07 制服の蛍火
「あ、あの! この布は短すぎませんか? こんな薄くて……あまりに防御力が低いです!」
「服の評価で防御力は昨今聞かねえな……」
「短いのは蛍火の足が長いせい。私の足が短いからではない」
短絡的な解決をするには、俺たちはダンジョンの外では無力な高校生であるという事がネックだった。
だったら、ダンジョンの外でも無力でない存在の助けを借りればいい。
そう、蛍火です。
「おかしいー。同じ制服を着ているハズなのにー。どうしてこうも見た目に違いが……?」
寝屋でもそういう事気にするんだなあと、意外な一面を見たりもしたが一番はやはり蛍火だろう。
「あ、主様! 私はやはりいつもの服で出ます!」
「いやダメだって。あんな和服目立ちすぎるから」
「しかし、あれこそは我が戦闘装束! 戦いとなればやはりあの格好でないと」
「戦いにはならないよ」
相手が身長2メートル超えの筋肉マッチョであっても、モンスターである蛍火とまともにやりあえるとは思えない。
寧ろやりすぎてしまわないかが心配だ。
俺の眼から見ても、蛍火ってちょっとその、脳筋というか力こそ全てという感覚があるように見えるし。
「尻尾はー腰に巻いておけばそういうフェイクファーのアクセって誤魔化せるし……耳はー」
「この帽子だ」
俺の鞄から取り出したものを蛍火の頭にかぶせる。
「これは、主様の……いえ、緋鞠様のですか?」
「いや、ダンジョン来る前に買っといた奴」
可能性は低いけど、蛍火のテンションが上がったらうっかり炎だすかもしれないからな……。
緋鞠の帽子を狩りて灰にしたら後が偉い事になるので、駅前で適当に買ってきたキャップだ。
正直左程高い物ではない。なので――
「あ、ありがとうございます! 大事にします!」
などと言われてしまうと却って罪悪感を抱く。
さてこれで、蛍火の姿は妙にスタイルが良くてキャップを被りフェイクファーのアクセを腰に巻いた女子高生になった訳だが。
「……コスプレ感が酷い」
「日本人離れしたスタイルがいけないねー」
「百歩譲ってギャルだなギャル」
「クラスで配下侍らせてそー」
「内容よく分かってないですけど褒めてないですよね!?」
無理やり着せておいて、この言いようはどうかとは思う。
だけど本当に似合っていないのだ。
「まだ、ドレスの方が似合ってたー?」
「夏休み明けの放課後じゃなければな」
まあ探せば、こういうギャルもいるだろうきっと。
しかしポンチョ被ったのとギャルの組み合わせは正直変だな……。
「よし、作戦はシンプルだ。俺達が出て行って、適当にその辺を歩き回る」
「はい」
「たっぷり後をつけさせた後で蛍火が捕まえる。以上」
「作戦かなー?」
「段取り決めてんだから作戦だろうがよ」
というかダンジョンの外だと蛍火が強すぎてこの位で何とかなってしまうんだよ。
「行くぞ。この面倒なストーカーは今日で終わりにする」
捕まえて警察に引き渡してやる。
「暴力は無しだぞ蛍火。優しく、優しくな?」
「分かりました、優しく……優しく……?」
……不安になってきた。
ダンジョンの外に出た途端、蛍火が目つきを鋭くする。
小声で。
「視線を感じます。誰かこちらを見ていますね」
「やっぱ今日もいたか……」
しかし何が目的なんだ?
俺は話を聞いた時、寝屋に一方的に好意を寄せている誰かではないかと疑った。
寝屋は研究スパイかもと言った。
「うーん、前はこんなに毎日は感じなかったのに」
「単に蛍火の感覚が鋭いから分かったことかもしれないな」
だがどちらだとしても……こうも付け回すだけじゃ目的なんて達成できないだろう。
ただ見ていたいだけ?
