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・一年を振り返って:南と斎 後編

今回長いです。

・一年を振り返って:南と斎 後編


 俺と南はそのままフリーマーケットを開催している小ホールへと向かった。中はバザーよりも混沌としていた。


 商品を乗せた机が等間隔で並び、一日店主たちが客と対峙して、商いをしているのだが、それが何とも奇妙な光景なのだ。


 机の上の物を幾らか金のかかるものにして、大人がおままごとをやっているかのようなグロテスクさ。


 これなら露店商相手のほうが、まだ自分と相手を店と客と思えるだろう。売り物も服に限らないのだが、今回買うのは服だから無視する。


 自作の装飾品とか良いデキだけど、買っても身に付ける習慣がないから、それこそ金の無駄遣いになってしまう。


「おかしいわね、あの子をこんな普通の人の群れに放り込んだら、その辺で這いずってそうなのに」


「異論はないけどその評価はどうなんだ」


 先輩を探して狭苦しい小ホールを少し歩くと、果たして彼女はいた。一番奥、一番端の周囲と比べて浮いている場所に。


 何がどう浮いているのかというと、そこだけ空気がサークルの机なのだ。


 売り物は衣類だけどインディーズの臭いがぷんぷんする。自作なんだろうか。品数が随分多い。おそらく足元のダンボールにも、沢山入っているんだろう。


「あ、来た来た! こっちこっち!」

「お前一人で何やってんの」


「どうしてここまで来て世の中に背を向けてるのよ」

「あれあれ私に対する風当たりが厳しい」


 取り敢えず事情を聴くと、この一角は自作した衣類と装飾品を扱っているサークルなんだそうだ。本当にサークルだったよ……。


 先輩はネットとコミケで知り合った人がいる、ここに挨拶に来たくて、今回の買い物に同行したそうだ。


 たぶん南はこれを見越して、段取りを組んだんだろうな。


「ファッション系のサークルってあるんですね」


 俺が感心して言うとコケシ眼鏡が『そりゃあそうだよ』と胸を張った。


「レイヤーための集まりもあれば、コミティアやグルコミやオンリーコンやフェスの、常連っていうのもいるんだから、コミケだけがイベントじゃないよ」


 力説する先輩から『視野が狭いなあ』という心の声が聞こえてきたので、俺も心の中で、お前は胸が狭いけどなって言い返しておいた。


「しかしいっちゃんって、一年間を通してオタクしかやってないわよね」


 オタクという名詞の意味に、特定の活動が含まれるようになったのって、何時からなんだろう。


「好きなことを全力で、好きなだけ頑張ればいいだけだから、こんなにチョロいことないと思うよ」


「それが出来る人間は限られてますよ」


 レベルアップ時のステータスを見ると、こいつは本当に人間の限界を、振り切ってる所があるんだよな。成長のタガが外れているというか。


「先輩ってそこに同族がいさえすれば、普段行かないとこでもガンガン入っていきますよね」


「いや、むしろ入るとき、そこ以外に行き場が無いんじゃないかしら」


「そうだけどもうちょい私に対して敬意とか出ない」


 俺と南は服を物色し始めた。


「これなんかいいんじゃない。黒いワイシャツ」


「白のスラックスに黒いワイシャツって狙いすぎじゃないか」


「個性よ個性」


 俺たちを見て店員さんが苦笑する。大学生くらいだろうか。若い。若いじゃねえよ同い年の可能性だよ。


「俺はこれに引かれるな。背中にバイオハザードと放射能のハザードシンボルを重ねた革ジャンと、スチームパンク御用達の大型ベルト、あとは化学兵器をあしらった飾りボタン」


 他にも『襟付き綿シャツ』とか『ダメージカーゴパンツ』というのもある。全部買うと、結構なお値段になってしまうが。


「あんたってあんまり趣味は良くないわよね。よく似合ってるけど」


 良くない趣味が良く似合うって、それ褒めてんの?貶してんの?


