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曇り空

「とっても良い天気だね」


 君は包帯越しに空を見上げて、そう呟く。その声はとても愉快で、ふわふわとした気分がこちらにも伝わってくるぐらいだ。だけど……。僕も空を見上げる。目に入ってくるのは、日の差し込まない鉛色の空だけだ。

 包帯でぐるぐる顔を巻かれて、彼女の眼は塞がれている。そのため、空を見上げても何も見えないから、勘でそう言ったんだろう。いや、包帯が無くても結局は同じ事だろうか。彼女の眼は今、一切見えていないのだから。

 強い衝撃を受けて、網膜を損傷したらしく、今の彼女はほとんど目が見えていない。手術をしても治るかどうか分からない、それぐらいに重いものだ。むしろ、これだけ損傷していて、手術でどうこうできるというのが奇跡だと言われたほどだ。

 彼女が包帯で巻かれているのは、目元だけではない。左足、右腕、そしてそれらの上にはギプスまでついている。こちらは先に手術が行われ、ボルトを埋め込んで何とか固定している。衝突したのがバスやトラックじゃなくて、あまりスピードの乗っていない自家用車だからこそこの程度で済んだのだと先生は行っていた。

 何と耳にはほとんど傷が無くて、せいぜい耳たぶに擦り傷ができた程度だった。そのため、会話をして何とか意志疎通は出来る。声帯も肺も、損傷してはいない。そもそも、大怪我ではあったが出血量以外には命に別状はなかった。

 事故があったのはつい一週間前の話。まだまだ怪我が痛むだろうに、彼女はそのような様子はみじんも感じさせない。辛い事は全部、彼女は身の内に蓄えてきたからだ。去年の今頃も、そうだった。

 がらがらと、車輪が動く音が、背後から。これは、病室の入り口の引き戸が開く音だろう。嫌な予感がしながら振り返ってみると、彼女の親御さんが立っていた。僕はいたたまれない気分になって、彼女から離れて、彼女とご両親の間の道を開けた。母親は僕を強く睨みつけ、父親の方はというと同情と怒りと、悲しさが入り混じった複雑な視線をこちらに投げかけてきた。

 撤収した方が良い。そう思った僕は扉の方へと進もうとする。床と靴底が、キュッと甲高い音を鳴らした。その言葉に、彼女は反応した。


「待って」


 去って行こうとする僕の裾を、彼女の手が握り締める。見えていない筈なのに、的確に掴まれて、一瞬彼女の目が見えるようになったのかと錯覚した。


「あの時も……」


 彼女は小さく呟く。かすかな声なのに、不思議と力強い声だった。頬を緩めて、彼女はトーンを上げる。


「私は、よく目が見えない状態だったな」


 真っ暗なお化け屋敷だったからね。

 そう言われて、僕は彼女と出会った日の事を思い出す。

 あれは、二年前のとある真夏の一日だった――――。

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