・後手後手
・後手後手
「つまりだ。ちょっと粋がって首を突っ込んだらとんでもないモノを目の当たりにしてしまったと」
「大人しくやり過ごさないからそういうことになるのよ」
放課後の愛同研部室にて俺はすっかり巻き込み慣れた友人二人とアガタを交えて事の経緯を説明した。面目無いことこの上無い。
「俺も様子見がてらあわよくばのつもりだったんだよ。厄介事にも慣れて来てたし」
もう何ていうか唯々姿勢を低くして話す俺。体力派の立場が低い理由が分かったような気がする。体が危機感を感じていないから平気だと思うのはまだまだ甘いってことだな。
「そういう時期が一番危ないって言うけどね」
「危ないってそう意味じゃないと思うんですけど」
「危ないの意味からは外れてないよ」
三人は三人で自分のやりたいことをしつつ話を聞いている。『ながら』は止めて欲しい。アガタも順応が早いのはいいことだけどもう少し構ってくれ。俺今日は精神的にかなり参ってるんだから。
「でもさあ、相手の勤め先だって分かってるんだし今頃は警察に捕まってるでしょ」
「そうですよね。もう誤魔化しようがないし、要らぬ心配なんじゃないですか」
「案外もうニュース出てるかもね」
そう言って先輩は鞄からタブレットを取り出してお気に入り登録してあるニュースサイトを開いた。そこには今日のニュースの見出しが並ぶ。中々便利なサイトで記者や年代の絞込みと検索性能が高い。ローカルと速報で絞込みをかけたところ、小田原の今日を含めた近日のニュースが並ぶ。
その一番上にデカデカと『恐怖の密室、女性大量誘拐』の見出しが躍っている。
「これかしら」
「これじゃないの」
「これですよね」
「これだよこれ」
記事には。
――大手通信会社の小田原支社に勤務する女性会社員(25)の住むマンションから複数の女性が救出されるという一幕があった。女性宅に別の女性が訪れた事により犯行が発覚し、近隣住民の通報により小田原市警の知る処となった。
被害者は全員女性でありマンションの大家の他は皆若い女性だった。何れも命に別状は無いものの心身共に傷つき酷く衰弱しているため詳しい事情はまだ聞けていないとのこと。
容疑者について小田原市警は『勤務先に連絡したが昨日付けで退職している為、現在捜索中』との発表を行った。
とある。
「短いわね」
「速報だかんね」
サイトにある記事を読み上げて俺とアガタは肩を落とした。逃げられてるじゃねえか。逃がされたのかもしれないけど、どっちにしろまだ捕まってないのかよ。
「困ったな。この後容疑者の女が取る行動はたぶん二つだろ」
「そうだね」
「え、分かるんですか」
不思議そうにこちらを見るアガタ。今はどうか知らないが元の歴史だと日本では年に二回はストーカー殺人のニュースが流れていたものだ。十分治安悪いね。外国に比べればなんて言葉は糞と赤痢を並べて指差すようなものである。
「先ず男のほうに行った場合だが、これは刃傷沙汰に発展する可能性がある。そうなるとそのまま取り押さえられたりして事態は終息する」
山本氏には申し訳ないが今回はチャレンジ失敗でやはり異世界転生してもらうことになるだろう。俺たちの無事には代えられない。
「そしてもう一つが、自分の秘密を暴いた奴への報復だよね」
「この場合サチコだけど順当に考えるとファンさんに行き着くわね」
「え? あ、だから先輩謝ってたんですね!」
先輩と南の言葉にようやく事態が飲み込めたようで、アガタが非難めいた口調で驚く。物の順序で考えれば毎日入り浸っては嫌がらせみたいなことしてたから店の人が文句を言いに来て、それで自分の犯行を知ってしまったというふうに考えるだろう。
図らずもアガタを防護柵のようにしてしまった形である。
「順番としては男の所に向かうか、ファンさんに報復してから男の所に向かうかよね」
「後者の場合だとトちゃんちを当たってそこからサチコに行き着くだろうね」
溜息が出る。どうにかして可及的速やかに容疑者の女を捕えなければならない。後輩の責めるような視線が痛い。足元のミーちゃんは耳をかくばかりだ。
「まあ考えようによっちゃまだいいほうかな」
「何処がですか」
アガタが先輩を睨む。しかし先輩は全く動ずることなく面倒臭そうに彼女を見る。
「もし君が付きまとわれてる男に声でもかけられてたらこの記事にある被害者の仲間入りしてたかもしれないんだよ。極端な話、可能性は確立であり期待値だ。何処かで必ず現実になる。そのときサチコが君を助けに行く現実と符合するとは言い切れない」
都合の良い組み合わせは発生しないかもと言う先輩にアガタの顔が見る見る赤くなる。あ、こいつ感情に反論されるともっと怒るタイプだめんどくせえ。
「それに君の身は危ないままだけど、命が危うかった人たちが助かったのも事実だよ」
庇ってくるのは嬉しいけどもう少し言い方ないのか。『自分はどうなってもいいというのか』という問いをアガタがしたらどうするんだ。
「だからって、じゃあこの後うちはどうなるんです。何かあったら謝って済む問題じゃないですよ」
「だったら謝って済む問題にするにはどうしたらいいか考えたらいいのよ」
