036迎賓館
「不謹慎な……」
カイザ王子は軽い怒りを舌にのせた。俺も同意見だ。魔物を操り人間を滅ぼさんとする魔王に対し、勇者エイユは討伐の旅に出た。そのエイユを謀略でもって殺害し、死体を捨てて逃げ去った3人の同行者。
その彼らを、英雄として祭り上げるとはどういう神経か。
クッタは俺たちの様子にくつくつと笑った。
「戦士ツーヨも、武闘家ナグルも、僧侶ソリアも、勇者の殺害という大罪を犯しました。しかしその後はこの街で平和に暮らし、特に兵士の育成において功績が大きかったのです。それをただ不謹慎とは、少しむごい言いようですぞ」
カイザ王子はうめいた。
「あの冒険者3人がこのマンプク王国首都で余生を? 国交がないので存じませんでした」
ゼイタク王国にしてみれば100年目の真実か。ツーヨたちは勇者を殺した褒美に安楽な生活を与えられたのだろう。と言うより、そのためにやったのか。やはりマンプク王国は魔王と繋がっている……
俺たちは像の横をすり抜け、天守閣のすぐそばにある迎賓館らしき建物に到着した。内部の移動では前後を兵士に挟まれたので、カイザ王子は俺をすぐ前に歩かせた。いつでも守れるように、との計らいのようだ。
館の中に入って、俺は緊張で喉も干上がっていた。目の前の兵士がいつ振り向いて、俺たちに襲いかかってくるか知れたものではないからだ。左右にたいまつが取り付けられている広い廊下を歩きながら、俺は全神経を張り詰めていた。
やがて大きな扉の前についた。衛兵たちが離れ、クッタが進み出てくる。
「しばらくこの部屋でお待ちください。アクジョ嬢誘拐の犯人が首都内に潜伏しているかどうか、そもそもそんな事案があったのか、大急ぎで調査してまいりますので」
ドアが開かれた。これは見事な調度の長机に、金がかかっていそうな豪奢な椅子が連なっている。天井は低く、まがまがしい悪魔の絵が描かれていた。
俺とカイザ王子は並んで着席する。2人以外誰もいなかった。扉が閉まり、しばらく無聊をかこつ。窓もなく、壁の上部にポツンと穴が空いているだけで、閉塞感が漂っていた。
俺はともかく身近な危険はないと考えて、少し肩の力を抜いた。隣のカイザ王子に話しかける。
「ここに私たちを閉じ込めて、彼らはどうするつもりなんでしょうかね。誰か偉い人――ゲップ国王とか――がやってくるんでしょうか? それとも王子殿下が空腹でまいるのを狙っているのでしょうか?」
王子は破顔した。
「腹が減ってはいくさはできぬ、という奴かね? そんな奸計はさすがにないだろうが……。まあ様子を見よう。この伝説の剣と鎧があれば、たとえ魔物が来ようとも負けるということはないからな」
言葉を区切り、俺を見つめる。ややあって聞いてきた。
「僕がヒロイとキスしていた話……。アクジョから教えられて、僕を軽蔑したかね?」
ここであの話を持ち出すか。俺は束の間戸惑ったが、最終的にはうなずいた。
「アクジョ様と婚約中にしていいことではなかったかと思います」
「だろうね」
カイザ王子は前を向いてうなだれた。
「でも、自分で自分を止められなかったんだ。アクジョには悪いが、もう僕にはヒロイしか見えない……」
テーブルに置いた拳を握る。
「彼女を何としてでも救出する。魔王退治はヒロイと共に行なうんだ。それが僕の譲れない願望だ」
再び視線を俺の顔に浴びせてきた。
「……にしても、ヒロは本当にヒロイに似ているな。まるで兄妹のようだ」
まあ実際そうだし。俺は大きなあくびをした。
「よく言われます。……何だか眠くなってきましたね」
勇者は眉間をつまんで相槌を打った。
「そうだな。これはどうしたことだろう。別に疲れてはいないのだが……」
いけない。このまま俺も王子も眠ってしまっては、マンプク王国の人間に伝説の装備を奪われてしまう。後に待つのは確実な死だけだ。
どうして急に睡魔が……と思って眠たい目を壁に向ける。そこには依然として小さな穴が空いていた――
俺はあわてて鼻と口を片手で覆う。これは眠り薬だ。マンプク王国の兵士が、隣の部屋からあの穴を伝い、この部屋へ気体として眠り薬を流し込んでいるのだ。窓のないこの室内ならすぐに充満する。それをそうとは知らず、俺たちは吸ってしまっていたわけだ。中に兵士を配備せず、俺たちだけにしたのは、まさにその計略のためだ。無味無臭なのが始末が悪い。
重たい音が響いた。振り返ればカイザ王子が机に突っ伏して眠り込んでいる。子供のようなあどけない寝顔だった。
「寝たな」
顔の下半分を布で隠したクッタが、見慣れぬ老人――とても貧相な顔で、豪華な衣装に着られている――と共に入室してきた。抜き身の剣を構えた屈強な兵士たちを左右に従えている。
クッタはまだ眠っていない俺に軽く喫驚したが、大したことではないとばかりにすぐ冷徹な顔に戻った。
「ゲップ様、勇者カイザのとどめはぜひその手で」
「よくやった、クッタ。さあ者ども、カイザの装備を奪えっ!」
俺は霞がかった頭を必死に働かせて、この窮地を切り抜けるべく大声を出した。
「ふざけんなっ!」
口から銀色の波が走り、兵士数名を直撃してなぎ倒す。ゲップとクッタが目を丸くした。
『音撃』だ。この場合、それをフル活用して乗り切るしか道はなかった。




