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012暗殺未遂

 いきなり本性をさらけ出した暗殺者が、凶刃を手にカイザ王子へと突撃する。カイザ王子はその時、眼鏡の学友スネと談笑していた。とっさの急襲に反応が遅れる。


 本来なら俺がチート技『音撃』で曲者くせものを退治するところだったが、人が多過ぎてためらってしまった。もし実行していたら、魔物扱いされて俺まで捕まることになっただろう。


 しかし俺の狼狽ろうばいをよそに、この時誰よりも素早く動く者がいた。


「はぁっ!」


 妹のヒロイこと広院だ。つかんだ皿を手裏剣のように投てきし、給仕の頭部に命中させる。


「うげっ!」


 悲鳴のような破砕音はさいおんと共に、激突した皿が割れて飛散した。男は横へよろめいて転倒する。


 金縛りにあっていた人々が、その音で我に返った。カイザ王子は獣じみた敏捷びんしょうな動作で、襲撃者の給仕を取り押さえる。デカイスが続き、短剣を奪い取った。


「こりゃ毒を塗ってあるな。さやに収めたナイフをトレイの下に隠し持っていたのか。カイザ王子の命を奪わんとは不届き者め!」


 衛兵たちがカイザ王子に取って代わる。王子は給仕が縄でぐるぐる巻きにされるのをにらみ続けた。


「殺すな。生かして牢に閉じ込めておけ! 後で誰の差し金なのか問い詰めてやる」


 ゼイタク王国王子カイザへの暗殺未遂。とんでもない犯罪だ。男は狂気じみた眼の輝きを四方へ放ちつつ、部屋から連れ出されていった。


「すまなかったな、ヒロイ」


 カイザ王子は顔をほころばせ、俺の妹の広院へ笑みを与えた。殺害が果たされなかったのは彼女の功績だ。


 広院の皿投げの確かさには思い当たるところがある。あいつは現実世界における我が家のペット、秋田犬のワンと、フリスビーでよく遊んでいたのだ。その成果が役立ったというわけだ。


「ありがとうございます、王子殿下。あたしの手で殿下をお守りできて、光栄これにすぐるものはございません」


 場の主役はアクジョから広院に移っていた。勇敢で英雄的な行為をした妹は、ほんのり赤く染まった頰をゆるませる。


「女のくせに暴力的だ、などとお思いにならないでくださいね」


 カイザ王子は気に入った、とばかりに笑った。


「まさか! 君は僕の命の恩人だ。ありがとう」


 3人の学友たちが口々に広院をほめそやす。俺はアクジョを見た。婚約者の窮地きゅうちに役立たなかった彼女は、椅子に座ったままテーブルのふちをただただ無言で見つめていた。


 ああ、これはあれだ。帰宅したら爆発するやつだ。俺はフラストレーションをためる彼女がおっかなかった。




「何なのよあのメス猫!」


 帰宅どころか、帰りの馬車でかんしゃくが破裂した。アクジョは白いハンカチをかんで引っ張る。ずいぶんベタな怒り方だな。


「私が主役だったのに! カイザ王子様も、掃除後はずっとあのメス猫とばかり話して……しかも嬉しそうに……!」


 月夜の街道を進む馬車で、アクジョは不満のホコ先を俺に向けた。


「ヒロ! あなたも気を使いなさいよ! 私が話題に取り残されていたら、何とか助け舟の一つでもよこすべきでしょうに!」


 ツバを飛ばしてがなり立てる彼女に、俺は辟易へきえきした。何で俺のせいになるんだよ。


「俺を女扱いしておいて何をほざいてんだ。それでもフゴー財閥の令嬢だろ? 自力で何とかしろよ、そんな局面ぐらい」


 アクジョは俺をしばし憎々しげに見つめていた。だがやがて肩の力を抜き、大げさなため息をつく。前に向き直った。


「カイザ王子様が楽しく会話しているのを、邪魔しちゃ悪いと思ったのよ。どうにも出来なかったわ」


 今度はしゅんとなった。浮き沈みが激しいな。俺は後頭部で両手を組む。ガタガタ揺れる馬車の乗り心地は最悪だった。


 まあ10年前に交流して、4年前に再会し、その縁で1年前に婚約したわけだ、カイザ王子とアクジョとは。政略結婚といえども結婚は結婚……


「なあアクジョ、カイザ王子とはいつ結婚するんだ?」


 彼女はまた薬指の婚約指輪を凝視している。そこになぐさめがあるかのように。


「王子が20歳になる3ヶ月後よ。うんと盛大な式を挙げるつもり。その時はメス猫が悔しがる様を見て大喜びしてやるんだから」


 てことは、破談も3ヶ月以内か。俺はアクジョの既定きていの末路を思うと、何だか彼女が可哀想になってきた。


 俺を女装させて喜ぶ趣味はともかく、それ以外のアクジョは普通の女の子だ――ちょっと嫉妬しっと深くはあるが。幸せになってほしいとは俺だって思う。


 彼女の胸の開いた青いドレスが、何だか物悲しい……




 翌日、俺はアクジョにみちびかれ、冒険者ギルドを初訪問した。木製の巨大な建物で、一階の受付には屈強な男女たちが列をなして並んでいる。


 アクジョはメイドのメシツとカイをかたわらに、俺に解説した。今日は緑柱石のペンダント以外はおしとやかな装いだ。


「冒険者は街や畑、森に近づく魔物たちを倒したり、その住みかを突き止めて破壊したりするのをなりわいとする人々よ。魔物の死体から取った証拠と引き換えに、この冒険者ギルドでお金を受け取るの。探検と戦いのエキスパートたちね」


「勇者についてく奴もいるんだろ?」


「まあ、勇者自体が100年ほど輩出はいしゅつされてないから不確かだけど……書物によればそうね。戦士ツーヨ、武闘家ナグル、僧侶ソリアたちは勇者エイユを謀殺したけど、彼らがもともと名を上げたのもここ、冒険者ギルドよ」


 その時、何かが落ちる音がした。俺とアクジョが振り返ると、入り口に純朴じゅんぼくそうな青年が立っていた。荷袋がその脇に転がっている。


「アクジョ! アクジョじゃないか! 俺だよ、覚えてるだろ? 元許嫁のイナーズだよ!」

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