067 エピローグ
ルークとナッシュから同時にプロポーズされたペトラ。
自分に向かって伸びる彼らの右手。
それに対してペトラが下した決断は――。
「ごめんなさい」
――拒否だった。
どちらの手を掴むこともない。
「私の気持ちはこれまでと変わりありません。かつて公爵家の人間だった身で言うのもおかしな話ですが、私は恋愛結婚を是としております。結婚する相手のことを愛したいと考えております。お二方の気持ちは心から嬉しく思いますが、私はどちらに対しても恋愛感情を抱いておりません。ですから……ごめんなさい」
頭を下げるペトラ。
「なんて贅沢者なの」
ニーナはクスリと笑った。
「たしかに自分でも贅沢者だと思う」
ペトラが苦笑いを浮かべる。
「でも、私を大事に思ってくれている方達が相手だからこそ、私も私の筋を通したいの。我ながらワガママで身の程を弁えていないと思うけれど、これが私の考えだし、これが私なのよ」
「貴方らしいとは思うけれど、いずれ必ず後悔するわよ」
「その時は……仕方ない!」
ニーナが「呆れた」と笑いながら目を逸らす。
ルークとナッシュは互いの顔を見て、そして笑った。
「いやぁ、また振られましたな、ルーク殿」
「我々の心はズタボロですね」
ルークとナッシュの笑い声が響く。
ペトラは慌てながら何度も「ごめんなさい」と頭を下げる。
その行動が彼らの笑い声をより大きくさせるのだった。
◇
その後、ペトラとニーナは牧場に戻った。
一方、ナッシュは王都へ向かう。
国王となった今、彼が牧場で働くことは不可能だ。
同時に、放浪王子の異名も返上することになった。
ルークは国の再編に取りかかっていた。
財力しか取り柄のない貴族が幅を効かす時代はおしまいだ。
今後はバーランド王国のような体制を目指す。
有能な者なら財力に問わず重用する実力重視の国だ。
たとえ貴族であっても、実力が伴わなければ要職に就けない。
それには多くの障壁が残っている。前途は多難だ。
しかし、バーランド王国と協力すれば、どんな問題も解決できるだろう。
両国の関係はかつてないほどに強固なものとなっていた。
◇
数ヶ月後――。
「ねぇペトラ、そろそろ人を増やそうよ」
「えー、二人で大丈夫だよ。問題なく回ってるじゃん!」
「回ってるって言うけれど、休みなしだからね? 私達」
「でも楽しいからいいの!」
いつもと変わらぬ調子で、ペトラとニーナは作業に勤しむ。
「ペトラは経営の才能がないよ。病気になった時のことを考えてなさすぎだって。人を増やさないといずれ傾くよ」
「私がダウンしたら、その時はニーナがいるから!」
「じゃあ私達が同時にダウンしたら?」
「この子達に世話をしてもらえばいい!」
ペトラが魔牛に跨がって牧場内を走り回る。
ニーナも同じように魔牛に乗り、彼女の横についた。
ペトラに比べて、ニーナはまだ慣れていない様子。
魔牛に認められて日が浅いからだろう。
「よくそんな調子で今までやってこられたよね」
「ふっふっふ。照れる」
「褒めてないから!」
「ぶーっ! 経営とかそういうのはニーナに任せるよ!」
「またそうやって投げやりな」
「へっへっへ、これが牧場長特権なのです!」
「……貴方って甘える相手がいると駄目になるタイプね」
ニーナがため息をつく。
その息が魔牛の耳にかかってしまう。
「モォー!」
びっくりした魔牛が暴れてニーナが飛ばされた。
その魔牛がペトラの乗る魔牛にぶつかる。
「モォ!」
ペトラの魔牛もびっくりしてしまい、ペトラも飛ばされる。
「大丈夫? ニーナ」
「平気……ペトラは?」
「私もなんとか」
どちらも泥まみれになっていた。
「ごめんね、私のせいで」
ニーナは先に立ち上がり、尻餅をついているペトラを起こした。
「無事だったのでヨシ!」
「あはは。私、あの子達を落ち着かせてくるね」
ニーナは近くを歩いていた魔牛に乗り、逃げていった二頭を追いかける。
その後ろ姿を眺めながら、ペトラは今に至るまでの人生を振り返った。
(ルーク様に婚約破棄を言い渡された日。あの日は私の人生で最悪な日だと思った。でも、あれがあったおかげで今があるのよね。こうしてニーナと楽しく牧場を経営する日々が)
ペトラは一人でニヤけて空を見上げる。
「何があるか分からないなぁ、人生って」
そんなことを呟き、今日も充実した一日を堪能するのだった。
これにて完結となります。
今度は本当に本当の完結です!
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