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021嫉妬

 俺は鼓膜を震わせた言葉に耳を疑った。あのカイザ王子が、俺の妹広院とキス、だって? アクジョが泣きわめく。


「ひどいわ、カイザ王子様……私という婚約者がありながら……」


 俺はそれが事実なら確かにとんでもない話だと思った。というよりありえない。そんなことが起きれば、アクジョが嫉妬(しっと)のあまり広院を攻撃しても仕方がないだろう――短剣で切りつける、というのは行き過ぎだが。


「アクジョ、いつ、どんな形でそれが起きたんだ。詳しく話せ」


 彼女はその瞳に涙を浮かべた。きつく両目を結ぶと水滴が頬を伝う。鼻をすすり上げた。


「あれは、私がこの宮殿に到着した頃……」


 アクジョの話ではこうだ。


 彼女は18歳ながらすでに妖艶(ようえん)な魅力を発揮して、赤いふんわりしたドレスを見せびらかしていた。この前オーダーメイドで仕上げてもらったやつだ。ホールは外の荒れ狂う風の音から隔離(かくり)され、楽団の演奏のもと、早くも舞踏会が開催されている。


 そこにはすでに広院――ヒロイの姿もあった。さまざまな男性とダンスを楽しむ彼女に、アクジョは軽く嫉妬(しっと)した。何であんな小娘がちやほやされてるのよ、と。


 しかしそこはカイザ王子との婚約者である。最も高貴な相手は自分のものなのだと、何とか自分をなだめすかした。それにしても王子様はいついらっしゃるのかしら――


 そうだ。彼を驚かしてみようかな。アクジョはいたずら心を起こした。


 カイザ王子は舞踏会で踊る際、まずは到着早々別室に引きこもって身なりを整える。一国の次期権力者として恥ずかしい、もしくはみっともない姿は見せられないからだ。そんな彼の几帳面な姿勢も、アクジョの好感を呼ぶところだった。


 アクジョは婚約者の特権を生かし、王子が来るまでその別室の机の陰に隠れることにした。彼が来たら飛び出して、大声を上げてビックリさせてやろう、と。


 机の脇、すなわち部屋のすみに身をかがめてロウソクの火を吹き消すと、部屋は真っ暗になった。ちょっとドキドキして楽しい。


 それからどれくらい経っただろう。ドアが開く音がして、誰かが入ってきた。室内がランタンか何かの光で照らし出される。アクジョは興奮して、王子を今まさに仰天(ぎょうてん)させてやろうと、両足の裏に力を込めた――


 が、思いとどまった。


 あの女の楽しげな声が、聴覚を刺激したからだ。


「カイザ王子殿下……」


 この声はメス猫、ヒロイのものだ。王子が甘ったるく――最近はアクジョも耳にしたことがないほどの猫なで声でささやいた。


「ヒロイ、いったいどうしたんだ。僕が着くなり、内密の話があるとか言って……」


 アクジョは物陰から出るに出られず、ただ早鐘を打つ心臓を押さえた。カイザ王子もヒロイも自分の存在に気付いた風ではない。両者の声音からも、2人きりだと安心しているのがうかがえる。


 ヒロイがライバルに聞かれているとも知らず、しなを作った。


「あたし、殿下が好きです」


「ヒロイ……!」


「殿下もあたしを(この)んでくださっているのでしょう? 態度やしぐさで分かりますわ」


 アクジョはハラハラしながら婚約指輪を手の平で包んだ。カイザ王子様は私を裏切らない。絶対に。絶対に……!


 だが広院に対する王子の言葉は、アクジョの願望と希望をズタズタに引き裂くものだった。


「……そうさ。僕も、ヒロイ、君が好きだ」


 アクジョは目まいがする思いだった。物音を立てなかったのが不思議なくらいだ。カイザ王子は続けた。


「ひと目会った時から、僕は――婚約者のいる身でありながら――君に()かれた。この感情は嘘をつけない。その後、ヒロイが足をくじいた時は、2人きりでしばし話せて嬉しかった。この前の学友との食事会でも、君は僕をマンプク王国の刺客から守ってくれたね。君は命の恩人であり、僕にとってなくてはならない存在なんだ」


 広院が感激して声を震わせる。


「嬉しい……!」


 アクジョは枯れ落ちた葉っぱのような気分でこっそり2人をのぞいた。そして、驚愕(きょうがく)の光景に思わず叫んだ。


 何と王子とヒロイは――抱き合ってキスしていたのだ。


「カイザ王子様っ! 何をしてらっしゃるんですか!」


 室内に響き渡った魂からの怒声に、それまで2人きりだと信じていた彼らは、飛び上がって驚いた。王子もヒロイもあわてて離れ、物陰から突然現れたアクジョを凝視する。確かな狼狽(ろうばい)が2人にあった。


「ア、アクジョ!」


 とんでもない場面を見られたとばかり、カイザ王子は釈明(しゃくめい)をどうするべきか悩む態度だった。一方、広院は一時のうろたえから復帰する。


「あら、ネズミみたいに隠れてたんですか、アクジョさん」


 勝者の誇りのようなものを身にまとい、広院は下等生物を蔑視(べっし)するかのような視線を投げてきた。アクジョは机の上から、化粧道具と共に置かれていた短剣に手を伸ばした。


「この泥棒猫! 殺してやるわ!」


 (さや)を抜き払い、鋭利な刃を振り上げる。これには余裕の態度も見せられず、広院は短く悲鳴をあげるとドアから逃げ出した。


「待ちなさい!」


 まごつくカイザ王子をよそに、アクジョは恋敵を追いかけた。別室を出てホールに向かう。そこで広院は追いつかれた。


「こ、この狂人!」


「それはあなたでしょ、(ぬす)っ人!」


 騒然とする会場内に血がほとばしった。アクジョの短剣が広院の肩を切り裂いたのだ。


「きゃあ!」


「やめろ、落ち着くんだアクジョ!」


 走ってきたカイザ王子が、へたりこんだ広院をかばう。一方アクジョは兵士に取り押さえられた……




 俺とウーザイはアクジョの話が終わると、しばし何も言えなかった。

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