・ニアミス
今回長めです。
・ニアミス
「人様の鼻の穴にちり紙を突っ込むのなんて初めての経験だよ」
「ごめんなさあい。ちょっとお、刺激があ、強すぎたみたぁい」
未だ目の焦点が定まりきらないオカルト部部長を、我が家へと連れ帰り、俺のベッドに寝かせる。
一家に一台の氷枕を取り出して、安静にさせる。
「あわや敵でもない相手を殺めるところだった」
「いやいや最初から命の危険はなかったよ。人間同士なんだし、ただ彼女のほうが欲張っただけ」
焦っている俺とは対照的に、ミトラスは特に気にするでもなく、手洗いとうがいを済ませてきた。
俺も一応やっておこう。
「欲張ったってどういう」
「君から得られるものをまとめて得ようとしたんだ。種類を魔法に絞ったようだけど、それでも容量を超えかけたんだ。それで負荷が目に見える所まで来たってこと」
「えぇ、あれって一度に全部流れてきちゃうものじゃないのか」
「訓練すれば、視聴覚系の超能力は、情報の取捨選択が可能になるの」
鼻に物が詰まっているせいか、くぐもった声でオカルト部部長が答える。
そういえば俺も心の声を、最初から聴かないようにしてるな。本来ならば訓練しないと、聴かないという選択ができないんだな。
いつの間にか出来るようになってたけど。
「お、少しは良くなったか。鼻血出したから喉乾いてるだろ。今温いお茶用意してやるから」
台所に行って急須に茶葉を少量投入。お茶って不思議なもので、茶葉が多いと途端に糞不味くなるのな。ともあれそれにお湯を注いで、少しの間冷ます。
「冷めるのに時間がかかるな。氷入れるか」
「折角なんだし魔法を使えばいいじゃない」
ミトラスが苦笑する。彼は淹れたて熱々の玄米茶が入った急須を持つと、静かに呪文を唱えた。
「過ぎたる熱よ。我と足並みを揃え給え。はい」
余談だが彼は今正体を現している。
バレてるから隠す意味ないもんね。
「人肌になっている。魔法って便利だなあ」
でも温めに比べて需要が乏しいな。
それも電子レンジあるし。
いや、介護とか保育みたいなとこならあるか。
作った料理やミルクを冷ます時間をカットできる。止そう。労働時間が増えそうだ。
「ほらよ玄米茶、何なら洗面場で鼻洗って来るか」
「どうもありがと。もう止まったみたい」
新しいティッシュを渡し、鼻血を吸ったものを包んでゴミ箱に捨てさせる。後でトイレに流しとこう。
「それで、ごほん。神社で言ってた、俺の身の周りの変化なんですが」
「あ、そうそうそのことなんだけど」
彼女はむくりと起き上がり、着物の胸元に手を突っ込むと、小さく折り畳まれた紙を取り出した。
美術で使う画用紙のようだが。
「この前こんな夢を見たのね」
そう言って画用紙を広げるオカルト部部長。彼女は超能力者で予知夢も見るそうだが、歴史が改変されてからは『誰かの過去の夢』も見るようになったのだという。
前もこんなのを見せられたが、以前と違うのはそのときは画用紙ではなくノートだったし、関係ない場面もあった。
それが今回は駅のホームに男が一人。いや、今回もというべきか。
絵心のせいか前と同じ人物にしか見えないが、恐らく違う人だろう。周りに人だかりが出来ている。その中央に男が倒れているのだ。
体から血を流している。
そしてその前後に刃物らしき物を持つ女性が二人。これはつまり。
「あの」
「なに」
「何故クレヨンで書いたんです。却って怖いですよ」
「流血の表現を柔らかくしたつもりだったんだけど」
見せない努力をしろ。
「この男の人がどうかしたの」
「似ているけれど、前に見た夢とは違う人なの。そうそう、それで聞きたかったの。前の人はどうしたの」
「え、知りませんが」
俺の答えに彼女はえ、と間の抜けた声を出した。
「そもそも知らない人ですし。駅に一人でぽつーんといて、全く面識ありませんし」
「そうなの」
「はい」
去年見せてもらった予知夢の絵の男と、この画用紙に描かれた男は、似ているけど違う人物のような気がする。
ただ何か引っ掛かるんだよな。
「おかしいわね、この人に何かあったから、夢の内容に変化が現れたはずなのに」
「そういえば予知夢の内容を避けたら、数か月は予知夢を見られないんでしたっけ」
「ええ、でも私が避けているのに続きの様な夢を見るのは、きっと誰かが予知夢の場面にいて、何らかの影響を与えたからだと思うんだけど」
「あ、もしかしてアレかな」
俺とオカルト部部長の視線がミトラスに集まる。
口元に手を当てて、思案気な表情を浮かべながら、ファンタジックな緑髪に生えた猫耳をピコピコと動かす様は、非常に愛くるしい。
「ドレだよ」
「昨日マックス君が来たじゃない、自分の死亡フラグが消えたから、セーブしてくれって。ほら、転生前の自分が吹っ切れて自殺を止めたとか」
「ああー、そういう、そういうことかアレ。となるとここは小田原駅で、こいつは他の青年団か」
「誰、ていうか、え、どういうこと」
オカルト部部長のほうは分からないらしい。
ミトラスが言ってた通り、俺への読み取りは魔法に限定していたようだ。なるほど確かに、直近の記憶が入ってない。
「かくかくしかじかという訳なんだよ」
この表現も久しぶりだな。
「ああ、じゃあその人がきっと前の絵の人ね、フラグを消すことで、次のフラグが立ったのよ」
「ええ何そのギャルゲーの正ヒロインの攻略条件みたいなの」
