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10、真実は誰も知らない

ファルナが住み着いた国 フェリテリュス王国の辺境にある街システィリーヌはその大きさからフォルカス領都とも呼ばれ栄えている。


しかし、豊かな穀倉地帯を持つ都は 隣国フロステス王国との国境線をもつ危険地帯でもあった。


国境線には大きな川が流れるかのように細長い森が存在する。


森はとある理由で大変に危険であり、

また植物の密度が異常に高いため行軍して軍隊が踏破するなど自殺行為でしかない。


ただ、昔から存在する一本の道には何故か植物の侵食が無く、唯一の交易路となっていた。


軍事的な要所でもある道には両国それぞれに砦が作られ通過時には厳しく審査が成されている。



この日、フロステス王国の砦から敵国フェリテリュスの砦に対する監視は

普段のソレと違い、戦時の最前線を思わせる緊張感でビリビリしたものだった。


「殿下、大司教殿一行が敵の砦から出てまいりました。

どうやら門の制圧には失敗したもようです」


「ちっ、能無しが。

あれだけ大きな事を言っておきながら・・・」


監視の兵から報告を聞いて怒り心頭なのは 辺境を視察する名目で王都から

来ていた第二王子フェルテスである。


彼の年齢は20代半ばであるが武力を愛する性格から風貌は荒々しく歳よりも老けて見えた。


「まぁ良い、こんな時の為に無理を言って数少ない爆裂魔法の使い手を連れてきたのだ。計画通り進軍する」


「今 進軍するには大司教殿の馬車が邪魔ですな。

それに門を制圧しなかったのは聖女様を同行されているからやも知れません。

今しばらくの辛抱ですぞ、殿下」


王子の対面に座っている男は一見すると高名な芸術家を思わせる風貌だが

その目は獲物をいたぶる獣のようなギラギラした殺気を放っていた。


「ふっ、将軍こそ我慢しているのではないのか?。

今直ぐ突撃したいと顔に書いてあるぞ」


「ふはは、さすがフェルテス殿下。

某(それがし)も久しぶりの戦に血が滾(たぎ)っております。

今のところこれだけの兵力を配置している事を敵に知られておりません。

勝ちはみえております。ゆえに しばしこの高揚を楽しみませんと」


王子に対して友人のごとく会話している男は

今回の戦いの実質的な指揮官であるベルテス・ヴァルテ将軍。


彼の正式な立場は第二・第三騎士団の司令官も兼任している軍部第二の実力者だ。



この時代、 魔物の対応に追われている国は他国に出兵する事を良しとしなかった。


それは他国も同じで、近年では人間同士の大きな戦いは数えるほどしか無い。


本来なら戦争が無い事を喜ぶべきなのだが、

野心有る者にとっては戦功を上げるチャンスの無い退屈な時代でしかない。


そんな中で王族が陣頭に立った この大きな戦いは彼らをして奮起させるに充分な

花道(ステージ)なのだ。


たとえそれが国の上層部すら知らない非公式な開戦であったとしても。




「報告いたします。ただいま大司教殿の馬車が砦内に帰還されました。

敵の砦には今だ動きは見られません」


「よし、全軍に通達。手はず通り随時出撃させよ。

・・・では殿下 行って参ります」


「うむ、明日には向こうの城で祝杯でもあげようか。武運を祈る」


砦にあつらえた貴賓室から将軍は出撃し 第二王子は残る。


この世界でも《《 君子危うきに近寄らず》》 なのは同じようだ。


無理に同行すれば邪魔にしかならないので賢明な判断ではある。




「ふっ、今頃 向こうの砦では大騒ぎであろうな」


