5.夢見法
「お疲れ、エディ。これ飛行レポート、遅くなってごめんねー」
それだけ言って、簡単な報告の書かれた紙を手渡し、部屋を出て行こうとした。
「リーザたん、今日は大変だったね」
……話しかけてきやがった。
一瞬、無視しようかとも思ったけど、こいつ、管制隊員としての腕前はそこそこあって、飛行隊としてはお世話になっている面もあるから、おいそれと邪険に扱うわけにも行かないのだ。
いやだなあ、仕事上のしがらみって……。
「うん、あたしもびっくりしたけどねー、攻撃とかされなくてよかったよー。ほんとに人騒がせな騎士もいたもんだよねー」
半ば棒読み口調で答えるあたし。
「そうだねー、ボクも愛しのリーザたんが無事でホッとしたよー、上のほうでは何か大騒ぎになってるみたいだけどねー、クックック」
『愛しの』とか言うな! 悪寒が走るわ!
「ああ、そうそう、あのリーザたんが連れて来た竜騎士ね、今は警備隊が拘束して、取調べ中みたいだよ。リーザたんもあとで事情聴かれるかも」
「ふーん……」
そうなのか……まあ、普通はそうだろうな。
「あのドラゴンはどうなったの?」
例の緋色の巨大なドラゴン、あんなものを今、どうしてあるんだろう?
「ああ『スカイドレイク』のシンシアたんね。彼女は今、基地の隅っこに鎖でつながれてるみたいだけど、警備隊が戦々恐々としてたよ。暴れ出したら、押さえられるかどうかわからないって」
「そっか……」
考えてみれば、つくづく大変なことになってるんだな……。
「あ、そうだリーザたん、地上誘導隊の連中がさがしてたよ」
「ん、なんで?」
「リーザたん、あいつらのことかばったでしょ? 何かおごりたいって言ってたよ」
「…………」
そうか、そうだっけ……でもなあ……。
「でも、結局相手はただの亡命者だったわけでしょ? 別に攻撃の意図はなかったんだし、なんの意味もなかったけどねー、いやー、バカみたいだったわー、あたし。恥ずかしー」
そう言って少し乾いた笑い方をするあたし。
ほんと、焦って損した。
「いや、そんなことないでしょ、リーザたん」
エディはおもむろに体を半回転させて、あたしのほうを見て苦笑した。
「リーザたん、胸張っておごられてくるといいよ、ボクが許す!」
そう言って立てた親指を突き出して、バチンとウィンクする。
ただ、デブがそれをやっても、全然サマにならない、というか気色悪いんだが……。
「ありがと」
あたしはとりあえず笑った。
「ああ、そうだ、リーザたん、それから……」
直後に脂肪豚野郎は、今までとは打って変わって、とてつもなくいやらしい、下卑た笑みを浮かべてこう言った。
「今晩、またいい?」
それかよ!
仕方なく、あたしは溜め息をついて、指を3本立てた。
「これならいいけど?」
「了解! 契約成立だね、楽しみにしてるよ、ぐふふふ!」
この笑いはなんとかならんものか……。
それにしたって、あんなもの、何がいいんだか。
男どもの考えてることはわからんなあ……。
エディとちょっとエッチな約束をして、指揮所を出たあたしは、基地の食堂でミランダと落ち合い、2人で晩ごはんを食べた。
ちょうど食堂を出たところで、アイワスとばったり出くわした。
「リーザ! 大丈夫だったか、おまえ!?」
アイワスは、いきなりそう叫んで、あたしの両肩を揺さぶった。
「うん、平気だけど?」
ちょっと困りながら、答えるあたし。
「ほんとは、もっと早く声かけようと思ってたんだよ! でもおまえ、疲れて寝てるって言うしさあ! だけどケガとかなくて、ほんとによかったよ!」
「そう、ありがと」
別に心配してくれるのは有り難いんだけど、いちいち大げさなんだよなー、こいつ。
「ムフフ、リーザちん、わたし先に行ってるねー」
ミランダがまたも意味不明の笑いを残して、その場を立ち去った。
「いい奴だな、ミランダは」
なぜかちょっと赤くなって、苦笑するアイワス。
「うん、そうだね」
そりゃあ、ミランダはいい奴だけど、なんで今、そんなこと言うんだろ?
「これでも心配したんだぜ? おまえ、ライティアの竜騎士相手に一歩も引かなかったそうじゃないか。さすがは我が軍の女神だぜ」
「誰が女神よ」
ゴン! とアイワスの後頭部を軽くげんこつで殴る。
「ヘヘヘ」
となぜか嬉しそうなアイワス。
男社会の軍隊に女性が少数でいると、たまに「航空団の女神」とか「偵察飛行隊の天使」みたいな言われ方をされることがある。 言われて別に悪い気はしないけど、なんだかその呼び方の奥に下心的なものを感じてしまうのは……あたしの考え過ぎだろうか?
「なあ、ほんとに体とか、なんともないか?」
「うん、大丈夫。ほんとに心配させちゃったみたいだね」
「そうか……」
優しい微笑を向けてくるアイワス。
本当に心配かけたんだな、悪いことしちゃった……。
「なあ、それじゃあさ……」
少し言いにくそうに、アイワスが声を落とす。
「……今夜、いいか?」
こいつもかよ!
