3話「物語」side高月
「なあ、伊原ってどういう話書いてんの」
「……現代もの」
「現代かあ。内容はミステリーとか?」
「どっちかっていうとヒューマンドラマ。不思議さもある」
「へえ」
昼休みの学生食堂にて。俺と伊原は向かい合って飯を食っていた。目の前にあるのは好物の天津飯。伊原の前にはあんかけ焼きそばがある。……あんで揃えたつもりはないけど、気づけばこうなっていた。
普段この時間は箕面たちと一緒に昼食をとっていたから、伊原と一対一でいる状況が新鮮に感じられる。
何より、あの伊原と自然に会話が続いていることに、今少し感動している。
まさかこんな時間がやってくるとは……。
伊原を学食に誘ったのは、彼が書いているという「小説」が気になっていたから。こうでもしないと詳しく尋ねる機会が巡ってこないだろうし、声をかけずにはいられなかった。
小説については本人が隠していることだから、俺は箕面からの誘いを断って伊原を優先した。……すまん箕面。
作品について興味を持って質問すると、気を許し始めたのか、伊原はわりと素直に答えてくれる。その反応が少しくすぐったい。
「なあ、あとで見せてくれよ」
「っ……」
俺の言葉に伊原は箸の動きを止める。
そして迷っているのか、視線をあちこちに彷徨わせたあと、小さくうなずいた。
「まあ、いいけど」
恥ずかしそうに、だけどうっすら笑みを浮かべている伊原。自分の創作に興味を持ってもらえたのが、よほど嬉しいと見た。
そんなこいつの様子に、俺はなぜかドキドキしてしまった。
■
『主人公はセンヤという男』
『センヤには自分の死を予知できる特殊能力があった』
『ただし、死亡する10分前にならないと予知できない』
『例えば即死するような事故なら回避できるが、10分前の時点ですでに病気などによる死が避けられない状態なら、予知しても役に立たない』
『そんなセンヤはあるとき、バス事故で命を落とす未来を予知した』
『しかし、すでにバスに乗っていて、どうしようもない』
『パニックに陥るセンヤに、隣に座る男が「顔色が悪いけど大丈夫ですか?」と声をかけてきた』
『センヤはダメ元で「これから起こる出来事」を男に話す……もちろん変な顔をされる』
『やがてバスの走行に異変が。覚悟を決めるセンヤの隣で男が立ち上がり、運転席へ駆け寄る』
『運転手の体調の急変を察したその男は、代わりにハンドルを握る』
『まもなく意識を失った運転手の真横で、バスのコントロールを失わないよう運転を続ける男』
『……こうして路肩への安全な停車が実現した。センヤはこの男に命を救われた』
『センヤはその男にお礼を言いたい。しかし、ほどなくして警察や救急隊などが駆けつけ、タイミングを逃してしまう』
『センヤは、「助けてくれたこと」はもちろん、「自分の言葉を信じてくれたこと」にも感謝を伝えたいのだ』
『やがてセンヤは男と再会する……』
『しかし、その男は後にバイク事故によって記憶喪失になっていた』
『そんな彼の記憶を取り戻し、あのときの感謝を伝えるためにセンヤは奮闘する』
■
「へえ、すげーいいじゃん! 泣ける」
「大きな声出さないでもらえる?」
「これって導入? すごく続きが気になる」
「物語の前半って感じかな。短編を予定してるし」
興奮のあまり、束ねたルーズリーフを握る手に思わず力が入ってしまった。そんな俺に、伊原は「くしゃくしゃにしないで」と釘を刺してくる。
その日の放課後、俺はみんなが先に帰るのを見送ったあと、教室に残っている伊原の席へ足を運んだ。
伊原は日直として、自席で日誌を書いていた。いつ見てもなんか書いているなあ、こいつ。
ちなみに、もうひとりの日直担当は体調不良で早退していたため、午後は伊原が一人で号令などをこなすことになった。
そんな彼をねぎらおうと、いつもの調子で声をかけた。
「お疲れー」
「……なんでいるの、暇なの?」
いや、ずっといたよ。気づけよ。
相も変わらず、第一声は可愛げのない言葉ばかりだな。
