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・思い出す:四天王:ウィルト

・思い出す:四天王:ウィルト


 天は鈍色に染まり、小田原の街は生温い空気に包まれていた。早朝の雨に濡れたアスファルトと、土の匂いが辺りに満ちて、偶に冷たい風が吹き抜けていく。


 今現在俺が庭先でしている作業には、何ともお似合いの空模様であった。


「ねえサチウス」

「なんだ、今ちょっと忙しいんだけど」


 先日落ち武者からドロップした錆びた妖刀を、動画を参考に砥いでいたところに、ミトラスが話しかけてきた。


 柄の部分もしっかり砥ぐとなると、これがすごい苦労だ。研いではタライの水で洗い、洗ってはまた研ぐの繰り返し。


 素人である以上、刀身が曲がったりやり過ぎたりしないように、しかし急いで、第六感に従い、高速で腰をへこへこさせている。


 何だか男になった気分だ。人類が刀剣類を好きなのも分かろうものよ。


 また石の魔法剣の応用で、砥石の作成をやってみたのだが、これが中々の発見だった。


 砥石と金物への知識と、細かい魔法の制御という課題はあるが、高い砥石を買わないで済むというのは、デカい。


 出した砥石は出しっ放しにできるし、最終的に必要な砥石を全部自分で出せるようになるのは、何とも夢のある話である。


 錬金術ならぬ錬石術だな。砥石台は買ったけど。


「ああ、その妖刀の手入れをしてるんだね。でもそれ一日じゃ終わらないよ」


「それは分かってるんだけどな。やっぱり出来る限り早めに、終わらせておきたいんだ」


 俺としては初めてのドロップ品だし、錆びてるけどお宝感あるしな。ちゃんとした姿を拝みたいっていうのもある。


「じゃあ柄と鞘の新調は僕がやってあげるよ」

「できるのか」

「そりゃ僕だって装備品の手入れくらいはできるよ」


 ああ、これって装備の手入れの一環なのか。言われてみれば刀剣類って、かなり傷み易いらしいしな。


 痩せた刀身に対して、ゆるゆるになった鞘を交換したり、野晒しに近い手斧なんかも、柄が段々と腐って行ったりと、悩みが有ったとか無かったとか。


 防具も継ぎ目が壊れたり、ボタンやフックが取れたりしたら、自力で修理するとかいうし、今と昔で武器と防具の仕様が変わっても、こういう点は変われないらしい。


 それにしてもミトラスが、こういうことをできるというのは意外だ。


「でも群魔に帰ったら、本職の人に改めてやってもらおうね」


「そうだな」


 あくまでこれは応急処置だ。異世界でドワーフの鍛冶屋に打ち直してもらって、更にパワーアップとか想像すると胸がときめく。


 俺も今年で二十歳だけど、まだまだ気持ち若いな。


「あ、そうだ。それで用って何だっけ」


「そうそう、危うく忘れる所だった。先生のことを思い出そうよって、言おうとしたんだよ」


 研ぐ手を休めてミトラスに振り返ると、彼も大事なことを話すかのように、真剣な表情でそう言った。


 俺は野面でその言葉を受け取っていた。先生というのは、ミトラスの先生のことだろうけど。


「え、ウィルトのことだよな。別に忘れてないけど」


「そうじゃなくて、ここんとこずっと四天王のことを思い出してたけど、先生はまだでしょ」


「え、いや、うん。それで」

「なんか仲間外れみたいで可哀想だなあって思って」


 その扱いで思い出話しようって、持ち出されるほうが可哀想だと、思うんだけどなあ。


「あれだろ。ウィルトって言ったら、いわゆるジョーカーキャラ」


「どうして自分の知人に対して、真っ先に記号的な表現を用いたのか不可解だけど、まあそうだね」


 ウィルトはミトラスにとって半ば育ての親であり、先生でもあるエルフ。元魔王軍四天王の一人にして、最強の人物。


「銀髪に碧い三白眼にハの字眉と、気だるげな美少年然とした大人のエルフ。美形」


「あの、容姿のことはいいんだ別に」

「ん、ああごめん」


 どうやら今の説明が、お気に召さなかったようだ。ええと他にウィルトのことというと。


「元は人間の街で児童養護施設を営んでいたが、魔物と人間の戦争が始まると、人間側に施設を襲われ自身とパンドラを残して利用者は全滅。魔王軍に落ち延びて以降、そこでも以前と変わらず、身寄りの無い子を引き取って育てていた」


「あの、経歴もちょっと」

「ん、ああごめん」


 どうやら今の説明も、お気に召さなかったようだ。いったい何が気に入らないんだ。


「その力は四天王三人とミトラスが共闘し、制限を課してやっと取り押さえることができるほどのもので、それもそのはず。彼は幼い頃はパンドラに鍛えられ、ミトラスたちの異世界とはまた別の異世界『妖精の国』で、王族の家庭教師に最年少でなった才人だったのだから」


