第十五話 ささやき いのり えいしょう ねんじろ!
ナビケーションパートナーとして、中野と正式に組むようになってから三日が経った。
一日目には三層をくまなく歩き回り、地図に記載されていない通路と小部屋を発見して三日の減刑を得た。
二日目には四層をくまなく歩き回っていたが、特に地図未記載の通路は発見できなかった。四層からは出てくる魔物も強く、通路に対しても罠や仕掛けが現れるようになる為、過去の囚人達も慎重に地図を作ったのだろうと中野は説明していた。
そのうち、ボタン同時押しのギミックに行き当たり、その場では対処ができないということでその日のダンジョン探索は終了となった。
そして中野と正式に組んでから三日目の今日。谷中は、真っ平らに続く道をふてくされたような顔で眺めていた。
「こんな……こんな簡単な事でクリアできるなんて」
谷中が眺めているのは、ボタンを同時に押さないと落とし穴が塞がらない道だ。
以前は西野が無理矢理手伝ってくれたことで通過できた道である。
くるりと首を右側の壁へとむけると、そこにはガムテープをバッテンの形で貼り、押し込んだ状態で留められているボタンが見えた。
先ほど谷中自身がボタンを押し込みながらガムテープを貼り付けたのだ。
「要するに、ボタンが両方とも押された状態になれば良いってことだもんね~。パソコンのショートカットキーだって、同時押しと見せかけて順番に押していくだけじゃぁん? コントロール押して~、オルトキー押して~、デリートキーを押す!」
イヤーカフ型のスピーカーから、楽しそうな中野の声が聞こえてくる。
ガムテーブを貼ってボタンを押した状態で留めておけば? というアドバイスをしたのは中野なのだ。
「パソコンなんか使わねぇからしらねぇよ」
「ぼくちんと組んで良かったでしょう~? パートツー!」
跳ねるような中野の声を無視しつつ、谷中は押し込んでいたボタンから手を離す。前回と同じように、ボタン操作によって塞がった落とし穴は、ボタンを放しても再度開いたりはしなかった。
「谷中っち、谷中っち、ちょいまち」
「あんだよ。他のヤツがくる前に進もうぜ」
歩き出そうとした谷中に、中野がストップをかけた。
「ガムテープは剥がしてから進んでちょんまげ。後続の人にこの方法がバレるのはいやぁ~んだからね」
「ハイハイ。……ところで、俺以外で単独行動してるやつらは、どうやってここをクリアしてるんだろうな」
通路の反対側の壁まで三歩で移動した谷中は、ビリビリとガムテープを剥がした。
剥がしたガムテープを、粘着面が外側になるようにワッカにして手のひらを中にいれると、粘着面をペタペタとボタンに押しつけてこびりついた糊まで綺麗に取り除いていった。
「谷中っちって、ちょっとしたところが家庭的だよね」
イヤーフック型の小型カメラからその様子をみていた中野が、ため息をつくように感想をもらす。
「ダンジョン出たらボクちんのお嫁さんになってよ!」
「冗談は顔だけにしておけよ」
吐き捨てるように言いながら、谷中はワッカ状のガムテープをくるりとひっくり返し、丸めて小さくするとポケットへと突っ込んだ。
「はっはっは。ボクちんの顔なんて知らないくせに」
「知らなくたって分かる。どうせふざけた顔してんだろ」
「ドイヒー!」
中野がわぁわぁと抗議の声を上げ続けていたが、谷中は無視して先へと進んで行く。
一人ではクリアできないと思われていた落とし穴を超えて少し行くと下層へと続く階段がある。特に分かれ道などもないので谷中は階段へとまっすぐに進み、迷わずに階段を下っていった。
谷中は以前、西野の協力で落とし穴を超えた時に五階層まで下りボス部屋前までたどり着いている。
フロアボス前で糺からナビパの話を聞いてからは相性をみる為に浅い階層ばかりめぐっていたので、一週間ぶりの五階層となる。
「この階はまだ全然踏破できてねぇ。マッピング頼むぜ」
「オッケー牧場!」
「つっこまねぇぞ」
四階層までと同じ用に石造りの通路が延びているが、五階層は若干だがあたりが暗くなっている。そのため、目視で確認出来る範囲がソレまでよりは狭い。
中野は手元で第五層の地図を眺めているようで、フンフンと鼻歌を歌いながら道筋を確認しているようだった。中野が見ている地図が、紙なのかモニターに映ったデータなのかは、谷中には分からない。
「五階層ごとにフロアボスがいるんだっけ。えーっと減刑数は……うへぇ。初撃報酬はでかいけど、二回目以降の減刑数がめっちゃ少なぁいいいい」
シュッ。シュッ。と何かが素振りするような音をさせつつ、中野がボス討伐に関するデータを確認し、そして大げさに嘆いた。
「だぁら、耳元ででけぇ声だすんじゃねぇよ! ショゲキ報酬ってなんだよ」
「初めての撃破って書いて初撃ね。初めてボス敵を倒した人は168時間。つまり、一週間分の減刑報酬を貰えるんだけど、二度目以降の人は12時間しか貰えないって書いてあるよ~!」
「はぁ!? 全然違うじゃネェか」
「もちろん、コレは五階のボスの報酬ね。十階とか十五階はもうちょっと貰えるみたいだけど…」
