表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立魔導航空団斯く戦えり  作者: 日渡正太
第1章 迷惑な来訪者
1/36

1.夜間飛行

 闇が広がっている。


 先程までは見えていた星空も、次第に雲が掛かってきたようだ。

 眼下の地表は全て漆黒に塗り潰されていて、そこに本当に地面があるのかどうかも疑わしい。


 こんなふうに闇夜を1人で飛んでいると、ふと上下の感覚すら怪しくなってくる。果たしてどっちが上空で、どちらが地面か……。


 あたしは左の手元で光っているデータ表示用の魔法陣に手のひらを置いて思念を送り、姿勢指示器を呼び出す。丸く光っている魔法陣の中央に、あたしのまたがっている飛行魔法杖「ナイトゴーストR40」の飛行姿勢が正常である旨が、ルーン文字と簡略な図柄で表示された。


 過去には地表の町の明かりを星空と間違えて、中空で上下逆さまの姿勢となり、地面に激突した飛行魔術師もいるから、上下の間違いというのは実際にあるものなのだ。


 とりあえずほっとしたあたしは、今度は体の右側に浮かんでいる魔法陣の縁のルーン文字を指先でなぞり、方位計を呼び出して確認しつつ、体をほんの少し左に傾けて、体重移動による旋回を行う。


 木製の魔法の杖にまたがって飛ぶ魔法使いの左右の何もない空中に、2つの魔法陣が光りながら浮いている図は、一般人が見たらさぞや不思議に映ることだろう。だが、あたしのように飛行魔術師を4年もやってると、こんなのは見慣れた光景だ。


 左右2つの魔法陣にさまざまな飛行データを表示させつつ、体重移動と思念で杖を操って飛ぶのは、我がガンダリア王国軍で制式採用されている飛行操縦システムだ。


 ちなみに、左右2つの魔法陣を同時に両手で操作することは操縦規則で禁止されている。両手をいっぺんに杖から離すと、操縦者が飛行杖から転落する恐れがあるからだという。


 まあ、そんなミスをするのはよほどの初心者だけだとは思うし、あまり遵守されているとは言い難い規則なのだが、正直言えばあたしも最初の頃は、高度数百メートルの上空を、手離しで飛ぶのは怖かった。


 針路変更を終えて直進飛行に移ったあたしは、必要なくなった左右の魔法陣を消して、またがった杖を両手でしっかりと握った。


 相変わらず真っ暗な地上と周辺の空を眺める。

 剣と魔法が隆盛を極めるこの時代、地上では重い鎧に身を包んだ騎士や重装歩兵が幅を利かせているが、空はあたしら魔法使いの独壇場だ。


 ふと後ろを振り返ってみた。

 あたしのお尻から50センチほど後ろにある杖の最後尾からは、推進に使われる魔法物質「マナ」の残りカスが、淡い光となって、わずかに尾を引いている。


 言われて見れば、なんとなく箒のように見えなくもない。

 こうしたところから「魔法使いは箒に乗って飛ぶ」という誤解が世間に広まったらしいのだが、清掃用具なんかで飛べる魔法使いがいるなら見てみたい。


 飛行杖というものは、例えばこの「ナイトゴーストR40」にしても、王国軍兵器廠の魔法工房で、聖地ニント山に成育するアカシアから削り出した杖に、呪文を刻んだ希少金属ミスリルのチップを埋め込み、9年の歳月を掛けて月光と風の魔力を溜め込んで製作された逸品なのだ。


 飛行杖に限らず、魔法のアイテムとはそういうものだ。

 だから親戚の子供から、庭先掃除に使う竹箒を渡されて「お姉ちゃん飛んでみて」と期待を込めた目で言われても、それは無理な相談なのだ……。


 あたしは杖の中ほどにくくり付けてある航空用カンテラのシェード(覆い)を少しだけ開けて、中にある計時用のロウソクを眺めた。


 今は作戦飛行中なので、あたしはロウソクの燃え具合を確認するとすぐに、外に光が漏れないようカンテラのシェードを閉じる。

 計時用ロウソクはほぼ4分の3が燃え尽きていて、離陸から3時間以上が経過していることが見て取れた。


 あたし達の家でもあるアップルヤード基地を離陸する際、杖に充填した魔力量は8000マナ、ほぼ「ナイトゴースト」の魔力容量一杯だ。通常の昼間飛行なら、これで約4時間の飛行が可能だが、慣れない夜間飛行のため、おそらく無駄な魔力を消費しているに違いない。


 あたしはもう一度左の魔法陣を呼び出し、魔力残量を確認する。 思った通り、残り魔法力は700マナを切っている。このペースだと、残された飛行時間はあと40分というところか。


 そろそろ明け方も近い。

「目標」も発見出来ないし、一度基地に戻ったほうがいいかもしれない。任務である「目標」の捜索をいったん中断し、アップルヤード基地に帰投して、杖の魔力を再充填、その間少し休憩を取って、必要があれば再出撃……。


 そんなことを考えていたら、不意に頭の中に声が響いた。

『トーラ3よりトーラ2、目標捜索の首尾はどうか?』


 一瞬、きょろきょろと周囲を見回した。

 あたしの顔のすぐ横に四角い小さな魔法陣が浮かび上がり、味方からのテレパス通信(精神感応通信、または単にテレパシーとも呼ぶ)が着信したことを知らせるルーン文字の表示が、ちかちかと明滅していた。


 このテレパス通信は便利だが交信距離に制約があり(送信側受信側双方の魔術師の能力にもよるが)見通しのよい晴天の昼間でだいたい5キロメートル程度だ(夜だともう少し伸びる場合がある)。


 天候の影響も受けやすく、強風の日は届きにくいし、雨だともっと感度が落ちる。雲の中とかだと途端に通じなくなったりするし、間に高山などの障害物があればてきめんに聞こえない。


 従って、こうして通信が入るということは、比較的近距離に味方がいるということだ。


「こちらトーラ2、トーラ3、どこにいるの?」

『ここー、リーザちんの後ろだよ』


 慌てて首をめぐらし後方を確認するあたし。

 迂闊……! 夜とはいえ後ろを取られるとは!