あたしは少しうんざりしながら答えた。
「んー、1人先約あるから、その後でよければ……」
「何!? せ、先約だと!? 誰とだよ!?」
なぜか露骨にうろたえるアイワス。
「エディだけど?」
正直に答えるあたし。
「エ、エディだと!? リーザ! おまえ、なんであんな奴に……!」
なぜか怒り出すアイワス。
「だって、先に頼まれたんだから、しょうがないでしょ」
「先に頼まれたって……だからって、何も……」
「あのさ、あたしは何も、あんた専用の道具じゃないんだからね!?」
「え……」
「夢はみんなに見せてあげたいでしょ? いやなら別にいいけど……どうする?」
「……わかった」
「じゃあ、いつもみたく、これでいい?」
あたしはアイワスに向かって、エディのときと同じく、指を3本立てて見せた。
「それでいい……」
「はい商談成立。じゃあ、エディの後で行くから」
あたしは、なぜかすっかり意気消沈しているアイワスをその場に残して立ち去った。
はあ、儲かるのはいいけど、一晩に2人も掛け持ちは、ちょっときついかな……。
営舎の自室に戻ると、寝巻き姿のミランダが、ベッドの上で本を読みながら迎えてくれた。
「お帰りー、リーザちん、どうだった?」
なぜか目を輝かせて尋ねてくる。
「どうだったって、何が?」
「アイワスちんと何もなかったの?」
「うん、別になかったけど?」
「そっかー、ま、焦らずゆっくりだね」
「なんのこと?」
「わかった、わかった、これ以上は言わないから」
ミランダは、ポンポンと、あたしの肩を叩いた。
時々、こいつの言動はわけがわからないときがある。
もう外はすっかり暗くなっていた。
明日の朝も早い。普通ならそろそろ寝る時間だが、今日は昼間熟睡してたせいで、ぜんぜん眠くならない。
「なんだか眠れそうにないねー、リーザちん」
ミランダがベッドの上に座ったままつぶやく。
あたしはふと思いついて言った。
「夢、見せてあげようか?」
「え、いいの?」
ミランダは一瞬、嬉しそうに顔をほころばせた。
「でも、リーザちん、お金取るよね?」
「別にいいよ、あんたとあたしの仲じゃん」
「それじゃ悪いよ! リーザちんの大事なバイトなんだし」
「商売抜きでいいよ」
「ダメだって!」
「……今日は、いろいろ心配かけちゃったでしょ。あたしのこと思って、泣いてくれて嬉しかった、ありがと……。報告書も手伝ってもらったし、だから、させて?」
そう頼むと、ミランダは何か納得がいかないという顔をしていたが、やがてニコッと笑って首を縦に振った。
「わかった、じゃあ、今度、何かお返しするねっ!?」
「いいよ、別に」
あたしはそう言って笑い、その後、いつものように、ミランダにベッドに入って横たわってもらった。
軽く目を閉じてもらって、その額に右手のひらを乗せる。
「わたし、リーザちんの見せてくれる夢、好きだなあ……」
「そう? ありがと」
そんなやり取りをしながら、大気中に存在する魔法物質マナが、あたしの右手に集まるようにイメージしていく。
夢見法はあたしの特技だ。
要はテレパス通信の応用なのだが、自分の思念を目の前の相手に送り込んで、こちらが思い描く通りの夢を見せることが出来る。
すでに眠っている相手に見せることも出来るし、覚醒している相手を、眠りに導く効果もある。
もともと、自分自身で好きな夢を見るために使う一般的な夢見法を趣味で試していたのだが、軍でテレパス通信の訓練を受けてから、これと組み合わせれば、他人にも思い通りの夢を見させることが出来るんじゃないかと思い立って、余暇に独学で完成させた。
その時の実験台は、主にミランダだったんだけど……。
世の中には夢見法専門の魔術師とかもいるらしいけど、あたしのはそういうプロが使うのとは違う、完全に自己流のものだ。
無論、仕事上で役に立つようなものではないので、完全にプライベートな趣味の範囲だ。
そのつもりだったのだが……。
まあ、今はその話はよそう。
「いつものエリオット君でいい?」
「うん、えへへ」
あたしに尋ねられたミランダは、恥ずかしそうに笑った。
エリオット君というのは、ミランダの故郷にいる、幼なじみだという男の子だ。
ミランダによると、別に彼氏でもなんでもないそうなのだが、あたしが最初にミランダに「どんな夢見たい?」と尋ねたとき、真っ先に挙げたのが、このエリオット君と過ごす夢だった。
……まったく、こいつは。
でもまあ、微笑ましくて、ミランダらしい。
あたしは本物のエリオット君に会ったことがないので、ミランダからその容姿や性格を聞いて、あたしなりに、こうじゃないかと思うような人物像を作ってはいるんだけど、たぶん、本物とはだいぶ違うんじゃないかな……。
それでもミランダはいつも、
「これでいい、そっくり!」
と言って、喜んでくれている。
あたしは、あたしの想像上のミランダの故郷で、同じく想像上のエリオット君が、ミランダと二人、仲良く手をつないで歩くところを思い描いた。
木漏れ日の差し込む森の小道で、柔らかな風が吹き渡る丘の上で、青く澄んだ湖のほとりで、2人は語り合い、笑い合った。
ミランダも今、夢の中で、まったく同じ情景を見ているはずだ。
ちょっと、キスぐらいさせてやろうかな、とも思ったけど、それはミランダに頼まれていないのでやめておく。
あたしの目の前のベッドに横たわる現実のミランダが、安らかな顔で寝息を立てていた。
おやすみ、ミランダ。
いい夢を。