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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
157/518

・そして面倒臭さへ

今回長めです。

・そして面倒臭さへ


 寝返りを打つ。寝れねえ。当たり前だ。いつも寝る時間まで、まだ二時間以上ある。また寝返りを打つ。


 家の中は静まり返っている。ミトラスも俺もテレビは見るほうじゃない。かといって今日はゲームを遊ぶ気にも、動画を見る気にもならない。


 文庫も閉じたり開いたりして、結局読まず仕舞い。することがねえ。する気が起きねえ。原因は分かってるんだ。今日のしくじりが、尾を引いているんだ。


「うーん」

「おお人間よ、己の咎に咽ぶとは殊勝であるな」

「茶化すなミーちゃん」


 百円均一の店で買っておいた、ペット用の櫛で毛繕いしてやったばかりの猫ミトラスが、俺の腹を肉球でぶにぶにと押しながら言う。


 寝巻きのジャージをわざわざ捲ってからやるな。


「上手く行かないなと思ってさ」


「いつもなら助けが入ったり、自力で何とかなったりするけど、今回は相手と場合が良くなかったね」


 そう、何だかんだ今までは誰かの助けがあったし、問題はあっても深刻かつ、急を要するような問題は少なかった。


 だがまさか首を突っ込んだ瞬間に、後戻りできなくなり、しかも俺より別の人間に、塁が及ぶ事態に発展するとは、思いもしなかった。


「不思議なもんだな。面と向かって人質取られるとかなら、気にせずにいられるんだけど」


「それって人としてどうなの」


 魔物に問われるのか。いや、人間じゃない奴に人間を問われるほうが、正しい気がする。


「確かにあの子の当面の安全を考えるなら、あそこで手を出さずに、悲鳴を聞かなかったことにでもして、帰るべきだったね」


「それこそ人としてどうなんだ」

「僕は人間じゃないしー」


 ミトラスの気楽な声が、真っ暗な室内に木霊する。腹の上で動きが有って、耳を掻く音がした。今は家中の明かりを消してある。


 俺はこの部屋の電気しか消してなかったんだけど、ミトラスがそうしてくれた。


「ただね、もしあそこで君が、中に入らず警察を呼んでいたら、君が危険に晒される可能性は、今よりも低かっただろうね」


「そうかな」


「うん、君の後輩が目を付けられて、そこから君に行き着く線は勿論あるよ。でも彼女が襲われる日まで、だんまりを決め込んでいたら、彼女の口から君のことは出ないかもしれない」


「でもそれだと、アガタは危ないよな」


「順番としては君が後になって、襲われないっていう芽も出てくるよ」


 日数が経過すれば、その内警察には捕まるだろう。もう全部手遅れだけど。


 また寝返りを打とうとすると、ミトラスが腹を蹴って飛んだ。どすんとそのまま落ちてきて息が詰まる。そのままでいろということか。


「僕が言いたいのはね、サチウス。君があの場で自分を省みず、他の人のことにも気が付かず踏み込んだことで、君が先に襲われる可能性が、生まれたってことなんだ。それはいいのかい」


「そのほうが全然良いよ」


 俺にはお前がいるし、いなくても知り合いを狙われるより、後腐れも無いし気が楽だ。そう言うと暗闇の中で光る、金色の目がくしゃり、と歪んだ。


 体の上をトットットっと歩いてくる感触に、近づいてくる金色の目。触れそうなくらいに寄って来ると、少しだけ逸れて、頬にざらざらしたものが触れる。


 何度も、何度も。


「なんだよ」

「いいの」


 何がいいのか分からないが、ミトラスはそのまま横になった。俺もそれを抱えて横になる。


 猫そのものの毛皮を揉み解す。動物用シャンプーの微妙な臭いが鼻を突く。


「君にできることは、ほとぼりが冷めるまで、あの子の身辺警護でもして、一日も早い犯人検挙を祈ることくらいだよ」


 もう俺の手を離れてるし手に負えることでもない。それは分かるが、挽回できない失敗っていのは、堪える他に無いのが辛いな。


 しばらくそうしているうちに、家の電話が鳴った。


「誰だ」


 ベッドから起き上がって居間まで行く。この家の中なら、目を瞑っていても歩ける。五回のコール音の後に受話器を取る。


「もしもし」

『あ、もしもし、先輩ですか』


 アガタだった。


「どうした。何かあったか」


「いえ、まだ特には。それよりも学校では、お騒がせしました」


 …………。変だな。


「いや、俺が悪かったよ」


「いえ、いいんです。アレから家に帰って今日のことを話したんです。それで先輩のことも話したら、そうしたらお父さんから、叱られてしまって」


 親御さんからし、たら余計なことをしやがってと、彼女以上に怒りそうな気もするけどな。


「たまたまこんなことになってしまったけど、先輩は私のためを思って行動してくれたんだし、犯人だってもう、うちには近づかないだろうって」


「いや、店には来ないかも知れないけど、お前の身は危ないままだろ」


「そうですよね。あ、でもそれは、先輩だって同じな訳ですし」


 冗談めかした笑い声が、受話器の向こう側から聞こえる。気分がいつもの状態に戻ってくるのを感じる。頭を片手で、たまに脛の裏をもう片方の足で掻く。


「そういや店に来てた男ってどうなった。女のことで何か対策の一つや、潜伏先を聞けないかって思ったんだけど」


 明日聞こうと思っていたことを尋ねる。


 団体でやって来て、一人置いていかれる顔色の悪い男のことだ。ストーカー女の獲物であり、こいつのせいで被害が増えたと、言えなくも無い。


「それが、もう別れたから覚えてないって。付きまとわれて迷惑してるんだって」


「おいおい同じ会社なんだろ」


「何でも別れた後に会社に入社してきたらしいです。覚えてるって聞かれて参ったって」


 異世界での一件から屑だなとは思っていたが、異能が無いと役にも立たんな。


「そんなことばっかり覚えられててもな。一応警察に守られてはいるんだろ」


「それが、浚われた人たちはまだしも、私たちはただ迷惑を被っただけで、事件の被害者でもないし、男の人も直接手を出されたことはないから、何かあったら一報くださいって」