「待って! 実はちゃんと二人に似合う服を、事前に見繕ってあるんだ!」


 めげない先輩が気を取り直して、俺たちに幾つかの服を薦めてきた。試着室はないから体に重ねてみるだけだが、ああ先輩だなと思う選択だった。


 南が真っ赤な修道服。白い部分が黒。


「場所によっては命の保障がされないアレンジね」

「お金は出すから後で着て写真撮らせてください」


「お前そんなことばっかりやってるから進路に困るんだぞ」


 俺は苦言を呈したけど、今度は相手に無視される。こいつ完全にこれが目的だったな。


 歴史改変を漫画にしてネットに上げたり、愛研同の設立したり、台風の日に肝試しやろうと言い出して実行したり、自分にゴーサインを出すこと以外考えないのかお前は。


「思い出すまでもなく、一年平常運転だから思い出に困るのよね」


「これもある種の気性難だな。で、俺のは」

「これだよ」


 そう言って先輩が机の上から選んだのは、初詣で良く見る赤と白。白衣と袴だ。良く見ると袴はそれっぽいだけで、ズボンである。


「そしてこのモンゴル靴とベトナム的な赤頭巾、そしてこの手首サポーターと抱き合わせたベリーダンス用グローブでよりオリエンタルに!」


 独特な模様が掘り込まれたブーツに、指貫グローブと長手袋を合わせたようなのと、被ると後ろの台形っぽい部分がひらひらする頭巾。頭巾の額の結び目と、台形部分の底辺は白い。


