第六話 母の台所
母の台所には、いつも濡れた布巾があった。
流しの横に、きちんと四つ折りにされて置かれている。薄い水色の布巾だった。私が小学生のころから、母は同じような布巾ばかり買っていた。
水色、白、淡い黄色。どれも主張しない色で、汚れがつくとすぐにわかる色だった。
母は汚れに敏感な人だった。
醤油のしずく。味噌汁の跳ね。炊飯器からこぼれた米粒。父が落とした煙草の灰。私がこぼした麦茶。
そういうものを見つけると、母はすぐに布巾を取った。
拭く。洗う。絞る。畳む。また置く。
その動作には、ほとんど考える隙がなかった。母の手は、汚れを見つける前から、もう布巾を探しているようだった。
小さいころ、私はその手が好きだった。
夕方、学校から帰ると、台所から包丁の音がした。玄関で靴を脱ぐ前に、その音を聞くと安心した。
母が何かを切っている。今日も夕食がある。味噌汁があり、ご飯があり、テレビがつき、父が帰ってくる。
台所の窓は西向きで、夏の夕方になると、斜めに差し込む光で流しが白く光った。母はその光の中に立っていた。エプロンの紐を腰の後ろで結び、髪をひとつにまとめ、少し前かがみになって野菜を切る。
その背中を、私はよく食卓から見ていた。
「手、洗った?」
母は振り返らずに言う。
「洗った」
「本当に?」
「洗った」
「石鹸で?」
「石鹸で」
「ならいいけど」
そのころの、ならいいけどは、まだ尖っていなかった。
私にとって母の「ならいいけど」は、家の中の小さな確認だった。鍵を閉めたか、宿題をしたか、体操着を洗濯に出したか。母は何度も確かめる。私は少し面倒そうに答える。
けれど、その繰り返しの中で、家というものはなんとか形を保っていた。
父は帰りが遅い人だった。遅いだけなら、まだよかった。
帰ってくる日と、帰ってこない日があった。飲み会、残業、出張、急な仕事? 理由はいくつもあった。母はそれを責めなかった。少なくとも、私の前では。
夕食の時間になると、母は父の分の皿を食卓に並べる。焼き魚なら、父の分だけ少し大きい切り身。煮物なら、父の小鉢には里芋が多めに入っている。
母はそういう小さな配分を大切にしている人だった。
「お父さん、今日帰る?」
聞くと、母は鍋の火を弱めながら言った。
「帰るんじゃない」
「何時?」
「知らない」
「電話した?」
「忙しいんでしょう」
その言葉は、父をかばっているようにも、諦めているようにも聞こえた。私にはまだ、どちらなのかわからなかった。ただ、父の皿が食卓にあるあいだは、父はまだ帰ってくるのだと思えた。
父の皿にラップがかけられる。午後九時を過ぎると、母はそれを冷蔵庫に入れる。十時を過ぎると、台所の電気だけをつけたまま、居間のテレビを消す。十一時を過ぎると、父の箸を洗う。
使われなかった箸を洗うことが必要なのか、私にはわからなかった。けれど母は必ず洗った。水で濡らし、スポンジで軽くこすり、箸立てに戻す。
使われなかったものまで洗う。そのことが、子どもの私には不思議だった。
ある夜、聞いた。
「使ってないのに、洗うの?」
母は箸を拭きながら、少しだけ手を止めた。
「置いておいたから」
「でも、使ってないよ」
「食卓に置いたでしょう」
「置いただけでも汚れるの?」
母は答えなかった。
箸を拭く白い布が、母の手の中で細く動いていた。しばらくして、母は言った。
「置いたものは、片づけるの」
それは答えになっているようで、なっていなかった。
けれど私は、それ以上聞かなかった。母の声がいつもより少し低かったからだ。
台所には、聞いていいことと、聞いてはいけないことがあった。
父の帰りの時間は聞いてもいい。
父がなぜ帰らないのかは、あまり聞いてはいけない。
