2.戦闘空中哨戒(CAP)
今度は「ナイトゴースト」の同型ではない。見た感じ、あの杖はもっと長い。乗っている人物との対比でわかるが、おそらくあれは5メートル近くはある。
「杖」と名がついてはいても、地上で持ち歩くことは難しいだろう。
我が軍の要撃戦闘型飛行杖「バルチャーF2」に違いなかった。
鉱山上空で戦闘空中哨戒でもしているのだろうか。
すぐに相手からテレパス通信が届いた。
『ダート2よりルートE27を南下中の友軍へ、所属知らせ』
「ダート2」というそのコールサインは、あたしも知っているものだった。
「トーラ2よりダート2へ、お疲れアイワス、あんたも駆り出されたの?」
相手は同じ第3魔導航空団隷下の第1戦闘飛行隊、通称「ダート・フライト」の飛行魔術師アイワス・エドワーズだ。顔だけ見ればそこそこいい男なので目の保養になるが、言うこととやることがそこらのバカ男どもと一緒なので、その辺が少々残念な奴だ。
『トーラ2、今そっちへ行く』
言うなりアイワスの「バルチャーF2」が、バンクを大きく取り、旋回してこっちへ近づいてくる。
空飛ぶ魔法使いってかっこいいなー、とその姿を見てなんとなく思った。
いや、別にアイワスがかっこいいわけじゃなくてね……まあ、顔だけはいいんだけど。
「よう、偵察飛行隊のきれいどころ2人が、仲よく朝のお散歩か?」
すぐにあたし達に並んだアイワスは、直接会話で話しかけてきた。
どうでもいいけど、セリフがいまいち決まってないなー、こいつ。
「ねー、リーザちん、きれいどころだってー!」
片手を頬に当てて、ナイトゴーストの上で嬉しそうに体をくねらすミランダ。おまえも、こんなのでデレるなよ……。
「で、あんたはここで何してんの? 鉱山の空中哨戒?」
アイワスの冷やかしまじりのセリフを無視して、あたしは尋ねた。
「ああ、例の『目標』が、鉱山内にでも入り込んだら一大事だ。ま、俺らに見つかれば、あんなのは即撃破だけどな」
アイワスは右手の親指をビッと立ててサムズアップを決め、片目をつぶって見せた。
なんか無駄に仕草がキザなんだよな、こいつ。
だがアイワスの言うとおり、このヴィラード鉱山は、現在我が国の隣に位置する大国、ライティア魔法帝国との間で、その帰属をめぐって一触即発の状態にある。
もともとこのヴィラード鉱山は、我が国が独自に探査、開発したもので、普通に考えれば当然我が国に所有権がある。
ライティアとの国境線に近いとはいえ、明らかにこっち側だし。
実際、鉱山が開かれた当初は 何も揉め事はなかった。
しかし1年前、坑内から鉄鉱石と銅だけでなく、少量ながら希少金属であるミスリルが産出することがわかると、ライティア魔法帝国側は、現在の国境線の正当性に異議を唱える形で、ヴィラード鉱山の領有権を主張し出した。
高度な魔法技術で軍事力を肥大化させ「魔法帝国」を名乗るライティア側にしてみれば、魔法アイテムを作るのに必要なミスリルの鉱脈は、喉から手が出るほど欲しいのだろう。
しかし、だからと言って我が国が「はいそうですか」と鉱山の権利を譲ってやるいわれはない。確かに相手は強大な魔法軍事大国、もし本気で戦争になったら、我が国のような小国にとっては相当厳しい戦いを覚悟しなくてはならないかもしれない。
だが、だからこそ、この北の国境地帯を守る我々第3魔導航空団の使命は重要なのである。
そして言うまでもなく、例の「目標」が、この鉱山を狙っているかもしれないとうのは、大いに有り得る話だ。アイワス達戦闘飛行隊が出張ってきているのも十分うなずける。
「で、おまえらどうなんだ、『目標』は捕捉出来たのか?」
アイワスが尋ねる。
「いや、それが全然。なんせ闇夜の捜索飛行なんて、何も見えないしもう……」
あたしは溜め息をつきながら答えた。
