08 嘘と嘘
「大変だったね。寝屋ちゃんもストーカーなんて。だから最近一緒にいたんだ」
警察から話を聞かれて、家に帰りついたのは九時近かった。
電話一本で警察沙汰になったと聞かされた緋鞠も気が気でなかっただろう。
「科学部の部長さんだっけ? そんな変な人には見えなかったのに人は見た目によらないね」
緋鞠も顔は知っているらしい……というか聞くところによると生徒会役員でもあったとか。
全然知らんかった。
……だとしたらなおさら解せない。
少なくとも一般的に優秀な部類の生徒。
それがあんな無茶苦茶な行動を取る物なのか?
「本人も何であんなことをしてしまったのか分からないって連行されるときにも言ってたからな……」
「現行犯なのにそこで否定しても遅くない?」
「かもな。でも演技には見えなかった。本当に衝動的な行動、だったのかな」
「恋って怖いねえ」
恋に溺れたと、そう言ってしまえばそれまでなのかもしれないけど……。
違う、私じゃない。
あの言葉が脳に残って仕方がない。
本当に、恋愛感情のもつれの結果なのか?
いや、考えすぎだ。
事実としてそうなっている以上、そこを疑ってもキリがない。
「緋鞠も気を付けろよ」
ああいう事例を見てしまうと不安だ。
……とはいえ四六時中一緒に行動するわけにも行かないしな。
「変な感じしたら相談するから大丈夫だってー」
そう言って笑っているけどなあ。
こいつ以前自称してた通りモテるからなあ……。
クラスの連中に何度同じことを聞かれたか分からない。
即ち、緋鞠って俺のこと好きなのかな? という類。
誰にでも距離が近くて、平等に接するからそう思ってしまう悲しき男子の多い事よ。
とりあえず聞かれるたびに、その質問は無茶苦茶されるとだけ答えている。
流石にそんな興味ないと思う、とバッサリ心を切り捨てるような非道は出来なかった。
緋鞠、罪深い女……。
「結局寝屋ちゃんの用事ってストーカーの件だったの?」
「そうだな」
「じゃあもう危ない事はしないんだ」
緋鞠のその一言。
ついぽろっと漏れ出した様な、その一言に俺は答えが詰まった。
肯定するのは容易い。
だけどそれは嘘だと分かり切っている。
そんな風に緋鞠をいつまで騙し続けるのか。
「ああ、ストーカーの件は解決だ」
だからそんな風に逸らした。
答えを微妙にずらして誤魔化した。
真っ向から嘘を吐くのにすら、逃げ出した。
一瞬見えた緋鞠の表情。
そこに乗っていた感情は……悲しみ?
だがそれも一瞬。
好奇心に満ちた表情に変わる
「ところでさ拓郎。このまま寝屋ちゃんと付き合ったりするの?」
「どうしてそうなった……」
「いやー、だって前から仲良いじゃん」
「そのロジックで行くとお前は何股することになるんだ?」
お前だって仲いい男子いるだろ。
「私は良いの。広く浅くだから。でも寝屋ちゃんってこう、重そうっていうか。ディープな感じするというか」
「そう見えるの?」
俺からすると寧ろ現実から一歩浮いているというか。
良い意味で浮世離れしているというか。
「何だろう、自分の世界をしっかり持っていて、他人に流されないっていうか。ちょっと拓郎と似てるよね」
「あー」
そういう意味では似ているかもしれないな。
根本的に自分の中で完結させることが多い。
他人の視線よりも自分の目的優先。
「何で仲良くなったか言われてちょっと納得した」
多分――シンパシーを覚えたのだ。
その在り方に。
寝屋は自分の研究に。
俺は緋鞠の延命に。
ただそこに向かって邁進している。
それこそ自分の命さえも投げ出して。
「でしょー? だからここで共通の危機を乗り越えて恋に落ちるとかありそうじゃない?」
「本人目の前にありそうじゃない? と言われてもな……ねえよ」
とはいえそれはそれこれはこれ。
その理屈が簡単に成立するもんじゃない。
……だけど。
今の会話で一つ気になったことがあった。
何で寝屋はあそこまでダンジョンの研究に打ち込んでるんだ?