国の上層部すら騙し、ここまで準備するのに一年もかかった。


他国の諜報に気付かれぬよう慎重に軍を動かすには苦労した。


演習と銘打って部隊を各々別方向に進軍、再度この砦近くで集結させた。


此の地の領主を説得するのに使った時間と資金もバカに成らない。


王子の立場であろうと彼にとっても背水の陣、失敗は許されないのだった。


フェルテスは戦況を見届けるために貴賓室から屋上へと向かった。




交易路の道幅はそれなりに広い。


現代日本の道路で言えば四車線ほどの真っ直ぐな道が森を突き抜けている。


今はその道幅一杯にフロステス王国の兵士が進軍していた。


当然の事ながら迎え撃つフェリテリュス王国の砦は固く門を閉ざし、

救援が来るまで持ちこたえる為の篭城戦の構えを取る。




「第一陣、盾を上に向け突撃、城門に貼り付けぇー」


うおおおーーっ


錬度の高い歩兵は矢の攻撃を受ける前提で突撃していく。


大きな盾を片手で笠のように持ちながら矢玉をやりすごし砦に張り付く形で身を寄せ、斧でガシガシと門の扉を叩いていく。


勿論、門を壊す為には破城槌(はじょうつい)など相応の大きな道具が必要である。

この突撃は言わば牽制であり囮なのだ。


その証拠に本隊の頭上には大きな火の玉が形成されつつあった。


もちろん単なる火の玉ではない。


着弾すると大爆発を引き起こす爆裂魔法だ。



「第一陣に号令、退避させろ。・・・・・・撃て」


砲火を告げる鐘が打ち鳴らされると囮部隊は門から離れ、道の両脇へと退避する。


次の瞬間、砦の門は大地を振動させる轟音と火炎に包まれる。



「ぬぅ、さすがに国境を守る砦の門、一撃では落ちんか・・。

だが、あの様子では次は耐えられまい。第二撃急げ」


ムチャな命令である。


珍しい魔法の使い手とは言え所詮は並みの魔法使いに過ぎない。


魔力消費の激しい爆裂魔法を連射するなど本来はあり得ないのだ。





**************





「フェルテス殿下はどちらにおられるかな?」


「はっ、殿下はただ今 砦の屋上にて戦況をごらんになられております」


「ふむ。では急ぎ参るとしよう」


ガビエル大司教は焦(あせ)っていた。


彼が若くして大司教という高い地位に有るのは過去に聖眼を持つ少女を非合法な手で手に入れ、洗脳した後に教団に上納していたからだ。


聖女とは極まれに世に出でて人々を導く者・・・そう誤解されていた。


聖眼を持つ子供が少ないのは確かだが、希少と言われるほど少なく無い。


聖女として世に出て来る子供が少ないのは その特異な能力ゆえに多くが精神崩壊を起こし、幼いうちに命を失う者が大半だったからだ。


ガビエルは独自の情報網でそんな子供たちをいち早く見つけて 時には買い取り、

場合によっては誘拐すらして手に入れていた。


ガビエルは集めた子供たちから自我を消し去るため様々な方法で洗脳を行っていた。


ファルナが証言したようにその方法は「鬼畜の所業」と言える醜悪なものだった。


多くの子供はその時点で壊れていく。


だが 皮肉な事に子供達の中には自我を失う事で精神崩壊を免れた者も居た。


もともと希少と言われる聖女の卵であり、一人成功するだけで大殊勲だった。


聖眼の能力だけが欲しい教団にとって従順な子供ほど都合が良い。


大司教の行いを教団上層部も黙認していたのだ。



そんな虐待と洗脳の環境であっても負けない強い精神力を持つ子供も存在した。


最後まで抵抗してのけたファルナがその1人である。


(その点で言えば、魔力を暴走させつつも自我を保っているセルシニアも強い精神力の持ち主と言えるだろう)