「そうだろうなあ……まあ、夜は敵さんも飛びにくいだろうから、どこか地上に降りて隠れてる可能性もあるし……日が昇ったこれからが勝負だな」
「そうだよね……」
これからが本番か……ていうか、あたしゃもう疲れたよ。
夜の闇にまぎれて地上のどこかで息を潜めていたドラゴンが、夜明けと共に動き出す……可能性は高いが、あんまり考えたくない。
「おまえら、これからどうするんだ?」
「一度基地に戻って補給を受けるよ、出ずっぱりで少し疲れたし」
「そっか、大変だな、あんまり無理すんなよ」
「うん、ありがと」
「んじゃ、俺、仕事に戻るわ」
片手を挙げて「バルチャーF2」の杖先をめぐらすアイワス。
黒鉄色の長大な飛行杖にまたがった彼の姿が、どういうわけか少し頼もしく見えた。
逆立てた金髪、ダークグレーのフライト用ローブが風になびく。背負った大型のバスタードソードがいかにも強そう。
やっぱり飛行魔術師って、ちょっとかっこいい。
いや、アイワスが、じゃなくてね。
あくまで飛行魔術師全般の話ね。
再び鉱山上空の空中哨戒に戻ったアイワスと別れて、あたしとミランダはアップルヤード基地へ帰還するルートを飛行していた。
空は一面の曇天で、夜明け前には晴れていた東の空も、今は厚く雲に覆われている。
航空用カンテラの計時ロウソクを見る限り、今は朝の6時前頃だろうか。
基地の朝ごはんには余裕で間に合いそうだ。
さっきから地表が少し見えにくい。
徐々に雲が低く垂れ込めてきて、視界がややガスってきている。
現在高度は約1000メートル、もう少し低く飛んだほうがいいだろうか……。
あたしは並んで飛ぶミランダに手信号で合図して、ゆっくりと高度を下げた。
高度600まで降りると、視界は完全にクリアになった。
さっきまでより地表の景色が大きく見える。
「それにしても、どこ行っちゃったのかねえ~、『目標』のドラゴンちんは……」
ミランダはドラゴンまで「ちん」付けで呼ぶ。
「ねえリーザちん、真っ赤なドラゴンちんなんて、昼間ならどこにいても目立つよねえ? そりゃ夜はいくらなんでも見つからなくて当たり前だけどさ……」
ミランダの言う通り、あたし達の捜している「目標」とは「ドラゴン」のことだ。
「ドラゴン」と言っても、伝説に出てくるような巨大な力を持った悪竜などではない。この場合の「ドラゴン」とは、すぐ北で国境を接する大国、ライティア魔法帝国の竜騎士が操る「スカイドレイク」と呼ばれる翼竜種のことだ。
ライティアの竜騎士、これこそ我が第3魔導航空団が国境線を挟んで対峙している仮想敵そのものである。
実際に戦争状態に入っているわけではないし、直接の交戦こそまだないが、複雑に入り組んだ国境線や、ヴィラード鉱山の帰属問題などで、我がガンダリア王国とライティア魔法帝国は常に緊張関係にある。
もし有事ともなれば、真っ先に衝突することになるのが王国最北端の軍事要衝であるアップルヤード基地に駐屯する我が第3魔導航空団と、このライティアの竜騎士団なのだ。
彼ら竜騎士団の操る「スカイドレイク」とは、体長15メートルほどの、翼を持った竜型の生き物で、ライティア領内北部の山岳地帯に生息する古代生物の生き残りだとされている。
緋色の硬いうろこに覆われた頑丈な体を持ち、炎のブレス(吐息)を吐き、飛行能力は我が軍の飛行杖に匹敵するとも言われている。
この生物に騎乗して飛行する彼らライティアの竜騎士は、我々ガンダリアの飛行魔術師にとって直接的な脅威なのだ。
そして昨夜のこと。
国境にある我が軍の監視所のひとつから、烽火信号による緊急連絡があった。
『目的不明の竜騎士1騎、我が国の領空を侵犯の疑いあり』
烽火を確認したアップルヤード基地は直ちに警戒態勢に入り、深夜なので寝ていたあたし達は「非常呼集――!」の声で叩き起こされた。
