○【27・赤い髪と金の瞳】○
俺たちをつけて森までやって来たボロマント少女。
その理由はただの勘違いだった。
ウィリさんを狙ってなにかしら、じゃなかったからそれだけはホッとした。
けど。
ボロマント少女はへたり込み、ウィリさんは頭を抑え疲れたように息をつく。
「勘違いがわかったことですし、一息つきませんか? お茶の準備もしていたところですし」
そう声をかけたら、ウィリさんはうなずいてくれた。
「そうだな」
「お菓子っ!」
ウィリさんの隣でミーニャさん笑顔。
「夜だから、ひとつづつな」
「えーっ ふたつ、ダメ?」
「……今日だけだからな」
ウィリさんとミーニャさんが微笑ましいやりとりをしている間に俺はお茶を用意し、デラがお菓子の入った籠を持って来てミーニャさんに差し出す。
ミーニャさんとデラとロームはふたつづつもらってた。
俺も赤い干し果物の乗ったクッキーをひとついただいた。ウィリさんはいらないらしい。
「レレイナも、どうぞ」
「ふえっ!?」
ミーニャさんがボロマント令嬢にもお菓子を勧めた。
デラの持ったお菓子の籠を、食い入るように見てたしな。
デラがお菓子籠をボロマント令嬢に差し出す。
「い、いいんですか?」
「いいよ。でも、二個だけね」
ミーニャさんが微笑むと、ボロマント令嬢の顔がパァっと明るくなった。そうとう食いたかったみたいだしな。菓子屋の前で財布とにらめっこしてた姿を思い出す。
「ありがとうございます!」
遠慮なくふたつ選んでたよ。ほくほく顔で。
みんなで「いただきます」といつもの食前挨拶。ボロマント令嬢もつられて「いただきます?」とか言っていた。
そうして、うまそうなクッキーをひとかじり。
想像通り、うまい。
みんながほくほくしている中、ウィリさんがボロマント令嬢に話の続きを促した。
「ところで、俺をベルトア……クランス領の領主の子息と間違えたようだが。北方傍位領地の子息が、なぜ南方に来ていると思ったのだ?」
「もぐっ、は、はい。噂を聞いたんです。クランスの若様が世直し旅に出て悪いやつに利用されたりいじめられている聖女を助けてるって」
……なんだそりゃ
俺が首を傾げていたら、ウィリさんが俺を見た。
「ベイル、聞いたことはあるか?」
「いえ、ないです」
「嘘じゃありません! キリクスの伯父さんが騎士仲間から聞いた話で、その騎士仲間は親戚に会うためにペララーナ領へ行った時にたまたま寄った武器商の主人が話していたのを耳にしたそうです!」
ずいぶん遠くて怪しい噂だな。
ウィリさんも微妙な顔つきになってボロマント令嬢を睨んでるよ。
「キリクス、というのは?」
「ケイリス騎士団の騎士です。もう一人サザという騎士と一緒に、拐われた姉さんを助けるための協力を仰ごうとこの辺境開拓領マーデイまで来たんです」
「……待て。今、どこへ来たと?」
「? 辺境開拓領地マーデイです。サザが地図を持っていたので迷わずまっすぐ来れました」
迷ってるじゃないか。
小位領地ケイリスはここから南東にある小位領地帯の、真ん中あたりの領地のはずだ。辺境開拓領マーデイはケイリスから見て南西にあたる場所にあり、今いる中位領地ラクナルはケイリスから北西。真逆だよ。
意気揚々と話すボロマント令嬢にまたまた頭を抱えて苦い顔になるウィリさん。
これはちゃんと正さないとな。
俺はボロマント令嬢の方を見て、できるだけ丁寧に言ってみる。
「地図は、物によってはかなり怪しいものもありますし。真っ当な地図を持っていても、初めて行く場所なら現地の人に聞くなりして間違っていないか逐一確認しなければ、迷ってしまうことは多々あります」
「え? えっと、それはどういう……」
「今いる場所は中位領地ラクナルの北の端。マーデイとは真逆です」
