うつるひめ、ぷろろーーぐ
「さて、これが何か分かるかな」
「今の話の後に取り出したってことは 辺境伯のご令嬢を貶めるために使うんだろ。でも、見たこと無いな」
三人の少年が校庭の片隅でコソコソと話し合っている。
1人の少年が取り出した物は黄色い色をした小さな果実のようなものだった。小さな箱に収められ、壊れないように周りを柔らかなもので保護されている。
「ふふん、これはな一部の地方で狩りに使われている物さ。臭いで魔物を引き寄せる効果が有るらしい」
「それが珍しいのは分かるけど・・王都の中の学内で使っても魔物なんて来ないと思うよ」
「それはもちろんだ。これの用途は他に有る」
王立学園は王侯貴族専用の教育機関である。
一般民衆と隔絶された施設は特権階級の子弟が面識を深める場であり権力争いのミニチュア版でもある。
子は親の鏡、と言われるように学生たちの言動には親の本性が表れる事が多く、学園での出来事は思いの他多くの注目を集めていた。
そんな事情を知ってか知らずかプライドだけが肥大化した子供たちの中には親と同じようにドス黒い陰謀を計画する者も存在する。1人は公爵家の長男であり、あとの2人はその取り巻きである伯爵家と男爵家の子供だ。
「これはある植物の実なんだけど大変に壊れやすい。そして実がはじけると・・」
「・・おい、じらすなよ」
「面白い話はじらすのが社交界のマナーなのだよ。
まぁいいか、これがはじけると黄色い汁が飛び散る。
しかも もの凄い酷い匂いがするだそうだ」
「まさか、令嬢にこれをぶつけるとか言うのは無しだよ。
ボクたちが悪者にされて退学では済まなくなる」
「公爵家の跡取りである自分がそんなヘマはしないさ。
午後の授業でセルシニアと同じ教室になる。彼女が椅子に座る時にこれを魔法で飛ばしてイスの上に置くのさ。どうなると思う?。ははは」
「黄色いシミがお尻に広がって悪臭を放つ・・か。
事実がどうであれ衆目の中で粗相をしたようにしか見えないだろう。・・・お、恐ろしいな」
「ああ、一度そんな醜聞が流れたら消す事は出来まい。
貴族の令嬢として最悪だ。縁談の話など無くなるだろうし家名も地に落ちるだろうさ」
「君の敵でなくて本当に良かったよ」
「そうだとも。それなのにあの女はボクの誘いを断った。
見た目が良いから将来は側室にでもしてやろうと思ったのに」
女性が聞いたら怒り狂う身勝手な理屈であった。
「でも、あれだけ綺麗な子だし少しもったいないね。
とは言え、そんな醜聞が付いた子を手に入れるのはまずいしね」
「いやいや、そこで考えを止めているようでは出世できないよ。
話はここで終わりじゃ無いんだ」
「「えっ、まだあるの」」
「どん底で苦しんでいる女の子にもう一度優しく誘いをかけてやるのさ。今度こそ喜んでボクの手を取るだろうね。クックック」
「いやしかし、公爵家がそんな女性を相手にしたらまずいのでは?。たとえ妾でも難しいと思うよ」
「誰もそんなまともな対応をするとは言ってないさ。
卒業したら面倒見てやるとかウソを言って強く依存させれば良いのさ。
考えてみなよ、貴族のご令嬢はギラギラした目でボク達に近寄って来るけど手を出すと政治的に色々とまずいだろ。その点、実家からも見捨てられたセルシニアならどうしようと後腐れなど無いからね。学院に居る間はたっぷりと我々三人の玩具にしてやろうぜ。
あの女が思いのままだ、楽しいだろ?」
「僕は偉大な公爵となる君に一生の忠誠を誓おう」
「ボクもだ。よろしくたのむ」
「ぼくに付いてくるなら君達の出世も間違いないさ。期待してくれよ」
穏やかな日差しが降り注ぐ昼休みの校庭は邪悪な陰謀が似合わない平和なものだった。
近くのベンチには小鳥が止まって休んでいる。
ペチッ
「「!!!!」」
桃色の妄想を楽しんでいた伯爵家の少年は愕然とする。
となりで男爵家の少年も唖然として立ち尽くしていた。
彼らの高価な制服には悪臭を放つ黄色いシミが広がっていた。
「なっ、なぜ」
「たかが伯爵家と男爵家、さらに跡取りでもない奴を俺様が使うわけ無いだろうが。お前達みたいな無能は何処かのトイレ掃除でもしていればいいんだ。これからは俺様に近寄らないでくれるかな」