一瞬冷やりとしたが、今度は南が事も無げに言う。『くだらない』と顔に書いてある。
「話が終わってもないのに責任の話をしたがるのってアジアンの悪い癖よね。自分がまだ安全だとでも思ってるのかしら。今できることは状況を整理してできることをする。一日でも早い問題の解決に尽力する。敵から身を守る、これだけよ」
考え方の人種的な違いから南が有無を言わせない力強さで断言する。ああこれがパワーか、今だけはありがとうアメリカ人。
「いーい、順番を追うわよ。先ずあなたの店にサチコがバイト先の先輩とご飯を食べに来た。そこでストーカーの犯人と被害者の男を見た。次にサチコがファンさんから名刺を借りて、そういえばあんた何で相手の家なんか知ってたの」
「あの後引き返して店の近くで待ち伏せしてました」
超能力で突き止めましたと言うのも何となく憚られるので話が通るよう嘘を吐いた。オカルト部の部長ならたぶん違ったんだろう。
「あんたって身の危険に対してじっとしてるってことができないわよね」
「そんなことしたって危険は見逃してくれねえからな」
特に疑われることも無かったけど何故そこで皆押し黙るんだ。俺は本当のことを言っただけだぞ。
「とにかくそれで居場所を突き止めて、今日踏み込んだら事態は想像以上だったのね」
「ぶっちゃけ如何して踏み込んだの」
「それはこいつが駆け出して、部屋の中から助けを求める叫び声が上がったからです」
「ぼにゃーう」
足元の猫を抱き上げて机の上に置く。嫌そーな声を上げるミトラスに向けられる目はあまり好意的ではない。
「前もそうだったけど、不審とか不穏なものをすっかり学習してるのかもね、その子」
「ぶなー」
「話を戻すけど、犯人は現在行方が知れない、だから身の安全を考えてどうしようかっていうのが今の議題な訳ね」
南と先輩のおかげで話が整理された。アガタは口を挟む機会を失って憮然としている。言ったら失礼だけど怒り顔が一番似合ってる気がする。
今気付いたけど目の下のクマがまた濃くなっている。こいつもしかしてずっと寝てないんだろうか。それとは関係無しにこんな事態になったら誰だって怒るとは思うが。
「一先ずファンさんは家に電話をしてご両親に気を付けるように言うのと、できれば男の人が店にいるならそのまま居続けてもらって、後は警察に今回の件と以前のストーカー相談の件を結び付けて一報を入れておくこと。それと一人で帰らないこと」
「一箇所にまとめておくのって危なくない」
「それぞれを個別にしておくほうが対処できないわ。男から聞いておいたほうがいいこともあるかもしれないし、被害が出るかも知れないならその時捕まえられるようにしておくのが次善というものよ」
てきぱきと指示を出している南は虚空を見つめてしきりに何かを数えるように指を動かしている。時折口を開くが喋らずにまた考え込む。
「サチコ、あんたは今日バイト休みなさい。それと一人で家に帰らないこと。海さんには私から連絡をしておくから」
「はい」
「いっちゃんは連盟してる部員たちにメールを出して。見慣れない会社員風の女に声を見かけたらすぐに警察に通報するようにって」
「はいはい」
俺たちは帰り支度を整えた。アガタを家に送るのは南が、俺のほうには先輩が付いて来てくれることになった。
「何か誘き寄せられるものがあればいいけど、今言ってもしょうがないわね」
「今日はこれ以上言えそうなことはないかな」
そうしてその場は解散となる。アガタも不服そうではあったが渋々ながら指示に従った。なんか悪いことをしたな。止そう、落ち度ばかりじゃないしまだ俺たちに被害だって出てないんだから。
「サチコ、ちょっと」
「なんだよ悪かったってば」
「そうじゃないの」
先輩とアガタが関係各位に連絡をしている間に南がやってくる。怒っているような、気の毒なものを見る様な目だ。
「念のため私も後で海さんから洗脳機返してもらってくるから」
「ああ、なんかごめんな」
洗脳機とはアメリカ人の黒尽くめが用いる記憶を吹っ飛ばすライトである。これの光を直視して記憶を消されると直後に吹聴されたことを本当の記憶であるかのように信じ込んでしまう優れものである。今は色々あって海さんが持っている。
最初からこれを借りてくれば良かったんだよな。それで店にふらっと行ってピカってやれば。いや、それだと俺が他の被害者を助けられなくなる訳だから、うーん。
「しっかりしなさい。あんたは他に人を助けてるしあの子がこうなるのはある程度規定路線だったのよ。それが少し早まっただけじゃない。気に病むことは一つもないから胸を張りなさいな」
「そうかなあ」
「冷静になりなさい。今はまだ弱気になるときじゃないわよ」
南が肩を叩いては言い聞かせてくる。励まされているんだって分かる。おかしいな。元は同じ学年で俺のほうが年上なのにこいつのほうが随分頼もしい。
「心配し過ぎちゃだめよ。上手く行くって信じなさい。じゃあまた明日ね」
南に背中を軽く押されて、俺は先輩のほうへと歩いた。入れ違いアガタが隣を通り抜けていく。こちらと顔を合わせようとしない。
やらなきゃ良かったとまでは思わないけど、人助けって案外難しい。