「えええっ!?」
ひどく狼狽るボロマント令嬢。
辺境領地と中位領地では発展の度合いがまるで違うだろうに。まったく気にならなかったのか? 一緒に来たという騎士たちも。
「……ひとまず、それは置いておこう。先程の話の続きを聞きたい。聖女救済とは、奴は──クランス領の若君とやらは何のつもりでそのようなことを? いや、そいつに救済を願うというなら、拐われた姉というのは『聖女』なのか?」
ウィリさんだけでなく、ミーニャさんとデラやロームまでピリッとした。俺もだ。けれど、ボロマント令嬢は首を横にふる。
「いいえ、残念ですが姉には物語のような白い髪も癒しの力もありません。髪は綺麗な金髪で瞳は紫です。ただ、誰もが見惚れる美人で、困っている人には分け隔てなく手を差し伸べる心優しさから、民にもまるで『聖女』のようだと慕われていました」
すごいな。姉自慢が。
「そんな姉ですから、近隣の領主の息子さんさたちからの求婚もひっきりなしで……でも姉はケイリス領内で結婚して父や兄とともに領地のために尽くしたいと思っていたので、他領への嫁入りは断り続けていました。けど、バルノー領の御子息が諦め悪く、親戚筋である大位領地デメリア領主様に助力を願い泣きつき、さらにその噂がベールンス領主様の耳に届いて──」
「ベールンス、だと?」
ウィリさんがものすごく驚いた声を上げたよ。
「はい、公位領地ベールンスの領主様。この国の最高位貴族です。で、ベールンス領主様が姉を『聖女』だと誤解して連れて行ってしまったんです。逆らったら領地や家族のためにならないと脅されて、姉は泣く泣く従いました」
なんだそりゃ。
横取りの横取りをかまされたってことか?
髪なんかの特徴が無いなら、すぐに『聖女』じゃないとわかりそうなものなのに。美人だって言うなら普通に嫁さんとか愛人とかにするために連れて行ったのか? しかも家族を人質にするようなことをしたのか。やり方があくど過ぎるぞ。
でも、最高位領地の貴族が、最下位の領地にいうことを聞かせるためにそこまでするのか?
よく分からなくて首を傾げながらウィリさんの様子を見て、ギョッとした。
またウィリさんの顔色が真っ青だ。
「ウィリさん!?」
慌てて駆け寄ろうとしたけれど、ミーニャさんがサッとウィリさんを支えるのを見て足を止める。
「大丈夫だ、ミーニャ。ベイルも心配ない」
ふう、と大きく息を吐くウィリさん。
二度目の衝撃? だからか、すぐに落ち着いて気を取り直した。
ひとつ息をついてボロマント令嬢に向き直し、問う。
「レレイナ嬢。お前の姉の名は、なんという?」
「えっ!? あ、はい、メイビーナです。メイビーナ・ケイリス」
なんだろう。
ミーニャさんまで「え?」って顔になってる。
その瞬間、ゾクリと背筋が凍るような気配がした。
「……レレイナ・ケイリス。その話は、他の誰かにしたか?」
威圧するような重い声に、ボロマント令嬢は「ひっ」と息を詰める。
俺も驚いた。
ウィリさんのこんな声も表情も初めて見た。ウィリさんだけじゃない。ミーニャさんもこれまでにない冷たい目で令嬢を見据えている。
一瞬、身震いが起きた。デラとロームも固まっている。
「答えろ」
「うっ、いえ、言ってません。あ、領地の中で兄とか親族とは話しました」
親族はしょうがない。
むしろ一緒に経験した事態だろうに。
「一緒に来たという騎士は?」
「あっ、二人とは……話しました」
「そいつらも親族なのか?」
「ち、違います。でも、ケイリス騎士団の中でも領主一族と一緒に行動することが多い騎士は、この件を知っている人がいて。二人もそんな親戚から聞いたとか……」
その親戚って、さっきの曖昧な噂を話したって奴か?