分からん。
「今これで一回りしたな」
店を探すふりをしながら、大きく一周。
その間後ろの気配は――。
「ずっと後ろにいます。距離を保って延々と」
「そういえば、昔尾行のテクニックってテレビで見たー。交代して長距離は尾行するなってー」
「俺もどっかで見たかもな。そうすると、後ろにいる奴は尾行慣れしてない……?」
「……そろそろ仕掛けます」
そう囁いて蛍火が俺達から離れていく。
今まで気づいてなかったけど……。
「滅茶苦茶見られてるな蛍火」
「美人だからねー。後コスプレっぽいから……」
目立ってる。マスク位させて顔を隠すべきだったかも。
「このまま歩こう」
「おっけー」
蛍火が捕まえたらそのままこっちに抱えてきてもらう予定だ。
「これで解決してくれればいいんだけどな」
「それは、どうしてー?」
「普通に気味悪いだろ。誰かに尾行されてるなんて」
一応寝屋も生物学的には女子だ。
そんな環境下でストレスを感じない筈がない。
こうやって隣を歩いている俺だって不快なんだから。
「たくろーはそういう奴。でもこれが解決しても、まだたくろーには暫く手伝ってもらう」
「そりゃ勿論。寝屋の研究は俺にとっても重要だしな」
「ほんとーに、罪深いー」
「何で?」
ぺしぺしと背中を叩かれた。
何か視線を感じる……後ろからじゃない。横から……?
蛍火じみた超感覚を発揮した俺はさりげなく視線をそちらに向ける。
……何もなかった。
「どうしたのたくろー」
「何でもない……」
ただただ自意識過剰な結果に恥ずかしさしかない。
「なんだお前!」
幸いその羞恥に悶える時間はそう長くはなかった。
背後から男の怒鳴り声。
そして微かに聞こえてくる蛍火の声も。
「ここで待ってるか?」
「梃子摺らせてくれた奴の顔を見たいー」
メンタルが戦国武将みたいなやつ……。
相対している蛍火と……うちの学校の生徒? 俺と同じシャツとスラックスだ。
「……知ってる人だー」
「マジか。誰?」
「科学部の部長」
そういえば一年の時、寝屋も科学部とか言っていた様な……。
「寝屋君! どうして君はそんな男と!」
「部長ー? 落ち着いてー」
どうも開口一番。そんな呼ばわりされた男です。
「ああ、ああ。信じがたい、許しがたい。そのような、ああ……嘆かわしい……」
ぶつぶつと兎に角現状への不満を口から垂れ流す姿に、俺は何とも言えぬ圧を感じて一歩後退る。
ドン引きしたとも言う。
「部長さんってこんなキャラなの?」
「いやーいつももっと落ち着いてて理知的な人ー」
どう見ても今の彼は信仰対象に裏切られて発狂している殉教者か何かだけど。
「私の前で話すなあああああ」
焦点の合っていない目で、殴りかかろうと拳を振りかぶり。
あっさりと横手から蛍火に止められた。
それも振りほどこうと涎を垂らしながら暴れる姿。
とても正気とは思えない。
「部長、どうしちゃったのー?」
あまりの豹変ぶりに、怒ったりするよりも先に心配が勝るらしい。
ここしばらく付け回してきた相手に対して気遣うような視線を向けていた。
「……寝屋、警察呼ぶけど良いか?」
「……うん、ごめん」
或いは多少騒ぎになっているので既に呼ばれているかもしれない。
「……ん?」
また、視線を感じたような気がする。
実際何人かがこちらを見ているから感じても不思議じゃないんだけど。
「気のせい、か?」
「主様?」
「蛍火、誰かこっちを見ていないか?」
「誰か、ですか?」
蛍火は周囲を見渡すが……。
「いえ、特段怪しい者は何も」
「そうか……警察に聞かれると面倒だ。蛍火。一度ダンジョンに戻って犬になってきてくれ」
服はそこに置いてきていいからと、先に蛍火をこの場から逃がす。
部長はもう、ぶつぶつと力なく俯いて動こうとしていない。
微かに。
「違う。私じゃない……」
という声だけが聞こえてきた。
警察が来て、彼が連れて行かれても。
どうにもすっきりしない感覚は何時までもついて回った。




