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・ところがどっこい

・ところがどっこい


 初詣。それは日本人にとって一年の最初のイベントである。


 お年玉? お年賀? うちはうち、よそはよそ。


 周りの参拝客も振袖姿じゃないし、髷だって結ってない。


 俺たちは地元の神社にやってきて、賽銭箱の前に出来た列に並んでいた。石段を登り境内を少し進めば、もう行き止まりの小さい神社だ。


 次で番が回ってくる。身長差のせいか、しばしば人の視線が集まる。一応変な服装はしてないはず。


 早い所はもうやってるという、いい加減な響きとは裏腹に、正月のこの言葉は信ぴょう性が高い。


 そのおかげで俺は服を買えた。とはいえサイズが男性用の紺色のトレーナーとジーンズ。大きいけど薄手の枯草色をしたジャンパー。


 靴も新調した。スポーツもののシューズが、サイズ表記の割に小さく、上のサイズにすると変な所がスカスカというアンバランスだったからだ。


 地元の靴屋にしっくりくるブーツが有って、本当に良かった。割高だったけど。


 サイズの割にそこまで威圧的でもなければ、下品な蛮族感漂う、安いアウトドアブーツのような下品さもない。


 長さが脛に差し掛かるくらいで、色も少し褪せた茶色だ。長く使えばきつね色になるらしい。


 洒落にならない出費だったが、必要経費だからもう何も言えない。その中で少しでも気に入るものを買えたのが、せめてもの救いか。


 隣のミトラスは普段のワイシャツと、カーキ色のズボンに灰色のベスト。白と青のスニーカーと赤いハンチング帽。


 なんかもうどっちも男物の服で、色くらいしか男女差っぽいものが見当たらないし、俺のほうがおっさんぽいのしんどい。


「いいか、二礼二拍手一礼だからな」

「それが神社の拝礼の作法なんだね」


 そこまで昔の作法でもないらしいけど。


「賽銭箱に小銭を投げ入れて、そこの綱を引っ張ってガラガラを鳴らしてからな」


 ミトラスに百円を渡してお作法通りの挙動をする。思うに『ペコペコする』の起源ってここにあるんじゃないかな。


 あと海さんに教えてもらったけど、これ本坪鈴(ほんつぼすず)っていうらしいのな。南と先輩は知らなかった。


 しばしの沈黙。


「何お願いしたの」

「去年のクリスマスにお祈りし忘れた犬猫のお祓い」

「あ、そう……」


「お前は」

「それは勿論サチウスの更なる飛躍を」


 お前の中での飛躍って、人間離れを意味してるんだよな。ちょっと力になれそうないなあ。


「うん、まあ、後はおみくじ引いて帰るか」

「破魔矢とお札はいいの」

「出れば倒せばいいだろ」


 自宅周辺の悪霊は、ミトラスが退治してくれたようだし、俺も通学には自転車を使うから、滅多にエンカウントしない。


 駅に行けば電車に乗ってる奴を幾らか見かけるが、都心の環状線でもないから数もそう多くない。


 霊的な治安は旧校舎のような場合を除き、おおむね安定しているのだ。アレはアレで安定していたと言えなくもないが。


「すいません。おみくじ二回」

「はい。二百円になります」


 社務所にいる白衣に身を包んだ、バイトのお姉さんに声をかけ二百円を払う。そして番号が書かれたくじの入った筒を受け取る。


「これをな、こうして振ると中からくじが出るから、そしたらさっきの人に番号を伝えて、おみくじを受け取るんだよ。で、くじを筒に戻して返すんだ」


「微妙に易占っぽいことしてるんだね。あ、六番」


 微妙にというか易占を簡略化しきった姿というか。俺は十六番。


「六番と十六番ですね。どうぞ」


 バイトのお姉さんに伝えて筒を返すと、引き換えに二枚のおみくじを渡された。おみくじの内容によっておみくじの紙の色が、ほんのりと違う。


 ミトラスが赤枠の右側に大吉と書かれている。意訳すると『何をやっても上手く行くでしょう』と書かれている。


 俺のは緑色の枠に右側に。


「大凶って書いてある」


 意訳すると『何をやっても駄目』って書かれてる。


「ミトラス。大吉のおみくじはお守りとして、財布に入れとくといいらしいぞ」


「ええ、それはいいけど君のはどうするの」

「下の掲示板みたいな所にとっとと結んでくるよ」


 なんだか年明け早々ついてないなあ。


 ミトラスからしたら嬉しいことでも、俺からしたら良くないってことが多いってことかな。


 しっかりしないと角とか羽とか生やされそうだ。


「でもまあメリハリは付いたよ」

「芸人じゃないからおいしいとは思わんからな」


 そんな訳で俺たちはおみくじを結んで帰ることにした。ミトラス曰くこれで相殺できるだろうとのこと。ありがたいけど勿体ないな。嬉しいけどさ。


「……じゃあ帰ろうか」

「待って臼居さん」


 帰りの石段に差し掛かったとき、不意に後ろから声を掛けられた。


 振り向くと境内の鳥居の前に、人影があった。


 いや、人影は大勢いる。その中で一つだけ、真っ黒の影と言えばいいだろうか。


