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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
番外編 南北奔走編
133/518

・通行可能な私有地或いはスクランブル交差点

今回長めです。

・通行可能な私有地或いはスクランブル交差点


 生徒指導員こと鴨宮燃(かもみやもえる)は苛立っていた。彼は教師というものが聖職と持て囃された時代から、この仕事に就いている古参の教員である。


 彼の好きなことはクズ、つまり素行不良の生徒を学校から追放することだった。


 特に救済処置を取ってやったにも関わらずそれさえ出来ない者を追い出すのが。


 彼は無理難題を生徒に吹っ掛けたりはしない。大量の宿題を課したり試験で一定の点数を要求するのではなく、学校生活内で言われた通りのことをして、大人しくしているように求めるだけである。


 およそ人としての最低限が、守れるように躾られている者からすれば、何てことのない無処分同然のことがしかし、クズと言われる者にはできない。


 何故ならそれがクズということだから。


 鴨宮はそんなクズに落伍、失格を言い訳として使わせるのではなく、彼ら自身に認めさせることに、生徒指導員としての意義を覚えていた。


 学校でクズが勉強した唯一つのことは、自分自身が正真正銘、どうしようもないクズだったということ。


 せめてそれだけは覚えてから、学校を出て行って欲しいと彼は考えている。生徒の群れに、そんなものを混ぜてはいけないという、真っ当至極な大人としての正義感である。


 誤解を招かないように言っておくと、彼は自分に大層甘いが、決してサディストではない。クズが自分の尻に火が付いて目を覚まし、愚かな所業を悔い改める様なときは、それを大いに賞賛した。


 相手の上にある立場が、相手を許し褒めるという行為を鴨宮自身に許し、奨励するのである。立場が人を作るという好例だった。


 中身の乏しい人間に、人格者であれという立場を与えると、権力という外付及び後付の良心と、そうでない当人の人格というものの、両立が成される。


 かくして醸成された彼の厳しくも生徒憎しではないという、差別主義を含んだ極端な二面性が、周囲に彼というキャラクターとして理解されているのである。


 そんな彼は今、苛立っていた。

 理由は幾つかあった。一つはジレンマであった。


 彼は近頃の機械のことは分からなくなっていたが、未熟者に技術は使いこなせず、増長すればすぐに破滅するということは、よく分かっていた。


 学校に余計な機器を持ち込んで、不逞を働いた生徒を追い出し始めてもう二十年以上になる。


 いじめもそうだ。道具が変わってもすることは何も変わらない。人は変わらないから、段々と目星が付くようになる。


 だから早期に問題を発見し、対処することができるようになった。


 しかし時代の流れは、彼に味方しなかった。問題をあまり多く見つけると、職員たちが泣き言を言うようになった。彼はもう少し手を抜くように要求された。


 数年前から問題に積極的に取り組み解決するよう、世間が騒ぎだし彼は自分の正しさを再確認した。だが生徒の問題は、先ず個々のクラスが対処すべきという内部の声により、勝手に沈静化した。


 彼は自分の仕事が思うように出来なくなったことが面白くなかった。


 次に鴨宮自身が反抗的な生徒と、卑怯な生徒が嫌いだった。教師も人間である。好き嫌いはあって当然である。


 故にそういう生徒が問題を起こすと、喜々として処罰に乗り出すのだが、今回は事情が普段とは異なるものであった。


 愛研同総合部とかいうおかしな集まりがあった。


 やりたいことがあるなら、幾らでも兼部すれば良い所を、枠に囚われたくない、自由に部の練習や勉強に参加したいという、よく分からないことを言う女生徒の声に集った生徒たち。


 それぞれの愛好会、研究会、同好会の生徒たちは、多種多様であった。


 年相応に軍隊や心霊現象などにうつつを抜かす者もいれば、昔ながらの機械オタクと漫画書きに、趣味で料理だけしたいという者もいれば、心から植物を愛する朴訥な者もいる。このご時世にバイクを持ちたいという夢を持ついじらしい男子もいれば、曲芸の練習に精を出す者もいる。


 中には校内で堂々と化粧をしようとする者もいた。その生徒に校内の風紀が乱れると注意した際には『不細工な男女ばかりの毎日のほうが余程心が乱れる! お互いのためにも男女共に化粧を覚えるべきです!』と反論され、彼はその勢いに思わず納得してしまった程だ。


 方向性の違いはあれど、何れもそれなりに直向きな姿勢で、趣味に打ち込んでいるのは見てとれた。蓋を開ければなるほど、置き場に困るという生徒たちが、よくもこれだけいたものだと鴨宮は感心もした。