「データ無しで戦ったヤツの方が沢山貰えるって事か」
中野と会話をしながらも、谷中は天井を這って迫ってくる巨大なヤモリをボウガンで打ち落とし、木刀で頭を打ち付けてとどめを刺していく。
「初撃ボーナスを貰った人の前に挑戦して、死んじゃった人もいるみたいだしねぇ。危険手当みたいなものかもね~」
合掌。と続けながらパンと柏手を打つ音が聞こえてきた。人の死を軽く扱う中野の言葉に、谷中は無言でまゆをひそめた。
一週間前に当てずっぽうでボス部屋前までたどり着いた谷中だったが、今回はマッピングが目的でもあるためにあえて違う道を選んで歩いている。
「五メートル先の曲がり角、曲がった先にリザードンがいるよー」
「リザードンはいねぇだろ」
「お、谷中っちはポケ○ン知ってるクチ?」
「バイトでちょっとな。キャラの名前がわかんねぇと高いカードか安いカードかわかんねぇだろ」
「…………。なるほど、谷中っちは人気カードゲームの転売ヤーとして懲役350年を食らったわけですね」
いきなり、中野の口調が硬く、声が冷たくなった。
「そんなわけねぇだろ。俺は殺人罪だ。冤罪だけどな。だいたい、金出して買ったもんを欲しいヤツに高値で譲ってやるのの何が犯罪なんだよ」
「古物営業法いはーん! 何より、本当に欲しかったキッズの気持ちとお小遣いを奪った罪は万死に値するよぉおお!」
「はぁ」
「ボクちんのぉおおお。ボクちんのレンディアたんお誕生日限定ビッグサイズフィギュアああああ」
「うわっ。耳元でいきなり叫ぶんじゃねぇよ」
「おのれ転売ヤーめぇえええ」
「なんだよ。お前はそこから出られないんじゃ無かったのかよ」
「十年前の思い出し怒りだからっ!」
谷中にはレンディアたんが何かも全く分からなかったが、転売という行為から中野の恨みを掘り起こしてしまったらしいことは分かった。
谷中は御手洗からの指示で学校の不良仲間たちと一緒に限定品などの購入代行などをやっていたのだが、今後はそれについて中野に話すのはやめておこうと思った。
しゃべりながらも先へと進み、曲がり角を曲がったところで中野のナビ通りに姿を現した巨大なトカゲを木刀で倒し、谷中はダンジョン内を進んで行く。
「あ、そこの右に道がありそうっすよ」
「あぁ~?壁しかねぇけど……。あ、これか?」
中野の言葉にしたがって谷中が壁をのぞき込むと、壁に亀裂が入っていた。壁の正面からみるとただのひび割れのように見える。
少し振り向くようにしてのぞき込めば、通路に対して平行に近い角度で隙間ができていた。
体を横向きにすれば、通れないこともなさそうだった。
「行ってみるか。隠し通路発見は一日の減刑だからな」
「五分だけまってちょんまげ」
「なんでだよ」
「誰かの戦闘の影響でできた割れ目だとすると、ダンジョンの再生機能でそのうちぴったんこしちゃうでしょ~? もしそうだとしたら、谷中っちがウエハースサンドのクリームになっちゃうよ」
「うへっ」
「いしのなかにいる!」
「壁のなかだろ?」
「………谷中っちは、古いゲームはやらない系?」
「貧乏だったからな」
無駄話をしているうちに、五分が経過した。
「壁の隙間が戻る気配無し。通常の割れ目っぽいンゴ」
「じゃあ、行ってみるか」
「気をつけてクレメンス」
「おう」
谷中は背中に背負っていたクロスボウを手に持ちかえ、木刀も体と平行になるようベルトに垂直に差し直した。
亀裂に平行になるように体を滑り込ませ、カニ歩きで歩いて行く。
壁の隙間は狭く、谷中の長い前髪がざりざりと壁にこすられていく。
「ひぃっ。カメラの画像が壁エフェクト! ざりざり怖い音してるけどだいじょぶそ? 谷中っちの体削れてない?」
「削れてねぇよ。狭いからちょっと黙っとけ。うるせぇ」
「……」
イヤーカフ型のスピーカーからの声が途切れ、静かになると谷中の耳には自分の髪と服が壁にこすれる音だけが聞こえてくる。
時折、カツンカツンと木刀の切っ先が壁のでこぼこにぶつかる音が聞こえてくるが、隙間が狭いせいか音が反響することはなかった。
「お、出口か?」
進行方向側から灯りが漏れているのに気付いた谷中が、チラリと視線を前方へと向けた。狭いせいで顔ごとそちらに向けることができないので、はっきりとは様子を伺うことができなかった。
「谷中っちが顔をむけられないから、ボクちんのモニターでも先が分からないし、狭すぎて音響反射での確認もむずかしいンゴ。抜けるときは注意してちょ」
「わかった」
「トンネルを抜けるとそこはテロリストの待ち伏せでしたって、川端康成も言ってたからね」
「言ってねぇな。雪原じゃなかったか?」
「おしいっ。正解は!雪国でした!」
壁に沿わせていた手が空を掴む。それで壁の端まで来たことが分かった谷中は、木刀をベルトから抜き出して握り、壁の向こう側に向けて思い切り振り上げた。狭い壁の中からなので、体の向きに合わせて下から上へと一直線に振り上げただけだが、「ムギャ」という魔物の悲鳴が聞こえ、木刀を持つ手に負荷がかかった。




