6 、小さな変化
領主である男は遅い夕食をとっていた。
領主とは領地の全権を握る王のような存在である。
全ての重要な案件が男の判断一つで決まる。
決定権が有る事と好き勝手に出来る事は話が別である。
時には並みの精神では勤まらないプレッシャーを背負う事もある。
それを嫌う愚鈍な跡継ぎが仕事を部下に丸投げして遊び回り、やがて領地を衰退させる話は珍しくもない。
「ふむ・・」
「いかがなされました。お館様」
クレセントス・オブレイト・フォルカスはまともな領主であったが、それゆえに多忙な職務に追われてもいた。
そんな彼に仕事を忘れさせたのが今食べている夕食の味だ。
「料理長の入れ替えをしたのかね?。報告は受けていないが」
「いえ。厨房の人事に変更はございません」
「そうか。いや、しかし、今までの食事とは別物の味だぞ」
「その件も含めまして お館様の時間が出来ました時にお話する予定でおりました。お気に召しませんようでしたら以前の料理を作るよう申し渡します」
「いや、その必要は無い。料理長には このまま精進するように と申せ」
「かしこまりましてございます」
この世界でも良き人材を確保するのは苦労する。
情報の伝達が人の話のみと言えるこの世界において満足できる料理人を確保するのは領主といえども難しいのである。
ゆえに 権力者が気に入った職人を強引に引き抜き 職場に混乱を招く話も珍しくない。
それを良しとしない領主クレセントスにとって自分の使用人が満足のいく成長し
良き職人となった事は望外の喜びであった。
「ふむ。で、この味はどう言う事なのかね?。
料理自体は以前のものだが味は別物と言って良い」
「料理の味をここまで仕上げたのは間違いなく料理長のシリルオーネにございます。
しかしながら、前向きに試行錯誤をするようになったのは・・・
おそらくファルナの影響かとぞんじます」
「ファルナ?」
領主クレセントスの思考はしばしの間 混乱した。
彼の中のファルナは今でも長年侍女として務めていた老女だったからだ。
「そう言えば セルシニアがあの子供にファルナと名付けたのだったな。
しかし、なぜファルナなのだ?。あの子供がこれの要因とは考え難いのだが」
「本日 お館様に御報告すべきと思っていましたのもファルナの事でございます」
信頼する老執事が自分に話を持ってくるのは決まって自らの範疇を超える事柄のみである。
それ以外は彼が領主の手を煩わせる事無く 最善の手を尽くして解決していた。
つまり、あの幼い子供は彼をして手に余る事を意味している。
「娘の側に居て問題が有るわけでは無いのだな」
それが問題無いのは執事の様子を見れば分かりきっていたが、
あえてそこから話を聞いていく。
子供の安全が最も重要であるのは言うまでも無い。
「その点に関しましては全く問題はございません。
むしろ ファルナが来てからセルシニアお嬢様は食が進むようになり溌剌としておられます」
執事は領主の意図を正確に理解してファルナという子供が不思議な存在である事を順序だてて話していった。
*************
さて、
自分ことファルナ・・・もうファルナでいいか。
そう。
名無しの子供からファルナになったあの日から早くも10日ほど過ぎていた。
今日も目覚めると自分の腕にセルシニアお嬢が抱きついて寝息をたてている。
本来 侍女が主人と寝床を共にするなど有りえない・・はずだ。
それは幼女と言えども許されるものでは無い。たぶん
厳格に守られている身分制度の社会ではなおさらである。
ならば何故 自分がお嬢様の抱き枕をしているかと言えば、
精神的に不安定になったセルシニアお嬢がとても危険だからに他ならない。
この幼女、規格外に膨大な魔力を持っているらしい。
精神的に不安定になるとそれが暴発して被害甚大になりかねない、との事。
なかなか理由を教えてくれないメイド達からやっと聞き出した情報である。
先日馬車が山賊に襲撃された時、
前任のファルナが一緒に居た事で魔力が暴発しなかったのは皮肉な話である。
「セルシニア様。朝ですよ。起きて下さい」
「にゅ・・」
この頃やっと幼女を様付けで呼ぶことに慣れてきた。
何度か呼び捨てにして他のメイドに頭をひっぱたかれたものだ。
言葉遣いも女言葉に矯正されてきた。
はぁ・・男に戻りたい。
お嬢が起きたのを見ていたかのようにドアが開く。
「おはようございます。お嬢さま。湯をお持ちいたしました」
陶器で作られた洗面器を持ったメイドが入って来る。恐るべし・・・
ここからが朝の自分の仕事になる。
パチャパチャと子供らしく?手で顔を洗うセルシニア。
となりで布を持った自分が素早くお世話をする。
コップの水で口をすすぎ洗面器にペッとさせた後は着替えなどお嬢様の朝の身だしなみを整える。
使い終わった洗面器を片付けるのも自分の役目だ。
使用人である自分は水場に行ってから顔を洗うのだが・・
お嬢がペッとした洗面器のお湯で洗わなくてはならない。
一部の変態なら喜ぶのだろうが、自分にそんな趣味は無い。
最初は猛烈に抗議したが無駄だった。
「水は大切なのですよ、ファルナ。
誰が井戸から水をくみ上げていると思うのですか?。
文句を言わず早く顔を洗いなさい」
と、メイド達から殺気すら籠ったような目で見つめられ抵抗を諦めた。
話を聞くと水汲みは本当に重労働で、
ロープを付けた小さいタルを井戸に落として引っ張りあげて水を汲むらしい。
「手押しポンプを作れ」って思ったでしょ?。