「サチウスわざとやってるでしょ!」

「なんだなんださっきから」

「おーもーいーでーばーなーしー!」


 ミトラスがかんかんになって怒っている。


 最近よく怒るな。怒らせてるのは俺だけど。くだらないニアミスが人を怒らせるのって、世界共通の法則なのかも知れない。


「ん、ああごめん。でもそうか、思い出話となると、海水浴で飛び込みをやったら運悪く水面から顔を出したパンドラに激突して死にかけたこととかか」


「そうそう、しかもダツ的な魚に追い討ちをかけられてって違う!」


 相方がノリツッコミを覚えたことに成長を感じる。いつぞやの夏休みは、それで肝を冷やしたものだ。


 ウィルトは元々泳げなかったのだが、それを克服した為か、何時に無くはしゃいでしまったのだろう。結果として前より水辺を嫌うようになった。


「もっとこう前向きで評価できるような挿話があるでしょ! それじゃただの面白い失敗した人だよ!」


「お前は自分の師匠を擁護したいのか、貶したいのかどっちだ」


「前者!」


「難しいこと言うなあ。俺とウィルトはそんなに接点ないんだから、お前が自分の過去を話してくれたらいいだろ。俺にそれを求めるなよ」


 そもそもディーといいウィルトといい、個別に働いてるから、いつも一緒にいる訳じゃないんだ。


 おかしいな。積極的に付き纏ってくるパンドラと、あまり仕事してないバスキーのことは、よく思い出せるんだけど。


 真面目に仕事をしているが故に会う時間が少なく、そのせいで彼らとの思い出も、また少ないというのは何か、構造上の欠陥のような気がしてならない。


 やはり働くことは、人生を損することに繋がっていくんだな。


「だってそれを言ったら、魔王軍時代の話になっちゃうし、それって他の子たちも、生きてた頃のことになるからさ。そういう所に触れるのは、気が咎めるっていうか、避けたほうがいい話題になりそうかなって」


 すごい気を遣ってる。そんな人生の持ち主の思い出話を俺に振るなよ。何処に地雷が埋まってるか分からないじゃない。気まずそうに目を逸らすんじゃない。


「ええと、ほら、妖精の国の王女様とは、結構良い仲だっていうじゃない」


「あ、そうだね。それがあったね!」


 そしてこの反応で無理が有るって分かるだろ!


「あとはほら、何気に天使になった子を生まれ変わらせるのに尽力したし、色んな発明もしただろ。妖精町の前身は、それで一回滅んでるけど」


 魔法の達人で発明家としての顔も併せ持っている。パンドラが物質的に何でもできるなら、ウィルトは技術的に何でもできる。


「学校の先生をやってたときも生徒の評判は良くて、俺やお前はもとより、他の四天王にも懐かれたり一目置かれたりしてる。向上心もあって」


「うんうん、風力発電や巨大蟹の捕獲装置を作ったのもそうなら、異世界行きの転送装置を作ったのも先生だよ」


 段々調子出て来たな。


「有事の際には必ずいてくれるし、休日に押しかけては勉強させてくるけど、それだって別に悪いことじゃないし。アレで悩み相談にも乗ってくれるし、俺のことだってちゃんと、仲間だって思ってくれてたしな」


「うんうん、辛いこともあったけど、やっぱりうちに無くてはならない人だよ、先生は」


 ミトラスはしきりに頷きながら、だいぶ満足そうにしている。


 ウィルトの悲しい半生を伏せて語ると、自然と当たり障りのない言い方になってしまうか、お茶を濁すような言い方になる。


「よし、こんな感じでいいかな」

「え、何が」

「これだけ言えばもういいかなって」


 にも関わらず彼は満足げにそう言った。何がもういいのか計り知れないが、一人で勝手に納得している。


「それはどういう意味なの」


「どういうって、他の四天王には触れた以上は、先生のことも言わないと、いけないような気がして……」


 言ってる意味が分からないけれど、まるで超自然の存在の指図でも、受けているかのように、ミトラスは言った。


「なんだ、また何かシステム的に、そうしないといけないとか、そういうアレか」


「いや別にそんなことは無いんだけど、不意に義務感というか、使命感に駆られたような感じで」


 ウィルトにはとても聞かせられないよこんな台詞。構ってあげないといけないような気がしたって、言われる筋合いはないはずだ。


「まあ、お前がいいならいいけど。じゃあこれでウィルトの思い出話は、終わりでいいのか」


「うん。付き合ってくれてありがとう。それじゃ妖刀の修繕作業に戻ろうか」


「……まあ、色々とあったけどさ、俺たちにはいい人だったよな」


「うん? うん」


 あ、だめだ。完全にもうこの話は彼の中で終わっているみたいだ。


 元魔王軍四天王ウィルト。

 本名ウィルト・カレドニス。


 四天王でただ一人、教え子に義理で回想される男。異世界の地から遠く離れたこの世界で、俺の胸中には何故だろう、無性に罪悪感と憐みが込み上げてきた。


 止そう。別に悪いことはしてないんだ。

 俺は雑念を振り払うため、刀の研ぎを再開した。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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