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042更なる人さらい

「カ、カイザ王子! その左目は?」


 汗と返り血で濡れそぼっている勇者カレイドは、開口一番相手を心配した。まるで自分が打撃を受けたかのように、その顔が苦渋(くじゅう)で満ちる。


 王子は指摘されて痛みがぶり返したか、軽くうめいて答えた。


「何、少し切られただけだ。朝になれば治癒の法術で治す」


「信じられねえ……よくも王子を!」


 カレイドは、無精髭(ぶしょうひげ)の洒脱(しゃだつ)な男は、このとき怒りを隠さない。王子は自分に忠誠を誓うこの部下を、荒馬を御すようになだめすかした。


「落ち着け。それより、そちらの首尾は?」


 一転、カレイドは鎮火(ちんか)した。


「すいません、カイザ王子。俺の実力不足の結果、6名が死んじまいました。『皆の命は俺が守ります』と豪語(ごうご)しておきながら、このザマです。面目(めんぼく)ない」


 そう詫(わ)びて深々と頭を下げた。しかしこの夜闇(よるやみ)の中で、マンプク王国の軍隊やそれに加勢する魔物たちを相手に、たった6人の犠牲だけで済ましたのだ。むしろ褒(ほ)められるべきだろう。王子もそう考えているらしく、叱(しか)り飛ばしたりはしなかった。


「いいんだ、カレイド。そして僕に同行する者たち。僕が不在の間、よく耐え凌(しの)いでくれた。おかげでヒロイは奪還できたよ」


 生き残りの冒険者とその従者たちは、激烈な戦闘であちこち出血したり疲弊(ひへい)したりしていたが、このカイザ王子のねぎらいの言葉で救われたようだ。涙を流して喜ぶものもいる。剣を掲げて勝ちどきを上げるものもいる。


 だが――


「アクジョはどこだ? アクジョを見かけなかったか?」


 悪役令嬢の幼馴染(おさななじみ)で、犬づらの筋肉ダルマな『戦士』ウーザイが、血相を変えて尋ね回っている。俺はまだ燃え盛る城壁のやぐらの光を当てに、巨漢に問いかけた。


「おい、まさかアクジョを殺されたとかじゃないよな?」


 我ながら声が震える。最悪の事態も想定して返答を待った。果たして奴は言った。


「いや、姿が見えないんだ。カレイドが魔物どもをぶった切って、俺たちがその手助けをしている最中から、な。最初は殺害されたのかと焦(あせ)ったが、戦闘後に死亡を確認した6名の中には含まれていなかった……」


 アクジョの元許嫁(いいなずけ)、戦士イナーズも浮かない顔だった。彼は俺たちの会話に首をひねりながら参加する。


「アクジョもいないが、武闘家の娘ケルも所在不明だ。2人ともマンプク王国首都に連れ去られたんだろうか?」


 ケル、あの拳法使いの少女もか。そこで俺は記憶の中から鮮明(せんめい)な一幕を思い出した。そう言えばケルはゼイタク王国首都で、アクジョがフゴー家を名乗ったとき、不穏(ふおん)な雰囲気を醸(かも)し出していたっけ。


 ケルがフゴー家に何らかの関わりがあり、それを動機としてアクジョを連れ去った、という可能性はあり得る。俺はその推測も含めて、2人の勇者に報告した。


「……というわけですが、どうしますか?」


 カレイドは首を振った。うんざりだ、と言わんばかりだ。


「あのじゃじゃ馬令嬢……。舞踏会では狂乱してヒロイ嬢を殺そうとし、今度は旅程(りょてい)についてきたかと思ったらさらわれる。全く手に負えねえな」


「そう言うな、カレイド」


 カイザ王子は痛(いた)ましげに首を振った。


「ケルはマンプク王国の間者(かんじゃ)だったのだろうか? ……アクジョの身は心配だが、疲れ切った我々が再度城門の内へ入るのは危険過ぎる。まずは傷を治療できる――『治癒の法術』が使えるようになる夜明けを待った方がいいだろう」


 ずいぶん冷めた物言いだった。恋人の広院がさらわれたときとは態度に雲泥(うんでい)の差がある。これが王子の本音だとしたら、あまりにも元婚約者に対して冷淡(れいたん)過ぎるというものだ。


 俺はアクジョが可哀想で、助けてやりたくて――気付けば自ら名乗り出ていた。


「私がアクジョを救出してきます」


 勇者カレイドは目をしばたたいた。


「お嬢ちゃんが? 今や俺たちへの怨嗟(えんさ)で凝り固まっている街に? 冗談も休み休み言えよな」


 カイザ王子は冷笑したりはしなかった。


「いやカレイド、彼女はかなり強いんだぞ」


 イナーズとウーザイが嘆願(たんがん)する。


「私たちもヒロに協力します! どうかお許しを!」


 そのときだった。矢文(やぶみ)が放物線を描いて都内から飛んできたのは。


 地面に突き刺さったそれを狩人のシトメールが拾い上げる。王子に手紙を渡した。


「ええと、何々……? 『婚約者アクジョの命が惜しければゲップ国王と交換せよ。朝日を最終期限とする。尚書(しょうしょ)カークより』」


 どうやらケルはどさくさ紛れにアクジョをかっさらい、跳ね橋を通じて門内に入り込んだらしい。


 カイザ王子はアクジョに対して冷たかった。


「ゲップは我々の旅を邪魔させないための生命線だ。渡すことはできないな。残念だが見捨てるしかない」


 イナーズが健気(けなげ)な面を見せる。


「では私たちもお見捨てください。我々3人は首都に入ります」


「跳ね橋は壊してしまったぞ」


「出入り口はここだけではありません。向こうにも跳ね橋が。そちらから侵入します」


 カレイドが肩をすくめた。


「やれやれ、馬鹿には勝てませんな。カイザ王子は負傷されています。ここは俺が力を貸しましょう。国王は渡せませんから、その身ぐるみを引っぺがしてヒロに着せて化けてもらいます。構いませんね?」


 カイザ王子は不承不承(ふしょうぶしょう)受け入れた。


「分かった。必ず戻ってこいよ、カレイド」

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