・シンキングタイム
・シンキングタイム
引き続き愛研同総合部部室にて。
「だからさあ、全体から愛研同だけ外そうってこったよ」
「そういうことかー」
斎の端的な説明に祥子が頷く。学校では配布物は基本的に全員に配られるものである。特定の人物にだけ行き渡らないということは、それこそ本人が欠席でもしない限りは基本的に有り得ないのである。。
「俺と部長だけならまだしも南までとなると完全に狙い撃ちってことだよな」
「なんで私まで」
「そりゃ実務を取り仕切ってるのはみなみんだし、今年の躍進は部員の努力の芽吹きなんだけど、周りはそうは思ってないんでしょ」
注目していないものが目覚ましい発展を遂げた場合、一般的には手近な変更点に焦点が当たるものである。
南は実務家である。各部との連絡や書類作成始め、斎が『なあなあ』でほったらかしにしていた制度面が整えられたのは彼女の力に由る所が大きい。
また、彼女は彼女で愛研同の活動をしている。祥子や斎とは好みが異なるが他の部にもちゃんと顔を出しているのだ。
そういった諸々の活動内容が評価された結果、この集まりが意外としっかりするようになってしまったのは彼女のせいである、という見方をされたのも已む無しと言える。
斎の思想に共感して部員たちが集まり、祥子のこなす日々の雑用が部員たちの成長を助け、南の取りまとめが部員たちへの波風を防いだと言える。
「でもこれよくこんなことできたな」
「違うクラスの違う席の三人に絞ってプリント渡さないとか逆に難しいよ」
方法を模索するなら教師自らが配るか、生徒にそのように配らせるかである。生徒が自発的にそうしてくれる可能性もあるが、南は特に嫌われていなかった。
「うちを去年みたいに参加させたくないなら、それこそ去年と同じように言えば良かったのに」
「それだとうちが参加できなくても、それは先生が嘘吐いたからってことになるからじゃない」
「言質取られたら色々と台無しだからこんな回りくどい真似をしたのか」
「なんていうかこれ、誰かの差し金って動きじゃないよね」
「単独犯ではないけれど組織立っている訳でもない感じがする」
「いじめのほうがもう少し統率取れてるわよね」
三人はこの件の何かにつけて付きまとう中途半端さに疑念を感じていた。
強権は持たないが嫌がらせができる程度の権力はあり、協力者の有無も判然としないがともかくとして彼女たちはあまり脅威を覚えなかった。
「一人か少数の人間が勝手にやってるってとこかな」
「だけど暴走してる訳でもないっぽい」
「怒られないお許しの範囲を手探りでやってみてるっていうのかしら」
まるで親や教師に深刻な怒られ方をしない悪ふざけで済ませられる線を探す糞餓鬼のような、或いは相手にやらせておきながら落ち度を追及する無責任のような幼稚さと邪悪さであった。
「これさあ、うちら出なかったら何か問題になるのか」
「それが見えてこないのよ。強制参加って訳でもないのよね。顧問がいる部は別だけど」
祥子の疑問に南が答える。最早緊張感は何処かに行ってしまった。一見すると強制参加に見える学校行事の幾つかは、実はそんなことはないのである。ただしそれを言うとだいたい翌年から強制になる。
「部の見学体験には顧問のいない愛好会等の部活未満は参加自由なの」
「それならうちも出なくていい。だけど学校は出なくていいうちを出させたくなくてプリントをくれないっていう藪蛇をしたっていうのが現状な」
「逆に『出ないと大変なことになるぞ』という引っかけで出させるのが目的なのかなあ」
「大変なことって何すか」
考え込む斎に祥子が尋ねる。南が鞄からおやつのドロップの缶を取り出して二人を促す。軽い音を立てて振られた缶から由緒ある飴玉が零れ出る。
「そうだなあ。うちは顧問は無し、出ても出なくてもいい。それなのに出ないで欲しいっていうと」
青りんごを引き当てた斎はそれを口にしながら呟いた。一方で南はいちご。祥子はハッカと奇しくもトリコロールな配色となった。
「不在を狙って何かをするつもりなのかもしれないわね」
「何だよ空き巣か。最近俺の周りで多いな」
つい先日も家に不審者が来て捕物があったばかりの祥子の機嫌は一段悪化した。ハッカを引いたこともその一因である。
「もう一回例の録音を聞き直してみましょう。何か手がかりを口走っているかもしれないし」
「ええ、いいよやめようよ恥ずかしいって!」
「何言ってんですか。俺は久しぶりに先輩を格好いいって思いましたよ」