「その二人は、領地の外で赤の他人に話していないか?」
「していない、と思います……」
ウィリさんが呆れて息をつく。
それを見て、おどおどと小さくなるボロマント令嬢。
少しだけ考えて、ウィリさんはミーニャさんに目をやった。口の中だけで何か呟いたように見えるが、何を言ったか俺には聞こえない。たぶん、ミーニャさんにだけ聞こえるように言ったんだろう。
ミーニャさんは小さくうなづいて、目を閉じてこれもまた唇だけで「にゃん」と言った。
あ、結界を解いたんだ。
と思った瞬間。
大きな声が聞こえた。
「明かりだ!」
「なに!? さっきまで何も見えなかったのにっ」
二人分の男の声と同時に草や枯れ葉を踏む足音が二人分駆けて来た。
「キリクス! サザ!」
「レレイナ様!」
「貴様! レレイナ様に何をした!?」
へ?
と、一瞬言われたことの意味がわからずぽかんとしてたら、男二人は剣を抜いて俺に向かって突進して来た。鈍い色の刃が振り上げられた、その時。
「待ちなさい!」
目の前でひるがえるボロマント。そこから上がった華奢な左足と右手が、大の男の腕を蹴って叩いて剣を落としていた。
目の端に立ち上がったウィリさんとミーニャさんが見えたけど、このボロマント令嬢はそれより早く動いて素手で騎士の蛮行を止めたのか。
勢いのままくるりと一回転してから体勢を直し、騎士たちに向き直り睨みつけるボロマント令嬢。
「いきなり剣を振り上げるなんて、ケイリス騎士団の名折れよ!」
「なっ、レレイナ様!?」
「こいつに襲われていたんじゃないんですか!?」
……なんでだよ。
そりゃ近いところにいたし。
ボロマント令嬢は泣きそうな顔でヘタってたけど。
ひどい誤解だ。
「おかしなこと言わないで、周りをよく見て!」
「え? ──あっ!」
「ベルトア・オーゼン・クランス様!?」
男の一人、体格のいいゴツい方がウィリさんを指差して叫んだ。指差すな。
「素晴らしいです、レレイナ様! 待ち合わせの場所に来ないので、食べ物に釣られてどこかに行ったのかと思ったら目的の方とお会いしていたとは!」
失礼な言い方をしているのは一見どこにでもいそうな普通の顔で普通の体格の男で、でもなんだか嫌な目つきのうさんくさい奴だ。
「ちょっ 違うの! 勘違いだったの! 私もそう思ったから、町で見かけてついつけて来ちゃったんだけど、ベルトア様じゃなかったの!」
「はぁ!?」
「では、王位継承権三位のフォレオン・オービド・ペララーナ様か!?」
「いや、異国風の服を召しておられる。南方傍位領地のサリオス・オルバー・ブランシュレ様では」
「えっ!? ええっ!? そうなんですか!?」
言い合っていた三人が、期待を込めて一斉にウィリさんを見た。
「違う」
苛立ちを隠さず簡潔な返答。
「そんな! じゃあ誰なんだ!」
「赤い髪と金の瞳はロゼロット王国の王族の証でしょう!? 両方の特徴を持つものは王族以外にないと、貴族なら誰でも知っているんですよ!」
……へえ、それくらいは知ってるんだ。
「お前たちに教えてやる義理はない。それより、お前たちはすぐにケイリス領に帰れ」
「なっ!? ──ひっ」
ケイリス領の三人はもっと言おうとしたのに口をつぐみ、またもや震え上がった。
ミーニャさんの気配がどんどん凶悪になっているのがわかる。
ウィリさんを怒らせている三人に、容赦無く魔獣のような気を放っているようだ。
「不用意な行動は自領地の消滅を早めるだけでなく、周りにも多大な害をなす。メイビーナ・ケイリスの処遇は悪いようにはしない。今はそれだけで納得してケイリス領へ帰れ」
「えっ!? えっと──」
「意味がわからん!」
「落ち着けキリクス、レレイナ様も。メイビーナ様のことでそんなことを言えるとすれば、それは王族の……コルダード・オーデル・ロゼロット王子では?」
三人揃ってハッとした。
おかしなことに納得顔だ。
お前ら、貴族だろ?
なんでわからないんだよ。
そりゃ、三年も前に亡くなったことになってるけどさ。
そのお方は、ウィリアル・オーリス・ロゼロット王子だよ。
──と、心の中でその名を呼んだ時。背中がピリッと痛んだ気がした。
刺されるような寒気を感じてそちらを見れば、ミーニャさんの視線がなぜか俺に向いていた。




