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039首飾り

 こんなところで死ぬのか。それもあぶり焼きで……


 などと考えていたが、俺は一向に襲ってこない激痛に、恐る恐る目を開けた。


「炎がよけている?」


 カイザ王子も驚いていた。そう、魔物の吐き出した爆炎は、王子を中心とした半径1メートル半ほどの範囲からしめ出されていたのだ。


「兜がなくても、鎧だけで熱を無効化できるのか。やれやれ、危ないところだった」


 だが危機は去っていない。広院をぶら下げた竜は宙を旋回し、再び襲いかかってくるようだ。炎が効かないと分かっても、なお……


「弟の(かたき)めっ!」


 魔物の背中にまたがっている黒装束(くろしょうぞく)の男が叫んだ。どうやら過日(かじつ)、ゼイタク王国の舞踏会を襲撃した竜使いの、彼は兄であるらしい。逆恨みもはなはだしかった。


 龍は再び紅蓮(ぐれん)の炎を叩きつけてきた。俺は王子にしがみつき、超高熱が再度弾かれるのを眺める。一歩間違えればあの世行きだと思うと、勇者の胴に回した腕に力を込めた。


 屋根に火がついて炎上する中、カイザ王子は別のそれに飛び移る。直後にそれまでいた場所が崩れ落ちた。危ない危ない。


 ドラゴン使いは性懲(しょうこ)りもなく三度目の正直を(こころ)みるようだ――と思ったが、今度は違った。黒装束が紐を引っ張り上げ、広院の体を抱え込んだのだ。コウモリのような羽をバタつかせ、竜は空中で停止する。


「カイザ王子! 婚約者アクジョの命が惜しければ剣と鎧を捨てよ! 待ったりはせぬぞ、今すぐだ!」


 男はナイフで紐を切り、広院を落とすようなしぐさをする。


 勇者は無傷の右目で相手をにらみつけているようだ。背後の俺にささやいた。


「ヒロ、どうもさっきからの状況を見ていると、君は何か特殊な力を隠しているようだね。迎賓館(げいひんかん)では兵士や壁が、さっきはニセモノの女が、何らかの技で吹き飛ばされている。……その特技で僕を手伝ってくれ」


 (かん)づいていたのか。俺だって広院を救いたい。ここはもう秘めておくこともないだろう。


 俺は決心を込めて了承した。


「分かりました。どうするんです?」


「ドラゴンの頭を吹っ飛ばしてくれ。一か八か、空中でヒロイをかっさらう」


 黒装束が()れている。もし本当に広院を捨てたら、激怒した勇者カイザに竜もろとも八つ裂きにされる。そのことが分かっているから、何もできずにいるのだ。


「どうしたカイザ、早くしろ! 伝説の武器防具を破棄するんだ!」


 俺は「ではいきますよ」と王子に合図した。主人を乗せて浮遊する魔物の頭部へ、渾身(こんしん)の大声を放つ。


「くたばれ!」


 俺の口から銀の波形が飛び出して、竜の頭部に炸裂した。かなりの苦痛だったのだろう、ドラゴンは大きくのけぞって暴れ回る。乗り手があわてふためき、俺の妹を手放して落とした。


 カイザ王子が俺を背中にくっつけたまま屋根を蹴る。


「ヒロイっ!」


 ハンニバルが広院を俺の目の前でかっさらったときの、それは再現だった。今度は王子が宙を舞い、愛する少女を片腕で抱き止める。そのまま放物線を描いて別の屋根に着地した。


 広院は現実世界からそのまま持ち込んだらしい、青いブラジャーとショーツだけの格好だ。俺やアクジョらが着ている、このゲーム世界での野暮(やぼ)ったい下着とは違う。長旅で着替えに困り身につけたものだろうか。


 カイザ王子が仰向けで気を失っている広院の肩を揺さぶった。


「ヒロイ、起きるんだヒロイ。僕のいとしい(ひと)……」


 だが彼女は目覚めなかった。俺は手を取って脈を(はか)ったが正常で、温かな体温と共に異常は見られなかった。ただただ深い眠りについている、としか思えない。


 そのとき嘲笑(ちょうしょう)が背後から聞こえた。ドラゴン乗りの黒装束が、体勢を立て直して高笑いしている。


「そいつの魂は抜いてある。冥土(めいど)土産(みやげ)に教えてやるが、国王ゲップ様の首飾りを手に入れない限り、魂は戻らぬ!」


 竜の頭部がカイザ王子目がけて敏捷(びんしょう)に動いた。鋭い牙が眼前に迫る。だが王子は振り返りつつの一閃で、魔物のあごを切り裂き、その奥の黒装束まで真っ二つにした。


「ぎゃああっ!」


 血飛沫(ちしぶき)を上げてドラゴンは落下し、その巨大な図体(ずうたい)を地面に叩きつけた。カイザ王子は剣を掴んだまま立ち上がる。


「おのれ、小癪(こしゃく)な真似を……!」


 気づけばあちこちでたいまつの明かりが()き、足元の街道に参集しつつある。俺は王子の背中に張り付いたまま尋ねた。


「どうするんですか? ゲップ国王がどこへ逃げたか分かりませんし、夜はまだまだ明けません。それに新手の魔物が来るかもしれませんよ」


 カイザ王子は剣を(さや)に収め、ぐったりしている広院を両腕で抱き上げた。いまいましそうにつぶやく。


天守閣(てんしゅかく)に乗り込む。多分国王が安全を感じるのはその場所以外にない。首飾りさえ手に入れればいいのなら……」


 絞り出すように怒声をもらした。


「ゲップだろうが警備隊兵士だろうが、皆殺しにしてでも手に入れるまでだ」


 俺を背中にしがみつかせたまま、カイザ王子は疾走(しっそう)を開始した。屋根から屋根へ飛び移り、一路(いちろ)坂の頂上にある建物を目指す。


 その最中に声をかけてきた。


「ヒロ、君の人外の技は見せてもらった。更なる活躍を期待しているよ」


「隠していてすみません。魔物扱いされるのが怖かったもので……」


 王子は軽く笑った。


「君のような娘を魔物扱いするなんて、考えたこともないよ」


 天守閣は兵士たちで守られていた。勇者カイザはその目の前に降り立つ。

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