味噌汁の具は聞いてもいい。
母が流しの前で黙っている理由は、聞いてはいけない。
台所は、母の場所だった。
そして母の場所には、母の沈黙がたくさんしまわれていた。
私が中学生になるころ、父と母の会話はさらに減っていた。
父が帰ってくる日は、むしろ家の中が静かになった。玄関の鍵が開く音がすると、母はすぐに台所へ立つ。温め直した味噌汁を椀によそい、冷蔵庫から父の皿を出す。父はネクタイをゆるめながら食卓に座る。
「遅かったね」
私が言うと、父は笑った。
「仕事だからな」
「毎日忙しいの?」
「毎日」
軽く答えれば、軽いことになると思っているような声だった。
母は何も言わず、父の前に皿を置いた。
「これ、温めた?」
父が聞く。
「温めた」
「ちょっと冷めてる」
「もう一回温める?」
「いや、いい」
そう言って、父は食べ始める。
私は食卓の隅で宿題をしているふりをしながら、ふたりの声を聞いていた。父の声も、母の声も、大きくはならない。怒鳴るわけでもない。皿が割れることも、椅子が倒れることもない。
ただ、食卓の上に見えない薄い膜が張られている。
箸が皿に触れる音だけが、そこに穴を開ける。
母は父が食べ終わるまで、台所のどこかを拭いていた。
流し。調理台。ガスコンロ。冷蔵庫の取っ手。食器棚のガラス。
父はそれを見て、ある夜、少し笑った。
「そんなに拭いたら、台所がなくなるぞ」
母の手が止まった。
私は鉛筆を握ったまま、ノートを見ていた。数式の途中で、指が固まっている。
「なくなるわけないでしょう」
母は言った。
声は普通だった。
「冗談だよ」
「面白くない」
「疲れてるんだよ」
「私も疲れてる」
そのあと、少しの沈黙があった。
父は味噌汁を飲み干し、椀を置いた。
「そういう言い方、やめろよ」
「どんな言い方」
「責めてるみたいな」
「責めてないわよ」
「責めてるだろ」
「責められるようなこと、してるの?」
母の声が、そこでほんの少しだけ変わった。
私は顔を上げられなかった。
ノートの上の数字が、意味を持たない線に見えた。父と母の声は大きくない。けれど、その静けさの中に、何か硬いものが落ちていく音がした。
父はしばらく黙っていた。
「透子の前でする話じゃない」
父が言った。
母は笑った。短く、乾いた笑いだった。
「そうね。透子の前でする話じゃないわね」
それで終わった。
その夜、母は食器をいつもより長く洗った。水の音が、私の部屋まで聞こえてきた。父は居間でテレビをつけたが、音量は小さかった。
私は机の前に座り、宿題の続きをした。さっき止まった数式の答えは、もうわからなくなっていた。
翌朝、食卓にはいつも通り朝食が並んでいた。
焼いた食パン。目玉焼き。サラダ。
父のコーヒー。母の紅茶。私の牛乳。
何もなかったように。それが、一番怖かった。
原因はわからないけれど、喧嘩をしたなら翌朝は何かが違っているはずだった。誰かが謝るとか、泣いた目をしているとか、皿が一枚少ないとか。
けれど台所は、昨日と同じ顔をしていた。布巾は四つ折りにされ、流しは乾き、食器棚のガラスは曇りひとつない。
私は、母が台所を綺麗にする理由が少しわかった気がした。
綺麗な場所では、何も起きていないことにできる。
拭き取れば、言葉は残らない。洗えば、夜は流れる。畳めば、乱れは整う。
母はそうやって、家を保っていたのかもしれない。あるいは、家が壊れていることを、見ないようにしていたのかもしれない。
どちらにしても、私には苦しかった。
高校に入ってからは、台所に長くいられなくなった。
母とふたりきりになると、流しの水音が耳についた。包丁の音も、冷蔵庫のモーター音も、換気扇の低い唸りも、全部が何かを隠しているように聞こえた。