「西洋人のイメージするアジアをふんだんに使用したわね」


「着ていく場所も機会もない服を、よくもこんな作り込んだな」


 なんか如何にも先輩の関係者って感じだな。思えば愛研同の連中も、こんなのばっかりだったような。


 気の迷いで変な鎧を作ったり武器を作ったり、自転車を改造したりと、何処かが何でか振り切れていた。


「あ、コルセットとハーネスとインナーの全身サポーターも後で着けてね。そして写真を撮らせて」


 オプションがオリエンタルとは無関係じゃねえか。


「いやまあ、買ってもらう以上文句言いませんけど、先輩ってロボット漫画描いてましたよね」


 俺は暗に人間描くの嫌いでしたよね、というニュアンスを込めて聞いた。先輩はばつが悪そうに眼を逸らしたが、少しして溜息を吐いた。


「ほら、私ももう三年でしょ。そろそろどっちを向いても、エロいの描けるようになっておけば、今後役に立つかなっておぐわぁ!」


 南が彼女の眼鏡をそっと外して、俺が額に手を添える。バネ仕掛けの要領で中指を打ち付ける。ッターンという軽快な音が響く。


「お前また人をそういうのに使って」


「サチコだけならまだしも、私も使われるとなると、記憶を消したくなるわよいっちゃん」


 おう南この野郎お前の評価上げるの止めるからな。


「うぐっつぅ……、分かったよ、一先ず青年路線は諦めるよ」


「どう思う南」


「いっちゃんの行動力は留まることを知らないから、信用できないわ」


 確かにな。愛研同を設立した際も学校と揉めたらしいし、先輩はこう見えて、度重なる部活の取り潰しに抗って来た。


 九月のときは俺も、ミトラスに知恵を入れてもらってそのときに協力をしたが、二度目のときは、ほぼ先輩と南の采配である。


 忘れてはいけないのが、こいつらは誇張抜きで俺の倍以上頭がいい。


「二人とも絵にしたら需要出そうなんだけどなあ」


 残念そうに言うな。俺が去年の師走の件を見逃したのは、偏にそれどころではない一身上の都合で余裕が無かったのと、ミトラスが使って営みのマンネリ防止に繋がったからだ。


 そうでもなければ許す理由が無い。


「この人本当にいつもこんなんだよな」

「締めるときは締めるんだけどね」


 真面目な相談をしたときは、確かに頼れる先輩だったんだよな。今年の二月もかなり、部長としてのリーダーシップを発揮していた。


 自分に芯があって、我を通すために率先して動き、発起人になり周りを巻き込んで、やりたいことを成し遂げる。


 覇者の気質とでも言おうか。方向性や野心が、自己実現にしか向いてないのもいい。


「やる時はやるんだけどね」


「俺の中でも何度か評価が下がってるんだけど、それが一時的なものっていう奇妙な人」


 時間が経つと戻っているのは『この人はこういう人だしなあ』という認識が、俺に刷り込まれてしまっているからだろう。


 ちなみに南と先輩の評価の差は、先輩≧南である。ただし先輩のほうはよく下がる。


「人を形状記憶合金みたいに言わないで」


 額を擦りながらも、先輩は会計を済ませると、お店の人と一言二言話して別れた。


「さ、じゃあ帰って着替えて撮影しようか!」

「え、いっちゃんの服は」

「そんなものを買うお金はもうない!」


 先輩は先ほどの衣類を買って、もうお金が無いらしい。この人の刹那的なところ本当危うい。


「じゃあ先輩の分は俺たちが見繕いますよ」

「そうね、これじゃあんまりだものね」


 そして。


「ほら、さっきの革ジャンから赤パンまで一式だぞ。あとサッシュの帯と海賊ブーツ」


 全部で二万、南と割り勘で一万円。

 フリーマーケットで支払う金額としては高すぎる。

 服の代金としては安過ぎる。


 ちなみに俺の予算は二万、南の薦めを全て買っていたら、ここで足りなくなっていた。


「私の背丈で着ると、完全の遊園地の子どものコスプレになっちゃうんだけど」


「人を撮影する人は自分も撮られるものよ。はい三角帽子よいっちゃん」


 自分も撮られると聞いて、先輩は狂ったように服と俺たちを何度も見比べたが、とうとう止めるとは言わなかった。


 ここまで自分の欲望に屈している人も珍しい。


「あ、後で三人で撮ろうね」


 この人はたぶん一生こうなんだろうな。思い出すも何もないっていうか、昨日も今だし明日も今ですって感じの。


「自分でやるとか絶対恥ずかしいよ……」


 愚痴を言いながらも逃げ出さない斎。結構な量と額の買い物をした俺たちは、市民会館を後にした。



 結局あの後は一番小奇麗で、邪魔が入らない南のアパートに向かい、買ったばかりのコスチュームに着替えて、撮影会が始まった。


 途中で先輩が自宅や部室から、小物を持ってきて、終わる頃にはすっかり遅くなってしまった。


 つべこべ言っていた割に案外乗り気で撮影されて、最後には三人の集合写真を撮った。


 カメラから見て中央に先輩、左に南、右に俺。アホなことをしているという自覚が、幾度と無く恥と笑いを誘った。


 流石に髪のセットまでするのは、やりすぎだと思ったけど。


 俺は今は頭巾を外し、後ろで大きく一本の三つ編みにした髪と、店からおまけでもらった、赤茶色の髪留めをしている。


 撮影会を終えると、俺たちは荷物を持って家へ引き上げた。先輩は持ち帰り切れないから、数日かけて取りに来ると言って、最後に顰蹙を買っていた。


 衣装は着替えるのが面倒臭いから、着たまま帰ることにした。


 妙な日だけど悪くなかったかな。先輩に関しては大して思い出すこともなかったけど、これから先、今日のことを思い出す日も、あるだろう。


「ただいま」

「お帰り、新しい服買えたー?」


 台所からミトラスの声がする。

 人間との良い思い出か。


 歴史がどうであれ、俺が昔のままだったら、今日のことは無かったんだろうな。つくづく今の俺ってお前有りきなんだな。


「ああ、こんな感じだけど」

「どんなって、え、あ、サ、えーとあ! すいませんどちら様でしょうか」


 ミトラスが俺を見て服を見て俺を見て胸を見てもう一度俺を見て、これ。


 ……部屋に戻る。着替える。出る。


「あ! サチコ!」

「うるさいよ。なんで最後知らない人の判断した」


 いつもの状態に戻った俺を見て、ミトラスが驚く。これは変化がどうこうじゃなく、俺が日頃から変わり映えしなさ過ぎだからなんだろう。


 うーん、変わるというほどのことじゃないけども、今度から余裕があれば、違う格好をしたほうが良いかも知れないな。


 まったく。

 お洒落って面倒くさいなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました

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