11 誘拐事件
「どういうことなんだ、寝屋」
駅で合流した寝屋の顔色は、あまり良くなかった。
夏だというのに、身体が微かに震えている。
「取り敢えずうちに行こ。ここじゃちょっと」
「ああ」
足元で蛍火が一声鳴く。
尾行は私が見張るという意思表示。
寝屋の言葉ではまだ終わっていないということ。
警戒は必要だ。
だけど部長は今も警察にいるはずだ……それとも、まさか一度家に帰された?
部屋について早々に寝屋はスマホで一つのニュース記事を見せてきた。
「高校生が行方不明……?」
8月の記事だ。
「この子、知ってる人」
「なに?」
「今日は部品調達のついでにダンジョン研究のフォーラムに参加してたー」
そこで、よく参加していた1人がいない理由を聞いた所……行方不明になっていたということがわかったらしい。
「それだけじゃない。ストーカー被害に合っている。そういう話がでてきた。以前にそう相談して、最近連絡が取れないって人も」
「ダンジョン研究を行ってる人が狙われている……?」
「その可能性がある」
寝屋の言葉に俺は考え込む。
「警察に……」
「他の人たちも言っていないと思う?」
「そうだな」
言った上での現状なのだろう。
警察も後手に回っているのか……いや、そもそも関連性に気づいていない?
下手したら今日のフォーラムでようやく当事者も気づいたかどうかという可能性もある。
「寝屋、他に知ってることは? なにか聞いていないか」
「後は……ストーカー被害は解決したって人もそれなりにいた。みんな口を揃えて、そんな事をする人とは思ってなかったってー」
それは寝屋のケースも同じだ。
「思いがけない人がストーカーをしてきて……その後に消息不明……誘拐される」
どうやってはこの際一度おいておこう。
何故、誘拐されているのか。
「研究の共通点とかは無いのか?」
「うーん。そもそもダンジョン研究のフォーラムだからそういう意味ではみんな一緒だよー」
「そりゃそうか」
「あー、でも」
ふと寝屋が思い出したように。
「全員に聞いたわけじゃないけど、モンスターの研究してるって人でこれ関連の話をしてる人はいなかった」
「ざっくりしてるな……」
「主様。他の者に張っている連中を捕らえて目的を吐かせれば良いのでは?」
「いいか、蛍火。それを現代社会でやると大概はこっちが悪いことになる」
そんな短絡的な行動は取りにくいのだ。
「……ダンジョンの中ならー?」
「却下だ。危険過ぎる」
確かに、ダンジョンの中は公権力の目が届きにくい。ある種不法の温床になっている面もある。
倫理的な意味でも却下だし、そもそもダンジョン内ではモンスターもスペルも使える。
それだったらまだ、外でもモンスターである蛍火の力を得られる俺達の方が有利。
「ではどうしますか?」
蛍火の問いにすぐには答えられない。
こんな問題、高校生でも探索者でもやることじゃない。そんな泣き言がでそうになる。
だが寝屋が狙われている。そんな事を言っている場合じゃなかった。
「予防策としてはしばらく1人にはならないことだな。最善は蛍火についていてもらうこと」
根本解決にはならない。
犯人を捕まえるには……。
「部長だ」
「部長?」
そう、私じゃないと、繰り返し呟いていた科学部部長だ。
あのときは下手な言い訳をと思っていたけど、こうなってくると話が違う。
「もしもこのダンジョン研究者誘拐が繋がっているなら、ストーカーもなにか仕組みがあるはずだ」
そうでなければ、こんなにも意外な人物のストーカーが一箇所に固まるものか。
「利害関係……いや、考えにくいか? だとしたら脅迫……部長の様子にはそぐわない。寧ろあれは……自分の意志じゃなかった。催眠、いや洗脳?」
「それはあり得るのー?」
口にしておいてなんだけど、本当にそうだ。
「あるとしたらそれは、私たちのようなモンスターの力、ですが……」
そう、モンスターならば魔法が使える。その中に相手を操るような物もあるかもしれない。
ただ。
「部長は探索者じゃないだろ? だったらダンジョンの中には入っていないはずだ」
だからモンスター由来は考えにくい。もしもそうなのだとしたら。
一つの大きな問題が立ち上がってくることになる。
「蛍火以外にもダンジョンの外にでられるモンスターがいる可能性か」
「ありえない、とは言えません。ただ仮にいたとしても、私なら気づけます」
そう。だから考えにくい。
だとすると。
「あり得るのか? 人間由来の洗脳能力」
困ったことに自分自身が実証となっている。
自分の中にある融合という力。
これだって十分に異質だ。
「推論に推論を重ねるとこういうことー? 洗脳能力を持つ誰かが、ダンジョン研究者を狙って、その人と接点のある人を洗脳して誘拐している?」
「……回りくどいな」
そもそもそんな便利な力があるのなら何で直接誘拐しないんだ?
「やっぱり目的が分からない。ダンジョン研究者を集めて何をしたいんだ?」
「うーん。やっぱりダンジョンの研究?」
「だから何の」
寝屋と二人で頭を悩ませていると蛍火が控えめに手を挙げた。
「あのーもしかして逆ではないでしょうか?」
「逆ー?」
「それ以上研究をさせたくないから、誘拐している、とか?」
「その発想はなかったな」
妨害目的か。だとしたら。
「寝屋も他の解決したって言ってる人もまた狙われる可能性があるな」
何かをさせたいなら、ある程度の人数で目的を果たしたとするかもしれなかった。
だけど妨害だとしたらしらみつぶしにするまで止まらないだろう。
「相手の動機がそれだとしよう。ダンジョンの構造自体の研究を妨害したい……いや、根絶やしにしたい。そんな動機を持つ奴らは誰だ?」
かなりの執念深さを感じる。
いや、或いは狂気的か?
寧ろそっちの方があの時の部長の様子からしっくりくる。
狂気的な何かからダンジョンそのものへの研究を根絶やしにする洗脳能力者。
なんだか妙に犯人像が具体化されてきた。全部推論なのだが。
「んー偶々かもしれないけどー」
と寝屋がまたスマホをポチポチとして俺に画面を見せてくる。
「ちょっと前のフォーラムでこんな人たちが来たー。神を荒らすなーって」
「神聖唯一ダンジョン教会……?」
なんとも言えないネーミング。
「超ざっくりいうとーダンジョンをご神体とした新興宗教ー」
あまり、印象の良くない言葉に俺は顔を顰めた。
ダンジョンを信仰する新興宗教。
そうそれは――三年前のダンジョン氾濫を引き起こしたとされる団体も同じだったのだから。