とにかく 自分の悪事を全て知り、しかも手の出せない場所で生き残っている

ファルナはガビエル大司教にとって悪夢のような存在なのである。


彼が大いに狼狽えるのも当然だった。




「ガビエル大司教か・・その様子では聖女勧誘にも失敗したようだな。

まぁいい、もうすぐ砦の門も開かれる。我が国にとって歴史的瞬間だぞ」


貧弱な見た目どおり体力の無い大司教は砦の屋上まで急いで登った事でゼーゼーと息切れしている。


やがて落ち着いたのか大司教は護衛の騎士を素通りして王子に近寄っていく。


彼のユッタリした作りの法衣に忍ばせた右手の不自然さには誰も気が付かなかった。


遠視魔法で戦況を見ている王子は没頭していて大司教には無警戒だった。


殺気を出す事も無く法衣の陰からナイフが付きだされる。



「!ガァッ・・き、貴様ぁ」


鎧の隙間から脇腹を刺された王子が驚愕する。


「王族など死んでしまえ。いずれ我が教団が全ての国を手にするのだ。あははは」


脇腹から血を流して苦しむ王子に追撃するでもなく、

ナイフを片手に大司教は勝ち誇ったように演説を始めた。


その姿は狂人そのもの


そもそも殺害目的ならば首を切りつければ良かったはずであり、大司教の行動は

的外れと言える不可解なものだが、誰もその矛盾に気が付かなかった。


「はははははは、!はぁっ?。

こっ、これは・・・・・・・王子殿下!そのお姿は!?」



騒然となるフロステス王国側の砦から一羽の小鳥が飛び立っていた。





************************



「これは!。ファルナの言っていた事は事実だったか」


一方、フェリテリュス王国側の砦では演習気分で砦まで行進してきた3百ほどの領主軍が今まさに爆裂魔法の着弾音によって現実を突き付けられていた。


「各部隊は配置に付け。これは実戦だ演習ではない」


領主クレセントスは手早く所定の指示だけ下し、砦の指令所まで駆け出していった。


すでに戦いの先手を取られ、尚且つ圧倒的に準備不足。


敵の規模はまだ確認すらしていないが深刻な情況なのは言うまでも無い。


ファルナの言葉を無視していたなら敵襲と気が付かない内に進軍され、

都の城門すら突破されていただろう。


最悪と言える状況に血の気が引く。



「状況を報告せよ、細かな数はいらん」


「「おおーっ。領主様が来て下さったぞ」」


「報告いたします。敵の数、推定五千。リリエストの街に潜伏させている間者からの定時連絡にも敵軍の動きはありませんでした」


「ぬぅ、そこまで綿密に計画だてて攻め込んで来たのか。

敵は本気で侵攻する気だな。門はどうだ、魔法を受けたようだが」


「はっ。一撃は何とか持ち堪えましたが次はどうかと・・」


砦から見下ろした視界には弓の射程距離ギリギリまで進軍して来た敵軍で埋め尽くされていた。

そして、その上空に激しく回転する火の玉が形成されつつあった。


「砦に有る馬車や大きな荷物を積み上げて門を通過する敵軍を一時的に足止めできるようにしろ。上から攻撃して敵の数を減らすぞ。急げ、大群とて先陣で戦う数は少ない。地の利を生かせ」


