30 エピローグ
消滅していくダンジョンを見てアダムは拍手をしながらため息を吐くという器用な真似を見せた。
「うーん。推しの活躍は嬉しいですが計画の失敗は痛いですね」
そう言いながら耳元に電話を当てる。
「ああ、猊下。失敗です。使徒がやられました。成り立てとはいえ少々想定外です」
『ランクAでも居合わせていたのか?』
「いいえ、私の推しですよ。いや素晴らしい」
『喜ぶなバカ者め』
溜息を一つ挟みながら枢機卿と呼ばれていた老人は電話越しに今後の方針を告げる。
『日本でここまで大掛かりな仕掛けをした以上、当面は活動を控える必要があるな』
「承知いたしました」
そうして電話を切り。
「……さようならだ。同じ第三研究所で生まれた兄弟よ。あの地獄から抜け出し、幸せに生きる兄弟が一人でもいるというだけで、他の兄弟も浮かばれるだろう」
失敗作として計画からは除外された、同じ第三研究所で生まれた子供たち。
唯一、枢機卿には伏せていた細やかな感傷。
既にその計画は天球会でも破棄している。
そして第三研究所がダンジョン諸共完全に消失した以上、同じことを繰り返す者たちは居ない。
そうして天球会司祭アダム・月村は日本から姿を消した。
永遠に。
◆ ◆ ◆
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10月10日 夕方
病院
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「……驚いた。本当に数値が改善されてる。他にもうちに運ばれてきた人たちの検査結果を見たけどその人たちもだ」
そう言って主治医の皆守先生は不審げな眼差しを俺の方に向けてきた。
「で、拓郎君は何したの? わざわざ再検査してくれなんて言うんだから確信があったんでしょ?」
「実は……」
適当にぼかしながら、ダンジョンに伸びていた魔力を見たので、ダンジョンが無くなったのならもしかしたらと思ったという説明をする。
流石に、モンスターと融合した結果、見えましたとは言えない。
「……だとしたら、もしかして他の患者さんも同じ可能性がある? そうすると怪しいのは……」
「ずっと残り続けているダンジョン、とかですかね」
例えば攻略不能と判断されたダンジョン。
例えば管理ダンジョン。
そうした出現からずっと維持されているダンジョンが原因という可能性。
完全融合している時に見えた魔力の流れからの推察だったけどこれは大当たりだ。
「もしもそうなら大発見だよ拓郎君! ああ、どうしよう。まずうちの病院で見ている人たちの一斉検査して……ダメね。流石に他の先生と打ち合わせないと」
そう言いながら皆守先生はそわそわ。
「とりあえず今日は何もしなくて良さそうなので俺達これで帰りますね。ありがとうございました」
「それじゃあ緋鞠ちゃん、詳しい検査の日程は受付で決めて来てください! じゃあね!」
足早に、皆守先生は去っていく。
「良くなってるってさ」
「全然実感ないのよね。最近魔石貰って調子よかったから」
そう言いながら緋鞠は手のひらを握ったり、開いたり。
「治ったって事?」
「まだ確定じゃないけど……多分な」
そうなるとジェーンはやはり原因ではなかったという事になるので蛍火も一安心だろう。
今頃家でそわそわと沙汰を待っているはずだ。
「なんか実感ないな……」
「そのうち、出て来るんじゃないか実感」
例えば。
定期的に行く必要のあった病院に行かなくてよくなったり。
今まで急に倒れるかもと怯えていたから避けていたことを避けなくてよくなったり。
そういう日常の小さなことの積み重ねがもう病魔に怯えなくていいのだと教えてくれるだろう。
「そうすると、私が自力で魔石稼ぐ必要もなくなった?」