「じゃあ聞こうか」
そして南の取り出したボイスレコーダーから音声が再生される。既に携帯電話から様々な機器に移植、保存が済んでいる。三人はしばしの間、生徒指導と斎のやり取りに集中する。
「……これさあ、顧問がどうとか言ってるけどなんか関係ありそうだな」
「最後のほうもちょっと思わせぶりよね」
「そんなことより私のどの辺が格好良かったと思う」
録音を聞き終えた祥子と南は腕を組んで考え込む。ちなみに斎だけは同じ体勢をとっても胸部が強調されない。
「何か人事的な恨みを感じるな」
「もしかしてこいつうちの顧問になりたかったのか」
「そんなことよりどの辺が良かったの、ねえねえ」
「『私の部活です』のところかな」
「そうかやっぱりか!」
斎を軽く流しつつ二人は悩んだ。この部の顧問に納まったところでそれで他の部の掌握はできない。展望も開けない。独自の活動など無く有るのはハブとしての機能と貸し易い部室。この部単体で見れば生徒以外には利が無いに等しいのである。
「けど、仮に顧問になってどんな旨味があるのかが分からないのよね、お給料が上がるって話は聞かないし、個人的な恨みって線もあるし」
答えは出なかった。何か見落としがある。二人は漠然とそんな気がしてならなかった。何を見落としているのか。何か、いったい何を。
「でもやっぱり変なんだよね」
『変』
斎が言うと南と祥子が振り向く。彼女は眼鏡を外してスカートの裾で拭う。
「何度も言ってるけどうちの状態は秋の騒動で、うちだけはそのまま元通りになったんだ。つまり申請状態でだいたい半年で廃部になってまた名前だけ変えた同じ部を申請して活動する形態のまま」
「だから放置していてもまた潰れるんだけど、だからといって学校側の不審さが消えたりはしないしね」
「待て。今情報を整理するから待て」
そう言って祥子は部室内にあるホワイトボードを机の近くまで引っ張ってくる。赤いマジックペンで一つ一つ上げられた手がかりを書き出していく。
・生徒指導から因縁を付けられる→愛研同の顧問を打診。断ると潰すとほのめかす。
・愛研同→もうずっと申請状態で顧問無し(いつもの)。先輩が顧問を蹴る→廃部決定(規定路線)。
・プリント不渡りの謎→月末の部活の見学体験に俺たちを出させたくない?
・他の連盟している部は皆出席→部は正確には顧問がいるものの『会』である。
・愛研同の『会』は部活未満なので当日の参加は自由→顧問がいるせいで恐らく強制参加
ここまでを箇条書きにして三人は一つ一つを見て行くことにする。
「こうして見ると、顧問になりたかったのにいっちゃんが突っパねたら食い下がらなかったのよね」
南が『顧問になったら部もしくは会として正式に発足』と付け加える。
「廃部は既定路線で時間の問題だから、脅しの意味がないよ。相手にしたって価値があるとは思えないし、なれたらなりたいけどなれなくてもいいや、その程度の認識だったんじゃないかな」
「でも俺たちに居て貰っちゃ困ることが見学体験の日にある、と見ていいんだろうか」
他の『会』の皆はこの件と関係はあるのか、恐らく無いというのが三人の共通した意見であった。何故なら三人しかプリントの不渡りが起きていないからである。あくまで狙われたのはその中心だけだと。
しかしそれ以上の考察は出ず、思考は行き詰ってしまった。外ももう暗く体育会系の部活ですら下校する者が出始めていた。口の中のドロップは、とっくに溶けるか噛み砕かれていた。
「うーん、ここでこれ以上言ってもどうもならねえな」
「そうね。せいぜいまとめるなら、見学体験の準備をしておきましょうってとこね」
「私達でできることって言うと、連盟してる部への案内と何か展示物作成と留守番かな」
三人は話しを切り上げて帰り支度をする。それぞれの分担を決めて解散する。やったことと言えば情報の共有と今後の予定を組んだことくらい。
分かったことと言えば、接触してきた人間は今のところ生徒指導の教員だけということ。でも一人で動いている訳ではないらしい、ということくらい。
そんな中で有りもしない部が部員勧誘のための催しに出るなど、身も蓋もない言い方をすれば変な話であった。
しかしながら、妙な選択ばかりしている彼女たちこそが、この学校で誰よりも生き生きとしているのも事実であった。
誤字脱字を修正しました。
行間と文章※を修正しました。
※消し忘れが丸々残っていたのを消しました。




