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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
番外編 南北奔走編
134/518

・味のしない勝利

今回長めです。

・味のしない勝利


「鴨宮先生こんちわー。愛研同へようこそーよかったらみていってくださーい」


 私はそう言ってお辞儀をしてから、型通りの台詞を口にした。五十路の初老の男は何が起きているのか、理解ができていないみたい。


「ここは愛研同の部室でーす。ごゆっくりどうぞー」


 みなみんが促して彼を中に入れ、後ろ手にドアを閉める。退路を断った形だ。


 勿論新しく見学の人が来たらそれも無意味だけど、お客がいる分には、滅多なことはしないだろう。


「あー、他の部員は、どうした」


「部室が狭いんで他の連盟してくれてる会に、うちへの案内役として出向かせました」


 すかさずサチコが説明する。流石に送り込んだ偽部員はどうしたとか、ボロは出さないな。


 その偽部員はと言えば、確認し難いよう、ここから遠い部へと疎開させた訳だけど。


 各愛好会、同好会、研究会は柔道場や校庭の外れ、三階の片隅など活動場所が点在しているから、往復すると三十分くらいかかる。


 階段の上り下りもある。仮に見に行けば体力と時間を削れるように、配置したのだ。


「逆にこっちから案内もできますよ。何処か行って見たい会はありますか」


 便宜上他人には会と言ってるんだけど、誤解を招かないために部と呼べないのが、地味に面倒臭い。ちなみに案内するのは私。


 正直超恥ずかしいんだけど、この中で一番歩幅が小さいのは私だ。怪しまれずに牛歩戦術が使えるのは、私しかいない。


「いや、いい」

「あ、こっちお席どうぞー」


 みなみんが端っこの机の席に座るよう促す。こちらの様子を一望できる位置だけど、反面距離が離れていてちょっと動き難い。


 独り者のおっさんが入り難くなるような空気を感じ取れる位置と言い換えてもいい。


 疎開案は私のだけど、これらのやんわりとした冷たい妨害策はサチコの発案で、接客による人間のコントロールは、みなみんが担当している。


 二人とも女子力たっかいなあ。

 私にはとても真似できない。


「ん、あ、おい、そこの机はどうしたんだ」


「あ、これですか。サチコが準備中に手を強く打つけちゃって、そしたら割れちゃったんですよね」


 嘘は言ってない。


「すんません」


「そうか。気を付けろよ、お前は男子並みに体がデカいんだから」


 少し空気が悪くなった。

 鴨宮先生は軽く咳払いをして、そのまま沈黙した。


 この手の失礼とそれに同調するのって、甘やかしの文化だから、この気まずい間が対応としては、本来の正しいあり方なんだよね。


 平たい言い方するとアウェーでデカい顔すんな禿。


「それで、ここは何をする部なんだ」


 生徒指導が気を取り直して質問してくる。


 もうちょっと自分のしくじりを引きずって欲しいんだけど、切り替えの早い奴って、これだから嫌なんだよな。如何にも自分勝手な感じがする。


「好きな日に好きな部活に参加して、練習したり勉強する部です」


「ほう。それは兼部ではいかんのか」


「しがらみがありますから。今日は野球がしたいからサッカー部休みますって言って、許してくれるような人はまずいませんよ」


 みなみんが微笑みながら、優しくフォローを入れてくれる。連帯や協調といったオブラートを取っ払った一番原始的な言い方だと私は思う。


「そうだな。オレだってふらふらしてないで、一つのことに打ち込んだほうが、いいと言うよ」


「何かをしてれば何かが許されるほど人生甘くないっすけどね」


 サチコの重たい一言が投げつけられる。

 経験者は語る。


 家庭が木端微塵になっていて社会的には瀕死の彼女の言葉は、若いからこその説得力がある。分かり易く言うと被害者として旬なのだ。


「特に自分の人生から逃げることに打ち込んでる奴は死ねばいいと思うよ」


「ンン! サチコ、お客さんいるから」

「ごめん」


 ふう、たまにこっちにも飛び火するから油断がならない。サチコは味方になっても、敵対しないとは断言できないのが怖いよ。


 災難に遭った経験と、経験からくる理由のある疑いや憎しみという、当事者特有の厚みがある悪感情は、何ていうか迫力がある。上っ面の減らず口で反論することが、躊躇われる圧力というか。


「話を戻そうか。それで、他の部で練習をさせてもらえると言うのが、この部の特徴だとして、具体的にはどういう活動をしているんだ」


「そうですね。例えば私は漫画を描いたり動画を作ったり趣味でゲームを作ったりしますが、そういうときに資料は欠かせません。運動部に行ってできそうな無茶な動きをしてもらったり、車を描こうと思えば勉強真っ最中のバイク部へ行って話を聞けます。ちょっとした機械を作ってみたいなら電機部に相談できます」


「部?」


「ああ、うちでは会を部って呼んでるんです。三つも会が分かれてるから、紛らわしいでしょ」


 生徒指導の先生は軽く頷いた。


 愛好会でも同好会でも研究会でも一緒だろ、というのが世間一般の認識だ。そこに食い下がって来なくてこっちも安心する。


「そうか。しかし、そんなのは別にこの部に入らなくてもできるだろう」


「できることとする気になるのは違います。粋がってる子が他のクラスに入るときに、縮こまったりするでしょう。縄張りの外に出ることは、どんな動物も嫌がるんです。人間も例外じゃありません」


