・番外編 彼は魔王の息子です
・番外編 彼は魔王の息子です。
困ったな。寝れない。
サチコは、サチウスは、どうしてあんなことを、言ったんだろう。どうしてあんな言い方を、したんだろう。どうして。
――どうして答えを言わなかったんだろう。
あの人の中では、答えは出てるはずなのに、僕にそれを伝えなかった。
どうして。
それは僕に余裕がないのが、分かりきっていたからだ。僕は僕の理想を、僕の一番大事な人に、否定されたくなかった。
現実に相手がいるなら、それはまだ、実現できる可能性がある。
だけど彼女はそれを選ばなかった。彼女が求めず、欲しがらない理由が、分からなかった。
僕は僕の世界で、散り散りになった仲間を、もう一度集めることができた。また一緒に、暮らせるようになった。サチウスのおかげだ。
何度危ない目に遭って、どれだけ力を貸してもらったか。それなのに、あの子は欲しがらない。
僕は彼女を幸せにしてる。彼女はそれを、家族といるより幸せだって言う。
僕が彼女のためだと思っていることよりも、僕と暮らすほうが幸せだって言う。
それを許してくれと言う。何を許すんだろう。期待に沿えないこと。
違う。
ちゃんとそれで、幸せだって言ったんだ、だからその後。何を許す。
たぶん、僕がお願いすることだと思う。いつかサチウスは僕に言った。自分が僕の言うことを、断ると思ってるのかって。
僕が頼めばきっと、嫌でも家族とやり直すだろう。嫌って終わった関係の相手と。そして今度は自分を追い詰めた、もう一人とも。
その上で僕のことを、恨んだりもしないだろう。
だから、それを勘弁してくれと、言っているんだと思う。僕がサチウスに、家庭を取り戻して欲しいのは、彼女を傷つけたいからじゃない。
でも現実は違う。そうすれば、そうなる。それが僕の望みとは反するってことで。
僕には両親が、どちらも既に存在しない。だからまだ、両親が生きている彼女には、希望があると思ってる。それなのに。
彼女が拒まず、僕の望みのものが、手に入るのであれば、迷うことは無いはずなのに。
それなら僕の、この葛藤の秤にかかるものは何だ。
彼女の気持ちと僕の気持ちか。いいや、僕の気持ちだけだ。自分の叶わぬ願いを、彼女で達成したいという僕の欲望と、サチウスの心情を酌もうとする、僕の心だ。
敢えて自分を追い詰める言い方をすれば、家庭を蘇らせれば一応は彼女だって幸せにはなってくれるだろう、だから大丈夫だという卑劣な悪魔の囁きと、彼女を想う自分を嫌いになりたくない、サチウスにとって変わらぬ僕でありたいという良心の呵責とが僕を苛んでいるのだ!
どちらに転んでも苦しみが残る! 悔いが残る!
そしてそれを、その内忘れてしまう自分が分かる。僕はどうすればいいんだ!
眠れないまま、時間だけが過ぎていく。この辺は静かだ。過疎化と高齢化で周囲に人が住んでいない上に、いてもお年寄りばっかりだ。
毎日早朝に新聞配達のバイクの音が聞こえるけど、うちは取ってないから素通りだ。勧誘もほぼない。
幽霊だって粗方追い払った。霊視したって、今と変わらない光景が広がるだろう。
ああ、誰かに相談したい。群魔の誰かに相談したい。打ち明けて的確な助言を貰いたい。こんなとき皆なら、何て言うだろう。
駄目だ。客観的に見て僕に理があるとは思えない。バスキーさんなら養護してくれそうだけど、バスキーさんじゃなあ……。
パンドラなんかは煽りを交えつつ、淡々と僕を説き伏せそうだ。ユグドラなんかは僕を慰めつつも、サチウスのほうに立つだろうな。
それでサチウスは。彼女は答えなかったな、答えが出てるのに。
何度寝返りを打っても、布団の衣擦れの音しか聞こえない。外からは夜更かしする若者の声も、車が走る音もない。よく聞く寝息も、今日は隣の部屋だ。
サチウスが決めた答えを、僕に出さなかった理由は一つ。僕に選択が委ねられたのだと、思っていいだろう。
ほとんどの人間はとても簡単なのに、どうして彼女だけ、こんなに難しいんだろう。本当は分かってるんだ。自分が悩まなくても、良いようにしてくれる人が、その実は沢山悩んだり、考えたりしてるってことくらいは。
だから今、自分なりにあれこれ悩んでみた。
幸い疲れて幾らか眠くなってきた。
そして数時間前に苛立っていた頭が、ようやく冷えてきた。これも冬の夜のおかげかな。
今僕の前には選択肢がある。
――サチウスの復縁を諦めるか。
――僕の良心を尊重するか。
決めるべきはこの二つだ。この二つのうち、どちらかを選ぶだけ、だったそれだけなんだ。大切なことを一つ決める、それでこの一件は幕引きだ。
※数時間後
よし決めた。後は、うん? バイクの音が聞こえる。新聞配達が来てしまったのか。そんなに長いこと考えていたのか。
徹夜をするべきか、それとも少しでも寝ておくべきか。別に寝なくてもどうってことないけど、寝たら寝坊するなあ。
でも寝坊したらきっと、サチウスは起こしてくれるな。よし寝よう。
確かに彼女の言うとおり、今日は考えすぎた。今日は今日で、この今日は昨日のことだけど、もうどうでもいいや。
僕は一度布団から出て、部屋の窓を空けると、新鮮な朝の空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。
そして窓を閉めて、また布団に潜り込んだ。ああ、その結果がどうなるか、分からないにしても、決断ができた日の眠りは、なんて心地好いんだ。
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文章と行間を修正しました。




