4、ファルナ
領主は様々な問題で苦労していた。
そんな彼に届けられた知らせは それらの難題すら吹き飛ばすほどの大事件である。
その日の昼には到着するはずの馬車が閉門時刻を過ぎても姿を見せなかった。
不振に思った執事が数名の騎士に様子を見に行かせたところ 有ろう事か山道で争った痕跡を見つけ、さらには崖下に落ちていた馬車を発見した。
その馬車には領主の長女が乗っていたはずだ。
同行していた騎士や身元不明の男たちの死体は見つかったが長女と世話係のベテラン侍女の遺体は見つからなかった。
[領主クレセントス視点]
そこから導かれる結論はハッキリしている。
馬車は賊に襲撃され娘が誘拐されたのだ。
だが わずかだが希望は有る。
娘の遺体が無かった事から生きている可能性が高い。
助け出し 生きて再会できるかは時間との勝負である。
すぐさま用意できる最大の人数をもって捜索隊が出発した。
その中には自分と執事で相談役のヨーゼフも含まれた。
立場から言えば出向くべきではないが、幼い娘を攫われた親の燃え立つ怒りを抑える事が出来ようか。
変ではないぞ、貴族でもまともな親子は存在するのだ。
娘は政治的な取引用のカードではない。
他ではどうか知らんが当家は違う。
現場に到着したのが暗くなっていた事も有り、有力な手がかりも見つけられず、悪い予測だけが頭をよぎっていく。
しかし唐突に事件は解決に向かっていった。
何と、山賊が自ら娘を連れて自首?して来たのだ。
あまりの事に最初は何か裏が有るのではと疑って警戒したものだ。案の定、捕縛された賊は夢から覚めたかの如く暴れだし喚き散らした。
そのため それまで以上に神経を研ぎ澄ませて警戒せざるおえなかった。
ヨーゼフの機転が無ければ「逃げ出して来た」と泣きながら言う幼い少女まで賊と一緒に拘束していただろう。
もしも怒りのままに動いていたら その子供から賊のアジトの位置など聞けなかったはずだ。
子供の証言どおり洞窟には全ての賊が酔いつぶれていた。
よもや この日のうちに山賊団を全員捕縛できるとは誰1人思ってもいなかった。
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「お館様 この度は本当に良うございました」
「うむ。このような形で解決するとはな・・。
正直な話、わしは半分絶望していたよ」
誘拐された少女の末路は想像に容易く、それゆえ助ける事が出来た今ですら賊共に対して煮えたぎる怒りが湧いてくる。
その年齢があまりに幼いため その手の乱暴はされないであろう。
だが 小さな体は容易に運べる事を意味する。
手の届かないほど離れた他国で売られる可能性が高いのだ。
そうなっては二度と会う事は出来ないと言って良い。
まして あの子は・・
「近年この領地で盗賊の報告は無かった。あの賊共は明らかに娘の馬車のみを襲撃している。規模も護衛の騎士の数を想定したかのようだ。奴らの隠れ家や襲撃場所の位置など周到に計画されている。ただの盗賊ではあるまい」
「賊はそれぞれ個別の場所に投獄し、自害など出来ぬようにしてございます。明日 専門の者にまかせて裏を聞き出す予定にございます。しかし・・」
「黒幕が何者かは想像が付くが、使い捨ての盗賊から情報は期待できんか・・」
コンコン☆
「おや・・」
カチャッ
「これは セルシニアお嬢様。いかがなされましたかな」
すでに寝ていると思っていた娘のセルシニアがこんな時間にこの部屋まで来るとは、今日の恐い思いが蘇ったのだろうか?。
「お父様ぁ・・ファルナが居ないの」
「!」
「彼女は用事が出来て暫くは実家に帰っているのだよ。セルシニア 寂しいのは分かるが今日はもうお休み」
「えっ・・ファルナ・・」
執事長たるヨーゼフ自らセルシニアを寝室に引率する姿を見ながら 自分はまた一つ頭の痛い問題が発生した事を思い知った。
極度の人見知りである娘のセルシニアが唯一心を許していた侍女のファルナが今回の事件で死んでしまった。
他の使用人ではあの子の相手は勤まらないだろう。
カチャッ☆
「お館様。少し困った事になりました・・」