「サチコ、言い方。うちの部はつまり、何かこういうことをしたいな、と思った際にすっと頭に浮かぶような部を目指してるんです。帰りに寄るスーパーみたいなのを。やってるのは知ってるけど、いざ話しかけるとなると緊張する。やってみたいことに対して、そういう抵抗が無く、物事に触れて始められる。そのための枠というか形が、この部なんです」


 私が答えてサチコが感じの悪い反論をして、それを相手に味方するようにみなみんが合いの手を入れる。ふふふ、完璧なローテーションだ。


「ずっと仮入部のような状態ということか」


「というよりずっと見学体験ですね、ちゃんとやってみたくなったら、そこから仮入部、本入部ってなるでしょう。うちは紹介窓口みたいなもんです」


「じゃあお前たちはここで、新入部員の斡旋でもしているのか」


「それもあるけど、やっぱり俺たちに都合が良いから立ち上げたってのは、根っこにありますね」


「サチコ、言い方。でもこの子の言うとおり、私たちもご多分に漏れず、自分のやりたいことと合う部が、無かったから会を立ち上げたという面はあるんです。どこの会もそうだと思いますけど」


「そう、だな」


 よしよし、このまま気勢を鎮火させてしまえ。大人しく負けを認めるのだ。


「俺みたいに暮らしのためにバイトしてると、一つの部に打ち込むなんてのは、夢のまた夢だしな」


「私も気兼ねなく好きな部に顔を出していいっていうのは魅力的だったな、同じ部活じゃないと会いに行くだけでも、何でここにいるのって顔されるし」


「とまあこのように多様な需要にお応えできるのが、うちの部です」


「なるほど、分からなくはない」


 好意的じゃないけど口を差し挟めまい。サチコの専念はできないが部活はしたいという。


 みなみんは部活に交友を邪魔されたくない。そして私にとっての生きた資料。


 これぞ三方良しの精神。大和撫子とは私のことだ。


「女子のための部なんだな」


 ……は? 今なんつったこいつ。どういう纏め方を頭の中でしたんだ。自分の価値観にそぐわんからってそういう負け惜しみやめてよ。


「だが、他の協力してくれる愛好会等にとって、ここは要らないんじゃないか」


 生徒指導の先生の言葉に、サチコが舌打ちして後頭部を掻いた。すっかり飽きたという顔をしていることから察するに、彼女の中では彼の評価が、また一つ下がったようだ。私もだよ。


「まあ要るか要らないかで言えば、うちは要らないでしょうね」


「そうだろうな」


 だろうなじゃない。 内心穏やかじゃないなあ私、心リッチな私でもこれはちょっとイラつく。営業スマイルがつらくなってきた。


「ええ、無くてもできることをやれるんなら、うちは要らないっすね」


「けど誰もやってないから、この愛研同が受け入れられたんですよ、先生」


 二人に言われて、彼はまた面白くなさそうな顔をし始めた。私はもっと面白くない。


 話して分からないのならまだしも、分からないから無かったことにしようっていうのが、一番腹立つ。


「うちがなかったら普通の部の在り方、活動の仕方で終わりです。他所に顔を出して相談したり、息抜きに別の部の練習をしたりと、他のことに興味を持つなんてことは、頭に思い浮かぶことすら、なかったはず。そういう学校特有の、考え方の枠を取り払う機能が、愛研同っていう形なんですよ」


「物の見方を一つ付け足すのがここの存在意義すね」


「ただ思ってたよりも、それに人が集まったっていうだけで、ってどうかしましたか先生」


 割とちゃんと説明したつもりだったんだけど、生徒指導の先生は何やら考え込んでしまった。


 一応みなみんとサチコの活動内容や、他の部同士での交流なんかも話せるんだけど、どうもそういう感じじゃない。


「オレは少し誤解をしていたようだ」

「何がですか」

「やはりここは女子の部なんだな」


 ちっげーよ! 今まで何聞いてたんだよこいつ! どうしてそういう結論に行き着いて納得してんだよ。


 逃避用の答えを書いて自分で丸を付けるな!

 あーすっごい今イライラしてる!

 ほっぺたが痛い!


「部長顔が赤いぞ。暖房切ろうか」

「平気、大丈夫」


「そういうことなら、オレが特にとやかく言うことはないだろう。お前たちで気を付けるようにな」


 おっさんはそう言って冊子を置くと、送り込んだ偽部員を一瞥して、しかし特には何も言わずに、去って行った。


「何か妙にあっさりと引き下がったわね」

「投げ出したんだ、やーめたってことだろ」


 ……。

 …………。

 ………………。


「いっちゃん?」

「どうした部長うちの勝ちだぞ」


 う、う、うー!


「だったらちゃんと負けを認めていけー!」

「おいどうした落ち着け斎!」

「ぎー!」


 納得いかない! 頭を掻き毟る手が止まらん!

 なんだあの言い種と態度!


「落ち着いていっちゃん!」


「うがー! 負けたんならこっちを勝った気分にさせろー! 負け惜しみを言うなー!」


 勝ったのにスッキリしなーい!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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