 しかし肝心の愛研同は、何をしているか。特に何もしていない。それぞれの会に顔を出し、お試し程度に練習を共にする。それだけである。


 各会の交流はあるが、それは別に愛研同が無くても良いはずだ。部活動のつまみ食いなど、聞いたことがない。


 部長を名乗る北斎のいい加減で、しかも不遜な態度が気に入らなかった。まるで他の会に寄生しているかのように、彼には見えたのだ。


 いっそ潰してしまおうかと、何度か取り計らうよう職員会議にかけてみるも、皆乗り気ではなかった。


『そんなくだらないものは放っておけばいい』


 そのような空気が、年老いた彼にも感じ取ることが出来た。しかもだ、二年生になって南号と○○祥子が加わったことで、体裁が整い始めた。


 南は成績優秀で器量もいい。野次馬根性が高いのは玉に瑕だが、それ故に多くの生徒から好感を持たれている。


 彼女を抱き込んだことで、愛同研は入れ物として、また枠として、しっかりし出してしまった。


 一方でまた米神高校切っての問題児も抱きこんだ。問題のある家庭に生まれ、擬似的に天涯孤独の身の上であり、貧しく見目麗しくなく成績も平均的。環境を鑑みれば、随分努力していることは分かる。


 しかし問題児である。


 クズに共通の浅はかさと身勝手さを、少なくともの彼女の担任が言うほどには、持ち合わせていないようには見えた。むしろ彼女を見ていると、そういった者が寄って来る気配さえある。


 世の中には理解できるから生まれる悲しみがある。彼にとって祥子もクズだが、それは彼女がクズだからクズなのではなく、彼女をクズという立場に追い込んだ世の中の仕業なのである。


 しかしそれでも彼女はクズである。

 現に問題を起こし処罰の対象となった。


 鴨宮は『おおとりてえ』に従うような気持ちで、段階的に彼女を罰しようとした。しかしながら、やはり彼女に同情的な人間も、いない訳ではなかった。


 余談だが彼女に仇を為すと、不吉なことが起きるという噂があるが、これは生徒たちが、彼女に懐いている黒白の猫を、不気味がってのものだろう。


 祥子はある意味客寄せパンダで、実務も南が取り仕切る。ふわふわとした存在だった集まりが、折りよく※『きゃっちー』な人材を獲得しては、その場その場を凌いでいる。悪運が強くそれが何とも悪辣だった。


 ※死語。


 少なくとも鴨宮の目にはそう映っていた。追い出すことも潰すことも出来ずに、ただ歯向かわれ、不甲斐無さと口惜しさに悶々とする日々。


 そんな彼にとって去年のクリスマスの不祥事の一報は天佑だった。五十路へのクリスマスプレゼントのようにさえ思われた。


 それなのに現状はどうだ。それなりに人間の出来てきた生徒たちと、その両親に守られ、日和見ばかりの同僚たちが今度は正気付いたような発言をしている。片や青春の美しさ、方や大人の醜さである。


 ではでは斯く成る上は如何するか。あちらもこちらも立たぬ有様。一本綺麗に物事が通るということが、罷り通らぬ有様に、いい加減彼の辛抱は限界だった。


 職務を全うできないのであれば、せめてはっきりと私利私欲に走りたい思いが、彼にはあった。


 故にこそ彼は、愛研同を部として成立させ、顧問になろうかと目論んだりもした。


 何故なら顧問になると休日出勤すれば手当に三千円ほど支給されるのである。完全週休二日制の学校ならば週六千、四週で二万四千円也。


 デカい。


 米神高校は未だ週休一日なのでその半額だが、それでもないよりはマシである。彼らの努力を逆手に取り実質三名の集まりとも呼べない何かを、部活に仕立て上げることは可能であった。


 だがその目論見はにべも無く断られてしまったが。


 だからこそ、処分対象(クズ)の生徒たちを愛研同の部員として送り込んだ。不祥事を起こせば、きちんと彼らを追い出せるし、そうでなくても後々不利になるということは、ないだろうと思えた。


 出来ることなど、何一つ無いのだから、何もしないだけでも、怠慢の口実にはなる。


 また彼らを部員として送り込んで、人員を強制的に増やしてしまえば、強引にではあるが、合法的に部にできるのである。


 そうなれば彼女たちが、申請を取り消さない限り、顧問を受け入れざるを得ない。駄目でも息のかかった生徒を使って、発足させてしまえばいいのだ。


 生徒は入部届の類を部長にではなく、顧問等の担当者に提出して受理されれば、部長等の意向とは関係なく入部することができる。


 何故ってこの場合の入部拒否っていじめじゃん?


 つまり、鴨宮からすれば事は済んでいた。後はどう転んでもいいようになっていた。


『どう転んでもいい』という状態は一見すると非常に優れているが、往々にしてどのような結末にしたいかという方向性を、意思決定権を持つ者から失わせがちである。


 端的に言うと『結局どうしたいのか』が分からなくなり、決まらなくなってしまうのである。


 それとこれとは関係が無いが、関係が無いが故に、彼には目の前の光景が分からなかった。厳密には関係はあるのだが、それを見い出せなかったというのが、正しい。


 様子を見に来た愛研同の部室には、元の部員三名と送り込んだ生徒の内一名の、合わせて四名がいた。


『こんにちわー』


 そうして校外の人間に宣伝用の小冊子を配り何やら説明をしている。南が数人を引き連れて、部室を後にした。どこかへと案内するようだ。


 鴨宮燃は生徒指導員である。

 彼には分からなかった。

 今ここで、何が起きているのか。


『どうして元の部員たちが出席しているのか』

『何故クズ共まで一緒になって活動しているのか』


そして。


『愛研同という部は、いったい何なのか』

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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