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043ケルの復讐

 俺は着替えを済ませた広院に会った。妹は十分寝ていたためか元気はつらつである。俺は手を差し出した。


「悪りぃ、国王のマントと首飾りを返してもらうぞ」


「どうぞご自由に。……これでやっと人前に出れるわ」


 広院は自分の赤いドレスを満足そうに見下ろした。俺は一応尋ねてみる。


「これから誘拐されたアクジョを助けに行くんだけど……来るか?」


「行くわけないでしょ」


 即答された。まあ広院に来られても足手まといになるだけだから、別にいいんだけど。


 その後、俺はゲップ国王の衣服を借りて身繕(みづくろ)いを済ませた。元々着ていた服の裾(すそ)を千切り取り、その上からかぶせたのだ。頭に王冠を載せるとそれらしくなった。


 下着姿にされた老人は細い手足を縮こまらせる。


「何たる屈辱……!」


「それはこっちもです」


 俺は女装の上に男装と、暑苦しい格好で不満タラタラだった。だがこれもアクジョを救出するためだと我慢する。


「行きましょう、カレイド様、イナーズ様、ウーザイ」


 勇者カレイドは眠そうな目をこすりながら、イナーズは疲れを見せながら、ウーザイは張り切りながら、俺にうなずいてみせた。


 もう一つの門は小振りで、跳ね橋の幅は狭い。俺は国王ゲップの即興(そっきょう)モノマネをしながら、前後を挟まれて静かに歩いた。落とし格子の前まで来て、先頭のカレイドが大声を放つ。


「国王ゲップを連れてきたぞ! アクジョ嬢を返してもらおうか!」


 門の内側でたいまつを掲げる兵士たちは、そのひしめき合う中から1人の少女を吐き出した。冒険者『武闘家』のケルだ。


 彼女はカレイドに堂々と対峙(たいじ)した。紺色のポニーテールが美しい。大音じょうを放つ。


「勇者カレイド! 先に、国王、渡す!」


 ケルは物怖(ものお)じもせず、また俺たちを裏切った罪悪感も示さず、そう命令してきた。やはり彼女がアクジョをさらい、マンプク王国側に引き渡したのだ。


 カレイドはめんどくさそうに返した。


「まずはアクジョが無事かどうか確認させろ、お嬢ちゃん」


「いいだろう」


 ケルが背後の警備隊員に目顔(めがお)で指示する。首と両手首を枷(かせ)で固定されたアクジョが、紐(ひも)で引っ張られて現れた。


「王子様! カイザ王子様は?」


 彼女の問いにカレイドは肩をすくめた。


「悪りぃけどいねえよ。俺でごめんな」


「そんな……!」


 イナーズが叫ぶように質問する。


「ケル! 君はマンプク王国の間諜(かんちょう)なのかい? 俺たちを密(ひそ)かに裏切っていたのかい?」


 ケルは首を振り、意外なことを明かした。


「あたいは勇者エイユの子孫! エイユの遺体を名声の道具に使った商人アキンド・フゴー、許さない! その末裔(まつえい)、アクジョ、許さない!」


 俺は首に巻いた布に用心深く顔を沈めたまま、内心そうかと独りごちた。アクジョがフゴー財閥の令嬢であると知って、ケルは心中誓っていたのだ。フゴー家への復讐(ふくしゅう)を――


 ケルはカレイドを急(せ)かした。


「早くしろ。アクジョ殺されても、いいのか?」


 それにしても勇者エイユを謀殺(ぼうさつ)した戦士ツーヨ、武闘家ナグル、僧侶ソリアの3人への殺意はないのだろうか。彼らを祭り上げ余生を与えた、このマンプク王国に、違和感を感じないのだろうか。


――いや、今までゼイタク王国とマンプク王国の国交そのものがないのだった。俺やカイザ王子が今までに知り得た情報を、ケルは摂取(せっしゅ)していないのだ。


 もし彼女が謀殺者たちの彫像を見たら、何と思うだろうか……


 カレイドが俺の手を引っ張り、前面に立たせる。こっそりつぶやいた。


「俺を信じてろ、お嬢ちゃん」


 打って変わって、兵士たちに向かって大声で言い放った。


「落とし格子の真下まで国王を行かせる。そっちはアクジョ嬢を同じように来させろ。それで人質交換だ」


 ケルは譲(ゆず)らない。


「駄目だ。国王が先だ。アクジョ、殺されたいか?」


「分かった、分かったよ。行け、ゲップ」


 俺は彼の言葉を信じ、跳ね橋を渡って門をくぐった。と同時に落とし格子が落ちる。


 ケルたちの見事なまでの裏切りだった。彼女はアクジョを返さず、俺を――ゲップ国王をまんまとせしめたのだ。


 そこでカレイドが大喝(だいかつ)した。


「アクジョ、ヒロ、伏せろっ!」


 俺はとっさに王冠をかなぐり捨てて、アクジョに抱きついた。そのまま押し倒す。


 次の瞬間、カレイドが伝説の剣を振ったのだろう。背後で爆音が生じ、木枠(きわく)の扉ごと中にいる兵士たちを真っ二つにした。伏せていた俺とアクジョ、それから危険を察知して跳び上がったケル以外の人間が、両断されて血飛沫(ちしぶき)を噴出(ふんしゅつ)する。


「カーク尚書様!」


 どうやら矢文(やぶみ)のあるじ、カーク尚書も今ので死んだらしい。だがそんなことはどうでも良かった。俺は大量斬殺の現場から、アクジョの手を引いて転がるように逃げ出した。


「ヒロ? あなた、国王に化けてたの?」


 接近することで、俺がヒロだと判別できたらしい。俺は崩れ落ちる落とし格子の前で、しかし勢いを止められた。


「逃さない!」


 ケルが真後ろでアクジョの紐を引っ張ったのだ。俺はしゃらくさいと、アクジョを抱きしめて肩越しに叫んだ。


「わっ!」


 銀の波がケルのあごをぶっ叩く。彼女は昏倒(こんとう)して意識を失った。俺は乗り込んできたカレイドたちにアクジョを任せると、ケルを担(かつ)いで走り出した。軟弱(なんじゃく)な俺には重労働だったが、どうにか勇者たちと共に跳ね橋を渡り切った。


「ふんっ!」


 カレイドがここの跳ね橋も二分(にぶん)する。アクジョ救出は成功裏(せいこうり)に終わった。

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