周りの女性関係を消していかないと関係が持てないのは流石に病んでるんじゃないかな。
中には対決までしないといけないのもあるし。
「でもマックス以外のことは別に良いんじゃないか」
「そうだね。他の六人は別に放置しても」
俺はだいぶ前の記憶を引っ張り出し、彼らの死因を指折り数えた。
「確か二人が交通事故で二人が病気からの孤独死で一人が食物アレルギーで一人が女性関係による刺殺で一人が過労自殺だ。名前は知ってるけど何処に住んでたかは知らないし正直関わりたくない」
残りの六件の回避が至難を極める。
俺はスタントマンでも民生委員でもない。
それどころか食あたりの現場と男女の修羅場に駆け付けろとか無理だし嫌だ。
「でもねえ、何となくだけれど、やっておいたほうがいい気がするのよね」
「なんで」
「歴史改変を維持するのには、あなた達が元の異世界に帰ることが必要だけど、その前提にはマックス石塚さんと会って、情報が更新されているというのが起点になっているのよね」
「それがどうかしたのか」
「その部分が無かったことになったら、あなたたちが帰っても意味ないっていうか、帰った時点で元の世界に戻っちゃうんじゃないかしら」
「つまり、このまま何事も無ければ放置でいいけど、何かあったときのために、他の青年団を助けておけば、僕たち側の歴史が補強されるってことだね」
「なんだか五人組とか、七人ミサキみたいな話だな。一蓮托生というか連帯責任というか」
「単純に七針縫うだけじゃないかしら」
そこだけ聞くと他人に怪我させ慣れてる人みたいに聞こえるぞ。
「しかし無かったことになるかな」
「マックス君の能力を考えるとねえ、後で『やっぱり無しで』とか言われて、本当に出来そうだから困る」
「そう考えると残りの連中を助けると、歴史のやり直しが起き難くなるのか」
どうしたものか。
何気に説明に時間が掛かり、またお昼を食いっ逸れてしまった。そろそろこの会話を打ち切って、ご飯にしたい。これだから大事な話って嫌だ。
「まあその辺は気にしなくていいでしょう。責任というならマックス君にあるし、僕らは人助けを出来たらすれば良いだけです」
「それもそうか」
「話は決まりね」
結論としてはどうやら不定期で、残りの青年団の救出イベントが起きるので、それを出来る限り助けるということになった。
どこまでできるか分からんけど、挑戦するのもやぶさかではない。
「取り敢えず修羅場のほうは、小田原駅を見張っておけば防げそうだな」
「サチウス。間違えたらいけないのは、次に助けるのは女性のほうだよ」
「え」
「二股かけて刺されるような男を刺したことで、女性の人生が終わってしまうんだ。それを未然に防ぐとなれば、これは大事な話だよ」
ミトラスが真剣な眼差しで見つめてくる。視点を変えればそういうことにもなるか。
なんか一気に責任重大になってしまった。
「騙されるほうが悪いなんてのは外野の甘えだ。それが許されるなら詐欺は存在しない」
「バレなきゃ犯罪じゃないって嘘よね。大半の犯罪でないことはバレっぱなしで、バレてなくても犯罪じゃないし」
これから死ぬのが女の敵だから、俺としては見過ごしたいけどなあ。
何でか二人ともやる気になっている。
「分かった分かった。でも今日はこの辺にしとこう。これからの方針も決まったし、部長も体調崩してるんだから」
俺が話しを締めにかかると、二人は渋々といった様子で了承してくれた。
いつ起きるか分からんけど、それが起きることだけは分かる事件ってのは、面倒臭いことこの上ない。
「そうね。私も連絡を済ませたし、新しい力も手に入れたから、今日はこれで良しってことにする」
そう言って彼女はベッドから立ち上がると、覚束ない足取りで歩き出した。
「本当に大丈夫か、なんかごめんな」
「平気よ、自分の努力の成果だと思えば、なんてことないわ。また幾つか覚えてくるから、その時またよろしくお願いね」
そう言ってオカルト部部長は帰っていった。
静かだけど騒がしい人だった。
「あの人はたぶんまた攻撃魔法しか覚えて来ないんだろうなー」
「俺もそんな気がしてる。ほれサンダーボール」
試しに記憶の引き出しに追加された、彼女の魔法を一つ唱えてみる。
掌にピンポン球サイズの電気の塊が出現した。
のでそれをミトラスに投げつける。
「やめなさいあぶないから」
小坊主が素手で事も無げに払いのけると、サンダーボールは消滅した。出した俺の身が安全なのが不思議なくらいバチバチいってたのに。
「代わりに覚えて来てくれるのはありがたいけど、俺が覚える魔法は、今後補助とか回復を優先しようか」
「そうしよう。でないとあの人はその内、取り返しのつかないことになりそう」
今でも十分取り返しがつかないんじゃないかな。
「しかしこの二日だけで話が急展開を向かえたな」
「僕としては今後の方針が立てられたし良いと思う」
ニコニコとしている彼は本当に嬉しそうだった。
ああ、俺の平穏が遠ざかっていく。
どうしてモラトリアムの期間中に、厄介事が詰め込まれていくのか。
こんなことならば、マックスを引きとめておけば良かった。そうしたらこの先何かあっても、リトライとコンティニューのある状態で、事に臨めたのに。
「やっぱり何かしている時間が一番だよね!」
「何もしてない時間が一番だと思うがなあ」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




