱くなるのを感じる。俺の一年の成果は、この二人の友達なのかも知れない。
「しかしまさかサチコがこんな物を持っていたとは」
「お婆さんの形見か何かなの」
「無銘だけどな、ボロボロだったし値打ちはないよ」
相手が相手だし、先輩には家にあった妖刀を持って来て頂いた。特に変わった点がないことから、人に憑りついて操るとかはないみたいだ。良かった。
「この歴史だと、今も武器を持ってても、別にいいらしい、校則違反だけど」
「あんたって剣術やってたっけ」
「いや、ただ念のため」
木刀をそのまま鞘と柄に加工したので、外見はほぼ木刀。まるで仕込み杖だ。
「それを言うならお前の猟銃も大げさだろう」
「ちゃんとゴム弾だから安心して」
南は去年に先輩が福引で当てた猟銃を、引っ下げてきた。自作したらしいゴム弾と、それを納めたガンベルトを、体に巻きつけている。
俺が刀を藤色の袋に入れているのに対し、南は白と緑とオレンジの、どこか農機を思わせるプラスチックケースに、猟銃『金熊』を入れていた。
「いつかこんな日が来るんじゃないかと、内緒で軍事部と作っておいたけれど、よもや本当に使う日が来るとはね……」
口紅を思わせる赤いゴム弾が、物憂げに揺れる。
「二人とも本格的だなあ。それに比べて私は……」
一方でしょげ返っている先輩は自分のものを見た。アガタと自分の鞄には、ぎっちりと大量のアイテムを詰め込んでいる。
アイテムというのは『色々なもの』の括りである。
塗料と防犯スプレー、投擲式消火剤、カメラとストロボ、三脚は背負っている。ラジオにライターに消火器にマイク、釣竿とモーター付きリールに、風船などなど。
ライターに消化ってマッチポンプでもする気か。
そしていつかの『盾』。
「コレ渡したらいっちゃんが、自分の分も用意するって言って」
「部屋から手当たり次第に詰め込んで来たけどちょっと後悔してる」
『コレ』とは鳥脅しの模様に塗られた、元革のグローブに包まれた、中華鍋が正体の盾。
それに加えてこの物資の量、テレポートがなければ先輩は、移動で疲れ切っていたに違いない。
「でもいいんじゃないか。俺、先輩、南の三人でそれぞれで前衛、中衛、後衛に分かれるし、盾役、サポート、アタッカーに分かれるだろ」
「そういう味方もできるわね」
「そう? そうか、そうかなー」
今一つ自信が持てない先輩だったが、俺と南はそれ以上言わなかった。
こんなしょうもないことを、やたらに出来る出来ると励まして、自信を持たせても後が怖いから。
俺は先輩から盾を受け取って隣に立った。階段側に向かって俺、その後ろに先輩、南の縦一列で並ぶ。
そして。
――間もなく、四番線に、電車が参ります。
「いよいよか」
アナウンスの後に、オレンジと緑のラインが入った電車がやってくる。
先頭にはかなりの量のサラリーマン。全員土気色の顔色をしているが、その一番後ろに、白い顔色の男がいる。山本だ。
ドアが開く。ドアの前まで来て降りるのを躊躇ったので、腕を掴んで引っ立てる。ドアが閉まる。電車が去っていく。
「はあぅっ、あ、う、お、えっと」
「いいからここにいろ。直に警察も来てくれる」
キョロキョロしながらゆらゆらと揺れて、こちらを窺い微妙に離れようとするのを、再度捕まえる。
完全に腰が引けている。こんな状態じゃ、女に声の一つもかけてもらうのは、無理だな。
「お前はあの女の彼で狙われてるから、命まではまだ取られないはずだ」
「その気になれば人質にだってなるでしょうね」
「あなたの代わりにうちの子が人質になれればなあ」
その場合、アガタの取りあえずの生存が決定する。南の言った通り、男がそのポストに収まるから、叶わぬ願いであるが。
「……見ろ。やっぱり来たぞ」
振り返れば人も殆ど失せた、夜のホームに小さな人影が一つ。構内から続く階段を降り切った辺り、こちらを向いて固まっている。
ストーカー女だ。
新しいスーツに身を包んではいるが、バッグはそのままだ。着替えてきたらしい。
ここからだと黒い面がほとんどだが、端のほうがやや明るい。顔は笑っているような造りだが、目は全く笑っていない。
線路へ向いている人々の中で、女だけが俺たちを見ている。
「さっきはどうも」
夜の中に浮かび上がる小田原駅。俺の言葉が聞こえたのか、女の顔から表情が抜け落ちる。化粧が落ちたと感じた。
首が前に伸ばされ顔が迫り出し、見開かれた目の玉はぎょろっとして、内側から爆裂するのではないかというほど前に出る。
これがこの女のすっぴんであった。
「化けの皮が剥がれた」
およそ人間相手に言うものではない台詞が、誰かの口を突いて出る。それを切っ掛けにしてか、女が無言のまま、ぱたぱたと足早にこちらに歩いてくる。
――にゃあ。
猫が鳴くよりも速く、俺は盾を構えて前に出た。
乾いた音が、春の小田原駅に鳴り響いた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。
剣術は習得してませんでした。