 白昼の神社の境内という遠景の中に、黒い人影が一つだけぽつんと浮かんでいるという、恐怖以外の何者でもないそれは、俺の知人だった。


 前髪に目が隠れた、ある意味印象的な頭部に加え、晴れ着であろう黒い振袖姿が、世界を無理矢理に切り取ったかのような印象を与える。


「オカルト部の部長」

「あ、彼女が君の言ってた例の」


 オカルト部、正しくは超常現象研究会。その部長は超能力者であり、俺との接触で魔法使いになり、部員にその能力を教え広めている危険人物である。


 北先輩は彼女を漫画の参考資料程度にしか捉えてないし、周囲も只のオカルトマニアの集まりだと見なしている辺り、ちゃんと節度は弁えているようだが。


 そんな彼女がどうして現れたのか。


 ていうかここから彼女の距離まで五メートルくらいあって、参拝客のざわめきもあるのに、どうして彼女の声だけまっすぐここまで届いたのだろう。


 怖い。


「明けましておめでとうございますサチコさん。あれからどうかしら」


「あ、はい、おかげさまで何事もなく、それにしても奇遇ですね」


「奇遇じゃないの。会いに来たから」

「え、あの、それはつまりどういう」


「あなたの身の周りで変化があったでしょう。そのことについて聞きたくて、ここに来たの」


「来たのって俺連絡とかしてませんよ」

「そうね」


 怖い。


「あの、初めまして、いつもうちのサチウスがお世話になってます」


「初めまして魔王さん。サチコさんを通して、あなたのことは窺っています」


 そう言って彼女は握手を求めたのだが。


「息子です。それと、その試みは止めたほうがいいと思う。互換性のない物を読み取るのは負担が大きい。僕もサチウスの知人を失くすのは、気が引けるから」


 ミトラスが仕方のない子どもに、言い聞かせるような表情をした。


 すると風も吹いてないし触ってもいないのに、まるでカーテンが開かれるかのように、オカルト部部長の前髪がかき分けられた。


「その手を引っ込めなさい」

「う、はい」


 そう言われると彼女は大人しく、文字通り差し出していた手を引く。珍しく動揺している。ちょっといい気分だぜ。て、待てよ。


「さては俺のときと同じように、記憶を呼んで魔法を覚えようとしたな」


「そのつもりだったけど、お許しが出なかったわ」


 油断も隙もないやつめ。そんなの自分で好きに練習して、好きに覚えたらいいだろう。


「あ、でも君が練習した魔法や超能力の成果を、サチウスに分けてくれるなら、彼女の成長分を分けても構わないよ。良いでしょ」


 ミトラスが何故か、有無を言わせない様子で言ってくる。なんだろう、急に強引になったような。


 まあ俺も普段は休みの日しか、そういうのの練習ができないし、日頃から取り組んでるオカルト部のノウハウを、譲って貰えるならありがたいけど。


「うーん。ただそれだと俺が得するだけのような気がするんだけど、いいのか」


「あなたが良いなら良いよ。こういうことって、中々出来ないから、その経験だけでもありがたいし」


「それはそうだろうけど、じゃあはい」


 前にやってもらったように手を出すと、彼女は俺の手を取った。待てよ、互換性?


「あ、待った! 俺今人間かどうか怪しい!」

「え」


 あ。


 オカルト部部長が俺の手を握ってしまった。


 不味い。首から上に、やたらバチバチと感電するような感触が伝わって来る。勝手に頭の中で使ったことのない、魔法の数々が思い出されていく。


 やだこの人攻撃魔法ばっかり練習してる!


 一方彼女の顔は真っ赤になり汗を噴き出している。呼吸も不規則になっている。ミトラスの言った『互換性のないものを読み取る行為』に相当しているのだ!


 命を取るなら今すぐ手を離したほうが良いが、何か不具合というか後遺症が残る危険性を考えると、このまま見守るしかない。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ」

「ミトラス! お前分かってて言ったな!」


「いやあ危険人物っぽかったので、可能性に賭けてみようかなと」


 何を訳の分からんことを。あ、不味いとうとう鼻血が出始めた。行きかう人々も、俺たちの異変に気付き始めた。いかん。


「お前この野郎、良いから早くタクシー呼んで来い。部長! しっかりしろ部長!」


「だい、だいじょうぶよ、これ、くらい。こ、こ、これくら、い」


 譫言みたいになってるし体も震えている。これ下手したら死ぬんじゃないかな。


「やっぱりまだ家で寝てたほうが良かったんだって。ほら、帰りますからね!」


 周囲の目を誤魔化すため、そんなことを言いながら俺たちはその場を後にした。


 結局彼女がどうして俺の変化を知ったのか、具体的に何を聞きたかったのか、分からないままに止む無く家へと運ぶことにした。


 何だ、俺の一年の計、早くもガタガタじゃねえか。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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