「今日、学校どうだった?」
母が聞く。
「普通」
「普通って何」
「普通」
「ちゃんとやってるの?」
「やってる」
「ならいいけど」
そのころにはもう、母の「ならいいけど」は尖っていた。心配の形をしているのに、触れると小さく切れる。
母はたぶん、私を傷つけようとしていたわけではない。むしろ傷つけないように言葉を選んでいたのだと思う。
だから余計に、どこを責めればいいのかわからなかった。
父が家を出る少し前、母は新しい包丁を買った。
柄の黒い、よく切れる包丁らしかった。古い包丁は研いでもすぐ切れ味が悪くなる、と母は言った。父はそれを聞いて、新聞を読みながら「包丁なんて何でも同じだろ」と言った。
母は何も言わなかった。
その夜の夕食は、肉じゃがだった。
じゃがいもは角が崩れず、にんじんは同じ大きさに切られていた。玉ねぎは透き通っていて、牛肉は硬くなりすぎていない。
母の料理はいつもきちんとしていた。味が濃すぎることも薄すぎることもない。誰かが来ても恥ずかしくない食卓。写真に撮れば、普通の家族に見える食卓。
父は肉じゃがを食べながら、「ちょっと甘いな」と言った。
母は箸を止めなかった。
「そう」
「前の方がよかった」
「そう」
「怒るなよ」
「怒ってない」
私は味噌汁の椀を持ったまま、母の横顔を見た。
母は本当に怒っていない顔をしていた。
怒りを顔に出さないことに慣れすぎて、もう怒っているのかどうか自分でもわからない人の顔だった。
そのとき、ふと思った。
母はいつから、怒らない人になったのだろう。
小さいころの母は、もっとよく笑っていた気がする。怒るときも、もっとわかりやすかった。宿題をしなかった私を叱り、食べ物をこぼすと眉をひそめ、父が買ってきた甘い菓子を見て「またそんなもの買って」と笑いながら怒った。
いつの間にか、母の感情は台所の奥へしまわれてしまった。
引き出しの中。鍋の蓋の裏。冷蔵庫の奥。四つ折りの布巾の中。
しまわれたものは、なくなったわけではない。けれど、出し方がわからなくなる。
父が家を出たあと、母の台所はますます綺麗になった。
調味料の瓶は背の順に並び、フライパンは大きさごとに重ねられ、食器棚の中の皿は色ごとに分けられた。冷蔵庫の中には、ラベルを貼った保存容器が並んだ。
煮物。ひじき。きんぴらごぼう。浅漬け。切っただけの野菜。
父の分を作らなくなったのに、母は以前より多く作り置きをした。
「こんなに食べないよ」
私が言うと、母は容器に日付を書きながら答えた。
「あると便利だから」
「誰が食べるの」
「あなた」
「こんなに?」
「食べればいいでしょう」
母の声には、少し苛立ちが混じっていた。
私は黙った。
食べればいいでしょう。
それはたぶん、料理だけの話ではなかった。
用意されたものを、黙って受け取ればいい。母がなんとか形にした生活を、疑わずに食べればいい。父がいないことも、説明がないことも、消えていく物も、全部。
冷蔵庫の白い扉を見た。白いものは、何かを隠すのに向いている。
母は私のピアスについて、一度も正面から言わなかった。
最初の穴に気づいた朝も、二つ目を開けたときも、母は少し目を止めるだけだった。学校から何か言われないの、とは聞いた。膿んだりしないの、とも聞いた。
けれど、どうして開けたの、とは聞かなかった。
そのことに、私は何度も傷ついた。何度も。
聞かれたら答えられなかったくせに、聞かれないことが苦しかった。
ある夜、台所で母の背中に向かって言った。
「ピアス、嫌じゃないの」
母は皿を洗っていた。水の音が少しだけ弱くなる。
「何?」
「私のピアス」
「別に」
「別に?」
「あなたの耳でしょう」
母はそう言った。
その言葉だけを取り出せば、理解のある母親のようだった。