 後方約50メートル。少し白み始めた東の空を背景に、魔法使いを乗せた飛行杖が1騎(魔法使いが乗った飛行杖は、馬にまたがった騎兵に姿が似ているので1騎、2騎という数え方をする)浮かんでいるのが見えた。


 夜が明け始めている今でなければ絶対に発見できない。


『へへー、あたしが戦闘型なら撃墜だったねー、リーザちん』

「トーラ3」の言っている「戦闘型」とは「戦闘型飛行魔法杖」のことだ。文字通り、空中での要撃戦闘や対地攻撃支援に使われる飛行杖で、強力な攻撃魔法が運用できるのが特徴だ。


 なお、あたしらが乗っている「ナイトゴーストR40」は「偵察型」の軍用飛行杖。航続力と速度性能は高いが、戦闘力は皆無だ。そもそも埋め込まれたミスリルチップに攻撃系の呪文が一切刻まれていないのだから、仕方がない。


 飛行魔法杖の能力というものは、その杖に内蔵されたミスリルチップに書かれた呪文の内容によって決まるのだが、この「ナイトゴーストR40」のチップに刻印された呪文は「飛行」「テレパス通信」「緊急用魔法障壁」の3つしかない。


 呪文が3種類だけとは言っても、実際には様々な飛行機動などを行うため、かなり長文の複雑な呪文プログラムが、微細なルーン文字で刻印されている。しかしそこには、戦闘型飛行杖のような「ファイアーボール」や「マジックミサイル」といった攻撃系呪文は含まれていない。


 従って、この杖では攻撃系魔法は使えない。あくまで「偵察型」なのだ。

 だからこの「ナイトゴースト」が「戦闘型」に勝っているところといえば、敵地奥深く侵入するための長距離飛行能力と、敵に捕捉されにくくするための速度性能ということになる。


 後方からゆっくりと「トーラ3」が近づいてきた。

 こちらと同型の「ナイトゴーストR40」。


 この杖の全長は180センチと、飛行杖としては小振りだからわかりやすい。それでも地上の魔術師達が使う一般的な魔法の杖に比べたら、結構な長さなんだけど……。


「お疲れ、リーザちん」

 やがてすぐ横に並んだ「トーラ3」が、テレパス通信ではなく直接の声で語りかけてきた。


「お疲れ、ミランダ」

 あたしも親友に対して微笑みを返す。


「トーラ3」ことミランダは、あたしと同じ王国軍第3魔導航空団偵察飛行隊に所属する飛行魔術師だ。男社会の軍隊で、数少ない女同士仲がいいわけなのだが、どういうわけかこいつは親しい人間のことを「ちん」付けで呼ぶ。


 まあミランダが人をそう呼ぶのは、ある意味親しさの証明みたいなものなので、別にいいんだけど……。


「リーザちん『目標』は見つかった?」

「ううん、全然。そっちは?」

「なーんも。これからどうする?」

「いったん基地に戻ろうかと思うの。魔力の残量も心もとないし……」

「そうだねー、夜間の非常呼集で疲れたしねー、お風呂入りたいなあ……」


 次第に空が明るさを増してきて、隣を並んで飛ぶミランダの三つ編みにした金髪が、風に揺れているのがよくわかった。あたしも金髪がよかったなあ、などと意味のないことを考えながら、自分の赤毛をちょっとつまんでみる。


 これでも普段はストレートのロングにしているのだが、飛ぶときだけは後ろで縛ってポニテにしている。ストレートのままだと風になびいて邪魔だからね。


 空が明るくなったおかげで、地上がぼんやりと見えてきた。

 普段、あたし達が昼間飛行するときには地文航法……即ち、地上の目標物を目視して、自分の位置を確認しながら飛ぶ。だが地上が見えない夜間飛行だとこれが出来ない。


 やむを得ず、離陸してからどっちの方向に、どれくらいの速度で、どれだけ飛んだかを計算して、自分の位置を割り出す推測航法を行うのだが……はっきり言って誤差がひどい。


 今、眼下に見え始めた地上の風景も、あたしが推測していた位置からは数キロもずれていた。


「あちゃ~、当たらないねえ、推測……」

 ミランダもげんなりした表情でぼやく。


 ここら辺は国境線が微妙に入り組んでいる地域でもある。うっかり自分の位置を見失って、境界を飛び越えでもしたらえらいことなのだ。


 あたし達の進行方向右手には「ヴィラード鉱山」と呼ばれる、我が国最大級の鉱山の巨大な採掘口が見えている。露天掘りにより生じた幅1キロの大規模クレーターは、上空からは格好のランドマークになる。


 あれがあの位置に見えるということは、予想よりも相当西に流されたということだ。国境線こそ踏み越えてはいないが、一歩間違うと結構ヤバかった。


 同じように出撃中の他の味方は大丈夫だろうか……。


 その鉱山の上空に何かが飛んでいるのが見えた。


 一瞬「目標か!?」と思ったが、すぐにそれとは違うことがわかった。

 細長い棒状の物体に人がまたがったシルエット……味方の飛行杖だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