「はっ。伝令兵、急げ」


士気を下げない為にも領主は矢継ぎ早に指令を出し、檄を飛ばす。


しかし、ここに至って全てに手遅れであった。


・・・本来なら




ドゴゴゴーーッッ☆


守りの要である門が魔法で破壊された轟音が鳴り響く。


同時に敵軍からはすでに勝ったかのような歓声が沸き起こる。



それを聞いただけで周りに居る騎士も守備兵達も浮き足立っていく。


士気はダダ下がりで戦うまでも無く勝敗は決まっていた。


そのはずだった・・。




ザワザワ、ザワザワ。


勝鬨のような敵の歓声はしだいに困惑したざわめきに変わっていく。


「・・・・・・・・・・・??」


「どういう事だ、何故攻め込んで来ない?」


門を破壊すると同時に突撃してくるであろう敵軍は一歩も動いてはいなかった。





*********************





突撃命令が出ない事にいぶかしんだ参謀たちは指揮官であるベルテス・ヴァルテ将軍を見て一様に絶句した。


将軍の首からは血に染まった剣先が突き出している。


口から血を流し目を見開いている姿はすでに死んでいる事を伝えていた。


後ろから彼を刺し殺した犯人は将軍の側近中の側近。


それゆえにその場を見た者は理解できず、現実を認めることが出来なかった。


突撃命令など出るはずが無い。


この時点で攻撃側の命令系統は機能しなくなっていたのだ。


その動揺は本陣から徐々に広がっていく。



副司令官の騎士は捨てるように将軍を足元に転がすと今度は将軍の帯剣を引き抜き、今だに事態を飲み込めない古参の騎士達の首を切り裂いていった。


「はっ、反逆者だぁぁ」


誰かが叫んだ一言が切っ掛けと成って大群は大混乱になっていく。


それを収拾すべき立場の上官たちが殺され、残りも混乱しているため収拾が付かない。


「ハッ?・・・ベルテス将軍?・・・。

こっ、これは何事だ!。貴様ら何が有った、報告せんかぁ!」


「「「なっ、なにぃ!」」」


副司令官であった騎士は突然正気を取り戻すも 自分が何をしたのか記憶に無いため 突然目の前に広がった惨憺たる光景に混乱をきたす。


だが、それ以上に混乱するのは周りを取り囲んで剣を構えていた騎士達である。




「がっ・・!。きさまら、裏切ったか」


「だまれ!。反逆者はおまえだ」


今だ事態の異常さに動けない騎士たちの中で1人の一般兵が背中から副官を刺し貫いた。


この時、居並ぶ騎士の中から一人でも全軍の指揮を取る者が立ち上がれば まだ勝利の可能性は高かったのだが・・。



「ぐぁ!、何故・・・」


またもや騎士の1人が後ろから刺し殺された。


「はっはっは。裏切ったのでは無い。

最初から我々は敵なのだ、皆殺しにしてやる。

もう隠す必要は無いぞ、祖国の為に戦えーーっ」


この一言は全軍に疑心暗鬼をバラ蒔いていく。


「ぎゃーっ、きさまもか」


五千人の兵士が狭い場所に整列していたが、何の前触れも無く彼方此方から悲鳴が上がり、そのどれもが背中から攻撃されていた。


混雑する中で誰が敵か分からないという状態は計り知れない恐怖を兵達にあたえた。


お互いを警戒し敵視したそれは すでに軍とは呼べないものとなっていく。


狭い交易路はパニックを起こした集団が武装した上で戦う最悪のバトルロワイヤルの場と化す。




そして、敵軍の内乱という意味不明でありながらも最大のチャンスを相手が逃すはずもなく、破壊された砦の門扉を押しのけてフォルカス領騎士団が突撃して来た。


統率の取れない五千人のフロステス王国軍はわずか三百ほどの相手から逃げる以外の選択肢が無い。



さらに 怒涛の如く逃げ帰ってくる大群を迎え入れる砦もまた大混乱をきたしていた。


大司教の反逆によって総司令官である第二王子フェルテスが重傷を負い、

応急手当の魔法を受けて後 近くの町まで搬送されていたからだ。


大事な局面で命令を下す頭を失った砦の兵達も逃げる事しか出来なかった。


結果として、何ら抵抗を受けずに敵の砦までたどり着いた領主軍はそのまま敵の砦を占拠。


門の作りが守りに不都合な事から入り口は閉鎖する目的で門扉が閉じられたまま石材が組まれていく。



領主軍は勢いのまま攻め込めば国境近くに有る街ですら占領できたかも知れない。


だが、それは様々な点から見ても悪手である。


逃げ帰ったとは言え、敵兵の総数は遥かに多い。


敵の指揮系統が回復すれば反撃され、今度は逆に領主軍が壊滅の危機となるだろう。


フォルカス領陣営としては急な戦いでもあり全てにおいて不足しているのだ。


何より今は敵側の守りの要である砦を手に入れた事でフェリテリュス王国側が圧倒的に勝利を手にしている。


今後 隣国フロステス王国との折衝は専門の官僚に任される事となるだろう。



こうして戦いは両軍ともに「どうしてこうなった?」という疑問だけを残し、

フォルカス領主軍の大勝利に終わった。


火急な事態でありながら自国を守りぬき、さらには勝利してのけた領主クレセントスは国の英雄となるだろう。



凱旋した彼を使用人が総出で出迎え尊敬の眼差しを向けていた。


勝利に釈然としない領主は厳しい表情のまま邸へと入っていく。


そのことで彼がさらに威厳を高めているのは皮肉な話である。


そんな彼が心から勝利を喜べたのは屋敷の中で出迎えた娘のセルシニアの姿を

見たときだった。




お嬢様の少し後ろには大変な時に勝手に外出した事で、先輩メイドに散々説教されたファルナがグッタリと疲れた顔で控えていた。



彼女が疲れている本当の理由は誰も知らない。




これにて書き溜めたストックが尽きました。

つづきは気長に待っててくれると嬉しい。

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