「そうなるな。いや、ホント良かった」
「すっごい晴れ晴れとした顔してるのが腹立つ」
ずっと思い悩んでいたことが一つ解決したのだから晴れ晴れとした顔にもなろう。
正直自分がダブスタ言ってる自覚はあったからどう説得するか全くノープランだったし。
最悪寝屋に説得の援護頼もうかと思ってたくらいだしな……。
「俺の検査も異常なかったしな……何故か」
「自分で何故かっていうのやめなよ」
「でも実際何故かだろ」
「まあ。あんな事になってて何も変わっていないはちょっと驚いたけど」
戦闘を行った探索者という事で優先的にメディカルチェックを受けられたんだけど……異常ありませんは本当に? ってなったわ流石に。
……つまりそれだけ蛍火との融合には負担らしきものが無かったという事。
正直その辺りの真相を明らかにしたいんだけど、唯一の手掛かりだった第三研究所はミノタウロスの撃破から暫くで消滅してしまった。
そしてもう一つの手がかりになるかもしれなかったみっちゃんは……。
「スペルリング消えても契約って生きてんのかな……?」
口の中で呟いた言葉は緋鞠に聞こえなかったようだ。
蛍火との融合時、後先なんて全然考えずに魔法融合を連発した今。
俺のスペルリングは全部粉々になってしまった。
バックドラフトもだ。
手持ちのモンスター達も消滅寸前だし探索者としては当分開店休業状態だ。
とはいえ、焦る必要もない。
緋鞠の魔力欠乏症が治ったのなら、じっくり腰を据えて体制を立て直すだけだ。
「んじゃ諸々片付いたし、そろそろ帰るか」
「あと拓郎。まだ蛍火ちゃんの件が残ってるから」
「……そうだったな」
正直緋鞠の魔力欠乏症の方がデカくて忘れてた。
そう、氾濫が収束し蛍火について説明をした際に、緋鞠に言われたのだ。
『え、女の子を犬にして飼ってたの……?』
嘗てないほどのドン引き具合と共に。
辛うじて俺の趣味ではないという事は理解してもらえたと思うのだけど……蛍火を今後我が家でどう扱うかという事。
それはまだこれからの話だった。
「というわけで蛍火ちゃんの今後について話し合いたいと思います」
裁判長、検事が緋鞠で開廷。
弁護人は無しの非公開。これは酷い。
「は、はい……」
「分かりました……」
俺も蛍火もどうなるのか全く読めなくて戦々恐々としている。
流石に追い出されるは無いと思うけど……。
「とりあえずお父さん達の部屋使ってもらう感じかな?」
「え?」
「え? って何さ拓郎。ずっとリビングに置いておくわけにも行かないでしょ。片付けたところだし丁度いいでしょ」
「いや、まあそうだけどさ」
なんかこう、余りにあっさりと受け入れているから驚いているだけだよ。
「どうしても拓郎が嫌っていうなら私の部屋になるけど流石に狭いって」
「おおおお、恐れ多いです!」
「俺が言うのもなんだけど良いのか?」
「なあに? まさか私が追い出すとか思ってた?」
と笑って緋鞠は言うが、すまん。ちょっと思ってた。
というか蛍火がめっちゃ怯えてた。
『私、毛皮を剥がれて吊るされるかもしれません』
と。
何でそんなに怯えていたのかは不明だけど……。
蛍火の勘を信じていたんだが外れたかなこれは。
「部屋余ってるんだし良いでしょ。ペットフード、余っちゃったのがチョット勿体居ないけど」
「わ、私は全然今まで通り犬でも構いません!」
「流石にそれはこっちが気を遣うかな。そこの馬鹿は除いて」
すまんね、気遣いの足りない男で。
「それにほら、私妹欲しかったし。かわいげのない弟じゃなくて」
「いやいや、俺が兄だから」
「え? あれ?」
おろおろと蛍火が何時もの俺達のやり取りに何故か困惑し始める。
どうしたんだ?
「いえ、あの主様……? 私の記憶違いでなければ、あの会話的に先に生まれたのは緋鞠様では……?」
「え?」
あの会話?