あなたの耳でしょう。あなたの自由でしょう。あなたが決めればいいでしょう。
けれど、母の声には何も乗っていなかった。怒りも、心配も、関心も。
少なくとも、私にはそう聞こえた。
「ふうん」そう言って、終わった。
母は皿を洗い続けた。
その背中を見ながら、自分の耳が本当に自分のものなのか、わからなくなった。
自分の耳なら、なぜこんなに母に見てほしいのだろう。
自分の耳なら、なぜ母に何も言われないことで、こんなに冷えるのだろう。
母は食器を洗い終えると、濡れた布巾で調理台を拭いた。拭く必要のない場所まで、何度も拭いた。
その手を見ていた。
母は、触れてほしいものには触れない。触れなくていいものばかり、何度も触る。
そう思った。
思った瞬間、自分も同じだと気づいた。
耳に触れる。穴に触れる。腫れに触れる。ピアスのキャッチに触れる。
そうやって、本当に触れたいものから指を逸らしている。父がなぜ帰ってこなかったのか。母が何を知っているのか。自分が何を失ったのか。
そういうものには触れられない。
台所の蛍光灯が、少しだけ瞬いた。
「透子」
小さく低い声で、母が言った。
「何」
「明日、燃えるゴミの日だから、部屋のゴミ出しておいて」
「うん」
「あと、食べ終わった食器は水につけて」
「うん」
「それから、夜更かししないで」
「うん」
その頃の母との会話は、もう生活の指示ばかりだった。
ゴミを出す。食器を水につける。夜更かししない。
手を洗う。鍵を閉める。遅れない。ちゃんと食べる。
そのどれもが、私を生かすための言葉だったのだと思う。今なら、少しだけわかる。
母はたぶん、それ以外の言葉を知らなかった。
悲しいね、とも、苦しいね、とも、私もわからない、とも言えなかった。言えないかわりに、食器を洗い、味噌汁を作り、布巾を畳んだ。
でも、そのときの私には、わからなかった。
わからないから、傷ついた。
そして、わからないまま、大人になった。
大人になってからも、母の電話の向こうにはいつも台所の音があった。
水の流れる音。電子レンジの終了音。食器が重なる音。冷蔵庫を閉める音。
母は今でも、台所から電話をかけてくる。
言葉は少しずつ変わっても、奥にある音は変わらない。母は今も、流しの横に布巾を置いているのだろう。食器棚のガラスを拭き、冷蔵庫の中身を整理し、使わなかった箸まで洗っているのだろう。
それを想像できる。想像できることが、苦しい。
母は何もしてくれなかったわけではない。
母はたくさんのことをしていた。
けれど、私が本当に見てほしかった場所だけは、いつも綺麗に避けて通った。
それは、責められることなのか、今でもわからない。
母も、誰にも見てもらえなかった人なのかもしれない。父を待つ夜に、使われなかった箸を洗いながら、台所の白い明かりの下で、母もどこかに穴を開けたかったのかもしれない。
けれど母は、自分の身体に穴を開けるかわりに、台所を磨いた。
私は耳に穴を開けた。
それだけの違いだったのかもしれない。
けれど、その違いは大きかった。
母の台所は、今も私の中にある。
白い流し。水色の布巾。西日の差す窓。使われなかった箸。冷蔵庫の保存容器。
父の皿にかけられたラップ。何度も磨かれた食器棚の上。灰皿の形に残っていた埃。
そして、母の背中。
その背中に向かって、私は一度も言えなかった。
【お母さん、こっちを見て。私を見て。】
そう言えなかったかわりに、耳に穴を開けた。
小さな白い石を通して、何度も何度も触れた。
母は気づいていた。たぶん、気づいていた。
それでも母は、布巾を洗い、絞り、四つ折りにして、流しの横へ置いた。
その整った布巾の形を、私は今でも憎みきれない。




