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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
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○【06・簡易的な誓い】○


 その日、俺に主人(あるじ)ができた。


 とりあえずは王都に着くまで、なんだけど。

 これまでの雇い主と雇い人の関係とはずいぶんと違う感じだ。


 忠誠を求められるなんて初めてだよ。びっくりだ。


 作法とかは言われなかったので、ただ言葉で「誓います」とだけ答えた。ウィリさんはそれでうなずいてくれた。


 子供らは生きるか死ぬかの瀬戸際だったから、喜んでる。

 飯のうまい主人は嬉しいよな。はじめだけじゃなきゃいいけど。


 その流れでまず、顔を隠した黒髪女の子が頭を下げて名乗った。


「名前はデラです。十二歳です。自分の名前は書けます。少しなら、読むこともできます。お姉ちゃ……姉が村長様のところで勤めていて、帰ってきたときに教わりました。一生懸命働きます。どうか、よろしくお願いします」


 辺鄙な村の出にしてはちゃんと挨拶ができている。

 もともと売っ払うつもりで育てられてた子供だからな。そういう子供はちょっとした教育を受けてることが多い。その方が高く売れるから。

 傷がなかったら結構かわいいので普通に高く売れたんだろうな。それもどうかと思うけど。


「ロームです。は、じゅ、十歳です。おじいちゃんと森で炭焼きとかしてました。おうちのお手伝いもちゃんとできます。よろしくおねがいします」


 今、八歳って言おうとしたな。

 もともと十歳以下の子供は親や親族の管理下以外で働いてはいけないことになってるからな。売られる時に村の奴らに本当の歳を言うなと言い含められていたんだろう。

 それにしても、六つくらいかと思ったけど意外に大きかった。体が小さいからな。

 痩せてて小さくてボロ服着ててろくに体も洗っていないのが見て取れる。


 次は俺の自己紹介。


「俺はベイルです。十四歳だけどあと一ヶ月で成人です。両親が行商人だったので生まれた時から国中のあちこちを旅していました。南方の一部以外、大抵のところへ連れて行けます」

「南方の一部?」

「辺境開拓領地のアルダとマーデイ、南方小領地帯の南側です。その辺は魔物がよく出るしあまり商売にならないので、親が子連れでは行きたくなかったそうです」


 親父が生きてるうちに俺が成人してたら連れて行ってくれただろうけどな。仕方ない。


「あ、アルダは昨日までの雇い主たちと行ったので少しは知ってます。王都までの道は、西回りでも東回りでも北へまっすぐでも行きたい道をお連れしますよ」

「ほう……」


 なんか感心された。

 表情から見ても本心っぽい。ちょっと嬉しいな。


 さて、次はウィリさんたちの紹介だ。

 今のところ名前しか知らないから詳しく知りたい。なんで王都に向かうのか。どんな事情で旅をしているのか。二人の正体とか。


「ミーニャはミーニャ! ウィリはウィリ!」


 美少女、ミーニャさんが元気よく言った。

 ………………。

 …………え?

 それだけ!?


 驚いてミーニャさんウィリさんを交互に見てると、ウィリさんが大きくため息をついた。


「俺たちのことは詮索するな。必要になったらその都度教える」


 ええぇ……

 

「さて。お前たちは俺の従者になったのだから、やるべきことをやっておこう──デラ」

「はっ、はい!」


 名を呼ばれ驚くデラ。


「布を取って顔を見せろ」


 言われて顔を覆う布をぐっと掴むデラ。

 そんなデラにづいづいと近づくウィリさん。

 布を掴んだまま震えて固まるデラにため息をついた。と思ったら、布をつかんでべいっと剥いだ。日の下に晒されたその顔は、それはもう痛々しいものだった。

 顔の左上には包帯がわりの汚い布がぐるぐるに巻かれているが、腫れてぼっこり盛り上がる額を隠しきれていない。それも血や膿が滲んで変な色になっている。左目は腫れたまぶたで開かれておらず、顔の左側全体が赤黒く変色していた。そして、傷に近い位置の髪だけが白くなっている。

 俺もロームも思わず身を引く。なんか怖い。

 でもウィリさんは真剣な顔で考え込んで、ミーニャさんに目をやった。


 まさか……


「手当てをする。ベイル、バケツに水を汲んできてくれ。デラはこっちに座れ。ミーニャ、俺たちの荷物を持ってきてくれ」

「はーい」


 それを聞いて、ちょっとだけガックリしてしまった。多分、デラもだ。

 もしかしたら聖女の力でパパッと治してくれるのでは? なんて思ってしまったからな。


 真っ白な髪のミーニャさんは、見るからに物語なんかで語られる『聖女様』そのものだからな。もしかして、って思ってしまっても仕方ない。


 けれどミーニャさんはウィリさんに言われるまま木の下に置いてあったウィリさん達の荷物を取りに行く。残念に思いつつ、俺はバケツを持って小川へ向かった。


 でも、まあ、そうだよな。

 どんな傷も病気もたちどころに癒す聖女様、なんて物語の中だけのものだ。


 人買いのおっさんどもに雇われてあちこち行ってた時、極々たまに白い髪の人を見たことがある。ミーニャさんみたいに真っ白ではなくほぼ白な灰色とかうっすら黄色とかで、それでもみんな『聖女』として取引されてた。でも、癒しの力なんて誰ひとり持ってなかったよ。

 偉い貴族のお姫様に、一人だけ本物がいるって噂は聞いたことあったけど。庶民の間では見た目だけ聖女っぽかったら高く売れるから、それで良かったんだよな。

 