あれって作るのにかなり高度な技術が必要だよね。
オマケに使われる金属の量もかなりのものになるから高価なものになる。
幼女の自分が作れって提案しても「バカな夢見てる」くらいにしか思われないのだよ。
それ以前にこの世界にどんな金属が有るのか知らないし。
まぁ、江戸時代の井戸にある「釣瓶落とし」程度なら作れるかもしれないから機会が有ったら提案してみようかな。
「おう、ファルナ来たか。お嬢様の朝食は出来てるぜ。
今日のスープは先日のアレを入れて煮込んである。期待して良いぞ」
「ん。こっちのワゴンに乗ってるので間違いないよね」
「あぁ、たのんだぜ。
いつもくらいの時間にお前の分をアツアツで用意しとくからな」
今朝の料理長はすこぶる機嫌が良い。
領主さまから褒められたそうだ。
セルシニアの食事の世話も当然自分の仕事だ。
料理を乗せたワゴンを部屋まで押していく。
木製で箱型なので背の低い今の体では前が見え難くて苦労する。
かと言って 足元のあやしい幼女体型なので手で料理を運ぶと悲惨なことになりかねない。
ガタゴトとうるさいし重いけど手押しのワゴンがこの世界に有ったのは本当に助かったと言える。
「ん・・。あまーい。おいしい」
料理長が自信満々に言うだけあってトロトロとしたスープはお嬢様に好評のようだ。
勿論 大人も食べるのでただ甘いだけのスープでは無いはずだ。
自分はまだ食べてないから予測だけ。
「こちらのパンをスープにつけて食べてみて。きっと美味しいよ」
小食のセルシニアに食べさせるのは気を使う仕事だ。
パンも一口サイズに切り分けて食べ易くして皿に乗せてやる。
パンはザラザラした荒い食感なので そのままではなかなか食べてくれない。
フォークで刺してスープに漬けて食べる、という楽しさ?を持たせる事を試した。
そんな些細な事でも面白いのか、以前とは食べる量が変わってきた。
日本のお子様ランチを再現できたら最高なんだけど・・・無理だし。
他にも色々と子供が食べ易くしたことでセルシニアの残す食事が激減した。
食べ終わった食器を下げて自分も厨房の片隅で朝食をたべる。
苦労してセルシニアの食事を改善したお陰で残飯を食べる事は少なくなった。
嬉しい、マジで
両親が宗教に狂いだして生活が苦しくなり、中学生で色々なバイトをしていた。
中でもコンビニのバイトは憶える仕事の量が大変だったけど勉強になった、と思う。
世間ではマニュアルで仕事を刷り込む方式に批判的な意見も有ったけど、
アレで身に付く仕事のノウハウは相当なものだ。
昔なら丁稚から始まって何年もかけて憶える仕事を短期間で叩き込まれる。
しかも、すぐに一人前として場数をふまされるため体が仕事を覚えていく。
アルバイトとはいえ馬鹿にできないキャリアだと思う。
その体験は仕事が変わっても生きていて、
メイドという想定外の仕事をしているのに役立つところが多かった。
仕事は全体の流れを見た後、自分のしている仕事を考えた時より速く理解できる。
日本のサービス産業恐るべし。
そんな訳で周りの大人たちが驚く速さで侍女の仕事を覚えていった。
もちろん幼児体型なので力は無いし 知らない事も多いけど他の侍女たちの足を引っ張らない程度には働いている・・・と思う。
「はいこれ。セルシニアさまの下着だよ。今日の分も貯めないで持ってくるんだよ」
「うん。ありがとう。それと・・ごめんね。洗濯物増やして」
「あん?。子供が変な気を使うんじゃないよ。ははは」
洗濯係りのおばちゃんに気を使うのには訳がある。
運動する事でセルシニアの下着が以前の倍近く洗濯場に持ち込まれるからだ。
そう、最近はセルシニアお嬢が疲れるまで体を動かすように仕向けているのだ。
仕事を始めたころ自分がセルシニアのお世話をしていて強く感じる違和感があった。
彼女は文字通り「箱入り娘」として育てられていた。
この世界では貴族の娘なのだから常識なのかも知れない。
だが、一日のほぼ全てが部屋の中に居るだけであり、
小さな子供にとって本来必要とされる「適度な運動や遊び」が全くといって無い。
幼女に引き篭もりニート生活をさせているようなものだ。
不健康極まりない。
そこで自分が幼稚園に行っていた時に何をやらされていたか、を思い出して
現状で可能な限りセルシニアに体を動かして遊ばせる事にした。
とは思ったものの、邸の外には出られるはずもない。
だが、彼女の部屋は「これが子供部屋か?」と思うほど広い。
教室の二つ分かそれ以上の広さが有り、幼女が走り回るには充分だった。
「お嬢様。ここからあのベッドの所までどっちが先に付くか競争だぞ」
「ファルナ・・・競争って何?」
「うぅ、そこからですか・・」
もぅ、本当に貴族社会そのものが異世界だった。
「私と走って先にたどり着く方が勝ちって事だね」
うぅ、説明が難しい。
「ファルナ・・・分かんない。走るって何?」
ヒイィィィィ・・・。
まず自分が走って見せた。それを見てメチャ驚くお嬢様。
彼女にとっては走る事すら思いも寄らない未知の事だったらしい。
スキップを初めて見た時のように楽しそうに目を輝かせていた。
そんな訳で二人で徒競走をしたのだが・・・負けた。
自分の体が今も栄養失調の体力無し幼女なのを忘れていた。
勝利の喜びを知ったセルシニアが積極的になった事で
他の色々な遊びを教えるのが楽になったのだから良しとしよう。
それに付き合った自分は当然ながらヘロヘロになったよ。




