○【10・貴人変人妖術士】○
廃村近くの湖畔に来た日。
食事以外にやったことは色々あった。
まず、ウィリさんが木を切った。
いや、本当に。剣で切った。びっくりしたよ。
ウィリさんの持っていた剣は、見るからに不思議な剣だった。
鞘に収まっている間は、造りの良い上等な剣かな? って感じだけど、その刃は見たことのない色と雰囲気を纏っていた。
まず、それは鉄剣じゃない。青銅とかでもない。
何かはわからないけど、真っ白で光の反射で銀色に光るから振り回していれば普通の剣に見えなくもない。前に追いかけて来た人買いどもを斬った時は普通の剣だと思って見てたし。いや、あの時はじっくり剣なんか見てられる状況じゃなかったけど。
そんな不思議な剣を構えて、ざっと振るっただけで木が切れた。
ウィリさんの膝下あたりの木の幹がスパンと切れてドサズサズササと音を立てて倒れる。他の木を巻き込まずきれいに倒れたのは、倒れる方向を考えて切ったからだろう。
「さすが、林業をやっていた村近くの木だ。長く手入れをしていなかったとしても、それなりにいい木がある」
「うん。この木はいうこと聞いてくれる木」
ミーニャさんの言うことはさっぱりわからない。
「じゃあ、細かく切っていくから材木を馬車のところまで運んでくれ」
なんて言いながら、またサクサクと木を切っていく。壁や床に使うのだろう大きな板や柱っぽい棒、何に使うか分からない様々な板。
サクサク、サクサク、サクサク。
野菜じゃないんだから、と言いたい。
そして、ミーニャさんもまた変なことをしはじめた。
「にゃんにゃんちゃーんにゃんにゃんにゃんっ」
歌いながら木材を撫でて回る。
どうしよう。
貴人だと思ってたけど変人かもしれない。
でも、そんなことを口にするわけにもいかず。ぼんやり見ているわけにもいかず。とりあえず言われた通り材木を持って行こうと、大きく切り出された板をひとつ持って驚いた。
「え?」
軽い。
重さがないわけではないけど、俺の身長よりも大きい木の板が俺一人でも軽々と持ち上げられた。これなら五つ六つ束ねて持っても持って行ける。いや、ロームやデラでも簡単に運べるだろう。現に一緒に一つの板を持ち上げようとした二人が、持ち上げたとたん驚いている。
そんなこっちの様子を気にもせず、サクサクサクと木を切り分けていくウィリさん。
「あ、あの、ウィリさん。これって……」
「聞きたいことはあるだろうが、まずは改装を終わらせよう」
終わらせよう。
とは?
まさか今日中にやってしまうつもりなのか?
いやいや、さすがに無理だろう。
「ベイル! 早く持ってって! デラとロームは持ってったよ」
ミーニャさんに急かされて、慌てて転がっている板を数枚重ねて持って担いだ。デラとロームは二人で三つほどの板を担いで馬車の横へ置き、またウィリさんたちのところへ戻って材木を持って行く。終わらせないと話せないなら、終わらせるしかない。
そうして何度も切り出された材木を持って往復した。
で。
木材を運び終えたところで夕食準備して、モチをご馳走になった。
その後は、焚き火の灯りで木材に何やら加工を始める貴人二人。
ウィリさんはナイフで柱の端を削って凹凸をつけたり、木枠のようなものに溝を掘ったり細々と細工をし始めた。
いや、普通はナイフ一本でできることじゃないよ。
どうやらナイフも不思議剣と同じ不思議ナイフらしい。
そんなウィリさんの横で、ミーニャさんも小さな木切れに何かを書いていた。
材木を切った時に出たバラバラの小さな木切れを自分のナイフで削ったり切ったりして形を整え、それに自分たちの荷袋から出してきた筆とインク? で絵のような字のような何かを描きながら「にゃー……」と呟いている。
ちなみに、インク? と思ったものは黒い棒状のものを変な形の石の上で水で擦ってインク状にしたものだ。『墨』と『硯』だと聞いたけど、変わったものをいっぱい持ってる人たちだ。
元行商人としては興味深い。
そんな二人の仕事? を邪魔しないよう、食後の片付けや火の番、馬の世話などを俺とデラとロームでやった。
すっかり日も暮れて、辺りはもう真っ暗。
「ウィリさん、ミーニャさん、そろそろ休んだ方がいいんじゃないですか?」
「……ん?」
声をかけたら、驚いたように顔を上げたウィリさん。
「さすがに今日中の改装なんて無理じゃないですか? もう夜中ですし」
ロームなんかもううとうとしてる。
「そう、だな。お前たちは先に寝ていてくれ。火の番をしながら適当なところで、ベイルに見張りの交代を頼むから」
「いや、昨日と同じことになる気がするので先にウィリさんが休んでください」
一晩中、木を削ってそうな気がする。
ウィリさんも「う」と唸って困った顔。
そこにパッと顔を上げたミーニャさんが叫ぶ。
「護符作ったー! 今夜はみんな寝れる!」
そう言って、さっき作った木切れを掲げる。
ゴフ?
