011食事会
アクジョの抱きつきアピールに、カイザ王子は子供のような笑顔を見せた。さわやかで嫌味がない。
「アクジョ、その青いドレス、よく似合っているよ。今日は君が主役だ。よく食べてよく飲もう」
「うれしい……」
俺は2人を眺める広院の、炎が吹き出しているような眼光に少しだけひるんだ。こいつ、嫉妬の権化になってやがる。アクジョとは3歳差で、まだその胸はボリューム不足だった。ここはアクジョに軍配か。
カイザ王子が婚約者へ、おだやかに語りかける。
「今日は僕の学友たち3名が足を運んでくれた。早速紹介するから、一緒に行こう」
「はい、カイザ王子様」
「君たちもだ、ヒロとヒロイ」
俺と広院は頭を下げて、早速歩き出した2人の後へついていった。妹が俺の耳にささやく。
「兄貴、ひょっとしてあの悪役令嬢のところに居ついてるの?」
俺も小声で返した。
「ああ。勇者を探してる間だけ、な。お前は貧乏貴族の娘なんだろ?」
「そうよ。プレイヤーキャラクターとしてちゃんと家も家族も用意されてるんだから。ここからのし上がっていくのが今から楽しみなんだ」
うーむ、カイザ王子との略奪愛を成就させる気満々だ。このサブクエストをあきらめるつもりは毛頭ないらしい。あわれアクジョ。
廊下を進み、広々とした食堂に出る。衛兵とメイド、給仕に式典官が壁際にズラリとひかえ、円卓の上にはすでに料理が湯気をのぼらせていた。着席していた3人の男がいっせいに立ち上がり、王子とその婚約者を歓迎する。彼らが学友だ。
1人は背が190センチはあるような大男で、獅子のような偉丈夫だった。もう1人は眼鏡をかけて知性優先の顔をしたキノコ頭。最後の1人はやや太り気味でぼくとつとした相貌のつるっぱげだ。
「カイザ王子、今回はお食事を共にする栄誉に浴し、大変恐縮しております。ご婚約おめでとうございます。殿下の幸福が我々のはげみとなります」
3人が次々に似たようなことを述べた。カイザ王子は片手を挙げて彼らを制する。
「何だ君たち、他人行儀に。ほんの1年半前までは大学院で共に学んだ仲じゃないか。あの頃のように、ざっくばらんにいこうじゃないか。なあ、デカイス、スネ、ブータ」
どうやら大男がデカイス、眼鏡がスネ、太っちょがブータらしい。カイザ王子は最も豪華な椅子2脚へアクジョと共にたどり着き、マントを執事に渡しながら着席した。3人組も遅れて腰を下ろす。
カイザ王子が立ったままの俺と広院に気さくに声をかけた。
「さあ、君たちも空いている席に座りたまえ」
俺はアクジョのせかすような視線に気がつき、縮こまりながら座を占めた。広院も隣に着く。
3人の品定めするような視線が痛い。くそっ、俺は男なのに……。でも明日のためだ、俺はせいぜい品良くかしこまった。
ブータが俺から視線を外さず、場の主宰に問いかける。
「じゃあ無礼講で聞くけどさ、カイザ王子。この可愛い女子2人は何者なんだい?」
カイザ王子は無邪気に微笑んだ。俺が男であることは、未だにバレていなかった。
「先日の舞踏会で初対面だったお嬢様方だ。顔がそっくりだが家門は違う。背の低いかたがマズーシ家の長女、ヒロイ嬢。もう1人はアクジョの親戚、ヒロ嬢だ」
アクジョの奴、この前のカイザ王子との逢瀬で、俺のことをそんな風に紹介してやがったのか。これで女装した男だと知れたら、どう事態が転がるか知れたもんじゃない。
俺はせいぜいにこやかに、客三名にうなずいてみせた。ブータが先の舞踏会で会ったモブのように、俺に熱い視線を注ぐ。やめてくれ……
カイザ王子が学友たちに婚約者アクジョを披露した。
「彼女こそはフゴー家財閥の令嬢、アクジョ。そして僕の婚約者だ」
アクジョは立ち上がってお辞儀した。礼儀作法にかなった、格調高いあいさつだった。
「カイザ王子様と将来を誓い合った者です。以後お見知り置きを」
3人の客は彼女の美貌に釘付けになった。デカイスは感嘆の吐息を漏らし、スネは眼鏡をかけ直して、ブータは口を開けっぱなす。アクジョはそれらの反応に満足したらしく、すまし笑顔で再度椅子に腰掛けた。
カイザ王子が手を叩いて、乾杯の音頭をとる。
「ここに集いし者の厚い交誼を祝して! ゼイタク王国のますますの繁栄を願って! 乾杯!」
俺も杯を掲げ、中のブドウ酒を口に含んだ。こりゃきつい。飲み続けていたらすぐに酔っ払ってしまうだろう。横目で見ると、広院も顔をしかめていた。
それからにぎやかな食事が始まった。カイザ王子はアクジョとのなれそめ――9歳の時の数週間の交流を楽しそうに話している。デカイスとスネは2人の仲を冷やかし、アクジョは頰を赤くして気安げに受け答えていた。
広院は自分のつけ入る隙がないことにいら立ちを隠せなかった。しかし、どうせ運命は自分に味方すると信じ切っているらしく、この場は食事に没頭する。
俺は「女」としてこの場を乗り切れればそれでよく、つつましく時間が過ぎ去るのを待った。宴もたけなわになると、それぞれが会話を求めて椅子を離れる。
「ねえ、ヒロちゃん」
ブータはなれなれしげな口調で、杯を握ったままこちらへと歩いてきた。
「今度2人きりで会おうよ。ねえ、そうしようよ」
「ははは……」
笑ってごまかす俺。
と、その時だった。
「死ねいっ、カイザ王子!」
突然の怒号。給仕の男がトレイの陰から短剣を抜き出し、王子に躍り掛かったのだ。




