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023ドラゴン

「うわあぁっ!」


「ばっ、化け物……!」


「助けてっ!」


 俺たちの前で、漆黒(しっこく)のドラゴンは窓から内部のホールへと頭を突っ込んだ。そして聴くものに戦慄(せんりつ)を与える轟音を響かせ、恐らく炎だろう、盛大な輝きを(そそ)ぎ込んだ。


 こんな嵐の日だというのに、湿っているはずの宮殿はたちまち燃えさかる。その明かりで気づいたが、竜の背中には黒装束(くろしょうぞく)の人間が乗っていた。


 魔物に人間? あの怪物を操っているというのか?


 アクジョは茫然自失(ぼうぜんじしつ)のていで、彼女をかばうウーザイの背中をただただ眺めている。俺は我に返った。ここにいたら巨竜の攻撃の巻き添えを食ってしまう。


 恐怖に顔をゆがませているカイザ王子に向かって、俺は叫んだ。


「逃げましょう! ぐずぐずしていたら殺されてしまいます!」


 あの龍と人間がどこからどういう情報を得て、この宮殿を襲ったのか分からない。ただ、有力貴族の息子や娘が(つど)う舞踏会を襲撃したのは、怪しい(たくら)みあってのものに間違いない。


 カイザ王子は俺の言葉を聞いていなかった。何かに思い当たったとでもいうようにつぶやく。


「ヒロイ……!」


 止める間もなかった。王子は怒りと絶望のないまぜとなった表情をひらめかせると、180度反転して駆け出していた。


「王子っ!」


 俺は遠ざかる背に舌打ちすると、ウーザイに頼んだ。


「アクジョを連れて屋敷に戻ってろ。俺はあの化け物を何とかする」


 デカブツは俺が囲壁(いへき)を吹っ飛ばしたことを思い出したのか、何度もうなずく。


「まかせるぜ。死ぬなよ、お嬢ちゃん!」


 そうしてもう振り返ることもなく、馬車に乗って門へと駆けていった。


 俺はそれを見届けると、熱気と黒煙渦巻く邸内へ戻る。妹の広院はカイザ王子の手で別室から連れ出されるところだった。それを横目に見つつホールに突入する。


 中は火の海だった。ドラゴンは火炎放射をいったんやめており、背中の黒装束が何かを求めるようにきょろきょろ視線をさまよわせている。


 と、その時だ。


「なかなか派手にやってくれるじゃあないか! 魔物使いさんよぉ」


 無精髭(ぶしょうひげ)を生やし、ツノの生えた兜をかぶって、いかにも和製RPG的な黄金の鎧を着込んだ青年がいた。炎の熱気で俺は汗だくだというのに、その端整(たんせい)な横顔は水滴一つぶもない。周りでは貴族たちの死体が異様な臭いを発して燃え上がっているのに、全く平然としている。


「はっ! 勇者の装備ってのはすげえな。まるで熱くねえや。……じゃ、防具の性能が分かったところで、今度は武器のそれを試してやるかな」


 腰に()いている剣を抜いた。1メートルほどの刀身はまばゆいばかりのきらめきを放つ。男はそれをドラゴン目がけて無造作に振った。


 直後、


「ぎゃああぁっ!」


 放たれた孤の空気が竜のうろこを断裂し、乗っていた黒装束をも真っ二つに切り裂いたのだ。怪物の体は首から上がホール内に、それより下が外へと落下する。すさまじい一撃だった。


「おほっ! こいつはまたすげえな! 勇者ってのはこんな装備を手にするのか。怖いねぇ」


 そこで、出入り口の俺に気づいた。ニヤリと笑う。


「そこのお嬢さん、命拾いしたな」


 俺がどう反応したものか迷っていると、がっしりした手が俺の肩に置かれた。振り向いてみればカイザ王子だ。


 彼は無精髭の男を非難した。


「カレイド! 伝説の武器防具は使ってはならないと注意されていたはずだ! 展示品を装備するなどもってのほか……」


 カレイドは肩をすくめた。


「王子殿下、緊急事態だったのです。仕方ないでしょう。にしてもこれ、寸法が俺様にピッタリだなぁ」


 俺は呆然と、ただ「カレイド」なる男の名前に意識が向いていた。女神シンセが口にした「カレ……」なる勇者の名前は、ひょっとしたらカイザ王子ではなく、この無精髭の貴族のものかもしれない。


 ともかく今はこの燃え崩れる宮殿から脱出しなければ。俺は剣を(さや)に落としたカレイド、カイザ王子と共に、ホールから退却した。


 嵐はますます吹き荒れて、外に出た俺たちはたちまちずぶ濡れになる。カレイドは洒脱な男で、すっかり逃げ去った他の貴族たちを馬鹿にした。


「全く、俺様の活躍を見届けたのはお嬢さんだけかい。皆んな臆病だな」


 風雨にされされながらも、会場の火は消えるどころかますます居丈高(いたけだか)になって、壁や屋根をなめていく。さながら首輪のない猛獣だ。


 俺はカレイドに大声で話しかけた。


「あの、カレイド様」


「何だ?」


 伝説の武器防具を馬車の中へ脱ぎ捨てながら、髭づらは俺を見る。


「冒険者ギルドで勇者の試験を受けてくださいませんか?」


 20代後半とおぼしき彼は、俺の台詞(せりふ)に一瞬虚を突かれたような顔をした。直後に笑殺する。


「何を夢みたいなこと言ってんだ? 俺様はガラじゃねえよ」


「『治癒の法術』は使えますか?」


「ああ、まあ俺は敬虔(けいけん)な信者だからな、扱えなくもないが……」


 なら決まりだ。女神の言おうとした勇者は目の前のカレイドで間違いない。彼に勇者になってもらい、その魔王討伐行に参加するのだ。それが俺が現実世界へ帰還できる唯一の道……


 だがカレイドにその気はなかった。


「俺様が魔王に立ち向かってだ、勝てると思うか? 伝説の武器防具は確かにすごかったが、今さっきのドラゴンが弱かっただけとも考えられる。それに巨乳の美女でも同行しない限り、退屈な冒険行に乗り出せるかっての。貧乳でガキのお前じゃ、俺をそそのかすには役者不足だしな」


 くそっ、どうすればいい?

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