と言われて俺は思い出した。母さんと、義父さんの会話。
「いや、そうか? そんな事無いと思うぞ」
「そうですか……?」
「母さん達から聞いた生まれた時間を信じる」
「何の話ー?」
……そうだな。これは緋鞠とも共有すべき事項だろう。
探索者の件で後回しになっていたが俺達の生まれについても話さないと。
「あったま痛いわ……情報量が多過ぎるって」
「正直俺も整理しきれてないところはある」
「とりあえず蛍火ちゃんは名実共に私の妹って訳ね。そして私の中にももう一人……つまり四つ子だったのね」
「そもそも俺達が双子じゃねえけどな」
にしても……男女比が偏ってんな。
「緋鞠は義父さんから仕事の話について聞いてたことあるか?」
「何にも。っていうか父さんの性格知ってるでしょ? 正直拓郎の方が通じ合ってたように思った時さえあったくらい」
「やー多分なんも通じ合ってねえぞ?」
ノリと雰囲気で「ん」と会話してただけだしな。
緋鞠が覚えている情報も無し。
ジェーンについても当人の申告通りダンジョン外では完全に沈黙。
となると。
「やっぱ第三研究所が頼りだったんだけどな……」
結局その謎を解き明かすには何か情報が残っていそうな第三研究所だったんだけど。
「消えちゃったんだよなあ」
「消えちゃったんですよね」
「消えちゃったねえ」
三者三様に溜息。
つまり手がかりゼロだ。
大本の企業も潰れてるし完全に追う手段は途切れてしまった。
「でもさ、生まれについては……無理しなくても良いんじゃないかな? だってほら、今実害が無いし」
緋鞠の意見も一理ある。
そう、明らかにこれは藪をつつく行為だ。
子細は不明だけど、母さんたちは俺達について何かしらの偽装工作をしている。
調べるという事は、今も機能していそうなその偽装工作を無駄にしてしまうかもしれない。
「それに、あんな風にでっかくなってぎゃはははって笑うの絶対やばいって。そういうやばい話に突っ込もうとしてるんでしょ?」
「いや、あれはもうやらんから……」
未だに、どうして分離できたのか分からない。そう思う位にはあの時俺達は完全に一つになっていた。
「私も、あの自分が自分でないことにさえ気付けない感覚は、味わいたくありません」
「完全に同意」
それに。
「こんな動画も出回ってるくらいだしな」
「動画? ……これって」
氾濫内で動画を撮っていた人がいたらしい。
あの融合した形態……白炎九尾形態とでも呼ぶか――から俺と蛍火に分離するところの動画だ。
「やばくないこれ?」
「遠すぎるし、煙とかで俺達の顔がはっきり写ってないのはラッキーだったなホント」
もしも顔がバッチリ写っていたらどんなことになっていたか。
少なくともこうしてのんびり話を出来る状況ではなかっただろう。
「モンスターと融合できるなんて厄ネタを知られるわけにはいかないからな」
現状あの新興宗教の信者っぽい融合使いくらいしかモデルケースが居ないのが最大の問題だ。
あの連中の仲間と思われたらまともな生活も送れなさそうだ。
「だから使うつもりはないよ」
「なら良いんだけど……」
完全融合は封印だ。
本気で、使わなければ死ぬような状況でもない限り。
話を戻そう。
「……それでも俺は調べた方が良いと思う」
「それは何故です?」
蛍火の問いかけ。
だけど彼女は既に答えを分かっている様だった。
「何かあった時に何もできずに分からないまま終わりになるのは避けたい」
そう、つまるところ。
「家族みんな守りたい。そう思うからちゃんと状況を把握しておきたい」
うんうん、と蛍火が頷いている。
「家族、ね」
そう言って緋鞠はニコッと笑って。
「それじゃあ新たな妹を迎えた記念に焼き肉でもする? 誕生日のお祝いも中途半端に終わっちゃったし!」
「いいね。んじゃ買い物行くか。蛍火も帽子被ってついてくるか?」
「はい! 是非に!」
難しい話はここまで。
天球会もこれだけの騒ぎの後だ。警察や組合も血眼になって探しているみたいだし。
直ちに何か大きな動きになる事は無いだろう。
今日くらいは一息入れよう。
折角の誕生日なんだから残り数時間で立て直そう。
「あと蛍火ちゃんさ、主様って呼ぶのは目立つと思う」
「そうですか?」
「まあ、普通は呼ばないからな」
緋鞠みたいに呼ばせてんの? といわれなき中傷を俺が受けることになりそうだ。
後なんか、正直に言えば。
「ちょっと距離を感じる時はあった」
まして同一人物みたいな物と分かった今、考えると尚の事。
「では何と呼べば……?」
「普通に私みたいに名前で呼べばいいんじゃない? 拓郎、って」
「拓郎、様ですか?」
「んー固い」
様か……どこかの御曹司になった気分だけど。
「様はあんまり使わないかな。少なくとも家族の間では」
「えっとじゃあ。拓郎……」
と言ってからぶんぶんと首を振る。
「やはりだめです! 呼び捨てなど不敬です!」
「不敬」
あんま普段聞かねえ単語だな……。
「拓郎……さん。これでどうでしょうか?」
「良いんじゃない?」
「とりあえずそれで行こうか」
さて。
新しい呼び方も決まった事だし。
「それじゃあ行くか緋鞠、蛍火」
新しい日常を過ごしていくことにしよう。
これにて一旦完結です。ご愛読ありがとうございました。