正直、迷惑な話だと思ったけど、仕事じゃしょうがない。
あたし達は寝ぼけ眼のままアラート待機を命ぜられ、ミランダと一緒に基地の指揮所の隣にある待機所で、半分居眠りしながらフライト用ローブを着込み、椅子に座り込んでテーブルに突っ伏しながら「竜って夜飛べるの?」「空飛ぶ生き物なら鳥目じゃない?」(我が国では「スカイドレイク」の詳しい生態についてほとんどわかっていない)などとダルそうに呟きあって、上官である偵察飛行隊のハドソン隊長に怒鳴られたりした。
やがて国境監視所からの早馬が到着し、詳細な事実を伝えてきた。
それによると、
① 深夜、日付が変わる頃の刻限に、大型の飛行生物らしきもの一体が、ライティア側から国境線を飛び越え、我が国の領域に入ったのが、国境監視所の見張員により目撃された。
② 大きさ等からして、夜行性の鳥などとは考えにくいが、何ぶん闇夜のことであり、当該生物の詳細な形態等は不明。
③ 目撃された生物の大きさ、ライティア側から飛来したこと等を勘案すると、ライティア軍の竜騎士が夜陰に乗じて王国の領内に侵入した可能性がある。
④ 監視所では当該生物の国境通過を目視したのみで、その後の移動経路、目的地等は一切不明である。
――と、いうことらしい。
これが昼間なら、アイワス達の所属する戦闘飛行隊が緊急出動して迎撃するか、強制着陸させて拿捕するといった処置が取られるところだが、夜だとそうも行かない。
さっきも言ったように、地上の見えない夜間は飛行に困難をきたすし、事故も多い。下手をすれば自分の位置を見失った味方が、逆にライティア側の領空を侵犯するようなことも起こり得る。
それに何より、竜騎士らしきもの(?)を捜すことが難しい。
何しろ夜なのだ。
ライティアの竜騎士が何か光る目印(シェードのない剥き出しのカンテラとか)でも付けていてくれるのならともかく、そんなことは有り得ない。昼間なら目立つ「スカイドレイク」の緋色の体色も、夜間では見えるはずもない。
相手が飛行していようが、地上に降りていようが、闇夜にカラスを探すのと同じことで、これはまず見つけられない。
あたしら飛行魔術師の間では「暗夜の空中戦は互いに相手を発見できないので成立しない」というのは常識なのだ。
それに、地面をよく調べようとして地表すれすれに飛べば、暗闇の中、山肌や高い木などに激突する危険も増す。
そうであるにもかかわらず、半時もした頃、あたしら偵察飛行隊に出撃命令が下ったのは、次のような理由による。
――曰く、
① これが本当にライティア軍の竜騎士ならば、朝まで放置しておけない。夜明け以前になんらかの破壊活動等を起こす可能性がある。
② 国境の監視所で確認された敵影は1騎のみだが、本当に1騎だけとは限らない。闇夜のことなので、他の敵影を見逃している可能性がある。もし多数の竜騎士部隊が侵入していた場合、ますます放ってはおけない。
③ もし敵がヴィラード鉱山、または周辺の町や村等に対し、なんらかの破壊活動を行った場合「炎のブレスを吐く」「普通に火を放つ」等して、その痕跡が空から視認できる可能性がある。
④ いかに夜とはいえ、鉱山や町村の上空で可能な限り低空を飛び、必要に応じて着地すれば、異常の有無ぐらいは確認できる。
⑤ 偵察型の飛行杖は戦闘型などに比べて航続距離も長く、夜間に迷っても帰って来られる可能性が比較的高い(魔法力切れで墜落、または不時着などする危険が比較的少ない)。
⑥ 以上のことから、偵察飛行隊は直ちに夜間の偵察飛行を実施し、情報収集に当たれ。山火事、正体不明の発光現象などなんでも いい、常と異なることがあったら速やかに報告せよ。
――こういう命令を基地の指揮所から受け取ったあたし達偵察飛行隊は、ハドソン隊長の指示で待機所のすぐ前、屋外の離着陸スポットに出た。