「何があった!。また賊でも出たか」
「そうではありません。ですが 私では判断いたしかねます」
ヨーゼフに案内され足早に廊下を歩く。
ほどなく騒がしい子供の声が聞こえてきた。
「あーーっもぅ。いい加減に離せよ」
「いやぁーっ。一緒に寝るのーっ」
「お嬢様、いけません。この子は使用人ではありませんよ」
娘の髪の毛がほんのりと発光している。
あの子が無意識に魔力を発動した時の現象だ。
つまり それほど強固に執着して意思を貫こうとしている証拠である。
なるほど、父の代から執事を務めた百戦錬磨のヨーゼフをして困惑させる訳だ。
あの子があの状態になった時は梃子でも動かない。
しかも 困った事に単なる我が侭ではない場合が殆どだ。
力ずくで娘を動かそうとして無意識の魔法で攻撃されたメイドまでいる。
セルシニアの魔法の才能が豊かなのは嬉しいが、あの子を制御できたのが死んだ侍女だけなのは痛い。
「何事かね?」
「は、はぃ。ご領主さま。そちらの子供を使用人部屋に預かるように申し付かったのですが、身を清めて部屋へ連れて行く途中でお嬢様が・・その・・」
「ファルナは私と一緒に居るの!。私と一緒に寝るの」
「ファルナ??」
娘が抱きついているのは先ほど山中で出会った幼女に間違いない。
参考人としてとりあえず連れてきたが・・何故 ファルナ?。死んだ侍女のファルナとは似ても似つかないだろうに。
「ふむ・・。そう言えば名前を聞いて無かったな。
君はファルナという名前なのかね?」
「えっ、その・・違います。・・・・・・
・・・・・・・名前は・・・無いです」
「「!!」」
戸惑い、そして俯きながら恥ずかしそうに声を出す。
名前を尋ねただけで恥をかかせる事になるとは・・。
名前が無い・・世の中にはそのような事が有るのか。
自分の知らない非情な現実を突き付けられるというのは この歳になってもキツイものだ。
「違うもん。ファルナはファルナだもん。私のファルナなのっ」
「だから、勝手に名前を付けるな」
この少女、どう見るべきなのか・・。
言葉遣いは男子のように粗野だが、これまでの言動から見ても娘にも我が家にも悪意は感じられん。
むしろ 関心すら無いと言えるほどに興味を示さない。
身分が違いすぎて恐れられている・・でも無いな。ふむ。
3歳の娘と同じ身長の子供だが 痩せ細っている事を考えれば相応の成長が出来なかったと見るべきだろう。
ならば娘のセルシニアより幾分は年上か。
しかし、セルシニアのこの執着ぶりはどういう事だ?。
いくら慣れ親しんだ侍女が居ないとはいえ、今日初めて関わった他人にこうまで懐くものだろうか?。
「ふむ・・。さしあたっての問題はあの少女が娘に対して危険かどうか・・だな。ヨーゼフはどう見る?」
「根拠の無い私見ですが よろしいでしょうか?」
「あぁ、かまわん。聞かせてくれ」
「危険かどうかで言えば問題無いと思われます。
このままお嬢様の好きになされるのが最上かと。
しばらくは侍女を1人夜間も見張りに付けます。
その者には次の日を休日になされば喜んで寝ずの夜番も引き受けましょう」
なるほど。
その方向で進めるしか無いか・・。
ヨーゼフはすでに最善策を決めていたようだ。
娘の安全に関わる事だけに 最終判断を下せずこちらに回したのだろう。
何か他にも思うことが有るかもしれないが・・。
この場では言えない事なら後ほど聞けば良い。
「良かろう。では、そのように手配してくれ」
「心得ましてございます」
「ちょっと・・オッサン、そんな事勝手に決めるな」
「はっはっは、勝手に決めるのが領主というものだよ。
今日から君は娘のものだ、異論は認めん。
専属メイドとしての教育も受けてもらう」
「ぬぁっ、こら 引っ張るな。おれは自由が良いんだぁー」
「ちなみに、これを断ったり 逃げたりすれば盗賊の仲間として地下牢に入ってもらう。いいね、ファルナ」
「!」
ははは、わしまでファルナと呼んだ事で面食らっておる。
あの様子なら我が家に害意が有るとも思えんしな。
名前が無いなら丁度良い。娘の心の平穏を守る為にも この子は今日からファルナになってもらう。