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9月4日 夕方 新学期5日目
☆2ダンジョン 11層
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「ダンジョン研究する理由ー? 楽しいからー」
「え、それだけ?」
「うん、それだけー」
と本人の解答はあまりに軽かった。
楽しいから。
「たくろーは違うのー?」
「俺は、この前言っただろ。緋鞠の為だよ」
そこに楽しいなんて感情は。
あってはいけない。
緋鞠に嘘をついているのに。
それはなんだか途轍もなく。
不義理を働いているような。そんな気が。
「えーだって。緋鞠を助ける方法の中で探索者を選んだのはたくろーでしょ?」
「そんなことは」
だって他に選択肢なんて。
いや……。
「魔石を買うお金集められればそっちでもよかったでしょ?」
「簡単に言うなよ。高校生が月10万稼ぐのなんて……」
不可能、ではない。
「極端な話ー」
と前置きした上で寝屋は言う。
「ミュージシャンになるでも、プロ棋士になるでも、なんでもいいけどー。難易度という意味だと探索者になって成功するっていうのも大差ないと思う」
今上手く行っているけどそれは蛍火と出会えたから。
じゃあ出会えなかったら?
マリオネット一本で俺は……緋鞠が倒れた時に魔石を集められていたのか?
実際、結果論だ。
そう言われてしまえば成功率は他の方法でもそこまで変わらなかった?
実際、探索者の大半がFランクというのも統計的には上に行くのが難しいと示している。
「だからてっきり、私はたくろーも楽しいから探索者してるんだと思ってたー」
「いや、俺は……」
というか。何故俺は否定しようとしている?
以前の俺の判断。
探索者しかないという、その視野の狭さを認めたくないから?
それとも単純に。
今が楽しいと。
それを認めたくなくて?
「まあ何かをやる理由は人それぞれだよねー」
そう言って話は終わってしまった。
そう。それぞれだ。
そんなに気にする事は無い。
「それはそうとたくろー見て欲しい。ダンジョン全体の魔力から、この前のジャイアントクレイフィッシュの魔力を記録した物が抽出できた」
「おお。これ繰り返せば出てくるモンスターの全てが分かるって事か」
俺には見てもさっぱり分からない数字の羅列だけど!
「まず間違いなく……でもこれをたくろーに分かるようにするのが難しい」
「悪いな……サル以下で」
サルでもわかるという説明で分かんなかったんだからもうサル以下で良いよ。
あんなの理解できるサルばっかってそのうち人類乗っ取られそうだけど。
「なんかこう、見ただけでリスト化されるような物作れたらくっそ欲しがられるのでは」
「おーやっぱり欲は発明の元。商品化したらアイデア料あげるね」
ああして、こうしてと寝屋がその探知機について考え始める。
楽しそうだった。
彼女が言った通り、楽しいからこれをやっている。
その姿が……羨ましいと。
自分のやりたいことだけをやれるのが羨ましい――。
そんな羨望の籠った眼差しを、隣で蛍火がじっと見ていることに気付かなかった。
そこに込められた、微かな疑念の眼差しも。
それを知るのは翌日になってから。
寝屋は今日は探知機の素材を買いに遠出するらしい。
なんでも、ちょっと珍しい部品だから直接探したいとか。
それに付き合っても良かったんだけど……。
『どうせたくろーがいても荷物持ち位しか役に立たないしー』
と言われてしまった。
その通りなんだけどさ……もうちょっとこう、手心を……。
そんなわけで暇になってしまった。
習い性の様にダンジョンに潜っては見たものの……。
「11層に行くか……?」
問題は蛍火であっても苦戦を強いられるところだ。
やりようによっては戦えるが、連戦は厳しい。
「今の構成だとまだ俺達だけじゃ厳しいか」
新しいモンスターの入手をそろそろ真剣に考えた方が良いかもしれない。
11層以下からはモンスターは最大四体まで。
二枠、遊ばせている状態だ。
「仲間を増やすのですか?」
「うーん、そうしたいけど買うのはな」
召喚石はなあ、高いんだよなあ。
ジャイアントビートルみたいに偶然のドロップを狙うのも一つだけど……
☆1の階層だと今じゃスペルリングすら落ちないし。
一回魔石集めに舵を切って、緋鞠の分を溜めつつ蛍火たちのレベル上げも狙うか?
頭を悩ませている俺を見て蛍火はまたなぜか表情を曇らせて……何かを決意した様な顔つきに。
「主様」
「どうした、何か名案でも?」
その問いに小さく首を横に振って。
「どうして主様は一人になろうとしているのですか?」
そんな、裡に抱えていた疑念を口にした。