 いるわけないよな……


 そんなことを考えつつ、俺は小川で水を汲んで急ぎ戻った。


 ウィリさんは、地面に座らせたデラの前に膝立ちで座って汚れた包帯をとっていた。

 その横でミーニャさんが何か言ってる。


「痛いの痛いのなくなってー にゃんにゃんちゃんにゃんっ」


 ……なんの呪い(まじない)

 なんか前にもにゃんにゃん言ってたけど。なんなんだろ。


 俺は水いっぱいのバケツを持って行き、ウィリさんの横、ミーニャさんがいるのと反対の方に置く。そのまま手当てを受けるデラを見ていた。

 包帯をとったら余計に痛々しい。

 血が固まってくっついていたんだろう、古い包帯を剥がされた傷に赤い血がうっすら出ている。血と膿でカチカチになっているのに、それだけの血で済んでいるのはよほど丁寧に剥がしてくれたからかな。

 その傷を、水で濡らした真新しい布で綺麗に拭いていくウィリさん。


「えっ!?」


 思わず声を上げてしまったら、ウィリさんに睨まれた。


「なんだ?」

「い、いえ、なんでもないです」


 思わず「もったいない」と言いそうになったけど、それは堪えた。

 見るからに新品の上等の布を、仕方なく従者に迎えただけの小娘の手当てに使うなんて。

 古い布持ってなかったのかな。俺の持ってるの出せば良かったか? と、おろおろしながら見ていたら、今度は薬を塗りはじめた。

 それも見るからに高価そうな薬を。


「……っ!?」


 驚いたが声は出さなかった。

 出さなかったのに、ウィリさんに睨まれた。

 けれど、すぐにデラに向き直り手当てを続けるウィリさん。

 手のひらに乗る陶器の壺から軟膏を指につけて傷に塗っていく。

 俺も馬車に薬は積んでるけど、俺たち庶民が買えるような薬は色も悪くて混ざり物もある。物によっては匂いも臭い。

 でもウィリさんが手にしているのは濁りない半透明の軟膏薬だ。

 そうして一通り塗り終わったら、やっぱり新品の包帯で傷を覆って手当てした。

 それだけで、いくらになるんだろう。

 

「どうだ? 痛みはかなり楽になったんじゃないか?」

「は、はい……」


 手当てを受けていたデラも、信じられないと言った顔をしている。そんなにすぐに効く薬なのか。すごいな。


「そこまで荒れている傷跡を治すには時間がかかる。すぐに治すことはできないが、痛みが引いたなら旅も楽になるだろう」


 そんなことを言いながらウィリさんは立ち上がり、今度は俺に向き直った。ちょっとドキリとする俺。


「ベイル、言いたいことがあるなら言え」


 怖い顔だ。怒ってる。

 うっかり口を挟んでしまったからかな。

 こんなことで解雇されたらたまったもんじゃない。

 ……でも、聞かれたんだから仕方ない。気になるから聞いてみよう。

 俺は恐る恐るウィリさんに向かい口を開く。


「えっと……雇い人が怪我や病気で治療が必要になったら、雇い主は治療は受けさせますがその費用は給料から差っ引かれます。さっきの布も包帯も、新品の上等な品に見えました。薬だって、混じりもののないあんなに綺麗な薬ならかなりの値がすると思います。あれだけのものを使ってもらったからには、デラはこの先数年はただ働きになってしまいませんか?」


 一息に聞いてみた。

 デラは蒼白になり、ウィリさんは眉を寄せ、ミーニャさんは首を傾げる。

 

「この薬や包帯が、それほどまでに高価なのか?」


 あれ?

 ウィリさんが気になったの、そこ?


「まあ、行商してた頃は多少の薬なんか取り扱ってましたからわかります。普通の庶民はもっと粗悪なものを使ってますし、貧しい家だと野にある適当な薬草を自分で煎じたりしてます。そういうのはたいてい酷いものが多いです」


 言いながらデラを見た。デラは怯えたように俺やウィリさんを見ている。


「それは、よくないとは思うが……今すぐどうこうできないことだ」


 どうこうとは?

 つぶやくように言ったウィリさんは大きくため息をつき、すぐに頭を振って視線を俺に戻した。


「従者として配下に置いた以上、主人としてできる限りのことはする。そもそも、怪我をした子供を放っておくわけにはいかない。配下にしなくても、手当てだけはするつもりだった」

「え?」

「……俺も、子供の頃に死にかけたのを救われた身だ」


 その視線はミーニャさんに向かう。

 ミーニャさんはにこりと笑った。

 そして、二人そろってデラに向き直った。


「治療は、できることをできるだけしたまでだ。費用など深く考える必要はないが、恩を感じてくれたなら忠義で返せ」


 その言葉に、デラの目が輝いて見えた。

 感動しているような、心酔する者のような目にも見える。


 思ってたよりもずっと懐が深い人のようだ。

 それになんだか威厳もある。


「デラは女だからミーニャの従者になってもらう。誠心誠意仕えてくれ」

「はいっ! あたし、がんばりますっ ……ふぇ」

「ああっ、デラ、泣かないで。お薬ながれちゃう」


 ミーニャさんは、これまたきれいなハンカチでデラの涙を拭いたよ。


 ウィリさんは、口は良くないし脅すようなことを言ったりもするけど、根はいい人みたいだ。ちょっと世間知らずっぽいところは不安だけど。

 主人がいい人なのは良いことだ。


 俺もできる限りがんばってみよう、と思った。

 



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