8.事後の朝
「あ! リーザたん!」
指揮所の扉を開けて入ると、例によって魔法陣の描かれた石板の前に腰掛けているエディがいた。
周囲には、他にも2名の通信魔術師がいて、それぞれの仕事をしている。
「おはよう、エディ」
「おはようリーザたん、昨日はとてもよかったよ」
「え……? ああ、そう……」
ここでそんなこと言われても困るだろ! まったくこいつは……!
「それにしてもリーザたん、ライティア軍、大変なことになったよね、リーザたんも偵察飛行に行くんでしょ?」
「そうね……あ、はいこれ、飛行計画書、あたしとミランダの分ね」
「うん、了解だよ、リーザたん」
エディは書類を受け取ると、はあ、と少し溜め息をついた。
「どうしたの?」
「うん、愛するリーザたんが危険な敵地へ偵察に行くかと思うと、胸が張り裂けそうで……」
「へー(棒読み)」
「というのは冗談……でもなんでもないけど、実はまだ朝早くて『リットリオ』が開いてないんだよ」
「リットリオ」というのは、エディがいつも頼んでいるピザ屋さんの名前だ。
こいつこんな朝早くから、ピザ食う気か。
「いい加減にしときなさいよ、肥満は万病の元って言うし、そのうち死ぬよ、あんた」
「リーザたん、ボクの体を気遣ってくれるの?」
「誰が!」
「あ、そうそう、リーザたん、例のドラゴン、見に行ってみた?」
エディが言うドラゴンとは、もちろん昨日亡命して来た竜騎士の乗り物である「スカイドレイク」の「シンシア」のことだ。
基地の隅っこで、警備兵に囲まれた状態で、鎖に繋がれているとは聞いたけど、実際に見に行ってはいない。
当然気になってはいたんだけど、報告書やら、エロ……夢やらで、忙しかったから、つい後回しにしていた。
「まだ見に行ってないけど、大丈夫なの? 暴れたりしてない?」
「うん、意外とおとなしいみたいで、暴れてはいないようだね。でも警備隊の連中は、やっぱり危険だからって言うんで、早く処分したがってるみたいだけど」
「処分……か、でも、やっぱりそうなるのかな……」
「まあ、決めるのは偉い人達だしねえ」
「殺しちゃうのは、さすがにかわいそうな気もするけどね……。でも暴れ出したり、ブレス吐いたりしても困るし……」
「いちおう、警備隊だけじゃなくて、アイワス達戦闘飛行隊の魔術師も、交代で『シンシア』の見張りに詰めてるみたいだよ。あいつら魔法戦士だから、たいがいのことはなんとかするでしょ」
「へえ……」
アイワス達もドラゴンの警備に出てるのか……。
エディの言うとおり、アイワス達戦闘杖乗りの飛行魔術師というのは、優秀な魔法戦士でもある。
本職は戦闘型飛行杖を駆って空で戦うことだが、剣などの直接武器と攻撃魔法、両方使えるので、地上に降りても相当強い。そういうエリートなのだ、彼らは。
「そうなんだ……ところでエディ」
あたしは頷いてから話題を変えた。実は今日はこいつにこの話をしにきたのだ。
「あんたに頼みたいことがあるんだけど」
「え? 珍しいよね、リーザたんがボクに頼みごとなんて! うん、いいよ、いいよ! ボクに出来ることならなんでも聞いちゃう! あ、その代わりと言っちゃなんだけど『この白豚死ね』って言ってみて! こう蔑むような目で、出来ればボクを足蹴にしながら……」
「いや、それはちょっと……! その、あんたってさ、一応、通信魔術師よね?」
「『一応』は酷いよ、リーザたん……」
「テレパス通信とか、得意よね?」
「うん、まあ、それが本職だし」
「じゃあ、あんたさ、その……夢? ……の仕事、少し肩代わりしてくんない?」
「え、どういうこと?」
エディは意味がわからないという顔をした。
「いや、だからさ……その、あたしの副業っていうかバイト? あるじゃない?」
「エロ夢見せるやつ?」
「エロって言うな!」
「でもエロでしょ?」
「いや、まあ……中にはそういうのもあるけど……別にそれ専門ってわけじゃないんだから……」
「ああ、わかった、わかった、で、その夢のバイトをどうすればいいの?」
「うん、だからさ、半分くらいさ、あんたに肩代わり頼めない?」
「ボクが?」
「うん、実はさ、最近需要が多くて、正直参ってるんだよね。昨日もあんた含めて3人じゃない? 商売繁盛なのはいいんだけど、ちょっと体力的にきつくてさ……」
「ボクがみんなにエロい夢見せるの?」
「うん、他人に見せる夢見法って、基本的にテレパス通信の応用だから、あんたなら出来ると思うんだよね。一応最初はあたしがコーチするし……」
「リーザたんのエロ夢コーチなら受けてみたいけど……」
「いや、エロの中身まではコーチしないから! ……って言うか、その、男性向け? そういうのを女のあたしが作るのって結構ツラいもんがあるんだよね。男の人がどういうのがいいのか、今ひとつよくわかんないし……その点あんたなら男だし、エロ詳しそうだし、あたしがやるよりみんな喜ぶと思うんだ」
「いや、リーザたん、それはダメだよ!」
「ん、どうして? あんたエロいシナリオとか書くじゃん」
「だから、ボクがエロ夢見せたって、誰も喜ばないって!」
「なんで? 夢なんて中身がよけりゃ、誰が見せたって一緒でしょ?」
「あー、だからさ……」
エディはぼりぼりと頭を掻いた。
「リーザたんが見せてくれる夢だから、みんな嬉しいんだよ」
「ん、どういうこと?」
「考えてみなよ、ボクみたいなむくつけきデブ男が夜中に来て、ベッド際に座って、額に手とか当てて『エロい夢見せるよ、ブヒヒ』とか言うんだよ? そんなの誰が喜ぶのさ?」
「…………」
「確かに、女性が作るエロシナリオって、あんまりエロくないっていうのはあるかもしれないけど……そんなことよりも、リーザたんみたいな可愛い女の子が夜に来て、ベッド脇に座ってくれて、微笑んでくれて、ちょっとはおしゃべりとかもして、それで恥じらいながらエロい夢とか見せてくれるのがウケてるわけじゃない?」
「え……?」
「だから、ボクがやったって誰も頼まないって……ん? どうしたの?」
「…………」
ちょっと待てよ!