「護符か、なるほど」
「とっても素直な木だったから、ちょっとの力でなかなかの護符ができた」
そう言って、自慢げに木切れの束をウィリさんに渡したミーニャさん。ウィリさんはそれをひとつひとつ手に取って検分。そして、焚き火のそばに座っていた俺たちに来い来いと手を振る。
「これを身につけておけ。危険なことがあれば察知して防御してくれる護符だ」
「はあ……」
手に乗せられた、文字の書かれた木切れをまじまじと見る。なんとなく、ほんのりとあったかい気がする。
ウィリさんもミーニャさんも、護符を服の内ポケットにしまったので俺もそれに習った。次いで、別の護符を焚き火を中心に馬車と馬を囲むように五方向に置いた。
「簡易結界だ。こうしておけば、野宿をするのに見張りを立てなくても済む」
「えっ!? それは流石に──」
ここは人が来ない場所だけど獣はいるだろうし。油断はしない方がいいと思う。けど、訝しむ俺を見てウィリさんが笑った。
「ミーニャは……優秀な妖術士だ。この国の古い物語では魔術士と呼ばれているものに近い。知っているか?」
魔術士。
それは聞いたことがある。
「えっと、おとぎばなしは聞いたことあります」
「ぼくも……でも……」
デラもロームも困惑顔だ。
物語の魔術士はあまり良い印象がない。
有名なやつでは、ロゼロット初代王の冒険譚だよな。初代王が二人の親友とともに悪い魔術士一味から囚われの聖女を救い出し、なんやかんやで建国する話。
「正確には、物語の魔術士のようにその力を悪事に使うことはない。生きるために魔力を使っている魔獣の方が近いな」
「魔獣、ですか?」
「魔獣は知っているか?」
ロームは首を横に振り、デラは縦に振る。
「谷でたまに見ました。ニワトリみたいな鳥なのに谷を飛ぶんです。年寄りの話ではあれは魔獣で、魔力で風を起こして飛んでいると」
「俺は見たことはないけど話にはよく聞きました。罠にかかった珍しい魔獣を生きたまま捕まえようとした猟師が、雷に打たれたみたいになって死んだとか。森の中で先に進めなくなったら、魔獣の縄張りが近くにあるから引き返せとか。あと、有名なのは魔獣の森の主ですね。黒い巨大な魔獣で、えっと、なんて名前だったか……」
「ラウドロームクヴァルト!」
ミーニャさんが満面の笑みで答え、ウィリさんがその頭にポンと手を置く。
そしてひとつ咳払い。
「そうだ。魔獣は魔力を自分や家族の身を守るために使う。魔術士は自身の欲得のために使う。そういう意味で、妖術士は魔獣と同じ魔力の使い方をする。ミーニャの母親がそうだった」
魔術士……じゃなくて妖術士、その娘がミーニャさん。
なんだか色々聞かされて少し混乱。
そんな物語みたいな人が本当にいるのか。
と、思っていたら。ふとウィリさんたちと出会った時のことが頭に浮かんだ。あれは魔獣の森の見える草原沿いの道だった。
「……ウィリさんたち、魔獣の森から来たんですか?」
つい疑問をそのまま言ってしまった。
聞いちゃ不味かったか。ウィリさんの目が鋭くなった。
が、答えてくれた。
「よくわかったな」
正解らしい。
「なぜわかった?」
「えっ!? えっと。初めて会った時、ずっと見ていた道の先に突然現れてびっくりしたんです。道に沿って広がる草原地帯から出てきた以外ないと思ったけど、その先にあるのは魔獣の森だし。あの時は単に平原で迷って道に戻っただけだろうって考えてたんです。でも、今の話を聞いて……」
「うむ。それだけで察したのか」
顎に手をやり俺を見据えるウィリさん。
なんかその目が怖い。
「他に何か思うことはないか?」
「ないです」
即答した。
本当のことを言えばある。
世で求められている『聖女』とは。その『力』とは。もしかして妖術とか魔術とかと同じものでは? と。
俺はチラッとだけデラに目をやった。
もしかしたら、デラの怪我もミーニャさんならすぐに治せてしまうんじゃないかと。でもそれをしないのは、ミーニャさんが『聖女』であることを隠すため。そのためにわざわざ高い薬を使ったのか。
でも、デラの手当ての時もあの変な呪文唱えてたよな。ニャンニャンニャンと。隠しつつも癒しもかけてくれてたと?
「ならば、いい」
ブワッと頭に広がっていた考えが、ウィリさんの返答で止まる。
ウィリさんが、ホッとしたように笑ってる。
ミーニャさんも笑ってる。嬉しそうな気がするのはなぜだろう。
「ベイルの言うとおり。俺たちは魔獣の森で暮らしていた。訳あって王都に行くことになり旅立った、その矢先にお前たちに会ったんだ」
「そう、だったんですか」
「心配はしなくていい。俺たちはお前たちをどうこうしようとは思わない。保護した子供には責任を持つ。俺もミーニャも、そうやって養母殿に救われたのだ」
並んで笑う二人の笑顔が穏やかだ。
その『養母』という人を思い浮かべているんだろうか。
ウィリさんは死にかけたところをミーニャさんに助けられたと言っていたけど、ミーニャさんもそうなのか? 実の母親ではないということかな。
どちらにせよ、その話を聞いてデラとロームもホッとしている。この子らはまさに保護された子供、だからな。
でも、俺はちょっと物申す。
「俺はあと数日で成人です。できれば子供扱いはして欲しくないです」
手をあげてそう言ったら、ウィリさんが吹き出した。
笑われた。
微笑みとかじゃなくガッツリ笑われた。
吹き出した後、咽せ笑いになるウィリさんの背をさするミーニャさんも笑ってる。横を見ればデラが口元を押さえ、ロームは目を逸らした。
なんだよ、そこまでおかしいこと言ったか!?
うううっ、顔が熱くなってきた。
「子供の保護者ではなく、雇い主として対応してくれれば十分です」
「わかった。雇い主の責任として朝食もうまいものを作ろう」
おおう。
衣食住の面倒は雇主の責任だけど、うまいものを食わせてくれる主人は最良の主人だ。
デラとロームがうれしそうな顔をした。
「護符を身につけ、安心して寝ろ。俺も休もう」
そう言って、ウィリさんは木を削る作業を止め護符を手にため息。
「今夜は、眠れそうだ」
と、溢すように小さく言ったのが聞こえた。