「いくら何でも、こんな事・・」
「おっ、公爵家に逆らうのか?。実家ごと潰してやるぞ」ははは
「くっ・・・」
少年二人はこの上ない屈辱に殺意さえ沸き立つが結局何もする事が出来ずに恨みを持った涙目のまま走り去っていく。
残された公爵家の少年は冷たい笑いを顔に浮かべてそれを見送った。
その目は陰謀を語っていた時とは違う強さを持っている。
「ふん、お嬢様を玩具にするだとか言うクソ野朗共が!。ホントは殺してやりたいけど国が本気で原因究明にのりだすと面倒だからな。その程度で見逃してやるさ。
だが、この公爵家のガキだけは破滅させる」
吐き捨てるように独り言を呟く口調さえ違っている。
そして少年はとある場所に向かって歩き出した。
*************
「レスティーナ王女殿下、ご機嫌麗しゅう」
「公爵家が何用です。いかに学内とはいえ気軽に声を掛けられるほど安く見られたく無いものですが」
学園内の花が咲き乱れる庭園では王女が取り巻きの令嬢たちと茶会を楽しんでいた。すでに授業は始まっていたが誰もそれを気にする者は居ない。
そんな場に姿を見せた男子生徒に全ての令嬢が不快な目を向ける。たとえ公爵家の嫡男とは言え許可無く王女の作り出す会合に足を踏み入れるのは失礼極まりないとされていた。
「王女殿下に是非ともお聞きいただきたい情報を父上から言付かっておりましたので、無礼に思われるのを覚悟の上でまかり越しました次第です」
「公爵殿の話とはいかなるものか?」
「はい・・皇太子殿下に関する事にて内々にと」
レスティーナは王位継承に関心が無い。
しかし、皇太子の兄に何か問題が生じているなら見過ごす事は国の安定を揺るがす事になる。
ゆえに公爵家からもたらされた情報を無視する事が出来なかった。
「皆さん、少しの間だけ花を愛でていただけないかしら」
過ぎた情報は身を滅ぼす。
話の内容に興味津々ではあるがそこは貴族の令嬢達である。人払いと知りつつ場の空気を読んで席を外していく。
無論 給仕役の侍女達も同じである。
「言伝の役目果たしなさい。
近くに拝する事を許しましょう」
「はい。感謝いたします」
少年は2メートルほどの間を置いて膝を付く。
共に王立学園の学生であり立場を弁えている。
家名を背負い王女に対して最大の礼節を取る。
そう思い込んでレスティーナは油断した。
「言伝を聞きましょう」
「はい、レスティーナ様・・」
少年は顔を上げて笑った。
「俺の女になれ、レスティーナ」
「えっ!」
あまりの言葉に一瞬の混乱。
その瞬間に少年は王女に飛び掛り、2人は庭園の芝生の上に倒れこむ。
有り得ない行動に呆然とした護衛達が見たのは王女の上にマウントポジションを取っている少年の姿だった。
「なっ、狼藉者。早く離れなさい」
「これで破滅だ」
「?何を言っているのです、どきなさい」
「えっ、レスティーナ王女殿下どうして?。
・・・・・・・・・・・こっ、これは!」
怒涛の如く駆けつけた護衛騎士によって取り押さえられた少年は大いに混乱していたが多くの目撃者が居る中で何を言っても許されるものでは無い。衆目の中で王女を襲った公爵家の嫡男、末路はいかほどなものか。
学園を揺るがす事件に大騒ぎする学生達。
その場から静かに1人の侍女が離れていく。
多くの貴族が居る学園はまた相応の付き人が存在する。
侍女が歩いていたとして気に掛けるものは居なかった。
片目を布で隠した変わった姿の侍女は広すぎる校庭を横切り豪華な生徒宿舎に入っていく。
「ただいま戻りました。セルシニア御嬢様」
「随分と長いお花摘みでしたわね。ファルナ」
「ついでに ほんの少し掃除をしていました」
サボっていた言い訳が変わってる、とジト目で見つめるお嬢様を片目の少女はにこやかに誤魔化した。
侍女ファルナが大切に思うお嬢様は自分の身に降りかかるはずだった邪悪な陰謀を生涯知る事は無いだろう。
「・・ムチャだけはしないでね」
心から心配してくれるセルシニアの言葉だけがファルナの笑顔を引きつらせていた。