若い女がやるからいい?
恥ずかしがってるのがウケてる?
それって、夢の内容だけじゃなく、あたし自身も含めてエロい目で見られてるってことか!?
愕然とするあたしを、エディは怪訝そうに見ている。
「リーザたん、その辺、わかってなかった?」
「う……うん……」
「そういうところがリーザたん子供っていうか、スレてないっていうか……まあ、そこがいいんだけど」
「う、うっさい!」
冗談やめろよ!
だって、ホラ、あれだよ、売春宿で受付のバイトやるのと、実際に体売るのとは違うでしょ!?
うああああ――っ!!
なんか恥ずかしすぎる!
お父さん、お母さん、ごめんなさい! あなた達の娘は、気づかないうちに、大事なものとかいろいろ失ってましたっ!!
「リーザたん、そんな深刻に考えないで。別に裸見せたとかじゃないんだし、リーザたんが家族のために頑張ってるのはみんな知ってるんだから」
エディが慰めてくれた。
「うう……あたしもうやめる……」
「それじゃみんなが困っちゃうよ! そうだ、エロい話考えるのが大変だったら、そこはボクも協力するよ! ほらボク、シナリオなら書くの得意だし……」
「あんた変態的なのしか書かないじゃん!」
「ああ、じゃあこういうのはどう? 一回一回お話を考えるんじゃなくて、固定したシナリオを何本か用意しといて、お客さんに選んでもらうの」
「固定したシナリオ?」
「うん、『痴漢コース』『夜這いコース』『恋人コース』みたいな感じにしておいて、あとはお客の注文聞いて少しアレンジ加えるくらいにすれば……女の子は従順なのと積極的なのどっちがいいですか、みたいな……あ! 質問内容を事前に紙に書いて渡しておくといいかも!」
「ちかん……? よばい……?」
「うん、例えば『痴漢コース』っていうのは、満員の乗合馬車とかで魔法学校の女子生徒が隣のおじさんに……」
「おまえやっぱり死ねよ!」
「どうして!? ボクはリーザたんのために一生懸命……」
「いや、もういい! あんたに真面目に相談したあたしが馬鹿だった!」
「リーザたん、ひとつ聞いていい?」
「何?」
「いや、こんな馬鹿なこと聞くのボクも嫌だし、ボクの思い過ごしだってことはわかってるんだけど……ひょっとしてリーザたん、ボクのこと嫌い?」
「うん、嫌いだけど?」
「え……」
ポカンとした表情で固まるエディ。
「ん、聞こえなかった? あたしは変態が嫌い、下品なことばっかり言う奴が嫌い、いつもピザ食ってるデブが嫌い、つまりあんたが嫌い、OK?」
「ど、ど、どうしてリーザたん! 他に好きな男でも出来たの!?」
「付き合ってるみたいな言い方すんな!!」
あたしはデブの脳天にエルボーを食らわし、嬉しそうにブヒブヒ言ってるバカを残して指揮所を出た。
いったん部屋に戻り、ミランダと食堂へ行った。
2人で朝食を食べていると、突然ミランダが真顔で変なことを言ってきた。
「あのリーザちん、ちょっと小耳に挟んだんだけど……」
「ん、何?」
「……アイワスちんのこと、ふったって本当?」
「はあっ?」
なんだそれは!?
「何それ!? 知らないよ、そんなの!」
「え……?」
ミランダが怪訝な表情になった。
「でも、告白されたんでしょ?」
「されてない!」
「え、だって……」
首を傾げるミランダ。
「何、そんなこと誰が言ってんの!?」
「いや、誰がっていうか……その……噂?」
「そういう噂があんの?」
「う、うん、まあ……」
そこでミランダは少し困ったような、悲しそうな表情になってこう言った。
「……リーザちん、わたしに本当のこと言ってくれてるよね?」
「当たり前でしょー! もし本当にそんなことがあったら、あたし一番にあんたに相談するし……」
「そっか」
ミランダはホッとしたように笑った。
「じゃあ間違いなんだね、よかった。ごめんねリーザちん、変なこと言って」
「いや、いいけど……やだなあ、そんな話どっから出たんだか……」
「う、うん、そうだね……」
でも本当に困るな、そういう根も葉もない噂が広まってるなんて。