「な、小説見せろよ。約束だったろ」
「覚えてたんだ……」
ちょうどこのタイミングで日誌を書き終えたらしく、伊原は渋々といった様子でゆっくりペンを置いた。
伊原は、はっきり言ってコミュ障寄りの人間……だそうだ。
誰に対してもガードが固く、愛想がないことはクラスのみんなも知っている。だから周囲も積極的には関わろうとしない。また伊原自身もそれを肌で感じているのか、クラスに馴染もうとはしないらしい。
『伊原はそういうやつだから』
そんな認識がクラス全体に浸透していたのだ。……認識というか、諦めというか。
……だけど俺は鈍感だったんだ。
伊原がそんな態度を取っているとか、みんなにどう思われているとか、そういう話はほとんど箕面から聞かされたものだ。
確かに警戒心が強えな、とか無愛想だなとかは思ったけど、その周囲の空気みたいなものまでは感じ取れなかった。
俺がこんなんだから、椅子事件で伊原に噛みついちまったのかもな。
だって、みんなが考えている「伊原とまともに取り合ってもムダ」という前提が、俺にはないんだから。
……というか、現に伊原とはこうして交流できているし、小説も見せてくれるしで、「まともに取り合ってもムダ」なんてことはないのだが。少なくとも俺はそう思った。
それにしても、この小説の続きが気になる。
「なあ、これってハッピーエンドの予定?」
ルーズリーフを伊原に手渡しながら聞いてみた。
「正直、ちょっとわからない。メリバも含めて考え中」
「めりば?」
「ああ、ええとメリバっていうのは……」
初めて聞いた単語について尋ねると、丁寧に説明してくれる伊原。俺はふむふむとうなずきながら耳を傾ける。……あれ、これって結構常識だったりする?
「なるほどなあ。まあ、何にせよ楽しみに待ってるわ」
素直にそう伝えて、伊原の前の席を陣取っていた俺は立ち上がった。彼も机の上を片付けて席を立つ。
二人揃って廊下に出た。伊原は教室の鍵を閉めると、俺の斜め後ろをついてくるように歩き始めた。横に並んでもいいのに。
西日が窓から差し込んでいて、そのまぶしさに俺は一瞬目を細める。こんな時間まで学校に残ることはあまりなかったから、その光がやけに新鮮だ。
「あのさ」
「ん?」
伊原の声に俺は振り返る。
「遅くまで、なんか、ありがと」
尻すぼみになる声だったけど、感謝の言葉はちゃんと聞こえた。俺は思わず笑ってしまった。
「はは、いーよ。俺が小説見たいって頼んだんだし。こっちこそサンキューな」
そう言うと、伊原もつられて笑みを浮かべる。と同時に、そっぽを向いてしまった。
いっつも恥ずかしそうに笑うなあ、お前。
「……俺は自転車で学校来てるけどさ、一緒に途中まで歩いて帰らねえ?」
こいつと少しでも長く一緒にいたい。水面下にあった欲望に突き動かされて、ついそんな提案をしてしまった。
「おーい、高月ぃ〜」
窓の向こうに見えるグラウンドから、俺を呼ぶ声がした。
開いている窓から顔を出し、下のほうへ目をやると、体操着姿の箕面がいた。走ってきたばかりなのか、少し息が上がっている。ちなみに箕面は陸上部だ。
「箕面ー? お前何してんの」
腕を上げて居場所を知らせる箕面に、俺は大きめの声を返した。
「そっから教室近いだろー? 俺んとこのロッカーにあるタオル持ってきてくれよー」
なんか突然ミッションが始まってしまった。まあ、鍵を持っている伊原はすぐそばにいるし、戻るとするか。
いつもならこういうの面倒だなあと思うけど、今はそんな気持ちが湧いてこない。不思議と。
「伊原、すまんが一緒に教室戻るか」
「体よく使われてるね、あんた」
「使われてない、信頼されてるんだ」
そんな意地の悪い伊原のコメントに、すかさず突っ込む。笑顔こそないものの、彼の表情は依然として柔らかかった。
教室に戻るのが面倒に思えなかったのは、伊原と一緒に行動できる時間がすこーしだけ増えたからなのだろう。
そんな気がしている。