 犯人は事件を跨いでいるものの、アガタのほうでは形の上では被害者が出てない。その形になってないから手は出せないということか。


 行政的な対応としては、正しいのかも分からんが、こっちも駄目か。


 男のほうのストーカー被害についても、性別っていう立場の弱さが出たな。これで男女が逆で、近い時期に人が死んでたなら、もっと対応は違うんだろうが。


「そうか。身辺警護はなくても、見張るくらいのことはしてくれていると、いいんだけど」


 結局は静観か。出来る事って少ないな。


「しばらくはお互い気をつけて過ごそう。それじゃ」

「あ、それでですね」


 アガタが話を繋げる。まだ何かあるのか。一つ言えるのは、頭の裏側に静電気のような刺激が走り、ピリピリと痒くなって来た事だ。


 第六感が危険を訴えるときは、色んな反応があるけれど、一つだけ言えることは、俺がそれを必ず第六感の刺激と判断できることだ。


 いわゆる『嫌な予感』である。


「学校で南先輩が言ってたでじゃないですか、『何か誘き寄せられるものが。あればいいけど』って」


「うん。何かあるのか」


「はい、あ、いえ、誘き寄せるっていうより、魔除けみたいなものなんですけど」


 魔除け。


「話から察するに、あの女の人は他人に嫌がらせをするのが、好きな人種だと思います。だから逆に、あの人が嫌ってそうなものを、私が絵にしてビラとして、あちこちに張っておけば、自然と行き先を誘導できたりするんじゃないかなって」


 アガタのグラフィティを使って、行動を制限しようというのか。鳥威しで害鳥を追い払うようなものか。


 でもそれやると、相手は間違いなく気が立ってる状態になると、思うんだよな。


 ただ悲しいかな、今回の落ち度で俺に断るという選択肢は遠くにある。


 名誉挽回をしたいし、個人的にどういう絵かも気になる。彼女に機嫌を直して欲しいし、乗っかるしかないか。


 ただちょっと気になるので超能力オン。


「なるほど。それなら比較的安全だし、効果が得られれば御の字だ。やってみよう。でもアガタは大丈夫なのか。その、寝る時間とか」


「はい。ていうか私は家の手伝いで、こういうことする時間が、夜しかないから」


 ああ、だから夜に家を抜け出して、校舎に落書きしたりなんかしたのか。


 ストレスも溜まってるんだろうけど、寝不足で負の連鎖を、起こしているんじゃなかろうか。


「分かった、それじゃあ悪いけど、よろしく頼むよ。おやすみ」


「はい、これで今度は先輩も頑張れますね! おやすみなさい先輩」




(何がおやすみなさいだよ。私はまだ寝ないよブス。出しゃばりやがってちょっと見る目があると思ったらとんだ厄介者だった。必ずてめえを気違い女とぶつけて思い知らせてやる。男のほうの家は知ってるんだ、女だってそっちをうろついてるに決まってる。わざわざ挑発するようなビラ配ってればきっと目を付けられるんだ。ただでさえ毎日家の手伝いなんかやらされてうんざりして寝不足なのにお前のせいでこっちの自由がどんどん無くなるじゃない責任取らせるからなこの腐れ日本人、調味料みたいな顔しやがって死ねクソ)




 受話器を置く。


 ……………………。


「もしもし」


『もしもし。あ、サチコじゃない。珍しいわね、あんたが電話寄越すなんて』


「夜分遅くに大変申し訳ない。実は折り入って頼みがあってな」


『何、やっぱり自分で何とかしたいっていうの、流石に今回はやめといたほうが』


「いや、あのピカッとする奴、あれ護身用で一つ貸してもらえないかなって思って」


『そうねえ、ファンさんに未来人バレするのもねえ。かといって私自身が出張るのも怖いし、現状で持たせたほうがいいのは、消去法であんたなのよね。いいわ明日渡したげる』


「助かるよ」


『使い方もその時説明するわ。あんまり話すことないけどね』


「急に悪かったな、要件はそれだけなんだよ。じゃあまた学校で」


『何度も言うけどね、あんまり思い詰めちゃ駄目よ。じゃあね』


「ああ、おやすみ」


 ちょっと考えりゃ分かることだったんだよな。女でしかもこの時期の奴が、人に言われて曲げた臍を直すかっつったら、絶対に有り得ない。


 ストレス解消に落書きする奴の気性だって、そんなもんだよ。

 

 会話の端々からもトゲが出てるし、感謝も謝罪も一言だって出てない辺りが、我慢してあげてますってことなんだろうな。


「君も長電話するね」

「俺の場合は立て込む案件ばっかりでさー」


 だからうん、アガタには悪いけど、これが一番手っ取り早くて、後腐れが無いと思うんだよね。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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